No.3『忙しい=充実してると勘違いしちゃうタイプの意識高い系』

 金曜日。俺が特に大好きな曜日だ。何故か、学校に行かなくてはならない一週間のうち最終日で、明日は休みという絶対的安堵感があるから。明日は学校に行かなくていいっていうことだけでこんなに気が楽になれるんだから、明日から学校に二度と来るなって退学宣告されたらきっと相当気が楽になれるんだろうな。

 まぁ今はそんなことはどうでも良くて。

 今日は面倒なことに、第一回文化祭実行委員会が執り行われる。せっかく金曜日だと言うのに非常に面倒で非常に憂鬱だ。校長からの仕事で面倒じゃないことなんてないので当たり前っちゃ当たり前なのだが。

 行かなかった場合、俺は留年確定春夏秋冬は腹黒を暴露されてしまうので、もちろん行かないなんて選択肢はない。なので俺と春夏秋冬は帰りのHRが終わってから、三棟二階の会議室にやって来た。昼休みにやりゃいいものを、なんで放課後にするかな。帰宅部のエースとして放課後はさっさと帰らなきゃなんですけど。

 それにさっきから春夏秋冬が男女問わず色んなヤツらから手を振られたり話しかけられたりしていて、隣に座っている俺は非常に居心地が悪い。直接俺が迷惑こうむってるわけじゃないんだけど、明らかに『隣にいる陰キャ誰?』みたいな目をしてくるんだもん。


「あっ! 朱々も実行委員なのー?」


 会議室の端側の椅子に腰を下ろしている俺と春夏秋冬に近付いてくる三、四人の女子生徒。その中の褐色の肌が健康的で活発なイメージを持たせるひとりの生徒が春夏秋冬に問うてきた。

 リボンの色は緑、三年生か。春夏秋冬、マジで三年生にまで名を轟かせてやがるのか。さっきからそうだけど、コイツマジで人脈が広過ぎる。事ある毎に誰彼構わず春夏秋冬に近付いては、春夏秋冬と楽しそうに会話してどっかいくのだ。そんなんだから放課後教室で暴れながら愚痴言うほどストレスが溜まるんだろうけどなー。

 みんなに優しく、みんなと仲良く。何かもっと違う方法で人気者の座を掴み取ることは出来なかったのだろうか。


「あーいや、って言うより私はアレです。ボランティアスタッフです!」

「ボランティア? 実行委員ではないわけ?」

「はい。私が校長せんせーに放送で呼ばれてるの知ってます? いつもアレ、校長せんせーのお手伝いしてるんですよー。今回もそんな感じです」

「へー、そうなんだ! えっと、何だっけ……汚れ役みたいな名前の人もいつも一緒に呼ばれてない?」


 誰が汚れ役じゃゴラ表出ろ、と言いたいところではあるが、ビビりの俺は口を真一文字に結んで我関せずを貫く。陽キャ怖い、女子怖い、先輩怖い。


「そうですそうですw! っていうか彼がそうなんですけどね〜」

「えっ! あ、君がそうなの?」

「……ども」


 こんのクソアマ……俺が他人のふりしてるのわかった上で振ってきやがったな。唐突過ぎてめちゃくちゃ愛想悪いヤツみたいになっちまったじゃねぇかよ。いや元から愛想悪いよ。

 ……ひとりでボケてひとりでツッコミ入れることほど寂しいこたぁねぇ。


「ふーん、そっかそっか! いやー、悪いね汚れ役なんて言っちゃって!」

「大丈夫ですよ。小学校の頃のニックネームでしたから慣れてます」

「あははは、そうなんだね! で、本当は何くん?」

穢谷けがれや葬哉そうやっす。難しい方の『けがれ』って漢字に谷折りの谷で穢谷、葬る哉で葬哉です」


 春夏秋冬が初対面の人間に絶対する例の自己紹介のように自己紹介すると。


「ふむふむ、なんかすっごい名前だね!」

「……はぁ。そう言う先輩のお名前聞いても良いですか?」

「えっ? ワタシ?」

「え、あ……はい」


 なんで疑問形になったのかわからず、俺はちょっと狼狽して無意識のうちに春夏秋冬の方を向いて助けを求めてしまった。チクショー、悔しい。

 しかしながらこういう時の春夏秋冬は本当に有難いと言うか隠れ蓑に出来る。春夏秋冬は表モード(吉岡里帆似)の表情でクスッと笑い、助け舟を出してくれた。


「穢谷くん、この人生徒会長だよ?」

「あぁ〜、そうなんですか。……んでお名前は?」

「ズコッ! 結局知らないのか! ワタシの力量不足かー!」


 初めて口でズコッて言う人見た。まぁでも我ながら生徒会長の名前知らないヤツは確かに珍しい。てか学校に興味なさ過ぎるからだろうな。未だに自分のクラス担任の名前知らんし。

 生徒会長とやらはゴホンと咳払いし、俺を真っ直ぐに見つめて大きく口を開いた。


「ワタシは韓紅からくれないぼたん! 三年四組出席番号六番、生徒会会長をやってます! よろしくね穢谷くん!」

「よろしくお願いします……。先輩も充分すっごい名前してると思いますよ」

「えー、そうかな!?」


 そうだろ、なんだよ韓紅からくれないって。初見じゃ絶対読めねぇから。

 そんな俺の心の中のツッコミなど露知らず、韓紅生徒会長は『じゃ、文化祭実行委員頑張ろうね』とか言って友人たちと席に戻っていった。


「穢谷、結構普通に話せるのね。女子の、しかも美人の先輩と」


 韓紅会長が去っていったのを見届け、春夏秋冬が顔を俺の耳元に近付けてポソポソっと話しかけてきた。澄んだ川のように綺麗な長い髪が揺れると同時に、甘ったるいけど不快じゃない春夏秋冬の匂いが鼻腔をくすぐる。香水強過ぎてキッツい女子もいたりするけど流石は春夏秋冬さん、万人受けしそうなかなりイイ香りをしていると思う。口に出して言ったら絶対キモいって言われるから言わんけど。


「そう見えたんなら、俺もなかなかに感情を隠すのが上手くなったんだろうな。内心バックバクだっての。だいたい俺年上苦手なんだよ」

一番合戦いちまかせ先輩とは普通に喋ってるじゃない」

「あの人のことを俺は先輩だと思ってない」

「あぁなるほどね」


 今のは絶対納得しちゃいけないとこだったと思うんだけど、まぁ事実先輩とは思えないのだから仕方ない。あの人マジの脳筋バカだし。


「一番合戦さんで思い出したけど、平戸さん遅いな。もう集合時間ギリギリだぞ」

「それを言うなら、まだ文化祭実行委員長も来てないけどね」

「お前知ってるヤツなの委員長?」

「穢谷も知ってるわよ。あ、ほら来た来た」


 春夏秋冬が指差す会議室入り口の扉を見ると、そこにはいけ好かないイケメン野郎とでしゃばり王子が二人ちょうどやって来たところだった。二人は俺たちの存在に気付くと、小走りで駆けて来る。


「よっ、葬哉っ! 朱々も」

「うん。さっきぶり~」

「聖柄、文化祭実行委員長なのか……?」

「そうだよ。クラスじゃ主役もやらなくちゃだから、今年の文化祭はかなり忙しくなりそうだ」


 忙しくなりそうだと言ってる割には何故か楽しげな聖柄。お前アレか、忙しい=充実してるって勘違いしちゃうタイプの意識高い系か。


「朱々と穢谷はまたアレ? ボランティア的なヤツ」

「うん、そうそう。文化祭実行委員の雑務処理係みたいな感じ~」

「へー。大変なんだなー」


 諏訪は少しだけ俺のことを羨ましげに見つめてきた。おおかた春夏秋冬と一緒でいーなーとか思ってるんだろうけど、是非とも変わっていただけるのであれば変わっていただきたい。けどまぁこうして面倒ごとを引き受けておけば無条件進級は約束されているようなもの。現状どうしても変わってほしいなんてことはない。残念だったな諏訪。


「校長先生から話は聞いてるよ。ドンドン扱き使ってやってくれってね」

「え~、もう校長せんせーホント人使いが荒いなぁ」

「ははっ。おれが委員長としてなるべく二人に仕事が回らないように尽力するよ」


 爽やかイケメンスマイルを見せる聖柄。すっげぇ、初めて頼もしいと思った。


「おーい、聖柄くーん。時間も時間だし、そろそろ始めよー?」

「あ、はい!」


 韓紅会長が聖柄を呼ぶと聖柄は韓紅会長の隣、会議室の上座の位置に立つ。それを見てぺちゃくちゃお喋りしていた実行委員たちは口を噤み、前を向いて席に着いた。どうやらそこそこのお利口さんたちが集まっているらしい。まぁこういう係役員系は普段ヤンチャしてたり不真面目なヤツらが集まるよりも、常日頃から真面目なヤツらが集まった方が良い。ひとりでも不真面目なヤツがいれば不真面目にしてもいいんだという空気が少なからず生じる。それで周りが流されて不真面目に仕事をするヤツが増えれば、真面目にやってるヤツらとの間に溝が生まれ、ギスギスした委員会になってしまうのだ。文化祭を取り仕切る実行委員会がギスギスしていたんじゃ良い文化祭は作れないだろうからな(陰キャぼっちの意見です)。それに負の要素を取り除いたお利口集団ならこっちに仕事が回ってこなそうだし。


「それじゃあ、第一回文化祭実行委員会を始めま――」

「ごめんなさ~いw。遅れましたーw」


 聖柄の言葉を遮るように会議室に入室してきた平戸さん。ニヤニヤ顔でまったく反省の色が見えない。


「あ、釦ちゃんw! 実行委員決める時、手挙げてたっけww?」

「んーん。生徒会長は実行委員とか関係なく行事ごとの管轄をしなくちゃいけないのです!」

「なるほどね~w。あ、ごめんごめん、ボク花魁おいらん先生に頼まれて実行委員の手伝いしに来ました平戸ひらど凶壱きょういちでーすw」


 平戸さんはクラスが一緒なのか韓紅会長と顔見知りのようだった。知り合いを見つけてはしゃいでしまったが、すぐに周囲からの視線に気付き、聖柄へ自己紹介すると共にひょこっと頭を下げる。


「話は聞いてます。よろしくお願いしますね」

「はーいこちらこそ~w」


 平戸さんは軽い調子でそう言って、俺の隣の空席へ腰掛けた。ニタニタと表情を変えずにこちらを向いて、ボソっと俺と春夏秋冬に問う。


「すごいねー、二人とも早いんだねーw。五分前集合ガチ勢ww?」

「別にそういうわけじゃないですよ。ただうちの担任がHR極端に短いんです」

「へー、そうなんだーw」


 平戸さんは納得したのかうんうんと頷いて、前を向いた。それを見て聖柄は改めて口を開く。


「えー、じゃあ改めて第一回文化祭実行委員会を始めます。委員長を務めます聖柄ひじりづかです、よろしくお願いします!」


 聖柄の挨拶にパチパチと拍手が起こる。両隣もそれなりの拍手をしていたので、俺もそれに習って雑に拍手しておいた。それなりの拍手ってなんだ。


「今回はそれぞれクラスでやることが決めてもらった模擬店、出し物を発表してもらい、他クラスと被ってないか、NGじゃないかを判断していきたいと思います。一年一組から順にお願いします」


 聖柄がひとりの生徒に手で合図すると、芋っぽい女子生徒が立ち上がる。そしてボソボソとクラスで決まった文化祭での出し物を発表。一年生はほとんどそんな感じでボソボソとしていて、聞く努力をしないと聞き取りづらい声量のヤツらばっかりだった。

 次いで二年生の順番が回ってきた。流石は中堅、中だるみの学年といったところだろうか。先輩に遠慮する雰囲気もなく、後輩にデカい顔しようと背伸びしてる感じの発表が続いた。なんで真ん中の学年ってみんなイキりがちになるんだろ。


「じゃあ次、二年五組お願いします」

「あー、えっとうちのクラスは迷路をすることになりました。クリアでお菓子を配ろうと思ってます」


 二年五組の実行委員はどこかで見覚えのある男子生徒だった。あの探せばどこにでもいそうな量産型爽やかイケメンフェイス……どこだったかな、結構はなしした記憶あるんだけど名前が全く思い出せん。ま、記憶に残ってないってことは興味無いって俺の脳が判断したんだろうし、気にすることねぇか。

 韓紅会長がホワイトボードに書き出したのを確認し、聖柄委員長は諏訪に目配せする。


「はい、二年六組は演劇をしようと思ってまーす! ヒロイン役は我らが春夏秋冬朱々が演じます、是非見に来てください!」

「今は集客までしなくていいぞー諏訪」


 相変わらずバカデカい声量の諏訪に聖柄がやんわりとツッコミを入れる。会議室にクスクスと小さく笑いが起こった。何がそんなに可笑しいのやら。

 その後も滞りなくそれぞれのクラス実行委員がクラスの出し物を発表し、結果として見事に被りは無かった。そしてどのクラスの内容も高校生らしい、公序良俗の守られた出し物、模擬店で問題も無かった。


「なんか大したことなくって面白くないねーw」


 と言う平戸さんの表情は満面の笑み。流石はだいぶヤバめのサイコ野郎だ。言ってることと顔が矛盾しまくってやがる。


「大したことないに越したことはないわ。私たちに雑務が回ってくることもないし」


 春夏秋冬の言葉に激しく同意だ。校長の面倒ごとの最終目的が明確でない状態において、何もないに越したことはない。ただ委員会に参加しているだけでいいのだから。過去のあれやこれやに比べれば実に楽な仕事である。


「あ、そうだ。これは皆さんまだ秘密にしておいて欲しいんですけど」


 聖柄は少し声のトーンを落とし、前のめりになって会議室全体を見渡す。ひとりひとりと目を合わせ、したり顏で言った。


「実は今年の文化祭ステージ部門で、芸能人を呼ぶことになっています!」


 その言葉でざわつく室内。芸能人ねぇ……所詮は高校の文化祭だ。大した有名人ではないだろう。そんなに知名度がないヤツに来てもらっても、シラけるだけだと思うけどなー。

 しかしながら我がクラスのでしゃばり王子は、隣に座る名前が思い出せない量産型イケメンの背中をバシバシ叩いて何やら大声をあげている。


「おぉ! すげぇ! マジの文化祭みたいじゃね!?」

「いやマジの文化祭だよ。てか痛ぇよ!」

「芸能人って誰ですかーw?」

「そうそう。それは教えてくれないのー?」


 平戸さんと春夏秋冬が野次を飛ばす感じで聖柄へ問いかけると。


「今テレビにもちょくちょく出ている人気高校生モデル、雲母坂きららざか黎來れいなさんです!」

「えー! マジで!?」

「すごーい。ホント校長先生変わってからドンドン学校行事のレベル上がってるわ」


 雲母坂黎來って、バレー部合宿の帰りのバスで華一かいち籠目ろうもくに見せられたティックトッカーじゃないか。俺の興味無いことはすぐ忘れる脳の記憶が正しければ、かなり可愛らしかった気がする。実行委員たちが皆やいのやいの言って盛り上がっているのを見るに、世間的にも知名度は高めのようだ。

 高校の文化祭だから大した人間呼べないと思ったが、侮っていた。そう言えば我らが東西南北よもひろ校長はゲスでもあり、金の亡者でもあったのだ。韓紅会長の驚いた表情と感心したような口調が前の校長との違いがどれだけなのかを物語っている。校長があのゲス女になってから劉浦高の受験者が定員オーバーするようになったというのも納得だ。


「黎來……」

「だれーwww?」


 雲母坂黎來の名前を聞いて、春夏秋冬は何やら思案顔をし、平戸さんはいつも通り笑顔だった。んで知らんのかい。


「このことはまだ他の人間には他言無用でお願いしますね。後SNSに情報出すのも絶対しないでください」


 その聖柄の言葉で、第一回文化祭実行委員会は終了した。はっきりとSNSに流すなと言う点は非常に評価すべきだと思う。どこぞの某大学は橋◯環奈見たさに異常に人が集まり過ぎてイベント中止になってしまったし。

 よし、せっかく芸能人を間近で見れるんだ。さっさと家に帰って雲母坂黎來の動画とか画像見まくってファンになっておこう。悔しながら文化祭が若干楽しみになってきた。

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