No.16『ヤンチーギャルマジ怖ぇ……』

 放課後、帰宅部エース(自称)兼学校嫌いの俺にとってそれは長くない方が好ましい。と言うよりも放課後を長く取ってしまう時点で帰宅部失格だと言ってもいい。部活動メンドくて帰宅部になったけど、放課後は友人と共に寄り道して帰るなんて言語道断。んなヤツら帰宅部の端くれにも及ばねぇ。そもそも、放課後というものは家に帰宅したその時点で放課後では無くなる。故にいかに早く、高速で直帰出来るかどうかが帰宅部としての技量を測るのである。

 よって俺は今日も速攻で靴箱へ……としたいところなのだが、ここ最近はそうもいかない。と言うのも俺は毎週火水金曜日の放課後、赤点補習になっているのだ。そして本日曜日は真ん中水曜。補習の日なのである。あー、クッソメンドい。どうせ補習受けたっちゃ地頭バカの俺は変わらないってのに。

 水曜日は一週間の折り返し地点。つまりこの日が終われば休日までは残りわずか二日ってことになる。この『水曜日が終われば休日まであと少し』という揺るぎない事実が、俺にとってどれだけ心の支えになっていたか……言葉では表せないわけで。それをこんな補習如きに奪われてしまうなんて、屈辱で胸がいっぱいだ。いっそのことサボってやろうかと思ったけれど、多分そんなことをした日には補習期間延長の刑に処されると考えられるので、今は我慢して補習を受けるしかない。

 ちなみに俺たちの教室は五時以降、定時制が使うため使用出来ない。なので置き勉が出来ず、定時制の使う教室と同じクラスはハズレクラスとも言われたりしている。

 クラスの教室が使えないということで、普段は生徒指導室で担任とマンツーマンの補習だったのだが、今日は生徒指導室とは真逆の方にある選択教室に変更と言われた。なので帰りのHRが終わった後、いつもとは違う方へ歩みを進める。教室の前にまで来て、扉に手を掛け、何の気無しに開けて室内を視界に入れた瞬間――。


「……えっ?」


 ――俺は驚きのあまり普通に声を上げてしまった。本来ならばこうしてこんな声を上げて刺激してしまってはいけない相手なのだが、俺氏痛恨のミス。


「チッ……」


 俺より先に選択教室にいて、気怠げな表情で席に座っていたのは、例の俺のことを目の敵にしているクラスのゴリゴリのがっつりギャルだった。中間服の上に薄手のパーカーを前チャック全開で羽織り、腹部のポケットに両手を突っ込み、スラっと伸びたキレイな脚を組んでこちらを一瞥。そして舌打ち……もう完っ全にヤンチーそのものだ。ギャル+ヤンチーとか怖過ぎて失禁してもおかしくないレベルなんですけど(盛った)。


「……」


 俺は俺を敵視している猛獣をなるべく刺激しまいと、静かに黙って離れた後方の席に腰を下ろす。あのヤンチーギャル、名前なんだったっけなぁ……すっげぇ珍しい上に読み難いの極みみたいな苗字だった気がするんだけど思いだせん。あ、四十物矢あいものやからは此処ここちゃんって呼ばれてたのは記憶にあるな。何とか此処ちゃんなんだろう、どうでもいいけど。


「……お前、朱々のことどう思ってんの」

「へ……?」


 突然、前方から声がして俺は間の抜けた声を出してしまった。まぁこの室内には俺とそこのギャルしかいないので、俺が声を発していないということは必然的に前の席に座るギャルの声ということになるのだが、ギャルは前を向いたままこちらを一切見ることなく問うてきたから俺に問われていると、理解に一瞬遅れを取ってしまったのだ。

 ……しかし何故だ、何故突然俺に話しかけてきたんだ。しかも内容は春夏秋冬のことときた。春夏秋冬の友人もどきが俺に絡んでくる時は大抵『朱々とどういう関係?』だの『朱々のことどう思ってる』やら『朱々が好きなの?』とかおんなじようなことばっかし聞いてきやがる。朱々ちゃん大好きですねホント。裏の顔見せたらどうなるかマジで気になるわー。


「どう思ってるって言われてもなぁ。別にクラスの人気者だなーって感じですかねー」

「あ? なにその言い方? ナメてんの?」

「いやナメてないっすけど……」


 怖っ! こぉっわっ! こっち向いてチラっと見えた目がドチャクソ怖かったんっすけど!

 おっと……ついヤンチーギャルの怖さに夫婦島のような言葉が出てしまった。


「じゃあ質問変えるわ。お前は、朱々の何を知ってんの?」


 ギャルは椅子の背もたれにもたれかかるのをやめ、しっかりと俺の方に首を向けて問うてきた。


「なんでんなこと俺に聞く? 関係はお前らの方が深いじゃねぇかよ。お前らが知らないこと俺が知ってるわけなくないか?」

「は? お前が自分で言ったじゃん。『お前らの知らない春夏秋冬を知ってる』って」

「あー……」


 俺はそんなことを言っただろうか、と言いたいところではあるが、残念ながらしっかりと覚えている。コイツと面と向かって会話したのは、今日の今を合わせて二回目だ。その二回のうち、一回目に俺はそんな感じのことを口にした。

 それがあの一学期最後にあった諏訪すわに喧嘩ふっかけたクセにボコボコにされちゃって俺クッソダサい事件の時だ。その際俺は諏訪とこのギャル、そして四十物矢あいものやの春夏秋冬へのヘイトを全て俺に向けるため、めちゃくちゃ自分を悪者に仕立て上げた。結果として俺は逆上してしまい、社会不適合者のゴミカスでも必死に生きてるから少しは優しくしてくれと情けねぇ叫びを上げ、よくも知らずに春夏秋冬のことを語るなと言われ『俺はお前らの知らない春夏秋冬を知ってる』と口を滑らせしまったのだ。

 いやはや今こうして思い返してみれば、俺はなんであの場面で怒ってしまったんだろうか。春夏秋冬へ陰口を叩いていたアイツらへなのか、それとも完璧な交友関係を築いていると豪語していたクセに陰口を叩かれていた春夏秋冬に対してか、はたまたその両方だったのか。

 俺があの場で春夏秋冬を庇った理由は、俺が春夏秋冬と今後も関わりを持っていたいと思ったからだということは、悔しいが認める。だけどどうして春夏秋冬のことをよくも知らず語るなとキレられただけで、俺は逆ギレしてしまったんだ? 

 常にうるさくてでしゃばりたがりな諏訪が俺は前々から嫌いだったから、嫌いな相手にキレられて気付かぬうちに猛烈にイラついてしまっていたのかもしれない。

 でも諏訪が『朱々のことをよくも知らずに語るな』と言ったということは、俺は諏訪たちに穢谷葬哉という人間は春夏秋冬朱々のことを大して知らない人間だと思われたってことだ。それに対して俺が『お前たちの知らない春夏秋冬を俺は知ってる』と反論し、殴りかかったと……。

 ……なるほど、そうか。俺は諏訪たちに俺が春夏秋冬のことをよく知らない人間だと思われたことが嫌だったからイラついたんだ。例えるならば、何でもいいが何かについて知っているのに、周りから知ったかぶりと言われてイラっとするというアレと一緒だ。

 諏訪は俺が春夏秋冬に関して知ったかぶりしているのに怒りを覚え、俺は逆に知ったかぶりだと思われたことに怒りを覚えたのである。まぁそれに加えて俺はお前たちの一度も見たことのない裏モードを知っているんだぞという優越感も、俺自身は意識したことがないけれど存在しているのだろう。結局様々な要因があって俺はあそこで逆上してしまったという結論に至る。


 しかし、ギャルからの問いになんて答えるべきだろうか。変に春夏秋冬の関係があると思われたら余計目の敵にされそうだし、どうしたもんかなぁ……と返答に困っていると、教室の扉が開かれ、クラスの担任が入室した。


「二人とも悪いないきなり場所変更で」

「あーし、そもそも月木の予定だったんだけど」

「言ったろ、俺明日出張だって」

「せんせーの用事とか知らんしー」

定標じょうぼんでん、お前なぁ……赤点取得者に人権はねぇんだぞ?」

「はぁー? なにそれひっどぉ」


 担任の冗談にも本気マジにも聞こえる言葉に、ギャル――定標じょうぼんでんがぶつくさ文句を垂れ始めた。思い出したぞコイツのフルネーム、定標じょうぼんでん此処乃世ここのせだ。珍し過ぎんだろ苗字も名前も。此処乃世って名前の方も苗字にありそうだし。


「よし、んじゃ放課後補習始めまーす」


 担任は片手に教科書片手にチョークの出で立ちで黒板に向く。今から一時間、怠さと眠さとの戦いだ。

 そういや定標じょうぼんでんも俺と同じ期間放課後補習ってことは、俺に引けを取らない馬鹿ってことだよな……。人は見た目で判断しても良いこともあるな。めっちゃ頭悪そうだもん。

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