No.17『派手にやるからこそ』
まぁそれは今はおいておくとして。春夏秋冬は始業式の日、
何はともあれ、
校舎内にいなくなってから来いということは、今日おそらくだが春夏秋冬は例のアレをする予定だったのだろう……と言うか今まさにしているはずだ。事実、現在俺がいる教室のある階層には、ガタガタドカドカと机やら椅子が殴る蹴るされている痛々しい音と春夏秋冬のわーわー悪口言ってる声が微かに響いている。
俺は教室前で立ち止まり、その音が止むのを待つことにした。触らぬ神に祟なし、春夏秋冬のストレス発散を邪魔するとぶつくさうるさそうだ。
「……また派手にやってんなぁ」
音が止み静かになったので、扉をゆっくり開けて教室内を覗いた瞬間、無意識の内にそう言葉を漏らしていた。中にいた春夏秋冬は驚いた様子は見せず、やっと来たかという感じで俺を見、机上に立ち尽くして腕組みする。
「派手にやるからこそストレス発散になるのよ。生半可な八つ当たりじゃストレス発散にはならないわ」
当たり前だろうがバカなのかお前一回死んで来いみたいな顔で俺を見る春夏秋冬。裏モードの時えげつないほど本心表情に出しますねチミ。
「なるほどなー。それよりも、早く机から降りたらどうだ?」
「ふっ、高いところって人を見下ろすことが出来て最高よね。特に私みたいな人気者、人の上に立つに相応しい人物にとって、高いところってのは立つべき場所だと思うのよ」
「ずっとパンチラしてますけど?」
「はっ!?」
ドヤ顔で腹立たしいことをいう春夏秋冬に忠告してやると、一瞬で頰を赤くしスカートを押さえつけながら机から飛び降りた。コイツならパンツなんて減るもんじゃないし別に見られようが構わないとか言いそうだなとか思ったけど、春夏秋冬にもそれなりの羞恥の心を持ち合わせていたようだ。腹黒女とは違って普通の女の子らしくて可愛らしいじゃああーりませんか。
「もぉ……気付いてたんなら早く言ってよ」
「あ、いやすまん。お前全然気にしない人間なのかと思ってたから」
「うんまぁ、私もそんなに気にしてなかったはずなんだけど…………あ、とにかく! 今度からは鑑賞料取るからね」
「今度って、もう見ねぇよ。なんだ鑑賞料って、芸術品か」
「芸術品みたいなもんでしょー。現役JKの生パンよ? 盗撮でもしないと見れないんだからね?」
「いやそんなレアなんだから金取るの当たり前でしょみたいに言われても困るんだけど」
現役JKの生パンよりも、現役JKの生パンって言葉を現役JKが言っているそのシチュエーション自体がレアいと思うんだわ俺は。
「はぁ、まぁいいわ。で、それなりの情報仕入れられたんでしょうね?」
春夏秋冬は乱雑に荒れまくった教室内の机の上に腰掛けて首を傾げる。俺も近場の椅子に座ることにした。
「仕入れられたには仕入れられたけど、俺にはやっぱあの人に弱みがあるようには思えねぇんだよな。自分の非になる部分を残すような人にも思えねぇし」
「弱みがない人間なんていないわよ。いくら東西南北せんせーみたいな完璧超人系の人だろうとね」
「……その心は?」
「今天才だって言われてる人でも昔から天才だって言われてる人はいない。天才と呼ばれるまでに必ず失敗や挫折を経験するものだから。その失敗や挫折は弱みって言い換えることができるのよ」
「それは春夏秋冬、お前の体験談か?」
「うん、まぁそうね。私もきっかけがなけりゃこうはなってないだろうから」
きっかけ……今の春夏秋冬を形作ることになった何かがあるのか。
「でもまぁそれなりかどうかは受取手次第だな。聞いた側がどう解釈するかによる」
「相変わらずまどろっこしい言い方するわねー。要はあんたが平戸先輩から聞いた話は私がどう考えるかによってそれなりになるかならないか決まるってことでしょ? 最初っからそう言いなさいよー」
「そっちの方がかなりまどろっこしいけどな」
でもまどろっこしい会話って味気があって面白いんだよな。ただここからの平戸さんから聞いた話をそっくりそのまま話すことにおいては別にまどろっこしくする必要はない。
俺は春夏秋冬に校長は元平戸さんの担任教師だったこと、大学主席卒業の超エリートという噂だったということ、人に何かを教えるの得意だから教師を志望したこと、教員免許を持っているか否かが謎であること、俺たちはわからなかったが平戸さん曰く無理矢理笑顔を作っていることなど聞き出した情報を事細かに説明した。春夏秋冬は腕組みをした体勢のまま、黙って俺の説明に耳を傾け、話し終わると深く鼻でため息を吐いた。
「なるほどねー。で、それを聞いたあんたの見解はどうなの?」
「俺はまぁあくまで推測……っていうかそうじゃないかと俺が思いたいだけなんだけど、教員免許は東西南北さんが自分から手放したかそれとも剥奪されたかのどちらかだと思ってる。だから剥奪されていた場合、その剥奪理由がお前の欲してる弱みになるんじゃねぇかな」
不祥事を起こして剥奪されているかもしれないというのは、俺がほぼ無理矢理に作り出した理論だ。だからそうだという可能性は低くも高くもない。俺がそうだと思いたくて、春夏秋冬から弱みになるようなことを聞き出せと言われた結果、俺が勝手に想像を重ねて作った推測でしかないのだから。
だけど春夏秋冬はニヤリと口角を上げ、目を輝かせた。
「不祥事で教員免許剥奪されてる可能性か……。確かにいいネタ掴んできたじゃない。でかしたわ穢谷、社会不適合者の割には!」
そんなおまけで付け加える感じで社会不適合者呼ばわりされても嬉しくないわー。あ、そもそも呼ばれて嬉しいもんじゃなかった。
「それにあの人の実家もちょいと訳ありっぽいしな」
「……実家?」
「あぁ。夏祭りん時に月見さんが言ってたんだよ、クルーザーは花魁ちゃんのじゃなくて正確には東西南北家の物だって。訳ありかもしれないって思った理由はそれだけなんだけど、月見さんの声の調子がやけに真面目だったからなぁ」
「そう……やっぱり平戸さんよりも幼馴染の月見さんの方に直接聞いてみるのもいいかもしれないわね」
「でも答えてくれるか? 月見さんだって一応何かしらの弱み握られてんだぜ? 自分の過去のことを知ってる人には前々から口止めが入ってるだろ」
「幼馴染の弱みまで握るなんて、ホントつくづくゲスだわあの人」
東西南北校長に弱みを握られた最初の被害者、
よくよく考えてみたら変だよな。弱み握られて扱き使ってくる幼馴染を、『花魁ちゃん』と親しみを込めて呼ぶことが出来るだろうか。いや、そもそも月見さんは本当に弱みを握られていて、そして扱き使われているのだろうか。
昼間はバイト、夜は学校、家に帰って娘のよもぎのお世話――このサイクルが日々の月見さんがいつ校長の面倒ごとをこなせるというのだ。鬼畜でブラック上司な東西南北さんなら、そんな忙しい月見さんにも強制労働を課してもおかしくはない……なんてことはない。解決に手段を問わない、仕事を片付けさせることだけに重きを置いている校長にとって、労働勉強育児で忙しい月見さんに面倒ごとを押し付けたところでそれの解決効率が悪いのは目に見えているのに、面倒ごとを押し付けてくるようなことはしないはずだ。それに月見さんは東西南北校長にとっても幼馴染だ。どれほどの長い付き合いかはわからないが、現在十八歳の月見さんに対し校長は二十六、七歳。約九つの歳の差ということは同じクラスで~、同じ学校で~みたいな『幼馴染』ではなく、この二人においての『幼馴染』は家が近所だったという意味を持っているだろう。近所だったということは、東西南北さんが小三か小四の時に月見さんが産まれ、それを東西南北さんが可愛がりに行っていた、みたいな感じだと思われる。
この推論通りなら、月見さんが産まれてからの付き合い、十八年の付き合いということになる。いくらゲスな東西南北校長だとしても十八年の付き合いがある顔見知りの弱みを握り、扱き使うようなことするだろうか。そこまで人でなしでないと信じたい。
もし校長が月見さんの弱みも握っておらず扱き使っていないのであれば、何故俺たちに向かって『穢谷くんたちよりも前から面倒ごとを手伝ってくれている』と言ったのかが疑問になってくる。
校長は俺たちに月見さんの弱みを握っていると思わせたかったのか? でもどうして? ただの幼馴染だと俺たちに紹介せず、俺たちと同じ境遇の人間だとした理由はなんだ……。いや詳しい理由ははっきりしないがひとつわかることがあるじゃないか。
幼馴染だと紹介した際、校長に何か不利益になることがあるから幼馴染と紹介しなかったんだ。やはり校長の弱みを握るのであれば、鍵になってくるのは月見さんに違いない。
「あ、そうだ穢谷。最近ちょっと変だと思わない?」
「変? 何が」
「校長からの呼び出しが明らかに少ないのよ。まだ二学期に入って吹奏楽部の件の一回だけした呼び出されてないのって、おかしいと思わない?」
「ただ面倒ごとが無いだけなんじゃねぇの? 俺らにとっちゃいいことじゃねぇかよ、呼び出されなくて扱き使われることもなくて」
「まぁそれはそうなんだけど……」
春夏秋冬が何に対して不信感を抱いているのかはわかる。一学期と夏休みを経て、あの人は引っ切り無しに色んな面倒ごとを俺たちに押し付けてきた。それなのに二学期に入ってまだ一度しか面倒ごとを押し付けられていないのが奇妙だと感じているのだろう。
だけどまぁ今俺たちが何故なのか考えるべきことは他にある。校長に存在しているかもしれない弱みについてだ。先程も言ったが、月見さん、彼女が謎の多い校長の秘密を握っていると考えて間違いないだろう。しかし月見さんに直接聞くわけにもいかないし……。
俺はそうして月見さんに校長の過去をどうやって聞き出すか思い耽っていたが、平戸さんと東西南北校長が似ているという点について、この時考慮しなさ過ぎていた。一見大して重要そうじゃないことが後々見落とすべき点ではなかったと後悔することになるものだ。要するに、校長からの呼び出しが無い今は、嵐の前の静けさだったということである。
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