No.14『リレーは目立つしモテる』

「よし。んじゃ今から体育祭の出る競技決めてもらうから、委員長よろしくー」


 翌日のHRの時間。予想していた通り、体育祭の出る競技を決めることになった。担任の何たら先生(未だ名前は知らない)が、学級委員を呼ぶと、俺の斜め前の席の女子が立ち上がり、教卓の前に立つ。


「それじゃあまずはこの中から立候補したいって人いますかー?」


 黒板に一通りの競技を書き、再度こちらに向き直って問う委員長。すると案の定我がクラスのでしゃばり王子(ムードメーカーとも言う)諏訪すわ好浪よしろうが手を挙げた。


「はいはい! 俺学級対抗リレー出たい!!」

「あー、それ一番点数高いヤツだから、足速い人で固めようと思ってたんだけど……」

「じゃ諏訪ダメじゃん。五十メートル八秒台でしょ?」


 学級委員長が怪訝な顔でそう言うと、春夏秋冬がすぐ発言。それに対して諏訪はと言うと。


「うッ……! やめてくれ、俺の唯一の欠点なんだっ!」

「唯一は嘘だろ。むしろ欠点だらけじゃない?」

「ちょ、りょうそれは言いすぎっしょ~!」


 おそらくボケたであろう諏訪に、春夏秋冬と同等レベルにスクールカーストトップに君臨する男、聖柄ひじりづかりょうが丁寧にツッコんであげると、クラス中にクスクスと小さく笑いが巻き起こった。さすがは頭良し顔良し+面白いの最強イケメン野郎だ。いけ好かねぇ、けどまぁコイツにもコイツなりに悩みがあったわけで。


「でもやっぱリレーで勝つには稜アンカーで決まりだよね」

「それな。他は足速い順に入れていく感じで決定っしょ」


 春夏秋冬の提案に、その前の席に座るゴリゴリのギャル女……うわ、名前なんだったっけな。忘れたけど、すっげぇ読み難い名前だったはずのヤツが便乗。それを聞いて学級委員長も頷いて口を開く。


「うん、そうだね。じゃあリレーは足速い順に入ってもらうってことでいいかな? あ、稜くんアンカーは決定でもいい?」

「ん、あぁ。いいよ。任せてくれ」

「ふぉっ! 稜くんかっけぇー!」

「よっ! 陽キャの鑑っ!」

「イケメン過ぎるぞー!」

「一回死んどけ~」


 聖柄のアンカー決定に周りが囃し立てるのを横目に、諏訪は呟く。


「ちぇー。リレー出たかったなぁ……」


 諏訪が学級対抗リレーに出たいと思った理由は大体検討がつく。学級対抗リレーは劉浦高校体育祭の一番ラスト種目で、生徒はもちろん観客からも一番見られる競技。その上配点は一番大きいと来た。注目されないわけがない。基本的にでしゃばりがちで且つ目立ちたがりの諏訪が、目立つ競技に出たがらないという方がおかしい。

 それに夏休みのバレー部合宿で判明したのだが、諏訪は春夏秋冬のことが好きなのだ。きっとリレーで良いとこ見せてやろうとか安易なこと考えていたんだろう。まったく、青くて寒気がする。


「よし、男子は後ろに集まって足速い人でリレー残り四人決めてもらっていいかな? 女子はみんな前に来て。女子のみの競技出る人決めたいから」


 委員長の言葉で、わらわらと移動を始めるクラスの連中。男子たちの集まる場所は、聖柄の机の周り。意図してではなく、自然と皆そこへ足が向くという感じだ。俺も流れに沿って聖柄の机近くへ向かう。まぁいるだけでもちろん会話の輪の中には入らず、後ろの方でボーっと話を聞くだけだけど。

 男子が揃うと聖柄が主体となって話し合いが始まった。


「えっと、六秒台の人っている?」

「うちのクラスは稜だけだよ。だからまずは七秒台から探していかないと」

「俺七秒三~」

「あ、俺も一緒一緒」

「マジかよ速ぇな!」

「ゆーてお前も七秒五くらいじゃなかったっけ?」

「うん。つか去年俺アンカーだった」


 そうやって発言し、手を挙げるのはほとんどが運動部のヤツらだ。まぁそりゃそうと言うか、体育祭は運動部の独壇場みたいなもんだし、当たり前なのだが。ちなみにこの学級対抗リレー、絶対男子が出なくてはいけないというルールはない。ただやはり高校生ともなると男子女子でそもそもの能力が異なってくる。つまり男子の方が大抵足は速い。なのでほとんどのクラスが女子は入れず、男子で固めるのである。


「基本運動部ばっかりになりそうだな……。文化部でも別に速いなら立候補してもいいよ?」

「穢谷は!? 穢谷!!」

「へ……っ?」


 いきなり諏訪に名を叫ばれ、俺は変に高い声を出してしまった。


「な、なんで俺……?」

「穢谷身長高いし、足長いし、足速そうじゃん!」

「あぁ、確かに。葬哉そうや、何秒台?」


 クラスのカースト上位者二人が普通に俺に話しかけていることを不思議に感じているであろう周りのヤツらは、揃って訝しげな目をしている。諏訪の馬鹿野郎、なんでこういうところで俺の名前出すかな。どう考えても俺が出ていい場じゃないだろ。リレーに関しても、クラスの話し合いという状況に関しても。


「……八秒ジャスト」

「あー、マジか。八秒はちょっと厳しそうだなぁ」


 まぁホントのこと言えば七秒七だったんだけど、どうせ俺よりも速いヤツはごろごろいるだろうし、変に走者の候補として挙げられておきたくはない。四捨五入で八秒だし。

 その後、学級対抗リレーの選手は結局全員運動部のヤツらで決定した。リレーに限らずほとんどの競技が運動部ばかりだったが、俺も原則一競技を守るべく、綱引きに参加しておいた。個人的にこの話し合いで意外に思ったのは、例の俺を目の敵にしているギャルっ娘が積極的だったことだ。ああいうタイプって学校行事には消極的なイメージがあったんだけど、俺の勝手な偏見だったということなのか。


「それじゃ選手はこれで決定ってことで。あ、それと来週からは競技の練習を朝のHR前と昼休みにしていいことになってるから、やりたいヤツはやっていいぞ」


 担任の言葉が終わるとちょうどHR終了の鐘が鳴った。学級委員の号令で全員が合わせて礼をし、皆部活やら帰宅やらと教室を出て行く。




 △▼△▼△




 校長からの呼び出しがないと、基本的に俺の学校生活は平穏の二文字で片付けることが出来る。言い換えれば、突飛なことは何ひとつなく、変な面倒ごとに関わってしまうようなこともない。そもそも変な面倒ごとに関わっているということの方がおかしな話なのだ。普通の学生なら誰だって平穏だろう。

 今現在自転車を走らせて風を感じながら家へ直帰しているこの状況こそ、まさに平穏。俺も一学生の身分としては、この状況が卒業まで是非とも続いて欲しいところではあるが、無理だろうなぁ。東西南北よもひろ校長が無条件で俺らのこと解放してくれるわけないし。だからこそ春夏秋冬は逆に弱みを握ってやろうとしているんだろうけど、そう上手くもいかないと思うんだよね。あ、そうだ。今度春夏秋冬に平戸さんから仕入れた校長の過去情報を話しておかなくては。


「おーい! 葬哉~!」


 普段通り考え事をしながら自転車を漕いでいると、後方から誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。俺のことを名前で、しかも呼び捨てで呼んでくる人間はこの世に三人しかおらず、今呼んできたのが誰なのか一瞬で察知してしまった俺は、とりあえず聞こえてないフリをしておくことにした。


「葬哉ってば! おーい!」


 尚もしつこく呼んでくるので、俺は少し漕ぐスピードを早め、自転車のスピードを上げる。そのまま徐々にスピードを上げていくと、やがて俺を呼ぶ声は聞こえなくなり、俺の元に平穏が舞い戻ってきた。うん、これでいいんだよこれで。アイツと絡んで良いことなんてないし。


「なぁ、絶対聞こえてるだろ葬哉?」

「んぉっ!?」


 唐突に俺のすぐ真後ろから声をかけられ、自転車の上で飛び跳ねてしまった。自転車を止め、振り向くとやはり予想していた通りの人間がそこにいた。


「……なんの用だ聖柄ひじりづか

「そんな睨まなくてもいいじゃん。ただ葬哉見つけたから声かけただけだよ」


 俺が聞こえてないフリをしているというのにしつこい追いかけてきたイケメン野郎、聖柄ひじりづかりょうは、ニコッと白い歯を見せつけてくる。顔カッコ良過ぎんだろ、うぜぇよ。


「お前、自転車通学なのかよ」

「最近始めたんだ。筋トレも兼ねて」

「自転車ってお前が思ってる以上に筋トレにならないぞ」

「えー、そう?」


 入学式から自転車通学しててこのヒョロヒョロ具合の俺が言うんだから間違いない。まぁ俺の自転車ママチャリだから、もっと良いギア付きの自転車でドチャクソギア重くしたら違うかもだけど。

 

「……葬哉、前はごめんよ」

「なにが?」


 聖柄は唐突に俺に謝ってきた。当然何のことを謝られているのかわからない俺は問い返す。


「ほら、海でおれが緋那ひなから告られた時にさ」

「それがなんだよ。自慢か?」

「そうじゃなくて、葬哉に向かって思いっきり自分の悩みぶちまけちゃったとこだよ。みっともないとこ見せてホント悪かった!」


 申し訳なさそうな顔で聖柄は両手を合わせる。

 夏休み、俺が海の家でタダ働きさせられていた時にコイツはクラスの女子……四十物矢あいものや緋那ひなから告白された。可愛らしく聖柄へ本当に好意を持っていた女だったように感じたが、聖柄はそれを断り、挙句の果てに俺に対して恋愛感情がわからないのだと泣き喚いてきた。

 色々な要因や憶測を交え結果として、俺はコイツがアセクシャル――無性愛者なんじゃないかと結論付けたのだが、それをコイツには伝えていない。大して深い関係でも仲が良いわけでもない俺が、聖柄の悩みに口出しするのも嫌だったし、自分の恋愛感情がわからないという異常性には気付いているわけだから、アセクシャルという存在に気付くのも時間の問題だと思うし。


「なんでお前が謝ってくるんだよ。俺はお前のこと慰めてもねぇぞ」

「まぁそうなんだけど、おれ初めて人にあの悩み言ったから、ちょっとスッキリしたって言うかさ」

「……俺なんかに感謝するのはやめとけ。社会不適合者日本代表だぞ俺ぁ」

「ははっ。なんだよそれ」


 聖柄は俺の言葉に乾いた笑いを漏らした。正直、人から感謝されるなんて経験が少な過ぎてなんて返せばいいのかわからんだけなんだけど。


「ていうかお前今日部活は? バレー部水曜が休みなんじゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、おれ今日は整骨院行くんだ」

「整骨院ね……」

「そそ。葬哉、家朱々とおんなじ方面でしょ? 途中まで一緒行こうぜ」


 断りたかったが断るための理由が思い浮かばず、結局聖柄が整骨院に行くまで二人自転車で並んで走ることになった。

 聖柄が悪いヤツじゃないのは重々承知だ。だけどコイツはスクールカーストトップのイケメン陽キャで、俺とは住む世界の違う人間なわけで。やっぱり俺とは性根から異なっている存在なわけで。

 ……なんだか今さら自分の捻くれ具合に虚しくなってきてしまった。いや、何を言ってるんだ。俺はこれぐらい捻くれてるぐらいがちょうど良い。夏休みに自分で自分が丸くなっていると思い込み過ぎたせいで、本来『少しだけ角が取れた』状態だったものが『とても角が取れた』状態になってしまっているのだ。

 忘れてはならない。俺は社会不適合者日本代表で、春夏秋冬を貶めてやるために今を生きているのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る