No.8『その人のガタイはこのためにあったと言っても過言じゃない』

 一二からバイト先の後輩のボディガードを頼まれ、それを了承した翌日。今日は金曜日で、明日土曜日に丸一日ボディガードをしないといけないわけなのだが、もちろん俺だけでボディガードが勤まるわけがない。まぁ一二曰くソープ嬢が客によって本当にヤバイ状況に陥ることは滅多にないそうなので(あることにはあるらしい)、俺はただ立っているだけでいいのかもしれないが、心配性且つ超慎重男な俺は『念のため』を重んじる。そして俺は現在、昼休みに自分の足で三年生の教室フロアにまでやってきた。俺の数少ない三年生の知り合いの中にひとり、ボディガードするために生まれてきたような、その人のガタイはこのためにあったと言っても過言じゃないような人がいるのだ。

 その人物と言うのが――。

 

「すいません、一番合戦いちまかせさんいます?」


 一番合戦いちまかせうわなりさんである。苗字はおかしな読み方で、『いちばんがっせん』と書いて『いちまかせ』と読む。名前の方には触れない、3Pではない。


「ん、あぁ。ちょっと待ってな。うわなりくーん」


 教室の扉近くにいた先輩は、俺の言葉で教室にいる一番合戦さんを呼んだ。ほー、一番合戦さんクラスメイトに嫐くんって呼ばれてるんだ。まぁ留年生で年上なわけだし、自然とそうなるのかな。

 呼ばれた一番合戦さんは、俺の方を見て席を立ち上がり、のしのしとこちらに歩いてきた、まぁそもそもいますかって問うてはみたけど、図体のデカさがひとりだけ文字通り突出していて、教室内にいることは確認できてたんだけど。


「よー、穢谷! 久しぶりだな!」

「そうですかね。夏祭りからそこまで日数経ってないですよ」

「いや一週間以上会ってなかったら久しぶりになるんだって!」


 バシバシと背中を叩いてくる一番合戦さん。痛ぇって、力加減出来ねぇのかあんた。

 しかしながらこのパワー、そして二メートル級巨人並みの身体のデカさは、まさしくボディガードを勤めるにふさわしい。もし万が一が起こってもこの人の後ろに隠れられるし(女の子を助けるとは言ってない)。

 

「一番合戦さん、実は……」


 俺は一二からの頼まれごとについて説明する。一二のバイト先にワガママな新人がいて、ソイツがボディガードがついてないと怖いとか抜かしてるから、俺がボディガード引き受けたんだけどひとりじゃ心許ないから手伝って欲しいと伝えた。

 

「なるほど、確かに穢谷ひとりじゃもしかしたらヤバいかもしれないな」

「そうなんですよ。つか、もしかしなくても全然ヤバいんで、一緒に付いて来てくれません?」


 一番合戦さんは腕を組み、うーんと天井を見上げる。そしてすぐに腕組みを解いて、俺を真っ直ぐに見つめて言った。


「すまん! オレは手助け出来ない!」

「えぇ~……」

「オレ、今年は大学受験することにしたんだ。もし風俗に出入りしたのバレたら、内申に響いちまうからよ! もうセンター試験の申し込みもしたし」


 そうだ忘れてた……この人、超絶が付くほどのクソ真面目なんだった。クソ真面目な人が風俗店で未成年のボディガードとかするわけないわな。未成年が風俗で働いてるのは目を瞑ってるクセに、自分が干渉することは嫌がるのかよ。それアレだぞ、イジメに直接加担してないけど見て見ぬ振りしてたってヤツと一緒だぞ。


「一番合戦さん、就職するとか言ってませんでしたっけ?」

「そのつもりだったんだけどさ。ちょっと体育大目指そうかと思ってんだー」

「大学……大丈夫なんですか、その、学力的な面は」

「一学期お前らに勉強教えてもらった時から自分でも頑張ってはいるんだけど、まぁ、先生が言うには結構厳しいみたいだなー」

「ほーん、そうなんですね」


 三年生にとって二学期は下級生とは比にならないくらい忙しくなるだろう。下級生でさえ行事やらテスト勉強で忙しいと感じるのに、三年生は受験勉強乃至ないし就職に向けて様々な準備も加わるのだ。人のことに構ってる暇なんてない。だから断られてしまうのも仕方がない。


「ごめんな。穢谷の頼みとは言え、今回はちょっと無理だ」

「わかりました……」


 しっかしまずったな。一番合戦さんならバカみたいに情に厚いから頼めば引き受けてくれると思ったんだけど、バカみたいに真面目ってことを忘れてしまっていた。こうなると俺は結局ひとりでボディガードをしなくてはいけないことになるのだが、一番合戦さんに断られたとなると俺にはもう盾代わりになってくれそうな人は思い浮かばない。もう諦めてひとりで行くしかないのか……。


「あれっ? 穢谷くんじゃ~んw! 何してんのここでww」


 突然後方からニタニタとした笑顔を見せる男子生徒が声をかけてきた。手をハンカチで拭いているのを見るに、トイレ帰りかな。


「あ、平戸ひらどさん……そうか、そういや三年生でしたね」

「えぇーなにそれw。ボクそんなに老け顔ww?」


 いやそのまったく逆なんですけどね。童顔過ぎるんですよあなた。


「なに、穢谷と平戸知り合いなの?」

「そうだよー。二学期に花魁先生経由でねw」

「平戸さんと一番合戦さんって同じクラスだったんですか」

「そうだぞ。ちなみにクラスの係も一緒だぞ!」

「へぇー」


 変なとこで関係が繋がってるもんだな。アレみたいだ、六次の隔たり。知り合いを介しまくれば全世界の人間と繋がることが出来る的なアレ。


「それで、穢谷くんはなんでここまで来てるの?」

「ちょっと後輩に頼まれごとされてて、一番合戦さんに手伝ってもらいたくて」

「あ、そうだ! 平戸明日暇? 暇なら、穢谷のこと手伝ってやってくれよ」

「手伝いって、何すればいいのー? 肉体労働はヤダなぁw」


 俺が先程一番合戦さんに話したまんまの内容を、今度は一番合戦さんが平戸さんに説明した。終始満面の笑みで黙って話を聞いている平戸さん。


「なるほどねw。高級風呂屋さんで働いてる後輩がいるなんて、穢谷くんはホント面白いなぁww」

「まぁそれも校長絡みで知り合ったヤツなんですけどね」

「オレも知ってる後輩だからよー、平戸頼まれてくれよー」


 一番合戦さんはそう言って手を合わせるが、俺としては平戸さんについて来られても……って感じなわけで。そもそも一番合戦さんを誘ったのは万一の時にヤバイ客から身を守る盾になってくれそうだったからなわけで。平戸さん俺より身長低いし、逆に俺の方に隠れられそうだし。

 が、しかし。平戸さんはオッケーサインを指で作り、笑った。


「オッケーw! わかった、ボクが一番合戦くんの代わりに穢谷くんとボディガードするよw!」

「あ、いや平戸さん。別に無理しなくてもいいですよ。俺ひとりでもいけますし、必ず二人いるわけでもないですから……」

「いやいや穢谷くん、遠慮は要らないよ。ボクは人を助けることに生き甲斐を感じるんだwww」


 絶対嘘じゃん……めちゃめちゃ笑ってるし。


「良かったな穢谷! オレよりも頭良いし、頼り甲斐あるぞ平戸は」

「はあ。そっすね……」


 いやいや一番合戦さん。あんた以上に頼れる盾は無いってば。謙遜しなさんな。頼れる盾過ぎてユーチューブの登録者数何万人突破の盾として贈られてもおかしくないまである(ない)。

 でも、実際マジでソープ嬢の子に危険が迫るほどヤバイ客が来ることなんて滅多にないだろうし、大丈夫か。だけど一番合戦さんと平戸さんじゃやっぱり安心感が違うんだよなぁ。図体的な意味で。

 まぁ何はともあれひとりで風俗店に赴くことになってしまわなかっただけでも良しとするか。

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