第2話『凉弛、先輩とは初対面だけど多分嫌いなタイプっスわ』

No.7『面倒ごとが校長経由でもなくなった』

 九月も中旬になってくると、夏休み気分はすっかり抜けきり、二学期が行事盛り沢山であることに気付く。それでテンション爆上げして常に浮き足だってるようなヤツもいれば、俺みたいな行事嫌い系の人間は逆にテンション爆下げしている。来月の初旬には体育祭が開催され、その次の月には文化祭とどこの高校もそうだろうけど、二学期ってのは基本忙しいものだ。部活してるヤツらは疲労で死んじゃってもおかしくない(盛った)。そもそもひとつの学期に詰め込み過ぎなんだよなぁ。うちの高校も他の高校見習って体育祭を一学期にするとかしてほしい。

 自室のベッドの上に転がってスマホをいじりながら学校へのヘイトを溜めていると、ラインのアイコン右上に①の表示があった。通知音が来ないように設定しているので、このアイコン表示だけが俺がメッセージが来ていると認識出来る唯一の機能だ。まぁ最近は春夏秋冬から夜寝る前にメッセージが来てないか確認しろとの命令が出ているので、結局ライン見る羽目にはなるんだけど。


「一二からか……」


 メッセージは可愛い可愛いセックス中毒のオッドアイ後輩、一二つまびら乱子らんこからだった。若干の既視感を覚えつつ、メッセージを確認。


葬哉そうやくん、明日お昼ご飯ご一緒してもいいですか?』


 ……この俺にランチのお誘い、だと!? 俺はベッドの上で身体を勢いよく起こし、再度メッセージを確認する。やはりお昼ご飯一緒にという内容で間違いない。

 人からご飯を一緒に食べようと言われた経験は初めてで、しかもそれが女の子ときた。童貞かつ魔法使い予備軍の俺ならこの誘われているラインメッセージを見ながら抜けちゃうレベルなわけで(盛った二回目)。


『別にいいけど、なんで急に?』


 俺は平静を装って、いつも通り一二と接するように返信した。すると一二からものの一分足らずで返事がきた。


『少し相談ごとがあるんです。葬哉くんにしか頼めません!』

『それ、校長の面倒ごと絡みじゃないよな?』


 俺は何の気無しにそう問うてみたが。


『もちろんです!』


 その返信だけ、何故か既読が付いてから送られてくるまでに時間がかかった。……これ完全にそうじゃん。校長絡みだから返信に悩んでたヤツじゃん……。

 悪いが一二、俺はいくら可愛い後輩からの頼みとは言え、校長絡みの話に自分から首突っ込むほど、じゃないんだ。どんな面倒ごと任されたのかは知らんけど、その、なんだ、強く生きろよ兄弟。心の中で一二に手を挙げ、俺はその日眠りについた。




 △▼△▼△




 翌日、学校の屋上。まぁ正確に言えば屋上ではないんだけど。我らが劉浦高校に屋上的な場所は無く、校舎の最上階のもうひとつ上がテラス(?)になっているのだ。パラソルが中心に刺さった丸テーブルと椅子がいくつも配置されており、風が吹くたびに植えられている銀木犀の香りが鼻孔をくすぐる。馥郁ふくいくとしたこの香りに加え、いい感じに差し込む陽射し、ウッドベースって時点でめちゃくちゃオシャレ。

 そしてめちゃくちゃオシャレと言うことはつまり、この場所は基本的に陽キャ御用達のランチプレイスなわけで。俺もそれ知ってたから一度も来たことないわけで。普段はいなかったのに突然現れた謎の陰キャ(俺)に視線が集まっている。痛い、目線が痛過ぎる。

 そんな場所に何故わざわざ出向いたのか。もちろん俺が自分から行くわけがない。連れて来られたのだ、無理矢理。


「それにしてもすっごいいい天気ですね〜! お外で食べるにはもってこいのお天気ですっ!」

「あー、そだねー」

 

 俺は正面に座る一二へテキトーに返事をする。一二は今日も灰色の左目で太陽光を鈍く反射している。

 うん、一緒に食べる気はマジで無かったんだよ。でも俺の教室にまで来て『葬哉そうやくんいますか?』なんて言うんだもん。断れねぇよ。一二に俺がいるか訊かれてたクラスの人、『葬哉って誰……?』ってめっちゃ戸惑ってたし。

 しかし昨日のライン、一二の『もちろんです!』から既読付けたまま返信しなかったんだけど、まさか直にやって来るとは思わなんだ。その上こんなとこにまで連れて来られてしまった。

 一二の腕を振り解こうと思えば余裕で振り解くことが出来た。だけど一二は俺の腕に自分の身体を寄せるようにして引っ張って来たのだ。要するに、俺は自分の腕越しに感じる一二のパイオツの柔らかさに負けてしまったのである。自分が情けねぇ、そんな欲に負けちまうなんて。あぁ神よ、俺は将来素人童貞になることで魔法使いになることを避けるしかないのでしょうか。


「ちょっと葬哉くん〜? なんでそんな上の空なんですかぁ。ちゃんとあたしを見てくださいっ! そしてあたしにきつけられてくださいっ!」

「……お前が言ってんの、多分『魅力』の『』だろ? それ読み方きつけられる、だからな?」

「あ、そうなんですね〜。センパイ、勉強になりま〜す!」


 うわ、コイツにセンパイ呼ばわりされるとかすっげぇ違和感。くん付けが定着し過ぎてるのか。


「んで、相談したいことがあるんだっけ?」

「そうです〜! でも、せっかくですからお昼食べながらまったりとお話ししましょうよ〜。あたし、久々の葬哉くんに結構ハイになってますから〜」

「ハイになってるって……なんなの、俺はお前にとってクスリなの?」

「そうとも言えますねぇ〜。あたし、葬哉くんとシタらキ◯◯クしてるみたいになるかもですっ!」

「キ◯セ◯したことあんの……?」

「無いですよぉ。あっち系のクスリは一度使ったら抜け出せませんし、リスク高過ぎですもん。媚薬とかなら飲んだことありますけどね〜」


 男と幾度と無く寝てきた女の子にしては、そういうとこしっかりしてるんだよなぁ。いやだからこそ、男と幾度と無く寝てきたからこそ、しっかりしているのかもしれない。

 小四で処女を捨て、それ以来性行為の虜となった一二。高校生になり、施設の反対を押し切る形でひとり暮らしを始め、生活費やら諸々の費用は援交で稼いでいた。生活費が必要で、セックス中毒故にセックスもしたくてたまらない一二にとって援助交際、すなわちヤらせてあげたら金が手に入るという性犯罪はまさしく相手にも自分にもwin-winの関係なのだ。

 一般的な社会的イメージで言えば、援交してるような女は不潔だの尻軽だの言われがちだ。俺だってそう思っていたうちのひとりで、一二のことを知らない時は一二も尻軽痴女だと思っていたんだけど、そんなこと全然無かった。オツムは残念だが、特に人の顔色を伺って空気を読むことに長けている。夏休みに行った夏祭りの時にも、春夏秋冬の異変に気付き、その上自分のせいだと涙を流すほど優しい女の子だった。


「じゃ、そろそろ本題に入りましょうかね~。葬哉くんは食べながら聞いててください」

「あ、おう」


 食事しながらしていた他愛無い会話が一段落着いたところで、購買のメロンパンを先に食べ終わった一二が言い、俺は箸を動かしながら一二の話に耳を傾けることになった。


「実はあたし、今バイトしてる風俗に後輩が出来たんですっ!」

「へぇー。……一応確認するけど、年上の後輩だよな?」

「いえ、あたしの一個下ですよ~?」


 まさかとは思って確認したら、そのまさかの方でした。一二の一個下ってことは十五歳、中三で風俗バイトってことでしょ。どんな理由があって風俗で稼ごうなんて思うんだろうか。


「……その店大丈夫なのかよ。お前に引き続き未成年雇うって」

「さぁ? でも店長さんはバレなきゃセーフって言ってましたし、大丈夫だと思いますよ~」

「いや、バレないように隠してるってことはやましいことだから隠してるってことだよね? それもうセーフじゃなくてがっつりアウトだろ」

「えぇ~でも結構いいお店なんですよぉ? 福利厚生もしっかりしてますから~」


 未成年の学生雇っちゃってる時点で福利厚生もクソもあったもんじゃないと思うんですが。


「って、そんなこと今はどうでもいいんですよぉ! あたし、店長さんからその後輩の教育係に任命されちゃったんです……」

「ふーん。それがなんか問題なの? みっちり教えてやりゃいいじゃねぇか、風俗の厳しさってのを。そんなのあるか知らんけど」

「そりゃありますよぉ~。すっごい体力いるんですからね~。それにちょっと嫌だなって思う人でも相手してあげないといけないですし。まぁあたしは基本的にどんな男の人でもいいですけどねっ! 愛があればいいんですよ愛が~!」


 風俗に愛とかあるのだろうか。リピーターが出来て毎回選んでくれていたとしても、世に言う本当の愛なんでしょうかそれは。一二はやっぱり常人との愛の価値観が違う。それもこれもセックス中毒故のものなのだろうから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。


「って、ほらまた話がズレちゃったじゃん~!」

「いや今のはお前が勝手に話広げてズラしたじゃん」

「とにかくっ! あたしは困ってるんですっ! その新人ちゃんがすっごくワガママで!」

「ワガママぁ? 言うこと聞かないのか?」

「言うこと聞かないくらいならまだいいですよ~! その子、お客さんに対してすっごい毒突くし、お客さんへのサービス全然しないしで、ホントひどいんですぅ!」

「一二はちゃんと指導してんのかよ」

「してますよぉ。それでも言うこと聞かないでツンツンしてるから困ってるんですっ!」


 へぇー、言ってもわかんないヤツには一発痛い目に遭わしてやりゃいいと思うんだけど、そういうわけにもいかないんだろう。文字通り身体が商売道具だから傷付けちゃいけないだろうし。


「つまり俺が客に扮してその子の相手になることで気持ち悪い客との接客にも慣れてもらおうってことだな? しっかたねぇなぁ、いいぞ、ただし料金はタダで頼むな」

「いや勝手に話進めないでくださいよ~。それに葬哉くん全然気持ち悪くないですよ? むしろカッコいいですっ! 相手ならいつでもどこでもあたしが~」

「わかったわかった謝るから、冗談だから真に受けるな。だから足で俺の太もも撫でるのやめてくれ」

「えへへ~、葬哉くん理性の塊ですねぇ~。普通女の子にこんなことされたらすぐに女の子連れてトイレの個室駆け込むもんですよ~?」

「悪いけど俺、そういうことは結婚相手とするって決めてるからー」

「さっきは『しっかたねぇなぁ』って言ってうちのお店でエッチする気だったのにぃ?」

「それはそれ、これはこれだ」

「ふ~ん。そっかぁ」


 一二はクスクスと楽しげに微笑み、足を下ろした。

 ……あっぶねぇ、もう少しさわさわされてたら下腹部が小学一年生の元気良過ぎる『はーい!』状態になっちゃうとこだったよ。セーフ、半立ち半立ち。


「ま、それはさておき~。葬哉くんにはその子のボディガードをしてほしいんですっ!」

「ボディガード? なんでボディガード?」

「……その子が『よく考えたら、客と一対一でヤるとかだいぶやばたにえんじゃないスか? ボディガ付けてくんないと怖くて無理っスわ』って言うんです~」

「なるほどな。その後輩ちゃんが俺の嫌いなタイプだってことはわかったわ」


 『やばたにえん』ってリアルで口にするようなヤツ、絶対ウザいに決まってる。なんだやばたにえんって、普通にやばいって言った方が早ぇだろ。


「お願いです葬哉くん! これ以上あの子のせいでお店の評判下げちゃったら教育係のあたしも怒られちゃうんですよぉ~!」

「いやでもなぁ、ボディガードって具体的に何すりゃいいの」

「個室の前で待機してもらえたらいいんですっ! ただ立ってるだけ、葬哉くん得意でしょ?」

「お前完全に俺のことバカにしてんな?」


 まぁ……実際得意ですけども。


「あれ……ていうかそれ、全然校長関係なくね?」

「あたし昨日送ったじゃないですか~。もちろんですって」

「え、あれマジだったの。返信来るの遅かったから図星過ぎて返信に困ってるんだと思ってた」

「あ~、ちょうど葬哉くんからの返信見たところで指名入っちゃったので~」

「仕事中だったんかい」


 しかし、校長絡みでないのなら尚のことだ。俺はあくまで校長に弱みを握られているから、様々な面倒ごと厄介ごとを引き受けているだけであり、頼まれたからと言って何でもやってあげるほど良い人ではない。だから今回は一二には悪いけど、断らせて――。


「……一日でいいので、引き受けてくれませんか~?」

「……………………わかった」

「ほ、ホントですかぁ!? やったぁ! ありがとう葬哉くん~! 大好きっ、お礼に今すぐ一発~」

「やめろ」


 負けた、またしても。今度は一二の上目遣いに引き受けないという決意をがっつり持ってかれてしまった。畜生、あまりにも童貞過ぎるぞ俺。顔可愛い後輩にちょっと頼み込まれただけで引き受けちまうなんて。穢谷けがれや葬哉そうやも落ちたな。社会不適合者日本代表失格だ。


「ただ、もし万一マジでボディガードが必要な状況になった時、俺じゃ何も出来ないだろうからひとり連れてきてもいいか?」

「えぇ~、それはもう全然いいですよぉ。でも、誰を誘うんですか~?」

「ボディガードするために生まれてきたっつっても過言じゃない人だよ」


 俺は一二にそう返すも、もちろん誰のことを言っているのかピンと来ていない一二は小首を傾げた。にしても、面倒ごとがついに校長経由でもなくなってしまったな。俺の良い人化が止まらないぜ。

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