No.6『ソレって、結局ただの妬みと嫉みだよねw?』
吹奏楽部にやる気を出させるという面倒ごとを開始して、今日で三日目。昨日、
実際、もし実行するとしたら蓼丸さんはツラい役目と言うか『なんで私がこんなこと』的な役回りになる。俺も強要する気はさらさらないが、正直これを嫌だと言われたらもう何も案が浮かばないと思う。
かと言ってこの策で確実に部員たちがやる気を出して部活に参加するようになるのかと問われれば、そうでもないと答えるしかない。何故ならこれは
ただまぁこれが厄介なことに、情というものが不安定な要素である以上、確定事項であると言い切ることが出来ない。
まずいなー、断られたらどうしよ。解決出来なかったら俺はほぼ確で留年、春夏秋冬は腹黒をバラされてしまう。改めて考えてみたらマジで教職員とは思えねぇなあの人。やっぱ金の力で校長になった説濃厚。
「いやーw、しっかし蓼丸ちゃんはどうするかなw。優しい蓼丸ちゃんでも堪えられないことがあるかもしれないしさぁ」
「その時はその時でまた別の作戦を考えるしかないでしょ」
「蓼丸さんもバカじゃないだろ。これで手を打ってくれるはずだって。てか手を打ってもらわなきゃ困る」
「穢谷さぁ、もっと蓼丸先輩の気持ちも汲み取りなさいよ。いや、あんたのことだから汲み取ってないんじゃなくて、汲み取ってるけどわざと考えないようにしてるのかしら?」
よく俺の性格をご存知で。俺だってこの策は蓼丸さんが不憫極まりないとは思う。でもこっちにだって事情がある。この面倒ごとを意地でも成し遂げなくてはいけないのだ。そのためにも俺は蓼丸さんへの同情心は捨てる。同情したら負けだ。
俺と春夏秋冬、平戸さんは例によって吹奏楽部の活動場所である六棟最上階へ上がる階段を登る。するとふと、人の声が耳に入った。三日目にして、蓼丸さんではない男の声が。最上階に近付くにつれて、その声はもちろんながらよく聞こえるようになり、いつもの教室を覗いてみるとそこには。
「どういう状況だこりゃ……」
複数の生徒が蓼丸さんの前に立ち尽くし、それぞれが皆何かのプリントを握り締めていた。まさか、ここに来て部員が部活に参加しだしたってのか? いやそれにしては空気が緊迫しまくってるし……。
「あ、穢谷くんたち……っ!」
「やー蓼丸ちゃんw。これは一体何事だい?」
「えっと……実はみんな吹奏楽部の後輩たちなんだけど、急に来て……」
何やら蓼丸さんは俯き、悲しそうに目を伏せる。急に来てなんだよ、その先を知りたいんだよ。と思っていたら、ひとりの男子生徒が俺たちに向かって一歩前に出て来て口を開いた。
「退部届けを提出しにきたんだよ。蓼丸部長にね」
「は? 退部届け?」
ツリ目でいかにも性格悪いヤツ感満載の澄ました顔した野郎は、俺が首を捻るとフっと鼻で嘲ってきた。なんなのコイツ、超イラるんだけど。一発顔に喰らわしてぇ。
「みんなこの部活にいたところで自分たちのためにはならない、意味がないと判断したんだ。だからみんなでやめることにしたんだよ。ねぇ?」
ソイツは後ろを振り返ってその他の部員たちに相槌を求めるが、皆黙ってバツが悪そうに俯いている。
「意味がないって言うか、お前ら部活来てねぇんだから判断のしようもねぇだろ」
「いやいや楽器も出来ないし楽譜も読めないような部長の
「一々癇に障るガキだなぁww……」
俺の背後で平戸さんがボソっと呟いた。同感だよ、コイツが蓼丸さんの言ってたひとり上手いトランペッターってヤツだな。そして部内のカーストトップで、その他部員たちにサボらないといけない空気を醸し出していた張本人ってわけだ。
「演奏が上手くなりたくて吹奏楽部に入ったのに、下手な先輩に教わりたくないって考えるのは当然だろ?」
「き、君ねぇ……! 蓼丸先輩に失礼なこと言ってる自覚はないの?」
春夏秋冬は裏モードになっちゃいそうなギリギリの表モード口調でトランペット野郎に言った。しかしソイツは何処吹く風、澄ました顔を崩さない。
「失礼なこと? 君は何を言ってるんだ、僕は事実しか言ってない。蓼丸さんは楽器が下手で楽譜も読めなくて、ただの音楽好きってだけ。吹奏楽部の部長には世界一向いてない存在だからね」
「……知ったような口利くのね、蓼丸先輩がどれだけ部員のこと考えてるかも知らないクセに」
「落ち着け春夏秋冬。お前裏の顔になりやすくなってるって」
「わかってるわよ。だから我慢して小声で言ったの」
確かに蓼丸さんの心情を知っている春夏秋冬がトランペット野郎の言うことにイライラしてしまうのもわかる。実際俺だって知ってるわけで、他人から人の気も知らず勝手に知り合いを悪者扱いされているようなものなのだから。
しかもコイツは元々サボりの主犯格だ。それで既に蓼丸さんの気が滅入っているとわかるだろうに、今度は部員全員を引き連れて退部してやると抜かしている。何の恨みがあればここまで蓼丸さんを貶めようと思えるのだろうか。
「だいたいね、僕たちはイラついてるんだ。絶対音感という音楽的才能を生まれつき持っていながら、楽器も出来ない楽譜も読めない……そんな蓼丸部長がムカつくんだよ!」
近場にあった椅子に思いっきり蹴りを入れるトランペット野郎。一年生の女の子数人がその音にビクっと身体を震わせる。
「ん? ちょっと待て。なんの話だよ絶対音感って」
「あれ、聞かされてないの君? 蓼丸部長が絶対音感の持ち主だってこと」
「聞かされてねぇよ」
「えー、でもうち言ったやん。耳は良い方やけんって……」
えー、あれそういう意味だったんかーい……。ということは、楽器が下手な蓼丸さんに指導されるのがウザくてサボっていたのではなく、絶対音感を持っているクセにそれを持て余している蓼丸さんにイラついてサボっていたと言うのか。
それってなんか、あまりにも理由が子供過ぎやしないか。
「絶対音感ってあれよね? どんな音でもドレミファソラシドのどれかわかるやつ」
「その通り! 音楽をしているものなら喉から手が出るほど欲しい才能なんだ。それを……この人は無駄にしてる、僕は勿体無くて仕方ないよ! 才能を有意義に使えない蓼丸部長が哀れでならないね」
やれやれという感じで両手を挙げ、わざとらしくはぁとため息を吐いた。
蓼丸さんの顔を伺うと、何とも言い表し難い複雑な表情で口を真一文字に結んでおり、窓からの陽射しで目元が小さくきらきらと輝いている。
「さっきから君たちの、って言うか君の言い分聞いてて思ったんだけどさ。ソレって、結局ただの妬みと嫉みだよねw?」
「……は?」
「え、いやだってそうでしょw? 僕にはさっきから君が絶対音感持ってる蓼丸ちゃんに嫉妬してることを隠してわーわーイキってるザコにしか見えなかったけどw」
平戸さんはニタニタと平常通りの調子でトランペット野郎のことを煽った。すると煽られた方は平静を保つため、自分自身に言い聞かせるように反論。
「いや、あなたが誰かは知らないけど僕はトランペットで契約を結んでいる、いわば音楽界に認められた存在なんですよ」
「うん。……でw?」
「え……いやだから、は?」
「『は?』はこっちが言いたいよw! さっきから自慢話のつもりなのか何なのか知らないけど、僕には何が凄くてどこが自慢になってるのかさっぱりわかんないわww。偉いの、それw?」
「いや偉いとかそういう話じゃなくて、実力を認められているって言う……」
あまりにも場の空気にそぐわない素っ頓狂な平戸さんに戸惑っているトランペット野郎。だがそれでも平戸節は止まらず。
「あーなるほどねぇw。だったらさ、どうしてこの部活入ったの? ひとりの奏者として食っていけるレベルってことなんでしょ? だったらたかだか学校の部活に参加する必要ってなくないww? むしろ皆無だよねw君にメリットなーんにもないよね」
「いや、僕は同じ世代の楽器の演奏レベルがどれほどのものか知りたくて……」
「違うねぇwそんなの君の本心じゃない。君は自分の腕前を同世代の人間に見せびらかしてイキりたかっただけなんだよw。他人より優ってるからってデカい顔して満足する、そんな超チンケな人間なんだよ君はw!」
「な……っ! 違うっ、僕はそんなことっ!」
「違わない!」
刹那、平戸さんから発せられた声は、先程までの飄々とした声音ではなく、ビリビリと迫力のある耳にしたものを引き込む力があった。
がすぐにその雰囲気は解かれ、また飄々とした調子に戻って話し始める。
「いやでもいいんだよ別に。君がそんなイキり野郎だろうが何だろうが、ボクにはなぁんにも被害ないからw! 高校生だしイキりたくなる気持ちもわかるしね。それに君だけがクズなわけじゃあないw」
平戸さんは唖然とするトランペット野郎の奥、三十数名の部員たちに視線を移した。そして一歩前に出て、また口を開く。
「君たちも君たちだw! こんなヤツの言うことなんで聞いてたかは知らないけど、クズに賛同する人間もまたクズと同等! ひどい、実にひどいよ。蓼丸ちゃんがどれだけ君たちのことを思っていたかも知らないで、のうのうと学校生活送って、それでやっと来たかと思えば退部届けを提出しに来たぁw? 人の心は持ち合わせてないんですかあなた方は〜w!?」
「やめて平戸くん……」
「言っとくけど、このクズトランペッターくんに頭が上がらなかったとかどうとか、そんなの言い訳でしかないからねw。君たち部員全体で部活をサボっていたのは紛れも無い事実だw! そしてそれが原因で蓼丸ちゃんが悩まされたのもまた事実。他人に迷惑をかけるようなヤツって最低以外の何者でもないよねぇw」
「平戸くんってば……」
「あ、もしかしてそんな自分たちのクズさ加減を自覚して、部活に迷惑をかけちゃいけないと思って退部届けを出しに来たのかなw!? それだったら褒めてあげないといけないけど、君たちのクズさは救いようもないよねww。みんなでサボれば怖くない的な? 性格ブス過ぎる〜w。蓼丸ちゃんの後輩である資格ないね、さっさと退部しなよwww! 蓼丸ちゃんの代わりにボクがその退部届け受け取ってあげるから! ほら、早く早く――」
そこで平戸さんの饒舌は途切れた。あのまま永遠に喋っていてもおかしくないレベルだった平戸さんの言葉を止めたのは、蓼丸さんの強烈なビンタだった。
蓼丸さんは今までになく真剣な表情で平戸さんを見つめ、少し怒ったような口調でこう言った。
「平戸くん。部長失格のうちば悪く言うとは良かけど……うちの後輩たちのことば悪く言うとはやめてくれんね」
「……部長」
自分たちは部活をサボって蓼丸さんに迷惑をかけていた。それなのに今自分たちを庇ってくれているのは、迷惑をかけていたはずの蓼丸さん。今の部員たちの心情は、俺には読み取れない。きっとひとりひとりそれぞれ複雑な感情が心の中で絡み合っているはずだ。
「……そうだ、その人の言う通りだ。君たちは僕と同じで蓼丸部長に迷惑をかけた。さっさと退部して責任取るしかないんだよ……!」
呆然と立ち尽くしていたトランペット野郎が突然、部員たちに向かって威圧するように小さく叫んだ。だけど彼の存在は部員たちの中で、文字通り小さくなっている。彼の言葉で退部届けを蓼丸さんに提出しようと動く者はいない。
「ごめん、私たち……あなたみたいに上手くないから。部活としてみんなで団結して、それで上手くなっていきたいの」
ひとりの女子生徒が、部員たちを代表するように宣言した。部員同士で話し合っている様子は無かったが、これがきっと本来の部員たちの総意なのだろう。
「は、はぁ!? お前、僕に反抗するつもりだってのかよ! 僕の会社とのコネで契約を結ぶ約束は破棄してやってもいいんだぞ!」
「えぇ、もういいわよ。確かに私は、ていうか私たちほとんどがあなたにコネでプロ奏者にしてやるって言われてあなたに従ってた。だけど、そんなんじゃダメだったのよね」
「……なにを言って」
「コネなんか使っても、本当に胸を張って音楽が好きだって、音楽を職にしてますとは言えない。だからもうコネでプロになろうとはしないから、あなたにも従わないわ。退部もしない、あなたがしたいなら勝手にして」
「……チッ! 下手くそが……音楽界に憧れてコネに頼ろうとしたクズが調子乗んな!!」
女生徒がはっきり言い放つと、彼は大きな舌打ちをし、あろうことか拳を握り締めて女生徒に振りかざした。がしかし、その拳は女生徒に当たる前に平戸さんに掴まれて止まった。
「おいおい~w。女の子に手出すのはダメでしょーw。君、もしかして性格ブス?」
「く……ッ!」
平戸さんの手を振り払うと、悔しそうにギリっと歯噛みするトランペット野郎。ここまでを振り返るに、彼にも彼なりの部活をサボっていた理由があった。絶対音感という才能を持つ蓼丸さんへの悪感情寄りの憧れ、嫉妬が彼の部活をサボる起因だったらしい。本来なら部活の先輩へ尊敬となるべきもののはずが、このパターンのように蓼丸さんの先天性の才能を前にして、努力で頑張ってきたトランペット野郎は部活の先輩へ嫉妬したのだ。そして彼はそれを他の部員にまで押し付けた。
将来音楽関連の職に就きたいと思っている人間なら、蓼丸さんの持つ絶対音感という才能は持っていて損は無いものなのだろう。トランペット野郎はきっとその才能が羨ましかった。持っている人に憧れていた。
それなのに、部活の先輩がそれを持っていて、しかも楽器は出来ない楽譜も読めないただ音楽が好きだから吹奏楽部をしてると言うのだ。絶対音感を持っているのに音楽的センスが全くなく才能を無駄にしている蓼丸さんに、憤りと嫉妬を覚えてしまった結果、こういう状況を作り出してしまったということなのだろう。
「あれぇw? どこ行くの?」
扉に手をかけるトランペット野郎に平戸さんが問うと、ぶっきらぼうに呟いた。
「……帰るんだよ」
「あぁw、ボクに論破されちゃって居心地悪いから逃げ帰るんだね」
「う、うるさい!」
トランペット野郎はピシャリと扉を乱暴に閉め、教室を出て行った。
「あぁいう腹立たしいヤツは潰したくなるけど、もう施設じゃないからガマンしないとだよなぁw」
平戸さんは閉まった扉をジッと見つめて独り言を呟く。チラッと見えた平戸さんの表情は、恐怖すら覚える気味の悪い笑顔で、俺は本能的に彼から後ずさりしてしまった。
「あの、蓼丸部長……」
「……ん。なんかな」
「すみませんでした!!」
トランペット野郎がいなくなると、部員たちは蓼丸さんの前に並んだ。そしてあの先程部員を代表していた女子生徒が頭を下げ、それに続くように他の部員も頭を下げて謝罪の言葉を述べる。
「私は彼のコネでプロ奏者になれるかもしれないって、そっちにつられて彼の言うこと聞いて、それでずっとサボってました。謝っても謝りきれません……蓼丸部長が、私たちのことっ、サボってた私たちを悪く言うなって言ってくれて……。私、なんてひどいことしてたんだろうって、思って!」
「ちょっとぉ……泣かんといてよ! うちまでつられちゃうやろぉー……」
ここから先は俺はもう知らない。後のことは吹奏楽部の問題だから、吹奏楽部だけで水入らず話をする方が良い。俺たちは教室をそっと後にした。
帰り道、春夏秋冬は満足そうにし、平戸さんはビンタされていたけど、楽しそうにニタニタと笑っていた。俺は今回の面倒ごとの終着に、一体どんな顔をしていたんだろうか。
△▼△▼△
今回の吹奏楽部一件は、結果として俺の出したあの残酷な案を実行するにまでは至らず、部員たちの和解によって解決した。解決から二日ほどが経過し、放課後になるとすぐに楽器の音色が聞こえてくるようになっている。校長からの命令通り、やる気を持って部活動に参加しているみたいだ。
「ホントに色々ありがとうね。感謝してもしきれんわ」
「まぁ、結局アイツは退部しちゃったみたいですけどね」
「うん……あん子は、うちも止めきれんやった。もうここにいても居場所がないって思ったとかもしれん」
空席になっている椅子を見つめ、少しだけ悔しそうに言う蓼丸さん。まぁ彼の心情を察するに、確かに今後を考えたら居場所がないだろうし、今更あんだけ蓼丸さんディスっといて他の部員たちとにこやかに部活動出来るわけねぇもん。アイツプライド高そうだったし。
「気にする必要無いですよ蓼丸先輩。あんなヤツ、将来トランペットで食えなくなって飢え◯ねばいいのよ」
「それは流石に言い過ぎじゃ無いですかね春夏秋冬さん?」
あのトランペット野郎にもそれなりに思うところがあったんだろうから、少しは許してやろうよ。音楽に対して本気だったからこそ、蓼丸さんを妬み嫉んだんだろうし。
でもまぁ仕方ないことなのだ。思春期真っ盛りの現俺たち世代は、よく他人を羨み、よく他人に嫉妬する。そしていくら大人ぶってもまだ子供なのだ。自分の心を制御出来てない高校生はごまんといる。アイツもその類で、嫉妬から蓼丸さんへ嫌がらせのようなことをしてしまったわけだ。
「あ、そうだ。今日、平戸くんは来とらんと? うち、ビンタしちゃったことまだちゃんと謝れてなかとさね」
「俺は最近全然会ってないです。校内で見かけないんですよね」
「そっかー。……ビンタしちゃったのは悪かったと思っとるけど、正直平戸くんがああ言ってなかったらこうして部活再開出来てなかと思うけん、ちょっと感謝しとるんよね」
蓼丸さんの言うように、平戸さんが部員たちのことをボロカス言って蓼丸さんがそれを庇っていなければ、吹奏楽部は多分全員退部して廃部になっていただろう。蓼丸さんの部員への思いを直に受け取った部員たちが心動かされ、トランペット野郎以外は退部届けを引っ込めたのだ。
「改めて、ホントありがとう。結局ひとり退部してしまったけど、こうして部活が出来るようになっただけでも
「そんなに感謝されるようなことしてませんからいいですよ」
「そうですよー。コイツ、元々蓼丸先輩にツラい役回りさせて解決しようとしてたクズカス野郎ですし、感謝なんてしたら負けですよ」
「おいコラ、お前も賛成派だっただろうがよ」
「あーあー、うるさいうるさい。あんた細かいのよね。今更賛成反対だったとかどうでもいいじゃん」
「どうでも良くねぇだろ! 俺が超最低なヤツみたいになっちゃうじゃねえか。そんなテキトーだからすぐ裏の顔になっちまうんだよ」
「はぁ!? それとこれとは関係ないじゃん!」
「はははっ。春夏秋冬ちゃんは、穢谷くんの前だとホントいきいきしとるね」
「へっ?」
蓼丸さんの言葉に、春夏秋冬は間抜けな声を出した。
「みんなにいい子ちゃんぶるとも良かけど、うちはそっちの春夏秋冬ちゃんも可愛らしかと思うよ?」
ニコッと蓼丸さんは春夏秋冬に笑いかけ、クルッと踵を返して部活に戻っていった。
「あれ……私、いつから蓼丸先輩の前でこっちになっちゃってた!?」
「知るかよ……んなお前のこと観察してねぇわ。つか、お前の本性知ってる人面倒ごとこなす度に増えていくな。いっそのこともう全部知り合いにバラしちまえばいいんじゃねぇの」
「嫌よ、私超性格悪い子に思われるじゃん」
「実際悪りぃじゃん」
「あ?」
ほら、そういうとこですよ春夏秋冬さん? そうやってすぐ威圧するような目するところ。
「……でも良いの? もし私が自分から秘密バラしたとしたらあんたは超人気者の私に泡吹かすってこと出来なくなるわよ?」
「まぁ別にそれバラしても人気者のままでいるんなら好きにしてくれて構わんけどな」
「じゃ無理ね。この秘密バレた瞬間、多分私のカーストあんたより落ちるわよ。元が高い
何故そんな胸を張るのかはわからないが、元よりカーストの上位にいた者が突然下位に落ちること、そう少なく無い。イジメが何きっかけで始まるのかわからないのと一緒だ。
「だから結局校長なのよ校長。あの人に見つからないでいればこんなことにはなってないんだから」
ため息を吐く春夏秋冬。確かに校長にさえバレていなければ今俺とこうして喋っているなんてこともあり得なかっただろう。
でも俺としてはあの時、初めて校長室に呼ばれた時、少しだけ有り難いとも思っていた。俺には春夏秋冬と接触する機会を与えてもらったようなものだ。春夏秋冬と交わした約束を覚えてはいても、陰キャ極めてる俺には全然絡む機会が無かったからな。
「……あ、そうだ校長で思い出した。春夏秋冬、あん時なんて言おうとしてたんだ?」
「あん時っていつ?」
「吹奏楽部の部室誰もわかってないのにテキトーに歩いてて、お前が俺呼び止めて平戸さん経由で校長の過去を探るぞ的な話してただろ? そん時になんか言おうとしてて平戸さんに止められちまったじゃん」
「あぁ……。あんたも相変わらず変に余計なこと覚えてるわね」
そう。確か『それに私、こうやって校長に弱み握られてなかったら――』で途切れてしまったはずだ。
「――あんたともこうして普通に喋れてないだろうし。って言おうとしてたのよ」
「っ! ……ほーん」
「聞いといてめちゃくちゃ興味無さそうじゃん。なんなのよあんた」
興味無さげな反応はあくまで咄嗟にとった抵抗だ。本当はめちゃくちゃ驚いた。果たして春夏秋冬がどういう意味でそれを言おうとしていたのかは定かでは無いし、どういう意味か聞く度胸も無い。
しかしながら、先程俺が考えていたことと内容が同じだったことに、俺は何故か心臓が飛び跳ねたような感覚に襲われたのだった。そしてそんな感覚は今までの人生で味わったことがなく、俺はしばらくの間心拍数が上昇するのを感じていた。
ま、何はともあれ、二学期最初の面倒ごとは様々な偶然が重なり合い、解決したのだった。
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