No.5『こういう性格の人間は、部長には向いていない』

 吹奏楽部の落ちぶれ具合を見て、部長の蓼丸たでまる癒詈ゆりさんと顔を合わせた日の翌日の放課後。俺は春夏秋冬と共に再度吹奏楽部の活動場所である六棟最上階を目指していた。


「昨日、色々探りいれてみたんだけどさ」

「なにそのガチハッカーみたいな言い方。超かっけぇじゃん」

「そういうのいいから話聞け」

「……」


 んな睨まなくてもいいじゃん。ちょっとくらいの冗談許してくれよ。


「なんかね、やっぱりみんながみんな部活をサボりたくてサボってるわけじゃないみたいなの」

「と言うと?」

「蓼丸先輩が二年生にひとりめちゃくちゃ上手いトランペッターがいるって言ってたでしょ? ソイツ、私は直接は知らないんだけど五組って情報は手に入れたからもんめ夏込かごめに聞いてみたのよ」


 華一かいちもんめ籠目ろうもく夏込かごめ。三度の飯より恋バナ大好き系バレー部マネジ二人組だ。陽キャという言葉を具現化した陽キャの手本みたいなヤツらで、普通なら俺とは永久に絡むことのない人種なのだが、夏休み中の合宿手伝いでがっつり知り合ってしまった。最近はラインでボケての画像めっちゃ送ってくる。んでそれに反応しなかったらスタ爆してきてウザいので、現在二人ともブロックしています。


「五組のカースト的には中の上くらいなんだけど、吹奏楽部の部員はソイツに頭上がんないらしいの」

「へぇー。なんで?」

「なんかトランペット界じゃそこそこ有名なんだってよ。今も既に音楽会社と契約してるんだって」

「なるほど、いけ好かないヤツってことか」

「結論が早い……まぁあながち間違って無いんだけど、話は最後まで聞いて。それでね、他の吹奏楽部員に直接聞いてみたんだけど、やっぱりソイツが言いだしっぺみたい」

「部活サボろうって言い出したヤツってこと?」

「うん。吹奏楽部のカーストじゃトップだから、誰もソイツに逆らえないって言うか……部活行くなよみたいな雰囲気醸し出してるっぽいわ」


 なるほど。やはり昨日の推測は惜しいとこまでいっていたようだ。吹奏楽部には、たったひとりの影響でサボる風潮が蔓延していたらしい。


「なるほどなぁ。部内カーストトップからの威圧に対抗出来ねぇってわけか」

「そういうことね。ただソイツがなんで部活サボろうって言い出したのかまでは調べきれなかったわ」

「いや別にそこまで求めてないし。むしろ調べてくれただけでもありがてぇから」

「勘違いしないでよねー、べつにあんたのためなんかじゃないんだからー」

「お前それ真顔で棒読みしちゃいけないセリフNo.1だぞ」


 俺が珍しく感謝の言葉……とも言い難いが、それっぽいことを述べてやったというのに、春夏秋冬はツンデレヒロインの口調を棒読みで真似して茶化してきた。春夏秋冬の時々出るボケ、オッサンが冗談をめちゃめちゃ真顔で言ってきてそれ冗談なの本気なのどっちなのみたいになっちゃう時の感じと同じで反応に困る。言いたいこと伝われー。


「にしても、それがわかったところで私たちにはどうしようもないわよね」

「まぁそうだな……そのトランペット野郎以外の部員全員に部活に来るように言って、逆に来てないソイツをハブるとかどうだ?」

「それ、蓼丸先輩が納得すると思う?」

「納得させるしかねぇわな。前に進むためにはなにかを切り捨てることも必要だって」


 だが人間というものは厄介なことに、大切なものを捨てる時に決心が必要だ。それが物であろうと者であろうと、手放すために手放すための心を決めなくてはいけない。逆に言えば、決心せずに捨てることが出来たものは大切なものでは無かったということになる。

 果たして蓼丸さんが自分の言うことを聞かない後輩を大切に思っているのかどうかだが、まぁよっぽど後輩想いな人じゃねぇ限り大切に思うわけねぇわな。


「でも、昨日あんたが言ってたアレで手を打つのが一番なのかなとは思うけどね」

「昨日言ってた……あの蓼丸さんに謝罪させるヤツ?」

「うん、ソレソレ。蓼丸先輩には悪いって言うか蓼丸先輩自体はなんにも悪いことしてないけど、そうでもしないと解決策が無いような気もするし」


 春夏秋冬も昨日俺が提案した、蓼丸さんが自分がウザがられていることを認めたことにして部員全員に謝る、そして今後の部活動では口出しはしないようにする、という策に賛成のようだ。蓼丸さんは確かに不憫だけど、実際五年間吹奏楽やってて一切楽器出来ないって言うのも変な話だし、それを自覚していて出来るヤツに指導するってのも普通に考えて図々しいの極みだろう。だから蓼丸さんが何ひとつとして悪いことしていないわけでもないのだ。ゆえに蓼丸さんにも非があるわけで。部員たちにも同じく非があってどっちもどっちなわけで。

 そうやって思考を巡らせている内に、吹奏楽部の活動拠点である六棟最上階にまで辿り着いた。昨日蓼丸さんと話した教室を覗くと、そこにはひとり机に向かい、何やら熱心にノートに書き込んでいる蓼丸さんがいた。


「んー、やっぱり演奏して楽しいのは自分が知っとる曲やろうし、もっと有名な曲のほうがよかかな……」


木星ジュピター……いや、みんなでするにはまだ難易度高いか……」


「うーん。ひとりひとり別々に基礎練習もさせんばやし……」


 時折ノートから顔を上げては腕を組んで独り言を呟く蓼丸さん。その表情は真剣そのもので、俺と春夏秋冬は声をかけるのを躊躇ってしまっていた。


「ねぇw! 二人とも何してんのww?」

「「うわっ!?」」

「わっ……!?」


 突然背後から投げかけられた声に大声で飛び退いてしまった。そしてその声に驚いた蓼丸さんも目を丸くして声をあげる。振り返るといつの間にやら遅れてやって来た平戸さんが安定のニタニタ笑顔を浮かべて立っていた。


「なんだ、みんな来とったんなら声かけてくれたら良かったとに」

「あ、いや。ちょっと蓼丸さんが真剣に何か考え込んでるようだったんで……」

「えっ! じゃもしかしてずっと見とったと!? もぉ、恥ずかしかやん!」


 蓼丸さんは顔を恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。可愛いんだけど方言相変わらずキツいっす。あ、夫婦島みたいになっちゃった。


「あの、ちなみに何してたんですか? 演奏とか基礎練習とか聞こえたんですけど」


 春夏秋冬が問うと、蓼丸さんはこれまた恥ずかしそうにたははと微笑み頬をかく。そして先程まで何かを書き込んでいたノートをこちらに向ける。


「うちね、放課後はいつも残って練習メニューとか課題曲なんにしようかなーとか考えたりしてるんよ」

「え?」

「部員は全然来てないのにww?」

「そうけど、いつ何きっかけで顔出してくれるかわからんしさ~。誰が来ても良いようにね」


 蓼丸さんのノートにはいくつもの候補曲が書かれていたり、おそらく部員の名前だと思うが、それぞれひとりひとりに違う練習メニューが細かく書き込まれていた。それは楽器それぞれで今後の課題になってくるところも違うし、練習の仕方も変えなくてはならないからだと思うけど、正直俺は信じられなかった。だってこの人は、来てもいない後輩たちのために放課後いつも練習メニューを考えていると言っているのだ。しかもその後輩たちは自分の言うことも聞いてくれず、部活サボってるヤツらなのにだ。

 ……どれだけ人が良ければそこまで後輩に尽くすことが出来るんだよ。夏休みの海の家バイト中巻き込まれた聖柄への告白騒動、その時に発覚した聖柄のアセクシャルと。俺はなんだかそれと似た感覚を覚えてしまった。

 確かに一見蓼丸さんは自分以外皆部活に来ていないのに練習メニューを考えたり、部員のために尽力したりと部長としてはこれ以上にない素晴らしい存在かもしれない。だけどそれでは部長は勤まらないのだ。時には厳しく一喝し、時には優しく寄り添う。まさしく飴と鞭を上手く使い分けることが出来る人間が部長という存在にふさわしい。

 蓼丸さんは優し過ぎる。他人に対して尽くし過ぎている。そしてこういう性格の人間は、部長に向いていないのだ。そう結論付けてみると、蓼丸さんが部をまとめきれていないのは仕様が無いことで、当然の事象とも言えるのかもしれない。


「優しいんだねぇ蓼丸ちゃんはw。来てもない部員のためにそこまでしてあげるなんて」

「でも言ったらこんなん結局、うちの自己満でやってるようなもんやけん。うちは部長失格ばい。本当ならこんなんしとる時間あったら部員連れて来んばいけんとやろうけど、ビビって出来ん」

「ビビって出来ないって、どうして……部長なんだからサボりを連れて来ようとするのは当然ですよ!」

「あんましつこかったら嫌われちゃいそうやん? うち、人に嫌われたくなかもん」


 意味がわからねぇ。部長として当然の行いをしてそれで嫌われたところで何を気にするというのだ。


「蓼丸さん――」


 俺は自分の考えた策を話した。きっと部員たちは楽器出来ない蓼丸さんからの指導がウザいんだと。ウザいから部活をサボっているんだと。そして二年のトランペット野郎が主軸になって部活をサボっているのだと。だから自分がウザくてごめんなさい、楽器出来ないクセに部長だからって口出ししてごめんなさいとひとりひとり謝罪して、再度部活に来てくれと頼み込み、今後一切部活中に口出しはしないようにしましょうと。

 俺の言葉を聞き終えると、蓼丸さんは深く鼻でため息を吐き、寂しそうにぎこちなく笑った。


「そっか〜。やっぱ楽器出来んクセにあれこれ言ったらダメやったか……。でもそりゃそうよね、自分より下手いヤツに口出しされたらウザいと思うはずやもん。部長なったけんって、うち張り切り過ぎたとかもしれんなぁ」

「い、いやでも、蓼丸先輩が全部悪いってわけじゃないですよ! こんなに部員のこと思ってる部長そうそういないですから!」


 春夏秋冬が今にも泣き出してしまうんじゃないかと思えるほど肩を落とす蓼丸さんへ、慌ててフォローを入れる。

 そこに空気読めてないのかわざと読んでないのかわからないが、終始変わらない飄々ひょうひょうとした出で立ちの平戸さんが続けて言った。


「今穢谷くんが言ったことを実際実行するかどうかは蓼丸ちゃん次第だからねw。今日寝る前にでもしっかり考えたらいいさww」

「まぁ俺的にはそれで手を打ってもらいたいんですけどね」

「ちょっと穢谷……っ!」


 ギロっと睨んでくる春夏秋冬。なんだよ、お前だってこれしか手が無いかもとか言ってたじゃねぇかよ。わかってんだよ蓼丸さんが不憫過ぎるってのは。ただ部員想い過ぎる部長ってだけなのに、謝るのはおかしいって理屈は俺にだってわかる。

 だけど何ひとつとして誰か又は何かの犠牲無しに解決出来るような問題は、世の中少ない。揉め事問題ごとは必ず誰かが損か苦労か不条理かを味わうことになる。理不尽なことを受け入れることも、ひとつの生きる術だと俺は親父に死ぬほど聞かされてきた。

 今回の件を解決するには、吹奏楽部にやる気を持たせるためには、部長である蓼丸さんに理不尽を受け入れてもらうことで終了するはずなのだ。だから悪いけど蓼丸さんには、涙を飲んで欲しい。

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