No.3『いやー、でも恥ずかしかしなぁ』
教室に入り、それぞれ椅子に座った。途端に身体の力が抜けて楽になる。思えば俺、職員室からずっと立ちっぱなしだ。
「んで話の続きなんやけど、うちがこの学校に入学する前は劉浦高吹奏楽部は普通に活動しとったんよ。けど残念なことにうちが一年の時に入部したらうち以外は誰も入部者がおらんかったっさ」
「はあ……」
やっぱ方言キッツイなぁ……。俺たちは今二つのことを同時に行わなくてはいけない状況だ。蓼丸さんの話の内容を聞くということと、蓼丸さんの方言を翻訳するということを。
「そいで先輩たちも引退してしまって、うちが自動的に部長なったんよ。その年は入部者もたくさんいて廃部にはならずに済んだんやけど……」
「……けど?」
「部員のみんなは部長のうちについて来てくれんかったと! うちが練習しよって言っても聞いてくれんし、もっと音こうしてって言っても言うこと聞いてくれんっさ。それで終いにはみんな部活に来んくなったってわけ」
「「へぇ〜……」」
訛りの強さに曖昧な相槌しか打てない。まぁ日本語であることに変わらないから何と無くはわかるんだよ。でもなんていうのかなぁ、イントネーションやら語尾がやっぱり違ってて聞き取りづれぇんだよなぁ。
先輩だから言うにも言えないし。……俺も変わっちまった。昔の俺なら先輩だからって躊躇うなんてことしなかったのに、いやマジでマジで。もうホント中学時代の俺はキレッキレだったからね、若手時代の千原ジ◯ニアばりに尖ってたから(イキってたとも言う)。
「なるほどぉ〜w。それは部長としては寂しいし責任感じちゃうよねぇw」
うんうんと激しく頷く平戸さん。なんであんたはスッと飲み込めちゃってんだよ。
「そうなんよ~! うちが何言っても知らんぷりでもう寂しくて仕方んなかとって。みんな部活に
蓼丸さんが悔しそうに歯噛みして話を終えると同時に、春夏秋冬が淡い虹色のシュシュの巻かれた左手で俺の服の裾をちょんちょんと軽く引っ張り、耳打ちしてきた。
「ヤバイわね。これはヤバイわよ穢谷……」
「え、何が?」
「訛りが強過ぎて何言ってるかさっぱりだったわ」
「……お前それ
聞き取る努力しようよ。俺も結構頑張ってたんだぞ。でもまぁ、気になるっちゃ気になるしなぁ。
「あの、蓼丸さん……」
「ん、なんかな?」
「さっきからその、方言がすごいと言いますか……」
「んあぁ~! そうやったそうやった! ごめんねぇ、聞き取りづらかったろ?」
「いや聞き取れはするんですけど」
「これでも標準語勉強して意識して使っとるつもりっちゃけどねー」
「え……っ!?」
嘘だろ、さっきまでの話し方で意識して標準語使ってたってのかよ。標準語要素一個も無かったじゃん。
「長崎出身なんやけど、父親が転勤族やけん色んなとこば転々としとってね。うちがここに入学してからは落ち着いとるとよ」
「なるほど長崎出身……。じゃその方言は博多弁ってことか」
「違う!! こいは長崎弁ばい! 博多弁と一緒にせんで!」
「長崎弁……? 博多弁とどう違うんですか?」
「……わからんけど、一緒にされるとはなんか嫌とって! 福岡と長崎は違うっちゃけんね!」
俺は何で怒られてるんだ……。博多弁と長崎弁の違いなんかわかるかよ。博多華〇大吉もおんなじような喋り方してるよ。
「方言の話はここらでやめましょうか。本題からズレちゃってるし」
春夏秋冬のヤロォ、お前が方言気になって仕方ないみたいな言い方するから俺がツッコんでやったってのに。
「吹奏楽部がどういう状況なのかはわかりました。ここからは、どうやって部員たちにやる気を出させるかを考えていきましょう」
「うちも結構試行錯誤したとばい? て言っても部員ひとりひとりに直接来てって言って回ったくらいやけど」
「てことは部員それぞれに部活をサボってるって自覚はあるってことですよね」
「うん、まぁ多分?」
「じゃあこれ以上言葉で伝えても意味はないですね。今度は行動で伝えましょう!」
「行動?」
春夏秋冬の意図することがわからず、
「蓼丸先輩が放課後にひとりで楽器の練習をして、それを帰宅してる部員にわざと聞かせるんです。そうすれば、部員たちはひとりでも練習してる先輩に悪いなぁって思うはずです!」
「なるほどねぇw。人の罪悪感を煽るってわけだ」
春夏秋冬の策を詳しく説明するならばこうだ。
蓼丸さんは既に部員たちへ部活に来るよう言っている。だからつまり、部員ひとりひとりに確実に部活をサボっているという意識が存在しているという状況だ。そこに部長である蓼丸さんが楽器を吹いている音が聞こえてきたら、サボっている人間はどう感じるだろうか。まぁ人それぞれだと思うけど、一般的な思考回路を持つ人間なら先輩に悪いなと、罪悪感を感じるはずなのだ。春夏秋冬はその罪悪感で部員を呼び寄せようとしたいのである。
まあ悪い作戦ではないと思うけど、どうだかなぁ。もし部員の中に俺みたいに考え方捻くれ野郎がいたら、『部長ひとりで部活してんじゃん、草生え散らかすわwww』と草に草生やしてしまう可能性だって充分にある。そんなヤツがいた場合は逆効果になってしまうと思うのだが……まぁそうそういるもんじゃないか。
そもそも、そんなことで集まった部員が本当の意味でやる気になっているかどうかが問題だと思う。罪悪感で部活に顔を出しても、その場しのぎで来ただけでまたすぐ来なくなるかもしれないし。
「うーん、でもなー。ちょっとそれは無理じゃなかかなぁ」
どうやら蓼丸さんも春夏秋冬の作戦にはあまり乗り気じゃないようだ。自分の策を否定され、めっちゃ不服そうな顔をした春夏秋冬が首を捻る。チミ、ちょっと表モードの継続時間が短くなってませんかね。
「……どうしてですか?」
「いやー、ちょっとまぁ……色々あるっていうか~」
「色々ってw?」
「いやー、でも恥ずかしかしなぁ。…………笑わんって誓える?」
「もちろんだよw! ボクたちは人のことを嘲笑するような人間じゃない。安心して言ってくれていいよww!」
と言いながら笑っている平戸さん。言葉と行動が矛盾しまくってんじゃねぇか。
だが平戸さんの言葉を受け、蓼丸さんは覚悟を決めたように深呼吸。そして恥ずかしそうに頭を掻きながら、軽~い感じでサラっと言った。
「実はうち、楽器まったく弾けんっさね~」
「「……は?」」
「やけんが、うち吹奏楽部やけど楽器は何も演奏出来んとって」
開いた口が塞がらないとはまさにこの状況だった。俺も春夏秋冬も唖然としてしまった。どれくらいそうしていたのかわからないが、ハッと我に返った春夏秋冬が恐る恐るといった口調で確認を取る。
「え、部長なんですよね。吹奏楽部の」
「そうばい」
「今年で吹奏楽部に入部して三年目ですよね」
「そうやね。中学校の時から数えたら、六年目やね!」
「中学生からやってて楽器出来ないのかよ!」
あまりの衝撃的事実に普通にツッコミを入れてしまった。どれだけ音楽的センスが無ければ五年もやってて楽器一個も出来ないような状態になれるのだろうか。
「で、でもうち、下手やけど下手なりに頑張っとるっちゃけんね!」
「……例えば?」
「楽譜読む練習とか、クラシック音楽聴いたりとか!」
「いや楽器に手ぇ付けろよ!」
「そもそも楽譜読めないんかいwww」
あれだけ笑わないよとか言ってたクセに、平戸さんは机をバンバン叩いて大爆笑。有口無行過ぎるだろ……。
「あの、蓼丸さん……部員って楽器出来るヤツばっかりですか?」
「んー、まぁそうやね。初心者の子もおるけど、三十二人いる部員の九割は楽器出来るばい。二年生にひとりめちゃめちゃ上手なトランペッターもおってね、その子は小学校の頃からコンクールで金賞ばっかり取るような凄か子なんよ」
「はあ。んで蓼丸さんはまったく出来ないんですよね?」
「出来んねー。いっくら練習しても全然上手くならんと」
「そんな蓼丸さんが楽器出来る後輩に指導するわけですよね」
「うん。楽器出来んけど耳は良かけん、音外れとったり、変やったりしたら言うようにしとったよ」
「……」
ここまでで俺の頭に浮上した吹奏楽部員が部活に来ない理由は二つ。ひとつは自分は楽器出来るのに、出来ない先輩からあーだこーだ言われるのがウザいから。そしてもうひとつは単純に蓼丸さんが嫌いだから。
後者だと、三十二人いるという部員全員が蓼丸さんのことを嫌っているとは考えにくいから可能性は低い。となるとやはり前者、下手クソなヤツから指導されるのが癪だからという理由になるのだが、その真偽は実際部員たちに聞いてみないとわからない。
「はぁ……。とりあえず、今日はもうお開きにしましょうか。各自家で部員にやる気を出させる方法を考えましょう」
「はーいw」
「あ、うちはもう少しここ残っとくね」
「そうですか。じゃあまた明日」
「うん。色々とありがとねー」
俺たちは蓼丸さんの見送りを受けて、教室を出る。
部員たちにやる気を出させるか……。今回の面倒ごとは、冗談抜きのマジでめちゃくちゃ無理難題な気がしてきた。
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