No.2『方言強めで聞き取りづらいの私だけ?』
「ちょっと。穢谷……」
「あ? なんだよ」
「しー……!」
校長室を出て廊下を歩いていると、春夏秋冬が囁くように俺を呼んだ。どうやら平戸さんには聞かれたくない話らしく、普通に反応しちゃった俺に向かって人差し指を立てる。
俺は平戸さんがグラウンドで練習してるサッカー部を眺めている隙に、後ろで手招きする春夏秋冬に近寄った。
「あんた、昨日の私のライン見た?」
「は? ライン? 全然見てねぇけど」
「なんでよ……! 寝る前に一回はメッセ来てないか確認するようにして。いい?」
「えー。お前知ってるか? 寝る前にブルーライト浴びると睡眠に良くないんだぞ」
「いいから確認しろ……!」
「わかったって……。んなキレんなよ」
青筋を立てながら小声で叫ぶ春夏秋冬を宥めるように言うと、春夏秋冬は一度息を整え、少し前を歩く平戸さんをジッと見て口を開く。
「平戸先輩は昔の校長を知ってるわ。穢谷、これはチャンスよ」
「……なにが?」
「私言ったじゃん。東西南北せんせーの弱みを握ってやるって。始業式の日に東西南北せんせー、平戸先輩が昔の話しようとしたらすっごい態度変わったでしょ?」
「あぁ、ありゃすごかったな」
「きっと隠したい過去があるに違いないわ。そしてそれを平戸先輩は知ってるはず……」
「つまり上手いこと昔の話を聞き出そうって魂胆だな?」
「うん、そういうことよ」
始業式の日、平戸さんが花魁先生変わっちゃったよねみたいな話をした時、東西南北校長は今まで見たことがないほど冷たい表情になった。冷たく且つ何かを恐れているような、そんな声音で昔の話はするなとも言っていた。
人間観察のプロである春夏秋冬じゃない俺でもわかる。あの言い方的に絶対何かしらの秘密があることは確定だ。校長は相当昔の話をされたくないようだからな。
その秘密が弱みとして握れるほどのものかどうかは定かではないが、知っておいて損は無いと春夏秋冬は考えているはずだ。
だけど俺としては、正直あまり知りたくは無い。人のことを知り過ぎるのは、あまり好きじゃないと言った方が良いかもしれないけれど。
「今後平戸先輩と絡む時は、昔の話を上手く聞き出すようにしましょ。でもあんまりはっきり聞いちゃダメだからね」
「……りょーかい」
春夏秋冬はやる気満々なため、取り敢えず頷いておくことにした。どうやらコイツは本気で校長の弱みを握る気でいるらしい。
「春夏秋冬、そんなに今の状況不満なのか?」
「……どうしてそんなこと聞くの?」
「あ、いや別に深い意味はねぇんだけど。なんとなく」
「そう。……別に不満ってわけでもないのよ。この状況になったからこそ出会えたヤツらもいるし。だからまぁ、なんて言うのかな。校長とは対等な立場になりたいわけよ」
「弱みを握り合ってってことか」
「そうね。それに私、こうやって校長に弱み握られてなかったら――」
「ねーねーw!」
春夏秋冬の言葉を遮り、いつの間にかこちらに振り返っていた平戸さん。
「さっきから二人でコソコソ何話してるのさー。ヒソヒソ話はしちゃダメだって小学校で言われただろw?」
「別に大したこと喋ってませんよ。テストの問題の話です」
「それなら別にいいんだけどさ〜w」
そう言って平戸さんは楽しげにクスクス笑う。マジでずっと笑ってんだよなぁこの人。東西南北校長にホント似てる。
「ところでさ、お二人さん」
「「はい?」」
「今ボク適当に歩いてるんだけど、吹奏楽部の部室どこにあるか知ってるんだよね?」
「……穢谷知ってる?」
「は? 春夏秋冬知ってんじゃねぇのかよ」
沈黙する俺たち三人。楽器の音すら聞こえないため場所が全くわからず、結局再度校長室に戻って部室の場所を聞く羽目になった。
△▼△▼△
一度校長室に戻り、校長から聞いた話によると、吹奏楽部の部室は音楽室ではなく(音楽室は合唱部が使用しているらしい)、定時制の教室棟の最上階の教室六つを使っているそうだ。ちなみに俺たち全日制の教室は一棟で、定時制の教室棟は六棟。普段ならば絶対に立ち寄らない。と言うか全日制は基本立ち入り禁止とされている。全日制の使う一から五棟は全て渡り廊下で繋がっているのだが、六棟だけは渡り廊下がなく、孤立している状態なのだ。
鍵を管理しているのは定時制の教師なので、定時制の職員室に向かい、事情を色々省きながら説明し、鍵を受け取ってグラウンドへ出た。面倒なことに一度一階へ降りてグラウンドの脇を通ってからじゃないと六棟へは行けないのだ。
「それにしても、吹奏楽部なのに全く楽器の音が聞こえてこないのはどうしてなんだろうねw」
「校長の言うやる気を出させるってのと繋がってるとみて間違いないんじゃない?」
今回校長から課された面倒ごとは、吹奏楽部にやる気を出させるというもの。やる気、と一口に言っても受け取り手の解釈によっていくつもの意味を持つと思うが、単純に考えてみてまず第一に思いつくのは部員の士気を上げるということだろう。事実、俺はこの学校内で金管、木管、弦、打楽器たちの音色を耳にしたことが一度も無い。選択音楽の授業でアルトリコーダーの音が聞こえるくらいで、吹奏楽部が合奏をしているのは聞いたことが無いのだ。高校入る前の吹奏楽部のイメージは、卒業式とかそういう学校の式典で校歌演奏したりするもんだったんだが、劉浦高ではそういうのはなかった。普通にCD音源だった。そういった理由で俺はこの学校に吹奏楽部があったことすら知らなかったんだけど、多分俺以外にもその存在を知らない生徒はいると思うんだよなぁ。
そんな風に思考を巡らせていると、いつの間にやら最上階にまでやって来ていた。無論、階段でも聞こえなかったくらいなのだから、ここに来ても楽器の音色は聞こえない。
「ホントにここなのって言いたくなるくらい静かね」
「もしかしたら今日部活休みの日なのかもしれないねw」
だとしたら校長ちょっとどころじゃなくアホだろ。だけど教室を覗いてみても、どこにも部員らしき姿は見えない。やはり今日は休みなのか、もしくは部員全員がサボっているのか。このどちらかだろう。
「君らが校長先生の言っとった助っ人さんたちかな?」
「「うわっ!?」」
突然後ろから声をかけられ、ビクっと肩を震わせる俺と春夏秋冬。振り返ると、そこにはぱぁっと明るい笑顔を浮かべたポニテの女子生徒が立っていた。大きくてピュアそうな瞳に遠目からでもわかる肌ツヤの良さ、加えてシワひとつない制服が清潔感ある女性というイメージを沸かせる。
「はははっ、ごめんごめん。驚かす気はなかったっちゃけどさ~」
「はあ、そうですか……」
「で、君たちはあれかな? 校長先生の言っとったボランティアさん?」
「あぁはい。そうだと思います」
「そっかそっか! 初めまして。うちは三年二組、吹奏楽部部長の
ぺこっと頭を下げる蓼丸さん。この人が吹奏楽部の部長……。美人で優しそうだし、部員がサボる理由が見つからない。俺だったらこの部長目当てで入部するまである。となるとやっぱり今日は部活が休みなのか。
「ボクは
「
平戸さんに続き、表モードで自己紹介する春夏秋冬。マジで初対面の人にはその自己紹介絶対するんですね。
「わー、よろしくー。ってことは君は
「なんで知ってるんですか……?」
「だっていつも春夏秋冬ちゃんと放送で呼ばれとぉやん! 結構三年生の間でも噂されたりしとぉばい?」
「あぁ、なるほど」
人気者春夏秋冬朱々と一緒に呼ばれる謎の陰キャ穢谷葬哉、まぁ噂になってしまってもおかしくないか。三年生からはどんな言われ方してんだろうなぁ、超ボロカス言われてそうだなー。超どうでもいいけど。
自己紹介が終わったところで、春夏秋冬が
「えっと、蓼丸先輩。私たち、校長先生に吹奏楽部のやる気を出させてくれって言われて来たんですけど。具体的に何かして欲しいこととかありますか?」
「うーん、これといって考えとらんっさねー。今日もみんな全然来とらんし……」
そう言ってちょっと寂しそうな目で廊下の奥に視線を移す蓼丸さん。俺はここに来る前から疑問だったことを問うてみた。
「あの、ちなみに何ですけど部員が来てないのって今日って部活が休みだからってわけじゃないんですよね?」
「いんや今日は部活の日だよ。ただただ誰も集まってないだけ。まぁいつものことっちゃけど」
「あ、あー。そうなんですね……」
「それってサボりww?」
「まぁ言い方悪くしたらそうけど、来てないのうちのせいでもあるやろぉけん、一概にサボっとるみんなば悪くは言えんっさね」
蓼丸さんはため息混じりに言って頰を人差し指でかく。
「うち、実は前から校長先生に吹部を活動させろって言われ続けてきたっとったんやけどさ」
「蓼丸ちゃんが?」
「うん。ホントは行事ごととかで演奏しなきゃいけないんやけど、今それやってなかろ?」
「そうですね。楽器持ってる生徒見たことないですね」
「そうやろー? もぉ部長ってホント大変やけんさー。……ここでずっと立って話すのもなんやし、ちょっと座ろうか!」
こちらが頷くのを見ることもせず、蓼丸さんは教室へと入っていく。そしてそれに続く平戸さん。
「ねぇ」
「なに」
「方言強めでちょっとどころじゃなく聞き取りづらいの私だけ?」
「安心しろ。俺もだ」
誰もそこに触れないから俺がおかしいのかと思っちゃってたよ。
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