第5.5話
『電車の中で』
「やっぱりこっち方面に帰る人って少ないのね」
「まぁそうだろうな。街の方と比べたらだいぶ田舎だし」
頭に超が付く美少女――
「てかあんた、なんで他に誰もいないのに立ってんの? もしかして見えないヤツ見えてますとか言うクソ寒い系の人?」
ガラ空きの電車内に、今のところ葬哉と朱々以外の姿は見当たらない。それなのに葬哉は何故か立ったまま座ろうとしないのだ。
不思議に思った朱々の問いに、葬哉は答える。
「俺はどれだけ空いてようが電車とかバスは立つようにしてんだよ」
「なんで? 筋トレ?」
「違ぇよ……。後から年食った年金貪り人間どもが乗ってきても、俺『席どうぞ』とか言う勇気ねぇから」
「……老人の言い表し方に悪意しか感じなかったんだけど」
「じゃあ言い方変えるわ。今の日本があるのは自分たちのお陰だとか言って過ぎたことにいつまでもデカい顔してるジジィババァ」
「うん。穢谷といると、自分よりもクズい人はいるんだなぁって安心するわー」
カップルの会話と言うには程遠く、仲良し友人同士の会話にも聞こえない。美少女の春夏秋冬朱々と中途半端なイケメン穢谷葬哉は、恋人ではなく友達でもない。何とも言い表し難い、敵であり、時には強力し合う仲であったりと不思議な関係性なのである。
「でも空いてんのに立ってるの、ちょっと馬鹿っぽいわよ?」
「……まぁこの時間なら席譲らなきゃいけないような歳のヤツ、乗ってこないか」
「そうそう。老人はクソ早く寝てクソ早く起きるもんよ。何でなんだろ、暇なのかな」
「お前もちょっと小馬鹿にしてるよな?」
葬哉がそう言いながら朱々から程良い距離の位置に座ろうと腰を下ろしかけた瞬間、電車が駅に停車。ドアが開き、ひとりの少年が乗車してきた。その少年はどこにでもいるような普通極まった顔立ちで、身長は少し低め。黒髪で長くも短くもない、特筆すべき点が全く無い外見。唯一特徴をあげるとすれば、乗車してきてから妙なことにずっとニタニタとした表情を浮かべているところだろうか。
葬哉はその表情に、ふと既視感を覚えた。どこかで見たことのある表情なのだが、それとはちょっとだけ違う、むしろこちらの方が出来上がっている――そんな自分でもよくわからない既視感だった。
「あの~すいませーんw!」
「……はい?」
葬哉と朱々の姿を見て、ニコニコ笑みを絶やさず近付いてくる少年。
「ちょっとボク、迷子になっちゃっててw。道教えてもらえませんか〜?」
「はぁ、俺がわかるかどうかはわかりませんけど良いですよ」
「おぉ! 親切で優しい人だw!」
何が可笑しいのかさっぱりわからないが、奇妙なことに少年はいつまでもニタニタと笑ったままだ。葬哉も朱々も、気味の悪さに気持ち身を引く。
「んで、どこ行きたいんですか?」
「えっと、
「……へぇ。劉浦高ですか」
「そうなんですよw! ボクそこで編入試験受けなきゃなんだけど、全然場所わかんなくって」
「ふーん、そうなんですか」
自分たちの通う高校の名が出来てたことで少しだけ驚いた二人。顔立ちが童顔なので、中学生くらいだと勘違いしていたのだ。
「んっ。そういえば、君たち二人は夏祭りか何かの帰り?」
「はい、そうですよ。よくわかりましたね」
少年の唐突な質問に、朱々が返す。すると少年は朱々の足を指差して笑った。
「その足の出来たばっかしの擦り傷を見るに、さっきまで慣れてない下駄を履いてたんだろうなって思ってさ〜w」
「すごい……! よく見てますね」
いや、よく見てるなんてレベルではない。レンタル浴衣(+下駄)を返却し、今朱々が履いているのは自分のウェッジソールサンダル。下駄の鼻緒で負った擦り傷部分はほんの少しだけしか見えていないのだ。
その少しだけ見える傷で下駄の鼻緒による擦り傷だと発想し、夏祭りに行っていたと連想出来る少年の思考に、葬哉は怪訝な顔をした。
「いや〜でも君羨ましいなぁ! こーんなに可愛い彼女さんと夏祭りに行けるなんてw!」
「「いや別に付き合ってないですよ」」
「えぇ~。そんなにキレイにハモってるのに付き合ってないのww? 相性最高だと思うけどなぁw」
声の揃った二人を見て可笑しそうにケタケタと笑う少年。
「それにしても付き合ってないのかぁ、勿体無いね。君たち高校生くらい?」
「はい」
「あ、もしかしてボクの行きたい劉浦高校の生徒だったりしてw!?」
「残念だけど、違いますね」
葬哉は平然と真顔で嘘を吐いた。朱々は目を見開き驚いたが、すぐに葬哉の意図を察して話を合わせた。
「劉浦高じゃなくって、
「あぁ~。この辺の子はそっちの生徒もいるのかーw」
「それよりも、道は教えなくて良いんですか? 俺たちもうすぐ降りますけど」
「おっと、そうだったそうだったw!」
葬哉が少年の持つ地図を使って丁寧に道順を説明してあげると、少年は嬉しそうに目を細めて立ち上がり、ぺこっと頭を下げる。
「いや~ご親切にありがとうございまーすw。君たちの前に聞いた人たちはお金出さないなら教えてやらないって言われちゃって困ってたんですよー」
「それカツアゲられてません?」
「あははー、まぁ大丈夫でしたよw」
少年は楽しそうに口角を上げる。笑顔の表情しか持っていないのかと思わせるほどに、表情が変わらない。
『まもなく道ノ尾です。お出口は右側となっております。開くドアにご注意ください』
「あ、じゃあ俺らここなんで」
「そっか。道教えてくれてありがとう! お陰で編入試験受けれそうだよw。あ、そうだ。親切な君たち二人のお名前、聞いてもいいかな? ボクの心に刻み込んでおきたいんだっw!」
「えぇ〜? なんですかそれ!」
少年の謎な発言に、朱々は口に手を当てて笑みを作る。
「俺は、サトウって言います」
「え、あぁ……えーっと。私はマエダです!」
「ふーん、サトウくんとマエダちゃんかぁ。ありがとう、親切な君たちのことは一生忘れないよw!」
少年の感謝の言葉を背中に受け、葬哉と朱々は電車を降りた。駅を出たところで、朱々がもの言いたげな目で口を開く。
「穢谷、知らない人にはいつもあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「知らない人に嘘吐きまくってるのかってこと!」
先程葬哉は自分の高校も、自分の名前も伏せるようにした。朱々はそのことを問うたのだが、葬哉には伝わらず、声を荒げて再度詳細に問う。
「あー、まぁそうだな。知らない人に話しかけられて学校とか名前聞かれるなんて、滅多にあることじゃねぇけど」
「はぁ……どうすんのよ。あの人劉浦高に受かったらまた会っちゃうかもしれないじゃん」
朱々が嫌そうにため息を吐くと。
「なるようになるだろ。その時のことはその時考えればいいって」
「相変わらずテキトーに生きてるわね」
「うっせぇ! だいたいこういうのは女の方がストーカーとか何とか危惧して気を付けとかなきゃいけないことじゃねぇの。お前あれだろ、会ったばっかしの赤の他人に自分の個人情報ベラベラ喋るタイプだろ」
「だって悪そうな人には見えなかったんだもん。ずっとニコニコしててちょっと気持ち悪かったけど、性格は良さそうだったしー」
とそんな会話を交わしながら、今後あの少年と関わりを持つことなど露知らず、二人はそれぞれ帰路を辿るのだった。
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