エピローグ

『編入試験の日』

 八月下旬。劉浦高校では、編入試験が行われていた。朝九時半から国語、数学、英語の三科目筆記試験。そして休憩を挟み、午後からは面接となっている。


「あ、あの校長先生」

「なに?」


 面接会場として使われる校長室は、元々あったソファやテーブルが片付けられ、三人の面接官用の机と椅子、その前に編入試験受験者一名が座る椅子だけ。そんな殺風景と化してしまった部屋をうろうろと歩き回るスーツ姿の長身美女、東西南北よもひろ花魁おいらん。彼女は劉浦高校の校長であり、今回の面接官のひとりなのである。


「体調が優れないのでしたら代わりの者を連れてきますけど……」


 東西南北校長と同じく面接官の教頭は椅子に腰掛け、いつに無く落ち着きの無い上司に心配そうな目を向ける。


「いや、それは必要ない。わたしが面接する」

「はぁ。そうですか」

「でも校長先生、顔色すっごい悪いですよ? 時間まで横になってたらいいですよ」


 もうひとりの面接官、養護教諭の十七夜月かのうの言葉に耳を傾けることなく、ブツブツ何かを呟きながら部屋を歩き回るのをやめない東西南北校長。十七夜月が教頭に耳打ちする。


「……校長先生、どうしちゃったんですかね?」

「わかりませんよ。十七夜月先生こそ、なんかわからないんですか? カウンセラーの資格もお持ちなんですよね?」

「いや教頭先生、カウンセラーのことなんだと思ってるんですか……。そんなに心理学系統に詳しいわけじゃないんですよ」

「ですが、スクールカウンセラーになるには心理学系の資格を持っていなくてはいけないはずですよね」

「それはまぁ確かにそうなんですけど……私はその、全部ギリギリでやってたと言うか。就職のためにひたすら資格取ってるだけで、全然勉強した内容の記憶はないんです」


 十七夜月の言うように、将来のため、仕事のために苦労して勉強し取った資格であろうと、必ずやその内容を忘れてしまうものである。むしろ、無理に覚えておくことでもない。というのも、エビングハウスの忘却曲線によれば、人間の記憶というものは一日経てば70%以上忘れてしまうそうだ。だから一夜漬けというのもそうそう馬鹿には出来ない。

 実際、資格を取ってもそれに関連した仕事に就かなければ資格そのものが無駄であり、忘れてしまうのも当然だ。もっと言えば、その資格に関連した職に従事しているとしても、業務と関係する内容以外は忘れてしまうだろう。

 十七夜月の場合は資格を取るということだけに重きを置き、今現在ではその内容を忘れてしまっているのである。


「とにかくそろそろ面接開始時間ですから、校長先生座ってください」

「あぁ……わかった」

 

 校長が椅子に座ると、程なくしてコンコンと扉がノックされた。教頭の『どうぞ』の言葉で、扉がゆっくり開かれ、編入試験受験者が入室。


「失礼します! 児童自立支援施設から参りましたーw、平戸ひらど凶壱きょういちですww!」 

「うん、知ってる。編入を許可しよう」

「「えぇっ!?」」


 校長の突飛な発言に、教頭と十七夜月は同時に声をあげてしまった。校長は先ほどまでの青い顔が嘘のようにニンマリと不敵な笑みを浮かべ、それに対して編入試験受験者、平戸ひらど凶壱きょういちも同じく、ニタニタと嬉しそうに笑顔を浮かべるのだった。




【Vol.2終わり】

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