No.20『人気が無いから人気が無い』

 いつものファミレスと言えば、俺たちの中で確実にあそこだとわかる一店がある。そこは夫婦島めおとじまの件、一二つまびらの件、一番合戦いちまかせさんの件、たたりの件、一学期にあったほとんどの面倒ごとで使用した思い出深いファミレスなのだ。朝昼晩問わず基本人が少ない、言い換えれば人気にんきが無い、もっと言えば人気にんきが無いから人気ひとけも無いので、秘密の会合に持って来いの場所。ただこれを口にするとここで働くヤンママ、月見つきみうさぎさんからブチギレられるため、口を滑らせないよう細心の注意を払っている。


「いっらっしゃーせー。何名?」

「あ、多分先に来てるヤツがいるはずなんだけど……」

「はーい、どぞー」


 相変わらずの接客テキトー店員さんに促され、俺は喫煙席へと足を向ける。万が一知り合いがやって来てもバレないようにするためだ。


「あ~、葬哉そうやくんやっと来たぁ!! それにメガネかけてるっ!?」

「コンタクト買い忘れちまったんだよ……夏場は特に汗かくからメガネかけたくないんだけどなぁ」


 鼻んとこ汗かいてメガネがずり落ちて来るのメガネユーザーあるあるだと思うんだけど、どうでしょうか。


「穢谷パイセン遅いっすよ!! もう少し遅かったら春夏秋冬パイセンに僕の手使って爪楊枝つまようじで指と指の間高速でトントンするヤツやられるとこだったっんすよ!?」

「うるさいわね。冗談だし冗談」

「いや春夏秋冬パイセン目がガチだったじゃないすか!!」


 涙目になり訴える夫婦島。春夏秋冬はそれに対してメンドくさそうにテキトーな相槌を打つ。やはり一二は俺以外の面々にも連絡を回していたらしい。


朱々しゅしゅちゃんね、葬哉くんはまだかまだかってずっとウズウズしてたんだよ〜?」

「ちょっと待って一二。その言い方だとまるで私が穢谷が来るのを待ちわびてるみたいになるじゃん。穢谷は今日はあくまで私の財布よ?」

「おい」


 俺が短くツッコミを入れると、春夏秋冬は『何か間違ったこと言った?』みたいな顔をしやがった。このアマ……確かに一学期はコイツのせいで色々と出費が重なったが、別に春夏秋冬の財布になった覚えは無い。校長のめいを遂行するに当たって仕方なく俺が金出してやってただけだ。


「……ん、ちょっと待て春夏秋冬。今日はあくまで財布って、何を払わせる気だ?」

「あぁそっか。穢谷もここに来いってライン来ただけなのね」

「そうですよぉ、皆に同じ文一斉送信しましたから~。それに葬哉くんと朱々ちゃんはそのまま言ったら絶対来ないと思いましたし~」

「おい話が読めん。何するんだよ、どっか行くのか?」


 俺が若干イラついた声音で問うと、夫婦島がおしぼりで顔を拭きながら答えた。


「夏祭り&打ち上げ花火観賞っす!」

「あーなるほどな。よし、行くか」

「ほらぁ~! 絶対そう言うと思ったんだもん……ってあれぇ? 今葬哉くん、何て言いましたっ!?」

「夏祭り行くって」

「意外ね……! 穢谷のことだから、どうせ『人多いから嫌だ』とか『人混みにわざわざ自分から行く意味がわからん』とか何とか言って断ると思ってたわ」


 目を見開き、そんなことを言う春夏秋冬。全く、心外だ。確かに人間嫌いだけど、夏祭りの楽しさを忘れてしまうほど人間捨ててないから。


「俺は意味も無く夏祭りとか花火大会のことをディスって人混み嫌いですアピールするイキりが大嫌いなんだよ」

「意味が有ってディスるのはオッケーなの?」

「あぁいいぞ。俺を納得させられるディス理由ならな」

「穢谷パイセン、やっぱその辺の捻くれぼっちとは格が違うっすね!」

「あ? 誰が捻くれぼっちだおい。あんまナメた口利いてるとボコすぞ」

「すみません調子乗りましたもう言わないっす」


 シュンとうな垂れる夫婦島。ナメた後輩にはガツンと言ってやらなくてはいけない。叱るのも先輩の仕事のひとつなのだ。まぁ学校の後輩で話したことがあるのこの二人だけだから全然先輩としてのいろはを語れる分際ではないんだけど。


「でも良かったぁ。葬哉くん説得するのが一番の難関だと思ってたからさ~」

「一二忘れちゃダメよ。もうひとり説得しなくちゃいけない相手がいるんだから」


 ホッと胸を撫で下ろす一二に、春夏秋冬はストローを口にしたまま忠告。おそらく春夏秋冬のいうもうひとりとは、アイツのことだろう。人混みを苦手とするあの爆乳リケジョ……。


「おい~っす! あれっ、みんないたのかー! おぉ、穢谷がメガネかけてる!?」


 喫煙席に来るや否やバカデカい声を出す脳筋バカ、一番合戦さん。そんなに俺のメガネ姿驚くかね。


「す、すみませんっ。服をっ、選ぶのに、時間がかかってしまって……」


 そしてその後に続くように祟がやって来た。祟の服装を一瞥し、春夏秋冬が口を開く。


みやび、今日の服はちゃんとオシャレにチョイス出来てるわね」

「ほ、ほホントですかっ!?」

「うん、ホントホント。穢谷どう思う?」

「ビックリしたわ、めちゃめちゃ可愛いじゃねぇかよ祟ー」

「かっ、かかか可愛いだなんて……ッ! 穢谷っ、さん、やめてくださいぃ///」

「穢谷パイセン言わされてません?」

「黙れ」


 相変わらず未だコミュ症は完治していない祟に棒読みを隠さず褒め言葉を述べると、案の定顔を赤くしてしゃがみ込み、顔を隠して照れた。全く……ホント応援したくなるタメだぜ。超可愛いじゃねぇか。

 甥っ子姪っ子の成長にほっこりするおじさんの心持ちで祟を眺めていると、一番合戦さんが俺の隣に腰掛けて発言。


「んで、今日はこんなに集めて何するん?」

「あ、それ自分も、気になってました……」

「今日は皆で夏祭りに行きたいと思ったんです~!」

「えぇ……ッ!?」

 

 祟が一二の返答に目を見開き、驚きの声を漏らした。しかし対照的に脳筋バカ先輩は嬉しい驚きといった感じだ。


「おぉ~! いいなそれ! さんせーい!」

「一番合戦先輩、受験勉強は良いんですか? 大学行くって言ってましたよね?」

「いやそれがまだ悩んでんだよ~。そんままどっか就職しようか、大学受けようかさ」

「センターの出願もあるしさっさと決めた方がいいですよ。まぁ大学本気で行く気の人間ならここには来ないでしょうけどね」

「えぇ~、じゃあオレ就職しよー」


 軽いなー。就職にも一応就職試験があるってこと知ってんのかなこの人。絶対知らないだろうなー。敢えて俺は教えてあげない。


「じゃあとりあえずうわなりくんオッケーってことで~、タタリンはぁ?」

「な、なつまつ、りってぇ……! ひひひ人がたくさんいてっ、人がっ、人が大量でっ! 人ヒトぉぉ!」


 お前どんだけ人混み嫌いなんだよ……。後半『人』しか伝わんなかったし。


「もっと落ち着いて話しなって。焦らないでいいから」

「はい……ふぅ~。自分、春夏秋冬さんと、に色々連れて行ってもらうことが多く、なったんですけど。それでも、まだその……夏祭りみたいにっ、人がたくさんの場所は……ダメ、な気がします」

「えぇ~。でもあたし、せっかくだしタタリンにも一緒に来て欲しいよ~」


 祟の人混みが苦手だという感情は、きっと心因性のものなんだと思う。夏休み初日、春夏秋冬と祟の買い物に付き合った時もそうだったが、確かに人酔いしやすい感じではあった。だけどあの日もかなり人が多かった故に、自分の安心出来る相手=春夏秋冬とであれば、人酔いも軽減されるはずなのだ。

 証拠に俺とフードコートで二人っきりになった時、人の多さに当てられているということに気付いたかのように顔が赤くなっていた。これは多分、春夏秋冬と買い物をしている時はそっちに神経を集中させていることが出来るからその間人が多くても平気であり、俺というあまり信頼を寄せていない相手と一緒になったことで周囲に目が回るようになってしまい、人の多さに気付いてしまうからだ。

 だから今日も春夏秋冬と一緒に行動していればきっと大丈夫なはずなんだけどなぁ。心因性頻尿の人がなかなか治らないのと一緒で一度気にしてしまうと、永遠に頭から離れないんだよな恐怖が。


「なんだよ、祟ちゃんは来ないの?」

「へっ……!?」


 突然喫煙席に顔を覗かせて問いかける女性、月見つきみうさぎさん。このファミレスでバイトしている(ちなみにここ以外にもいくつかしているらしい)ヤンママで、今日はいつものウェイトレス姿ではなく、いかにもヤンキーな金色で背中に龍が描かれた黒ジャージに身を包んでいる。しかもその足元にはその娘、よもぎが顔をひょっこりはんしていた。ナニアレ超絶可愛いんですけど。


「わぁ~よもぎちゃんだぁ!」

「あうぁー。ぁんこちゃーん!!」

「はぁっ! 今あたしの名前呼んでくれたっ!?」

「へへへ、最近は結構色々言葉覚えてきたからさ、お前らのことも写真見せながら名前言って教えてるんだ」

「かーしゃ、かーしゃん! おーかしぃ~ね!」


 マジかー、見ないうちにそんな喋るようになっているとは……。それに髪も結構伸びて女の子らしくなっているじゃないか。よもぎは何が可笑しいのはわからないが、手を口に当てて『えへへへ』と笑っている。多分俺の正面に座ってプルプル震えてる赤ん坊アレルギーの人のことを笑ってるんだろうな。


「頼むから……こっちに近付けないで……っ!」

「冷や汗すげぇなお前」


 ホントお前何があったら子供でじんましん出るようになるんだよ。ガリ〇オかよ。


「今日はよもぎにも初めての夏祭りだしさ、祟ちゃんもちょっと無理してみなよ。案外、楽しくて人混み苦手なの忘れちゃうかもしれないしさ。な、よもぎ~?」

「たったりちゃー! たったりー!!」

「行きます」


 よもぎ強ぇ。祟さん一瞬で行く覚悟固めちゃったよ。 


「よもぎちゃん、抱っこしててっ、良いですか?」

「もちろん。一番名前覚えるの早かったの、実は祟ちゃんなんだぜ~?」

「……っ!!」


 言葉にならないようだが、嬉しそうに驚く祟。早速よもぎを胸に抱いている。本来のママよりもパイオツカイデーで嬉しいんだな、そうなんだな、そうなんだろうな。

 そんな純粋無垢な子供の心情を穢すようなことを考えていると、ふとこちらを向いたよもぎが俺を指差した。


「……けがえあー?」

「おっ、そうそうよもぎ正解! そこの目に精気無い社会不適合者が穢谷だぞ」

「紹介の仕方もっとどうにかなりません?」

「あれ~? でも葬哉くんってよもぎちゃんからその……嫌われてませんでしたっけ~」


 『その……』って一回止めた割にははっきり言うのねチミ。だが実際俺はよもぎにめちゃめちゃ嫌われていた。というか基本的に俺は何故か赤ん坊に嫌われてしまう傾向にあるのだ。俺は全然嫌いじゃないのに。世の中理不尽だぜ全く。

 

「ちょっと抱っこしてみてもいいですか?」

「あぁいいよ。祟ちゃん、ちょっと穢谷によもぎパスしてあげて」

「あっ、はいっ!」


 俺は祟からよもぎをそっと受け取った。以前抱っこした時は、抱いた瞬間ギャン泣きされてしまったのだが……。


「おぉ……! おぉおお!! 泣いてない! よもぎが俺に抱っこされても泣かない!!!」

「なんであんたが泣きそうになってんのよ」

「おまっ、そりゃ泣くだろーよ! 過去俺がどれだけ赤ん坊に理不尽に泣かれてきたか知らねぇだろーがよ!」


 春夏秋冬のジト目に対し、俺はほぼ泣いていると言っても過言ではないくらいの顔で唾を飛ばす。すると夫婦島がはてなと首を傾げた。


「でもなんで急に大丈夫になったんすかね」

「ふっ。よもぎがついに俺に心を許してくれたんだな……」

「あっひゃひゃー。けーあぇあー、たっのしぃ!」

「穢谷とりあえず顔拭きなさいよ。マジで泣いてんじゃん」

「あ、あぁ。サンキュ」


 春夏秋冬から紙ナプキンを受け取り、顔を拭くためにメガネを外した。うぉ、やっぱ俺目ぇ悪いな。服と髪の長さ一緒だったら誰が誰かもわからん。

 とその時だった。ホントに唐突に、さっきまで俺の腕の中でキャッキャと優木〇なばりに笑い声をあげていたよもぎの表情が曇った。


「うぅ……かーしゃん! かぁ~しゃん!! やあれるー!! うぁぁぁぁぁ!!」

「うわっ、ちょっ! なんだよ急に!」

「変だなー。いきなりそんな泣き出すなんて最近は無かったんだけどなぁ」


 不思議そうに首を傾げ、よもぎを抱きかかえる月見さん。母親の腕に抱かれた途端によもぎは泣き止んだ。そして俺の方を観察するかのようにジッと見つめ、明らかに警戒心マックス。


「な、何故だ……」

「どう考えてもそのメガネがあるかないかでしょ」

「穢谷パイセン、メガネすると少し顔が全体的にマイルドになるっすもんね!」

「メガネがない状態だと葬哉くんの顔は怖いってことなんだろうね~」

「穢谷、基本目付き悪いしな!」


 各々俺へ言葉を投げかけてくる四人。俺は今後いつよもぎと会っても良いように、メガネを持ち歩くようにすることを決めた。

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