第5話『あたしもみんなと遊びたいです~』

No.19『ケンカツ送りたい』

 お盆休みが過ぎると、世の中全体が一気に現実に戻される。日本人特有『働き過ぎ』の毎日が再開されるのだ。学生で言えば、課題に追われるヤツもいるだろうし、指で数えられる程度になってきた残りの夏休みを存分に楽しむヤツもいるだろう。

 ちなみに俺はお盆が過ぎるとまだ一週間強の期間あるというのに夏休みがもう終わりかけだと脳が勝手に判断し、学校に行くのが憂鬱過ぎて逆に何もしてないことが多い。学生は夏休みの予定をこれでもかと細かく設定してそれをいかに忠実に実行することが出来るかで夏休み終了時の憂鬱感が軽減される――俺はそんな自論を持っているのだが、結局予定決めがメンドくて毎年憂鬱感に駆られているわけで。例え予定決めても俺忠実に実行出来る自信全くと言って良いほどないわけで。

 ただ課題は全部春夏秋冬ひととせがしてくれてるから少しは気分が楽だ。何せ俺は例年『課題しなきゃなー』と思いながらせずに二学期を迎え、教師共にドチャクソ怒られていたからな。それが今年は無いって考えたら、二学期が始まるのもそこまで苦にならないかもしれない。いややっぱそれはないか。休みは続いた方がいいに決まってる。

 

「あー、マジで楽して暮らして楽に死にてぇー。健康で文化的な最低限度の生活送りてぇー」

「ねぇ葬哉そうや、卒業した後の進路ちゃんと考えてんの? お母さんあんたと一緒に福祉事務所に行きたくないからね」

「あー、はいはい。ちゃんと考えますよー」


 ソファに寝っ転がりながら大きめの独り言を呟くと、ダイニングでスマホをいじっていた母親が俺のことを本気で心配するような言い方をした。

 考えますよと言ったものの、なるようになる精神を重んじている俺は正直まだ何ひとつ将来のことを見据えていない。そもそも俺を雇用してくれる企業なんてあるんだろうか。

 一瞬だけ将来への不安というものを感じた気もするが、まぁどうにかなるだろ。軽い気持ちで未来のことについての思考を流し、スマホ画面に目をやると、ちょうど一通ラインのメッセージが来ていた。


「ん、一二つまびらからか」


 可愛い可愛いまな後輩からのメッセージはこうだ。


『今すぐいつものファミレスに来てください! 緊急ですからね!』


 …………メンッドくせぇ〜。なんだよ緊急って。校長からの面倒ごと絡みだったら俺発狂すんぞマジで。今日の俺はオフなんだよ。


「葬哉が女の子とラインしてる!?」

「後輩だよ……てか勝手に人のスマホ画面覗くなや」

「ごめんごめん。でも良かったわね、ちょうど葬哉暇そうにしてたし。デート?」

「いやー、それはないなー。てかあっちがその気でも俺がその気じゃない」

「葬哉と仲良くしてくれる女の子なんてレアなんだから、ちゃんと大事にしなさいよー? ヒモになってでも喰らいつくのよ!」

「お袋みたいに俺はガツガツいくタイプじゃないんだよ。見ての通り俺は親父似なの」


 俺の両親は大学のサークルの先輩後輩だったらしく、お袋(四十三歳)の猛アピールの末に親父(四十一歳)とくっ付いたそうだ。先輩からの猛アピールとか親父マジ羨ましい。そしてお袋よ、小さい頃から幾度と無くその話をドヤ顔で俺に話してきたけど、男としては都合良いだけだからな。そこまで顔の悪くないあんたのアピールなら親父じゃなくてもオッケーしてたと思うよ。


「まぁ確かに性格は完全にお父さんに似たと思うけど、顔はお母さん似じゃない?」

「あー、そうだな。それは感謝してるわ。でもお袋似だからって何なの?」

「だから葬哉も猛アピールすれば絶対上手くいくってこと。葬哉に足りないのは後勇気だけね」

「そもそも俺コイツのこと好きなわけじゃないんだけど。勇気も何もアピールする予定も無いんだけど」

「……葬哉、結婚する気ある?」


 俺の否定に、お袋は本気で心配そうな顔をした。そんな顔されるとちょっと謎に負い目感じちゃうんですけど。


「正直言ってどうでもいいと思ってる」

「えぇ、マジ〜? ひ孫の顔は見れそうにないなぁ」

「まず孫だろ。……お袋はどうなん? やっぱり結婚して欲しいわけ?」

「んー、まぁ別に葬哉がしたいと思わないんなら、無理にしろとは言わないね。葬哉の人生、葬哉が選択して勝手にしていいわ」

「それ聞く人によっては育児放棄とか言われるかもよ」

「それはそうかもしれないけど、お母さんは高校生にもなった子供の将来にあーだこーだ口出しするのは違うと思うから。相談には乗るしアドバイスはするわ。でも大まかなことを決めるのは自分自身じゃないとね」


 赤の他人の人生に口出ししたくないって俺の考え方と似てるな。意外と顔だけじゃなくて、性格の方も似てるのかもしれない。


「でも親父は結婚しろって言ってきそうだなぁ」

「大丈夫よ。もしそんなこと言ってきたら、お父さんはお母さんにアピールされただけで自分からは何もしてないじゃんって言い返せばいいわ」

「プロポーズもお袋からなんだっけ?」

「うん。お母さんが大学生の時に住んでた家でお父さんと同棲してて、夜ご飯作ってあげながらソファでテレビ見てたお父さんに『結婚しない?』って」

「親父マジで何もしてねぇな……」


 男として情けなくはなかったのか。俺も今現在全く胸張れる生活は送ってないから全然言えた口じゃないんだけど。


「正直結婚ってどうなん? して良かったと思ってる?」

「うーん、まぁお母さんはして良かったと思うかな。休日は家事もしてくれて買い物とか行って来てくれるし、葬哉の小さい時はしっかり育児もやってくれてたし、旦那としてはすごい良い物件だもん」

「んな現金な……。それ目当てで猛アピールしたの?」

「いやいや大学生の時も今も好きな気持ちは変わらないわよ。でもね、夫婦生活っていずれは必ずアツアツだったのが平熱になっていくものだから」


 結婚してないからその気持ちを完璧に汲み取ることは出来ないが、どんなにたちの悪い風邪だろうといつかは平熱に戻るのと同じで、夫婦としている時間が経つに連れて好意も徐々に冷めていくということなのだろう。

 まぁそれは仕方のないことなのかもしれない。どんなに好きな人だろうと、年老いてまでイチャイチャ(意味深)している夫婦はまぁ少ない。それは体力的な面を考慮してのこともあるし、その人への気持ちの変化も関係しているんだと思う。


「将来的なこともあるわよね。お母さんは同年代の人たちの中じゃ結婚するの早い方だったからわかんないけど、周りが結婚していって自分だけ取り残されていくのは何となく嫌だと思うの。一生独身で孤独死ってのも寂しいしね」

「なるほどなー。独身の人が家で死んでて見つかった時には蛆虫うじむしだらけみたいなことあるらしいし」

「そうそう、そういうことよ。それにね、お母さん的には葬哉が産まれて夫婦から家族になって、やっと大人になれたみたいな気もしてたかな」

「大人にねぇ……」


 二十歳になっても大して生活に変化がなく、大人になるってこんなもんかと思う人はたくさんいる。ただ酒と煙草が堂々と飲み吸い出来るようになっただけだと感じている人も大勢いるだろう。

 そしてお袋もまさにその大勢のひとりだったのだ。だが結婚し、夫婦となり家族となりようやく大人の仲間入り出来たと感じたそうだ。

 経験しないとわからないことがある。この結婚して良かったか悪かったかも実際してみないとわからない。相手にもよるし、今したくないと思っていてもいざしてみたら案外楽しいかもしれない。

 だから要するに結局、なるようになる、自分の人生の流れに身を任せておけばいいんだと思う。そのチャンスが回って来るか来ないかもわからないのだから。今深く考え込む必要はないだろう。むしろ考えるだけ無駄だ。


「あ、そうだ。ちょっと話変わんだけどさ」

「なに?」

「俺の名前の由来って、誕生日からきてんの?」

「……まぁ、それは諸説あるわよね」

「なんだ諸説って。やっぱ一月十四日いい死の日からとってるんだな?」

「もぉその話はいいじゃん! 葬哉が二十歳になったら教えてあげるから!」

「昔中学生になったら教えてやるって言われて結局教えてもらってないんですけど?」

「あれ、そうだっけ? そんなことよりほら、早くその後輩の子のとこに行かないとなんでしょ! 急げ急げ〜」


 俺はお袋に強引に背中を押される形で、一二の待つファミレスに行くための身支度をすることになったのだった。上手いこと話逸らしやがって……。

 しかし思いの外お袋と話し込んでしまった。少し遅れるかもしれないと連絡するために着替えながら再度ラインを開くと、間違ってラインニュースを開いてしまった。


『人気モデルShiki 二十七歳という若さで亡くなられて十年……夫であり当時のマネージャーが心境語る』


 一番大きなニュースがこれだった。人気モデルShikiか、何となーく記憶に残ってるなぁ。確かがんで逝ってしまったはず……佳人薄命とはよく言ったものだ。 

 そうこう思考している内に着替え終わり、ニュースを閉じて一二に連絡し、俺は自宅を後にした。

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