第4.5話
『暴力反対でーすww!』
路地裏と言うものは不思議なもので、基本的に昼夜問わず暗がりだ。不思議と言うかは、当たり前なことなのかもしれないが、もちろんのことながら路地裏は建物の間と間の隙間を指す言葉のため、暗がりであることは当然であり必然である。
「あの~すいませ~んw!」
「あぁ? なんだてめぇ」
そんな路地裏にたむろするヤンチャ三人組に、ニコニコ笑顔で声をかけるひとりの少年。当然ながら、声をかけられたイカツイ青年たちは警戒心を露わにした。
「ちょっとこの辺の土地勘が無くって、迷っちゃったんですよー。道教えてもらえませんw?」
「あーそうなんだー」
「んったらあんた、金出しなよ」
「えぇ? お金w? なんでなんでww?」
「道教えてやる代に決まってんだろーが!!」
「ニタニタしやがって気色悪ぃ……」
少年の問いに声を荒げて唾を飛ばすツリ目の金髪男。そしてその横に立つ腕にビッシリ
「気色悪いなんて心外だなぁwww。心外だし、侵害だよボクの人権の」
「お前何言ってんだおい。ナメんなよゴラァ!」
金髪と刺青の後ろにいるボスらしき男がいくつか積まれた空の段ボールを蹴ったくって前に出てきた。
「さっさと金出せ。こっちも痛い目に遭わしたくはねぇんだよ」
「じゃあさっさと道教えてよw。教えてくれたら払ってあげるからさ」
「チッ! てめぇのその態度が気に食わねぇって言ってんだよ!!」
男の拳が少年の腹にめり込んだ。膝をつく少年。それを見てボスらしき男は金髪と刺青に言う。
「おい、もうやれ」
「あいよぉ」
「オォラッ! さっさと金出せ!!」
刺青の右ストレートが少年の顔面に入り、続いて金髪の左フックが右頬に。その強い威力に少年はボスらしき男の足元にまで吹っ飛んだ。男は足で少年の後頭部を踏み付け、横腹に思いっきり蹴りを入れた。そして髪を掴んで胸元を掴み、その逆の拳でまた二発。
完全に集団リンチと化しているが、何故か少年は何の抵抗も逃げ出そうともしない。ただ黙って男たちの攻撃を受けるだけ。
「立てよクソガキ!」
刺青が少年の腕を掴んで無理矢理立たせ、金髪とボスらしき男が交互に腹パンを入れてゆく。既にボロボロの少年だが、何も言葉を発さない。『痛い』とも『やめてくれ』も、何も。
「死ッ、ねやッ!!」
男はトドメの一発と言わんばかりに少年の腹部へ飛び蹴り。数メートル吹っ飛んだ少年は仰向けになって動かない。男たちはボロボロになった少年を見てニヤニヤと笑みを浮かべる――が、驚くことに少年はゆっくりと立ち上がった。そしてその表情を見せた瞬間、三人組の顔は凍り付いた。
「あー、痛いーw。痛いよーもーww。ヒドイことするなぁ君たち。訴えたらボク確実に勝てるんじゃない? ねぇ、そう思うでしょw?」
痛いと言いながらも口角は三日月のように上がっており、三人組はゾクっと鳥肌が立つ。あれだけ痛めつけたはずの相手が、未だに笑って軽口を叩いているのだ。気持ち悪いなんてもんじゃない、恐怖すら覚えた。
しかし、ハッと我に返った金髪がすぐに少年に向かって拳を握り、殴りかかる。
「お前ッ! マジで、気持ち悪いんだよ!」
「やだなーw、暴力反対でーすww!」
少年はそう言いながら、殴りかかってきた金髪のパンチを最小限の無駄のない動きでサッと避け、横から顎に向かってアッパーを繰り出した。その強烈なアッパーをモロに喰らった金髪は脳が揺れ、フラフラっとした足取りになってしまう。
「色んな箇所叩くのも効果的だけど、やっぱりおんなじところにおんなじ力で殴る方がボクは良いと思うんだよねぇw」
「ぐァ……ッ!」
暴力反対だと口にしていたはずなのに、少年は何食わぬ顔でフラついている金髪の顎にもう一度アッパーを喰らわせた。膝をついた金髪の背中に蹴りを入れ、金髪は完全に伸びてしまった。
「てんめぇ……! ナメんじゃねぇぞ!」
「ナメてないよ~。一回はこうしてボロボロにされとかないと、正当防衛だって言って殴り返せないじゃん? ボクはボクに非が全く無い状態で君たちに仕返ししたいんだよ。君もボクの立場だったとしたらそう思うだろ? 思うよねw!?」
「ベラベラ抜かしてんじゃねぇ!」
刺青はまた金髪と同じように拳を握り締め、少年に殴りかかる。今度は少年は避ける素振りを見せない。代わりに自分も拳を握り、刺青の拳へぶつけた。当然、お互いそれなりに勢いのあった打撃であるが故に、ぶつけあった瞬間刺青は痛みに耐え切れず拳を引っ込めてしまった。
「いってぇ!!」
「痛いよねーw、ボクも多分指にヒビ入っちゃったよw、よくわかんないけど。でももう手は使えないねw!」
楽しげに言う少年は、刺青の顔面へ美しい回し蹴りを喰らわせる。その一発で刺青は戦意を喪失してしまったのか、倒れこんだまま起き上がろうとはしない。本能的に立ってはいけないと悟っているのだろう。
「さて、残るは君ひとりだ!」
「ちょっ、ちょっと待てよ! 悪かった、殴ったりしたのは謝るし道も教えるから、勘弁してくれよ!」
「勘弁www? そっちこそナメんなよおいww?」
「ひッ!?」
少年は素早い動きで男の間合いに入り込み、首を左腕で抑え付け壁に押し付ける。いつの間にやら手に持っていたボールペンの先端を男の右眼球スレスレで止め、口角を上げたまま言う。
「今君がなんでこんな状況になってるかちゃんとわかってるw? これ完全に君が悪いんだからねw? ボクが君たちをこうして叩き潰したのは正当防衛だからねw? 死ねって言いながら飛び蹴りされて、殺されるかと思ったんだからねw?」
「だ、だからもう謝るって! 金もいらないから!」
「何言ってんのさ! 道さえ教えてくれたら、お金は払ってあげるって! それなのに君たちはボクのこと痛めつけて、ひどいよホントにー。許せないなぁw、物理的にも精神的にもボク傷付いちゃったなぁw」
「わかった道教えるから、だからそのペンしまってくれ……!」
「え~、それはヤダw!」
カチッという音がした瞬間、男の右目の視力は消失した。一瞬の内に視界が変化した男だったが、再度カチっと音がした後、視界は完全に真っ暗と化した。
「お、おい! クソガキてめぇ!!」
「いるんだろ! 返事しやがれ!!」
「ふッざけんなよ! 殺してやる!」
「いつか見つけ出して、必ずぶっ殺してやるぞ!!」
そんな男の叫びに少年は一切反応せず、無様にもただひたすら床に転がって喚く男を、まるで愛しい自分の子を見るかのような目で眺めるのだった。
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