No.14『口の軽さは1.67×10^(-23)g』

 華一かいち籠目ろうもくが再度六組の連中のところへ戻り、ひとりになった俺。客も少ないからもう少しここにいようかな……と考えていたのはもう二時間ほど前のこと。要するにガッツリ寝ちゃってたわけで。


「あー、めっちゃ眠てぇ」

「さっきまでぐっすり爆睡してたのに、まだ寝足りないのあんた」

「んうっ!?」


 俺の独り言にいつの間にやら隣に座っている春夏秋冬が呆れたような声音を出した。独り言に返答されるとマジでビビるんですけど。


「なんだ、今度はお前か……」

「なによ今度はって」

「いやちょっと前に華一と籠目が喋りかけてきたから」

「あぁそういうこと。穢谷、あの二人に結構気に入られてるみたいね」


 そうみたいですね。俺としてもあの二人は話しやすいくていい。


「……いいのか、クラスのヤツらから離れて」

「うん、別に少しくらいいいわよ。それに、あっちにいると諏訪すわがちょっとどころじゃなくウザいし」

諏訪すわがウザいのはいつものことじゃないのか?」

「それはまぁそうなんだけど、この前の合宿以来マジでアプローチが多いのよ」

「あー、そういうことか」


 合宿での俺と諏訪仲直り作戦の結果、諏訪は俺を春夏秋冬をめぐる恋敵ライバルに勝手に認定し、勝手に盛り上がっていらっしゃるのだ。俺に春夏秋冬は渡さないとかなんとか言って、ひとりで燃え上がっているのである。


「やけに距離が近いし、何かと私のそばにやって来るし……もういっそのこと付き合ってすぐフってやろうかしら」

「おぉそれいいな!! 諏訪の反応超面白そうじゃねぇか!」

「いやちょっとした冗談のつもりだったのにそんなノリ気になられても困るんだけど……」


 ジト目で睨んでくる春夏秋冬。なんだよ、冗談かよ。マジでやってくれよ。


「そういや、誰かが聖柄ひじりづかに告白するんだろ? もう、した?」

もんめ夏込かごめに聞いたのね。あの二人、ホントお喋りね……口の軽さが水素原子一個の質量レベルだわ」

「軽さの例えがわかりにくい……」

「アボガドロ定数で水素原子1molの質量を割ればいいのよ」

「もっとわからん」

「勉強してきなさい」

「チッ……今答え教えろよ」


 後でネットで調べて分かったのだが、さすがにそれは軽過ぎるんじゃないだろうか。

 

「で、その何とかちゃんはまだビビってんのか?」

「何とかちゃんって……緋那のことでしょ? 四十物矢あいものや緋那ひな、相変わらず人の名前全然覚えないのね」

「だって絶対今後絡まねぇし。そんな無駄なものを記憶しておきたくない」

「いや、緋那はあんたと絡んだことあるわよ」

「は? いつ」

「一学期の、穢谷が私のこと庇ってくれた時諏訪たちといたちょっと小柄な子」

「あぁ……アイツか」

 

 少しだけ記憶に残ってるような残ってないような……。でも今後関わりがないことは確実だから無駄なことに変わりはねぇな。


「まぁあんたの場合、無駄じゃないものも記憶されてないけどね。勉強とか勉強とか勉強とか」

「俺にとって面白いと思えるものじゃないと俺は記憶したくない」

「よくそんな精神でこの歳まで生きて来れたわね」


 春夏秋冬は鼻で笑いながら、『緋那、』と告白の話に戻した。


「一応は腹決めたみたい。でも男どもはずっと海で遊んでばっかだから、告白するための時間が作れそうに無いのよ」

「ほーん。そりゃかわいそうにー」

「あんた聞いといて全然興味無さげじゃん。イラつくわー」

「それお前も結構あるからな、聞いてきたクセに全く興味無さそうな返事するやつ」

「まぁ私、自分のこと以外大して興味ないし」

「さいですか……」


 その点は俺も似たり寄ったりなとこがあったりするんだけど。


「あ、それで本題なんだけど」


 はっと思い出したように春夏秋冬が俺を向く。


りょうがホモなのかもしれないって話、二人から聞いた?」

「いや華一と籠目じゃなくて、合宿の時に来栖きすが言ってたのを聞いた。なんか中学ん時から恋バナとかしなくてホモ疑惑が出てたって」

「あぁそうなのね。穢谷、どう思う? 稜がホモだと思う?」

「んなこと俺に聞かれてもなぁ……。華一と籠目もだったけど、なんで俺に聞くんだよ。もっと聖柄と仲良いヤツいっぱいいんだろ」

「だって穢谷そういう系の無駄な知識いっぱい持ってるじゃん。なんかないの? ホモ疑惑の人間を見抜く方法とかさ」

「無駄って言うな無駄って。今お前がその知識を欲してる時点で無駄ではないからな」

「あー、はいはいわかったから。あんたお得意の謎雑学聞かせてよ」


 全然わかってねぇだろお前。いつも『はい』は一回って言ってくるクセに自分は『はい』二回言ってるし、特大ブーメランだぞ。

 俺はそんな物理的にブーメランを投げつけてやりたい気持ちを抑え、春夏秋冬の求めるの知識を思い起こす。と言っても俺の知識もマネジ二人組の交友関係の如く、広く浅いので、正確なものかどうかはわからないのだが。


「まぁまず話し方と仕草が女っぽい感じが第一の見抜く方法なんだけど、あのイケメン野郎に限ってそれはねぇか」

「うん。それはない。むしろ男らしい」

「男をジッと見つめてたりは?」

「ないわね。稜は素で空気読むのが上手いから」

「じゃあ下ネタにノリ気にならないとか」

「うーん。別にそんなことはないと思うけど。男子たちと話してたりするし」

「……じゃあもう俺は知らん」


 知識は出すだけ出した。当てはまらないのならホモじゃないんだろ。


「ちょっとー、諦めないでよ」

「てかなんでそんなにアイツのことホモじゃないかって疑うんだ? 本人は否定してんだろ?」

「嘘吐いてるかもしれないじゃん」

「だとしても、もし聖柄が本当にホモだったらどうするんだよ。何とかちゃんにそれ伝えんの?」

「そりゃ伝えるわよ。緋那フラれちゃうじゃない」

「なるほどなー」


 その女は聖柄がホモだからという理由で、一瞬で好きな気持ちを萎ませることが出来るのだろうか。だとしたら、別に告白するほど好きな相手ではないんじゃなかろうかとも思うが、まぁ恋愛素人の俺が青春女王の春夏秋冬に投げかける問いじゃないな。論破される未来がはっきりくっきり見える。


「あ、下ネタで思い出したんだけどそう言えば」


 とそこで一度言葉を区切り、グッと顔を俺の耳元に近付けて来た。前屈みの姿勢で本当に不本意ながらも、春夏秋冬の程良い谷間に視線が向いてしまう。


「綾ね、自慰行為オナニー一回もしたことないらしいのよ」

「へぇー、高校二年生にもなって一回もないとは。逆に身体に悪そうだな」

「何の逆かはわかんないけど……これってホモと関係しない? なんかAVじゃ抜けないみたいな」

「うーん……俺も見たことないけど、ゲイ用のAVとか今ならネットにごろごろあると思うし、本人に自覚があるならそれ見て自慰行為オナったりするんじゃねぇのかな。もしくは、聖柄が性欲無いドチャクソ聖人か、EDって可能性もなきにしもあらずんばだが……」


 そう色々思考を巡らせてみると、様々な可能性が浮上してくる。俺はなんで聖柄のことでこんなに悩まなきゃいかんのだ。


「もう、当人に聞くのが一番なんじゃねぇの」

「それは無理よ。もしそれで『うん、俺ゲイだよ』とか言われたらどう反応したらいいのかわかんないわ」

「でもそれが聖柄の同性愛者疑惑を一番はっきりさせられる方法だと思うけどなぁ。お前のコミュ力を持ってすればどうにかなるんじゃね?」

「完全に他人事ねーあんた」

「いやだって実際他人事だしなぁ」


 何とかちゃんが聖柄にフラれようが、聖柄が同性愛者であろうが、今回ばっかりはマジで俺に何ひとつとして関係ない。俺はそもそも海の家にタダ働きさせられに来たのだ。


「だけど聖人君子の聖柄だったら、例え自分がゲイでも女の子のために気持ちとか関係なしに付き合ったりしそうだけどなー」

「バカね。聖人君子だからこそ付き合わないんでしょ? それは恋愛において“酷い優しさ”だわ」

「……その心は?」

「綾は普段の様子を見てわかる通りめちゃめちゃ気遣い出来て、空気読めて、みんなに優しいけど、自分に厳しいし他人にも厳しい。しかも友達付き合いも上手い。まさに穢谷の言う聖人君子だわ」


 春夏秋冬はそこでひと呼吸置き、ひと休憩。そして『だけどね』と続けた。


「綾は自分の気持ちに嘘吐いてまで女の子のために付き合おうとはしないと思うの」

「それは……お互いに好き同士ではない関係で恋人になるのは道理に反するからってことか?」

「うん。そういうこと」


 なるほど確かに言われてみればそうだ。聖人君子だからこそ、聖柄は生半可な気持ちで女の子とは付き合わないのだろう。どこまでもイケメン野郎だ。ホントいけ好かねぇ。


「……それじゃ私、そろそろ戻るわね」

「あぁ。しっかしお前……やっぱり程良いな」

「は? なにが?」

「いやなんでもねぇ」


 俺が首を振ると、春夏秋冬は不服そうな顔を見せたが、すぐに踵を返して友人もどきたちの元へ戻っていった。女の子は男が向ける自身の胸への視線に結構気付いているって聞くけど、コイツはそうでもないらしい。良かった良かった。

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