No.15『トイレでばったりイケメン野郎』
春夏秋冬もいなくなり、再度ひとりになった俺。ふと尿意を感じ、トイレへ行くために立ち上がった。パラソルで出来ていた影から一歩足を踏み出すと、肌に強烈な紫外線が降りかかる。太陽め、このわたくしにそのような仕打ち、くっ……殺せ! あ、くっ殺出ちゃった。俺の前世女騎士説。
ひとり虚しくそんなことを考えながら海の家から少し離れた公衆トイレに入り、便器に向かって水着からイチモツを取り出した。水着の時って小便するの超楽チンだな。
「お、
突然入り口付近で俺の名前を呼ぶ声が発せられた。俺のことを名前で、しかも呼び捨てで呼んでくるのはこの世で三人しかいない。父親と母親と、
結論として俺の名前を呼んだのは残ったひとり、
「よっ。海の家ぶりだね」
「あー、そうだな」
俺の真隣に立つ聖柄。近い、距離が近いわコイツ。まだたった数回会話したことあるだけの俺に心の距離どんだけ縮めてきてんだよ。このイケメン野郎の陽キャ度の高さにはいつも驚かされてばかりだ。
俺が放尿し終わり便器から離れる時、ポッと聖柄が呟いた。
「おれさ、なんか告白されるっぽいんだよねー」
「……お前、気付いてたのか」
「まぁ何となくだけど。わかるんだよ、周りが変にコソコソしてる感じとか。特に
「……」
あの二人、マジでうるさいだけで邪魔なだけなんじゃねぇか? あ、うるさい時点で邪魔か。
「多分、
「……言っていいもんなのかわからん」
「ははっ。その答えだけで充分だよ。何か知ってるってことはわかったから……」
聖柄は俺の返答に乾いた笑いを漏らし、少し顔を俯けた。
「これから告白されるってのに、えらく気分下がってるみたいだな。嫌なのか? 告白されるの」
「嫌ってわけじゃないさ。おれのこと好いてくれてるんだから、そりゃ嬉しいよ」
「チッ……お前が何に悩んでんのか俺にはさっぱりなんだが」
なんだかだんだんイライラしてきた。嬉しいのに気分が下がる理由がわからない。大体告白されるって立場の時点で勝ち組だろ。
「その何とかちゃんのこと嫌いなのかお前」
「違う。おれは緋那のことは大事な友達だと思ってるよ」
「友達だと思ってるってことは、お前は好きじゃないんだな」
「うん、まぁ……」
じゃあコイツは友達をフるのが嫌だって言いたいのだろうか。なんて贅沢な悩みだ。人を失恋させることに罪悪感を感じ、そこまでテンション下げられるなんて、俺の人生じゃ永遠に経験出来ないぞ。だから俺は聖柄にこう嫌味を投げかけてみた。
「聖人君子の聖柄くんなら、さぞ女の子を傷付けずにフることが出来るんでしょうねー」
「女の子を傷付けずにフるか……難しいこと言ってくれるなぁ。それに出来ればフりたくないんだよおれは」
「じゃあ付き合えばいい話だろ」
「それは無理だよ。緋那のこと友達としては好きだけど、恋人として好きじゃないんだから。好きじゃない相手からの告白にオッケーなんて言いたくない。そんなの、
本当に春夏秋冬の言った通りだった。スクールカーストトップに立つこの男は、あまりに優しく、とにかく優し過ぎる。世間の男子高校生なんて、所詮付き合えれば誰だっていいとそんな軽い気持ちでいるのが大半だ。と言うか俺がそうだ。それに対してこのイケメン野郎は、本気で
最早気持ちが悪い。
いや違うな。その思想は聖柄の中に元から存在していて、行動言動がそっちに付いて行っているんだ。つくづく外見も中身もイケメンだと思う。
聖柄の気持ち悪さに戦慄していると、聖柄は『それに』と言葉を続けた。
「おれは誰も幸せにしてあげられないんだ」
「は?」
泣きそうな顔をして言う聖柄。言葉にすることさえ苦しそうで、突然の様子の変化に俺は戸惑ってしまった。
「どういう意味だ……?」
「そのままの意味さ。緋那だけじゃない、おれは誰とも付き合えないんだよ。相手を不幸にするだけなんだ」
そう言い残すと、聖柄は公衆トイレを出て行った。何故か悔しそうに唇を噛み締めていたのを、俺は見逃さなかったけれど、その聖柄の悔しさが一体何から来る悔しさなのかはさっぱりわからなかった。
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