No.9『合宿の夜は意外にも静かに更けてゆく』
バイキングでの食事が一段落すると、部員たちはミーティングがあるとのことで、顧問の部屋へぞろぞろと向かい始めた。華一と籠目はお風呂入れないのマジキツいとか言いながらも、行かないわけにはいかないようで、二人して愚痴りながらバイキングを後にした。
「じゃ、私お風呂行くけど、穢谷どうする?」
「あぁじゃあ俺も」
「混浴じゃないよ?」
「何故俺が混浴だと思っていると思ったのか説明してくれないか」
と言っておきながらも別に本当に説明を求めているわけではない俺は席を立ち、自分の荷物を取りにバイキングを出た。ちなみにバイキングというのは食べ放題のサービス形式の名称であり、食べ放題出来る店の食事場所のことではないので、この場合『バイキングを出た』という言い方は間違っている。のだけれども、他に表現の仕方がわからない。
「てか、こんだけいい旅館なら部屋に風呂も完備されてんじゃねぇのか」
「うん。私たちの部屋にはあったから、多分そっちにもあると思う」
「……じゃあ、わざわざ大浴場行く必要ないか」
「はぁ? なんでよ、せっかくなのにもったいない」
「他にも客がいて何人もの知らん人が浸かった湯に、俺は自分から入りたいとは思わない」
「うっわなにその考え方、うっざ。潔癖症じゃん」
ちょっと引き気味で言う春夏秋冬。コイツは世の潔癖症の人全てを敵に回す発言をしていることに気付いているだろうか。別にうざかねぇだろ、潔癖症。あと俺潔癖症でもねぇし。入ろうと思えば入れるし。
「あ、私こっちだから」
「ん。おう」
軽く手をあげて言う春夏秋冬。手に巻かれたシュシュは未だ健在だ。
それにしても……変わったな。ちょっと前の春夏秋冬なら無言のまま俺に構うことなく勝手に別れていたはずなのに、今や一々報告(?)してくれるようになっている。
『時とともに、変わらないものなどないよ』と小学校の時に読んだことのある小説の言葉が頭をよぎった。今の俺と春夏秋冬との関係性が、まさにこの言葉通りになっているんじゃないだろうか。
穢谷葬哉と春夏秋冬朱々の関係性を俺が私情を挟まず、客観的に見てみればわかることだ。明らかに口喧嘩の回数が完全になくなったわけではないが少なくなっていて、逆にちょっとした普通の会話が増えている。一学期から現在まで数ヶ月しか経っていないが、その数ヶ月の間に一緒にいる時間が多く、その一緒にいる時間の密度、内容が濃かった。
そして決定的に変化が始まった瞬間がある。穢谷葬哉が諏訪好浪にボコボコにやられ、春夏秋冬朱々へ誕生日プレゼントをあげたあの日だ。あの日、穢谷葬哉自身驚いたことだが、陰口を言われていた春夏秋冬朱々を自分が悪役に回ることで救った形になっている。春夏秋冬朱々はそれを隠れて聞いていて、穢谷葬哉の思わぬ行動に内心何かしら思うところがあったのだろう。穢谷葬哉も自分の咄嗟に取ったその行動に驚きながらも、自分が春夏秋冬朱々との約束とも取れる勝負を大事にしていることを再確認した。自分は春夏秋冬朱々と今後も関わりを持っていたいと思ったのである。
そこから二人して変わっていった。棘が取れて、丸くなった。変化していった。客観的に見たときに変な方へと化してしまったのだ。
要約するに、時間が経つにつれて穢谷葬哉と春夏秋冬朱々はお互い、相手への嫌悪感が薄れていっているという結論に至る。
自分が当事者ではないと仮定して第三者の目線で見てみると、わかることが色々あるな。俺はあの時あくまで勝負のために大嫌いな春夏秋冬を救ったと思っていたが、それは言い換えれば大嫌いな相手を貶めるチャンスを棒に振り、今後も春夏秋冬との関わりを継続していたいということになる。とんだツンデレ野郎だ。
大浴場の脱衣所で扇風機に当たりながら半裸で思考を巡らせていると俺の顔が暗過ぎたのか、知らないおっさんに『君、大丈夫? のぼせたかい?』と心配されてしまった。
ホント、とんだツンデレ野郎だよ。
△▼△▼△
脱衣所を後にし、部屋に戻ると
「お、穢谷戻ったか!」
おっどろきー。来栖の野郎、いつの間にか俺のことくん付けから呼びすてで呼んでやがる。しかも超さらっと、さも前から呼んでましたよみたいな感じで。コミュ力の塊かよお前。
「あれ、葬哉メガネになってるじゃん! 普段コンタクトだったの?」
と思っていたら我がクラスのイケメン野郎は名前で呼んできた。なんだ、お前の方がコミュ力の塊か
「あぁ、うん。まぁな。裸眼じゃ顔の区別もつかないくらいには悪い」
「へぇ~。じゃ、これ何本でしょ!?」
「うるせぇ、二本だよ。それぐらいわかるわ」
「えぇ!?
「なぁどうするよ
「……あぁ、そ」
四十万が布団の上でスマホから目を離さない諏訪にちょっかいをかけるも、諏訪は微動だにせず不機嫌顔でテキトーな返事をしただけ。
その様子を見て、ふす~と鼻からため息を出す他三人。
「悪いね葬哉。なんかコイツ朝からこんな感じでさ」
「普段なら説教喰らったくらいじゃ、
聖柄と来栖がやれやれといった顔をして言った。
すみませんね、それ多分俺が合宿にいてその上部屋が一緒だからだと思います。
「よーし! 拗ねてる諏訪はほっといて、恋バナすっか恋バナ!!」
「うぇぇ~い! さんせーい!」
「そうか……俺は寝る」
男同士で恋バナやって何が楽しいんだ、気色悪ぃ。
「残念だけど葬哉、コイツらずっと葬哉の恋バナ聞きたいって言ってたから、なんか話すまで寝れないと思うよ」
「はぁ……? なんで俺の話を」
「マネジ二人組じゃないけど、俺ら三度の飯より恋バナ大好きだからよ!」
「じゃあお前らが話せばいいじゃねぇか」
「コイツらの話とか、もう聞き飽きるほど聞いてきた! 全然面白みがない!」
「俺の話は面白いって言いたいのか?」
「まぁ面白いかはおいといても、新しい話だから新鮮味あるっしょ」
「……寝る」
「あっ! おい穢谷!」
「諦めろよ
さすがは我がクラスのイケメン野郎、聖柄は俺のことを擁護してくれた。まぁ俺は恋バナが苦手なんじゃなくて、こういうノリが苦手なだけなんだケド。
「でも俺、なんだかんだで綾のそういう話全然聞いたことないわ」
「いいところに気付いた四十万! 綾、中学の時から『おれは好きな人いない』の一点張りでさ。一時期ホモ疑惑も出てた時あったw」
「おいおいその話おれ初耳なんだけど。おれそんなこと言われてたの」
「だってお前恋バナしても全然自分の話しないじゃん!」
「いいんだよおれは。実際好きな人いないし」
聖柄は少しだけ悲しい顔をしてそんなことを言った。好きな人いないか……冗談であれなんであれ、その顔ならいくらでも女誑かすことが出来るでしょうに。顔交換してくれ。
ちなみに聖柄たちがそんな会話をしている最中にも、諏訪はずっとスマホの画面とにらめっこだった。
△▼△▼△
さすがはそれなりに強いバレー部の上手いヤツらなだけはある。現代の若者らしくスマホをいじる欲に支配されてグダグダと夜更かしするのかと思っていたら、意外にも明日の練習のことも考えてなのかすぐに消灯した。
強いチームは部員が強制させられるのではなく、部員が自ら行動出来る。逆に言えば、コーチや顧問の言うことを嫌々聞いて練習や食生活を変えているようなチームや選手は弱い。部活動したこともないし高校生のスポーツでの活躍に大して興味もない俺の勝手な妄想なんですが。
「なぁ……穢谷」
「……あ?」
囁き声で来栖の声が俺を呼んだ。
「やっぱり朱々と付き合ってんの?」
そして次にこんな問いが続いた。
「来栖、しぶといな」
「おっ。稜も起きてたか。四十万は……がっつり寝てんな。おいっ、諏訪起きてる?」
来栖の呼びかけに諏訪は無言。聖柄と来栖は寝ていると判断したようだが、俺は少し肩がピクっとしたのを見逃さなかった。多分、狸寝入りだ。
「んでんで穢谷、ここだけの話でさ。朱々とはどうなんだよ」
「……じゃあ逆に聞くけど、俺と春夏秋冬は付き合っているように見えるか?」
「んっ、そうだな……付き合ってるのを隠して付き合ってるカップルっぽい」
「ふーん、そんな風に見えてんのか。でも残念だけど、俺と春夏秋冬は付き合ってない……付き合ってはないけど……仲も悪くは無い」
春夏秋冬の作戦、春夏秋冬と仲良いフリをする。それを忠実に守って、俺はそう付け加えた。諏訪に聞かせるように、ゆっくりと。
「あ、じゃあちょっと質問なんだけどさ」
今度は聖柄が発言した。
「二年の四月くらいからさ、放送で校長室に定期的に呼ばれてたじゃん? あれって、何なの?」
「あー、それ気になる。朱々の友達はみんなそれで穢谷と何かあるんじゃないかって若干疑ってるんだぜ」
「なるほど……そうなのか」
「うん。いつもあれ何やってんの?」
「まぁなんと言うか、ボランティア活動的な? この合宿の手伝いもその活動のひとつだよ」
俺は昼間に華一と籠目に問われた時と同じように返答した。もう今後これ訊かれたらこの通りに答えるようにしよう。
「ふーん。ボランティアなぁ」
「でも葬哉、もうちょっと気を付けたほうがいいと思うなぁ」
「気を付ける?」
俺は聖柄からの予想しなかった言葉に、鸚鵡返しで問い返してしまう。暗くてよくわからないが、聖柄が俺の方向に寝返りをうったと思われる衣擦れ音が聞こえた。
「いくらボランティアで一緒にいるって言っても、朱々はマジで学校中で人気者だから……」
「だから、なに?」
「人気者だから、朱々じゃなくて葬哉の方に反感がくることもあり得るよってこと」
「……なるほどな」
さすがはクラスのカーストトップに立つ男。聖柄の思考回路は、素で上位に立つ者の考え方をしている。
春夏秋冬が学校中で人気者だから、春夏秋冬自身ではなく、絡んでいる俺に反感がくる。それはつまり、スクールカーストにおいて下位である俺が、上位の中の上位である春夏秋冬と絡むことで生まれる周囲からの嫉妬と嫌悪に気を付けなければいけないということだ。
例えるならば、貧民街の貧民が国中から愛されている王女様と恋人になったと民衆が報告を受けたとき、国の民衆はどんな反応をするだろうか。結果は見える、王女ではなく貧民に反感が生まれてしまうだろう。それまで下位の存在であった者がいきなり上位の者と関係を持ち優遇されれば、『どうしてソイツなんだ』という疑問に似た悪感情寄りの嫉妬が生まれるのだ。
それが、今まさにお前の状況だぞと聖柄は言いたいのである。ったくよー、ホント周りのこと気にかけれるわ空気読めるわで超イケメンじゃねぇか。
んなこと俺だってわかってるよ。実際俺は放課後放送で呼ばれて校長室に行くときクラスの春夏秋冬と仲良いヤツらからの視線に気付いて無視してんだよ。それに、じゃあどうしろってんだ。俺は春夏秋冬とは何のしがらみもありませんって春夏秋冬の知り合い全員に言って回れとでも言いたいのか。
俺は例え周囲の人間全てが敵に回ろうと気にはしない。所詮は社会に出ても何の役にも立たない、社会不適合者日本代表なわけで。そもそもの話、喋ったこともないし今後関わりもないようなヤツらに敵意持たれたところで、どうでもいいわけで。
「じゃ、おれ寝るわー」
「へーい。んじゃ俺も寝る」
聖柄と来栖は目を閉じ、程なくして寝息を立て始めた。ただひとり、寝息を立てず俺たちの話を聞いていたであろう男を横目に俺も
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