No.10『その時は突然に』
改めて現状を確認してみると、合宿の手伝いという仕事と平行して俺と春夏秋冬は諏訪との仲直り作戦を決行しているわけである。一日目はバス移動、練習、食事、睡眠。大きなイベントはこれくらいだった。後は大して特筆すべきことがない。
それは二日目、三日目も同じで、一日目と全くと言って良いほど変わらなかった。強いて言うなら、バスでの移動がなくなったため起床時間が早くなり、練習時間がちょっと長くなったくらいだろうか。それ以外は一日目とほとんど変わり映えしない二日間だった。
その一日目二日目三日目、この三日間で諏訪との仲直り作戦でやったことはたったの二つ。外堀を埋めるという理由で、諏訪と仲の良い部員たちとそれなりに喋るようにしていた。そしてもうひとつが春夏秋冬と仲の良いフリをするというものだ。この仲の良いフリをすることに関しては、諏訪の前だけでなく、埋めた外堀たちとの前でもしているようにと春夏秋冬からの命令が後から付け加えられたので、諏訪のいない場面でも俺はなるべく春夏秋冬とは友好的な雰囲気を醸し出すようにしていた。
外堀を埋めるために諏訪と仲の良い人間に近付く、というのはまぁわかる。諏訪は俺のことを完全に敵視危険視していて、それなのにその危険視している人物が自分と仲の良い人間と普通に喋っているのを見れば、少しはその気持ちも揺らぐだろう。春夏秋冬がやりたいのはこういうことだ。
では次なる作戦は内堀を埋める、つまり諏訪に直接絡むのではなく、春夏秋冬と仲良くすることにしたのか。
これは完全に予測だから確証はないのだけれど、春夏秋冬はおそらく諏訪と俺が敵対している元凶である自分が俺と仲良くしておくことで諏訪の中から俺への敵意を完全に払拭しようと考えているのだと思われる。諏訪の中で俺は、春夏秋冬に迷惑をかけている害虫という存在だ。それを実は春夏秋冬に迷惑をかけているのではなく、普通に接しているだけで別に何ら春夏秋冬へ害になっていない部分を見せることで、諏訪の俺への敵意を薄れさせようとしているのだ。その結果どうなるのかと言えば簡単な話、諏訪は俺を危険視しなくなり、春夏秋冬の言う悪い噂を流されない程度にまで諏訪の怒りを抑えることが出来るのである。
まぁこれは俺が春夏秋冬の作戦の本質を勝手に予想しただけのものなので、本当にこのような真意の元で自分と仲良いフリをしろと言ったのかはわからないんだが。
しかしわからないと言えば、ひとつわからないことが残っている――春夏秋冬はどうしてこの作戦の本質、そして自分の真意を話すことを
話すことを
俺の考えている春夏秋冬の策の本質を見れば、別に話したところで春夏秋冬に非はない。周囲の人間を使ったり、人の心情を上手く感じることが出来るアイツだからこそ思い付く実にアイツらしい作戦だと思う。加えてこの策を話した時に春夏秋冬が羞恥心を感じる意味もわからない。そんなもの出てくるわけが無いのだ。
うん、やっぱりいくら考えても春夏秋冬が躊躇した理由は見つからない。
まぁそれは今はおいておこう。問題は諏訪が本当に春夏秋冬の思惑通り、俺への敵視を和らげているのかだ。これは正直、こっちからは確認のしようがない。俺が自分から諏訪に、今の俺をどう思ってるか聞くわけにもいかないわけで。いや聞いたにしても何だコイツってなるに決まってるわけで。
春夏秋冬はこの問題点をどうするつもりなんだろう。アイツなら上手くボカして俺のことを聞けそうな感じがするけど。もしくはいつも通り、謎の猛烈な自信でこの策は成功するに決まっていると思っているのかもしれない。アイツのナルシー具合をナメちゃいけないからな。
でも諏訪はあの時、俺に相当ブチギレていた。今思えば、たかだかひとりの女友達にあそこまで怒るものなのか? 俺が友達いないからわからないだけで、世の人間たちはひとりの友達のピンチにあんなに真剣に怒ることが出来るのだろうか。諏訪の中で春夏秋冬の存在はどれだけ大きいものなのか、俺には検討も付かない。多分、俺ごときには検討も付かないほど大きなものなんだろう。
『人の心は移ろいやすし』なんて言葉もある。他人への悪感情も変わりやすく、それもまた時間が解決してくれることが多い。この作戦も、なるだけ良い方向に傾くことを祈ろう。
なんてことを三日目の夜、就寝前に考えていた。明日は合宿最終日、この近辺の高校と練習試合の予定が入っている。つまり今日までが俺と諏訪との確執を取り除く最後のチャンスみたいなとこでもあったわけだ。俺と春夏秋冬はなるべく行動を共にして、心の距離が近いことを諏訪にアピールした。華一と籠目がウザかったことは言うまでもないが、懸念しているのは一日目の夜に
今は余計なことは忘れよう。諏訪のことだけに集中すべきだ。…………そう考えたら、なんかイライラしてきたな。なんで俺が諏訪のことでこんなに悩まなきゃいけねぇんだよ。
と若干苛立ち始めた俺は、部屋から出て自販機へと向かった。喉を潤して頭を冷やそう。旅館ロビーの奥の方にある自販機でファ〇〇グレープを買って近場のソファに腰を降ろした。
一口飲んで甘みと炭酸を堪能し、俺のお得意、ボーっとしていると。
「なぁ、横いいか?」
「は……っ!?」
諏訪がいつの間にか缶ジュース片手に俺の前に立っていた。
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