No.8『お食事マナーを守りましょう』

 一日目、体育館での練習が終わると、部員たちは再度ランニングで旅館へと向かった。俺たちはそれの片付けをしてから、旅館に戻るという流れになっている。

 あー、別に大したことしてないけどめっちゃ腹減ったなー。さっさと帰って飯食いてぇ。


「あー! 穢谷くんがサボってるー!」

「手を動かさないといつまで経っても旅館帰れないよ!」

「お前らにだけは言われたかねぇよ」


 最初の準備の時ずっと喋ってたじゃねぇか。自覚ないのか。


「ほら、穢谷くん! こういうのは男の仕事だよ!」

「頑張って穢谷くん! なんか『穢谷くん』って『汚れ役』と響き似てるよね」

「……」


 やめてくれよ、小学校時代の嫌な思い出がフラッシュバックしそうだったよ。つかフラッシュバックしたよ。懐かしいなぁ、クラス全員に『汚れやくん』って呼ばれてトイレ掃除押し付けられてたなぁ~。同窓会が開かれたら会場に爆弾しかけて全員ぶっ〇してやる。あ、そもそも俺呼ばれないか。

 小学校時代の楽しい楽しい思い出を回想しながら、籠目と華一にネットをかける柱を片付けるのを押し付けられたので、倉庫へと歩みを進める。……高校生になっても押し付けられてるじゃん俺。


「あ、穢谷。支柱はそっちの空いてるとこに置いといて」

「あいよ」


 倉庫に入ると、春夏秋冬がネットやらボールやらを整頓していた。これ、支柱って言うんだ。案外そのまんまだな。なんかもっと専門用語的なのあるかと思った。


「それにしても、お前意外と積極的に仕事こなすんだな」

「私だってやりたくてやってるわけじゃないわよ。ただ、やらなくちゃいけないことをやらなくちゃいけないときにやってるだけ。特に東西南北よもひろせんせーからの仕事はね」

「ほーん。そのセリフ、全国の『宿題したくない』だの『なんでそんなめんどくさいことしなきゃいけないの』だの理由も考えずにすぐ文句ばっかりほざく若者たちに聞かせてあげたい言葉ナンバーワンだな」

「そう? だったらあんたに一番に聞かせることが出来て良かったわ」

「うるせぇよ」


 誰が文句ばっかりほざく若者だ。と言いたいところだけど、ぜんっぜん否定出来ん。


「あ、そうだ春夏秋冬。さっきの諏訪との話、続き聞かせてくれよ。お前と仲良いフリするってヤツ」

「あぁ……そうだったわね」


 何故か少し表情を曇らせ、言葉に詰まる春夏秋冬。不思議だなー、暴言ならこの人スラスラでてくんのに。


「自分で説明するからとか言っといて悪いんだけど、仲良く振舞う理由言うの、作戦成功してからでもいい?」

「……まぁ、構わんけど」


 別に今すぐに知りたいわけでもない。それに春夏秋冬には何か言いたくない理由があるようだ。何せ俺には暴言でも何でもかんでも言ってくるコイツが躊躇うほどだ。聞かない方がいいこともある。

 ここは俺が無駄に突っかかって問いたださず、春夏秋冬の要望に順じてやるとしよう。それに多分、俺と諏訪との仲がそこそこになるまでコイツは諏訪と仲直り作戦とやらを強行してくるわけで。俺としてはそれは絶対に避けたいわけで。


「なんか、最近穢谷物分りがいいわね。扱いやすくて助かるわ」

「このアマ、こっちが下手に出てやれば図に乗りやがって……!」

「はいはいそうやってすぐ怒らないで。禿げるわよ?」

「少しでも禿げたら俺はスキンヘッドにするつもりだから別に気にしてない」

「うわ、ハゲから逃げてる」


 んだよ悪ぃかよ。世の男たちは幽霊やら恐妻なんかよりもハゲになることの方が怖いんだからな。

 まぁ俺の家系はそこまで薄い人いないから大丈夫だとは思うけど。ホント遺伝って怖いわー。


「そろそろ、匁と夏込んとこ戻ろ。あの二人のことだから、あんまり長いことここでグダグダやってると色々とうるさそうだし」


 うわー、それはわかりみが深いわ。倉庫を出て行く春夏秋冬に俺も続いて体育館へ。戻って来た俺と春夏秋冬を見て、華一と籠目が『『ちょっと~、体育倉庫に二人っきりとかヤバみなんだけど~!』』と勝手にはしゃいでいたのは言うまでもない。




 △▼△▼△




 体育館での片付けを終えて、旅館に戻った俺たち四人。先に戻っていた部員達は既に風呂に入り終わっており、旅館のバイキングの席に着いてわちゃわちゃとお喋りに勤しんでいた。


「あ、こっちこっち! ここ空いてるよー」

「席とっててくれたんだ」

「ありがとねりょう~」

「さっすがイケメンは違うわ~」


 手招きしてきたイケメン野郎が四つの空席を指す。ひとつのテーブルに椅子が六つの六人席。そこにイケメン野郎と確か俺と部屋が一緒の爽やかイケメン……名前なんだっけ。とにかくイケメン二匹が俺たちの席をとっておいてくれたようだ。

 マネジ二人組と春夏秋冬はまだわかるけど、俺の分までとっておいてくれるとか、中身までイケメンかよ。


「これ何待ちなの? ブッチー?」

「うん。学校残ってる一年マネジと電話してるみたいだった」

「なるほどね〜。士撫地しぶちのいない練習なんて、無法地帯そのものに決まってるわ〜w」

「無法地帯! あはははっ、言い過ぎでしょ!!」

「いや去年のウチらがそうだったじゃん!」

「あ、そっかそっか!」


 手を叩いて爆笑する華一と籠目。へー、顧問の本名士撫地しぶちって言うんだ。めっちゃどうでもいい。

 程なくして士撫地が戻って来ると、部員たちは一瞬で会話をやめ、姿勢を正して視線を士撫地に向ける。すっげぇな、どんな調教されたらここまで顧問優先に考えられるんだろうか。上下関係にもほどってもんがあると思うんだけどなぁ。


「遅れて悪かったな。腹も減ってることだろうし、各々皿に料理をよそって食事を始めてくれ。八時からのミーティングには間に合うように!」

『はい!』


 今日一デカイ声で返事をすると、部員たちはわーっと皿を持って料理の並ぶ方へと向かって行く。


「よし、ウチらも取りに行こー。早くしないと男どもに肉系取られちゃうだろうし」

「それな~……あれ? 朱々と穢谷くん、行かないの?」

「「今混んでるから、少なくなってから行く」」

「ハモるにしてはちょっと言葉が長過ぎない……?」

「考え方一緒過ぎでしょ……」


 全く同じことを言う俺と春夏秋冬に若干引き気味でジト目を向ける華一と籠目。

 だけど、今取るよりも確実にもう少ししてから取りに行った方がいい。いつからここに料理を並べておいたのか詳しくはわからないが、すくなくとも俺たちがこの旅館に戻って来た時には置いてあったと仮定すれば、絶対に料理冷えてる。だからと言っていつ来るかわからない温かい出来立てを待つのかと問われれば、それほど待たなくてもいいだろうと返答しよう。

 と言うのも、このバイキング会場に他の客がいないのを見るに今日は劉浦高校バレー部がバイキングを貸し切っているはずだ。旅館の人間もコイツらが練習終わりってことはわかっているだろうし、運動部の高校生がえげつない量の飯を食べることもわかっている。この波……つまり部員たちの料理争奪戦のことだが、それが終わればすぐに厨房から出来立てかそれともレンチンしたばっかりかの追加が入るはずなのだ。

 それを考えれば、確実に少し待ってから取りに行った方が得だ。決して人がわちゃわちゃ混雑してるところに交ざりこみたくないわけではない、いやマジでマジで。


「あ、ホントに追加来た!!」

「すっご、穢谷くん頭いいね~!」

「はっ。まぁな……」


 正直、結構それっぽいこと言ってみただけだったんだけど、俺の言った通りに無くなった皿にすぐに追加が入った。するとちょっと顔を引きつらせながらもドヤ顔を決める俺に、春夏秋冬がボソっと呟いた。


「学校の勉強はゴミカス以下なのにね」

「おい」


 学校の勉強ゴミカス以下って……もっと言い方あるでしょ。それ単純に学校の勉強はダメなのにねって言うだけでいいじゃん。なんでそう一々ちょっと煽ってくるかな君。

 内心ツッコミを入れながら、俺も料理を取り分けるために立ち上がった。追加されたのを見て口をもごもごさせながらやってくるマナー悪い野郎もいた。どんだけがめついんだよ。

 俺はトングを使って唐揚げを取り分け、次に野菜を取るべく別のトングに手を伸ばすと。


「あ……」

「……」


 くだん諏訪すわ好浪よしろうも俺が手を伸ばしたのと同じトングを取ろうとしていたようで、お互いにフリーズしてしまった。諏訪は若干声を漏らしたが、すぐに俺をキッと睨みつけて自分の席に戻っていった。

 まったく……この合宿で仲直りと言うかそこそこに仲を深めるとか絶対無理な気がしてきた。春夏秋冬の作戦である春夏秋冬と仲良く振舞うというものも、多分アイツ自身賭け的な策だろうし。


「穢谷くん、そんだけしか取らなかったの!?」

「え、うん……そうだけど」

 

 席に戻った瞬間、華一が目を丸くして俺に問うてきた。『そうだけど、なんで?』と逆に訊こうと思ったが、六人席の端に面と向かう形で座る野郎二人の皿を見て口を噤んだ。

 俺の皿は野菜と肉が半々くらいの割合であり、それでいて皿の半分程度の量なのに対し、部員二人は一枚に大量の肉でもう一枚にデザートやらちょこっとのサラダという二枚態勢である。そりゃいつもこれぐらいの量食ってる部員見てりゃ俺の皿見て驚くかもしれないけど、そこまで驚くかね。少食なのちょっと恥ずかしくなるじゃん。

 ちょっと羞恥心で顔を赤くしていると、爽やかイケメン(名前が思い出せない)が口を開いた。


「まぁ運動部でもなけりゃ、大量に食わされないし胃もそんなに大きくはないだろうから、そんなもんじゃないか? 俺も中学ん時はそれくらいだったわ」


 おぉ、なんか俺のこと擁護してくれる感じじゃん。さすが、やっぱりイケメンは違うわ。でもね、俺は腹減っててこの量なんですよ。ただの少食野郎なわけで。


鯛兎たいとも昔ヒョロヒョロだったからなぁ。穢谷くんも身長の割にはちょっと細いんじゃない?」

「そ、そうか? 体重は平均ぴったりなんだけど」

「平均ぴったりw! 逆にすげぇ!」


 口を押さえて笑う鯛兎と呼ばれた爽やかイケメン。あぁ思い出したぞ、確か来栖きす鯛兎たいとだ。平均ぴったりで逆に何がすごいのかさっぱりわからないが、でももっとわからないのは俺と同じクラスのイケメン野郎の名前だ。さっき確かりょうとか呼ばれてなかったっけか。

 

「なぁ」

「ん? どした?」

「お前、名前なんて言うんだ?」

「え……っ!?」

「「「「ぶふっ……ww!!」」」」


 俺の突然の問いにイケメン野郎は眉をひそめ、他四人の同席しているヤツらは吹き出した。


「びっくりした……同じクラスだから知ってるもんだと思ったよ」

「悪いけど俺は関わりのないヤツの名前は覚えないんだ」

「そ、そうなんだ」

「うははははっ!! 穢谷くんおもしろいっ!」


 来栖がそう言って大口を開けて大爆笑。華一と籠目も腹を抱えて大爆笑。春夏秋冬は……よそを向いて小刻みに肩を震わせている。初めて俺の発言でコイツ笑ったかもしれない。つか何がそんなに面白いのか全然わからん。


「穢谷くんの訊き方もだけど、稜の顔もめっちゃウケるww!」

「超困り顔だったよねwww!」

「いやだってマジでビビったんだって!」


 イマドキ高校生は相当なゲラなのか。いやでも人は大人になるにつれて笑う回数が減っていくらしいからなぁ。今こんなに笑うのは普通なのか。箸が転んでも笑う年頃真っ盛りなんだな。


「ほら、稜。ちゃんと穢谷くんに自己紹介しないと」


 春夏秋冬がイケメン野郎に言うと、イケメン野郎はちょっと照れくさそうに笑った。


「おれの名前は聖柄ひじりづかりょうって言うんだ。……なんかめっちゃハズいんだけど」

聖柄ひじりづかか……。わかった、多分覚える」

「えっ、多分!?」


 聖柄の言葉で、また他四人がドッと沸いた。顔良くて性格良くて面白いとか、やっぱコイツ、完璧過ぎて嫌いだわ。

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