No.2『決して踏んで欲しくない地雷が誰にでもある』

 夏休みが始まって三日目の今日。

 俺はキモデブオタクこと夫婦島めおとじま あきらの招待で、メイド喫茶へと向かっていた。ご丁寧に招待状まで届いてきたのだが、アイツはあのメイド喫茶のオーナーか何かにでもなったのだろうか。

 

「いっや~、それにしても暑いな~! だけどこの暑さこそが夏って感じだ……うん、今オレは全身で夏を感じている!」

一番合戦いちまかせさん、ちょっと存在が暑苦しいんで離れてくれません?」


 道のど真ん中で大きく腕を広げてデカい声を出す脳筋バカ、一番合戦いちまかせ うわなりさん。同じ劉浦りゅうほ高校の三年生で、二歳年上。俺が二年生なのに三年生のこの人が何故二歳差なのかと言えば、答えは簡単。

 一番合戦いちまかせさんは留年しているのだ。その理由とかはあれやこれや色々あるわけなのだが、この人の説明に時間を割きたくないので割愛させてもらう。


 そんな一番合戦さんも夫婦島に誘われていたらしく、駅で鉢合わせてしまい、こうして一緒に歩いている。


「そんな冷たいこと言うなって~。あっ、もしかしてその冷たい発言でオレを涼ましてくれてるのか!?」

「……もうそういうことでいいです」


 相変わらずのバカさ加減に呆れつつ、俺はため息を吐いて歩く速度を速めた。だが元々バカデカい図体の一番合戦さんには、ちょっと足早に歩いてもすぐに追いつかれてしまう。

 えぇい、小賢こざかしい。向かっている場所は同じだけど、出来れば離れて歩きたい。この人デケぇから目立つんだよ……。


「ていうかさ、オレ、メイド喫茶とか初めてなんだよ。なんか注意しといたほうがいいこととかあるんか?」

「あー、いや特にないですね。なるようになるんで」

「なんだよそれー。オレ、テレビで見たことあるんだぞ。なんかめっちゃご奉仕してもらえるんだよなぁ~」

「……それ深夜帯の番組じゃないですよね?」


 ちょっと鼻の下伸ばしてるのを見るに、若干奉仕の意味を履き違えているような気がしないでもないが。まぁこの人が勘違いしていようが関係ないし、恥かくのはこの人だしどうでもいいや。




 △▼△▼△




「「おかえりなさいませ〜❤︎ ご主人様〜⤴︎!」」

「おぉお!? スッゲェ、マジでメイド服だ!!」


 メイド喫茶に入店、もとい帰宅すると、早速メイドさんからのお出迎えを受ける。

 その完成度、クオリティの高さに一番合戦さんが感嘆の声を上げた。


「あ、お二人とも! こっちっす!!」


 そんな声が奥のテーブルから俺と一番合戦さんを手招きしてきた。このメイド喫茶の常連客であり、フィギュアを嫁と言い張る二次元厨でもあるキモデブオタク、夫婦島めおとじま あきらだ。

 俺と一番合戦さんが席に着くと、すぐにメイドさんが注文を取りに来た。迷った末、注文したのはオムライス。メイド喫茶の王道メニューとも言えるんじゃなかろうか。

 注文が終わり、お冷やに……ではなくメイドさん聖水に口を付けると夫婦島が問うて来た。

 

「どうっすかお二方。夏休みは充実してるっすか?」

「おうよ、もちろん! オレは毎日ジムってるぜ」


 親指を立てて答える一番合戦さん。

 ちなみに『ジムってる』というのは、一番合戦さん語録のひとつで、『ジムで運動しまくってる』の意。

 

「そっすかー。穢谷パイセンはどうっすか?」

「始まって三日しか経ってねぇし、まだ何とも言えん」

「なんすかそれー。相変わらず無愛想っすー!」


 そういうお前は相変わらずすーすーうるさいな。イラるからやめてほしいんだけど。


「あれ、でも穢谷。お前初日に春夏秋冬ひととせたたりと駅前歩いてたよな。ジム帰りに見たぞ」

「見てたのかよ……」

「仲良い同級生の女の子二人とデートなんてまさに青春っすね! 両手に花じゃないすか!」

「待て待て勘違いするな。俺は荷物持ちとして呼ばれたんだよ。二度と俺に向かって青春だね発言をするな。殺すぞ」

「そ、そんな青筋立てなくてもいいじゃないっすか……冗談っすよ」


 それに春夏秋冬とも祟とも大して仲良くない。春夏秋冬は仲良くないなんてレベルじゃない。ワンチャンあれば刺し合う仲だ。


「でも穢谷パイセン。春夏秋冬パイセンと話してる時が一番イキイキしてると思うっすよ?」

「確かに、いつも春夏秋冬以外のことに興味なさそうだもんな」

「いやいや。春夏秋冬をってことに興味があるだけで、春夏秋冬自体に興味はないから」


 その言い方だとまるで俺が春夏秋冬に恋愛感情を抱いているみたいになってしまうじゃないか。


「んー、穢谷パイセンと春夏秋冬パイセンって中学校の頃に何があったんすか?」

「……前も言ったろ。俺が中学ん時に初めて春夏秋冬の裏の顔を知ったんだよ」

「それだけじゃないっすよね? 絶対それだけでそんな仲悪くなるわけないと思うんすけど。前に校長室で二人で話してた約束みたいなのは関係してるんすか?」


 約束。おそらく俺が春夏秋冬を高校で貶めるか、春夏秋冬が三年間人気者を貫き通せるかの勝負のことを言っているのだろう。

 だが、別にあの時犬猿の仲となったわけではない。それは勝負の約束を交わしたあとのある出来事によるものなのだ。


「俺が……アイツの母親の悪口言った時、アイツは本気で怒ったんだ。んで、軽く泣きながら平手打ち喰らった」

「うえっ! それマジっすか!?」夫婦島が目を見開いて声をあげた。

「でもよー。自分の親がバカにされたら、誰でも怒るんじゃないか?」と一番合戦さん。


 確かにどんなに荒れていて反抗期のヤツでも自分の親の悪口を言われれば、頭にくるだろう。俺だってそうだ。何度も勘当してくるような親ではあるが、他人ひとにバカにされるのは嫌だ。


 だから春夏秋冬ひととせがあの時に怒るのもおかしい話ではないのだが、あの春夏秋冬が果たして親の悪口を言われたくらいで泣きながら平手打ちまでしてくるだろうか。

 お互いに無かったことのようにしてきて、俺も春夏秋冬もその件にはそれ以降触れてこなかった。故にどうしてそこまで怒ったのかは謎のままだ。


 もしかすると、春夏秋冬にとって自分の親に関することは触れてはいけない禁忌の領域で。

 何か踏んではいけない地雷が存在したのかもしれない。


「色々あるんすねぇ穢谷パイセンと春夏秋冬パイセンって」

「まあな」


 そんな感じで若干重くなったしまった空気。しかし運ばれて来たオムライスと愛らしいメイドさんにより、一瞬にして気分が弾み始めたのだった。


「てか本人を前にして親の悪口言うなんて、やっぱり穢谷クズだな」

「そこは触れないでください……」

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