No.3『おいコラ、スタ爆して来るヤツ埋めるぞ』

「じゃあお母さん買い物行ってくるからー! どっか出掛けるなら鍵忘れないでよー」

「へーい」


 玄関の方から聞こえる母親の声に絶対聞こえてないであろうボリュームの声で返事をする。程なくして我が家の車のエンジン音が鳴り響き、その音が遠ざかって行った。 

 ベッドの上から壁掛け時計を確認すると、時刻は九時半。学校に登校する時と同じ時間に寝たのに、夏休みという安心感もあってか遅起きになってしまったようだ。


 くぁと小さく欠伸あくびをして、ベッドから出る。机上に置いてあるメガネをかけ(普段はコンタクト)、充電していたスマホを手に取り、ホームボタンを押してみると。


「うわ……なんじゃこりゃ」


 つい口に出してしまった。というのも、ホーム画面には某緑色の無料メッセージアプリの通知がズラーッと並んでいたのだ。

 しかもその送信者の名前は『朱々』、つまり春夏秋冬ひととせなのである。


「怖ぇよ……」


 大量にある通知のほとんどが『朱々がスタンプを送信しました』であるため、内容がさっぱりわからない。

 果たして何を伝えたかったのか何とか読み取るべく、下にスクロールしまくる。そしてようやくひとつ通知から文章を見つけることが出来た。


『ファミレス』

『来い』


 これは文章……なのか?




 △▼△▼△




 ファミレス来いというメッセージ……否、命令に従い、俺はそそくさと着替えてそそくさとファミレスへと向かった。

 ファミレスと言われて思い当たるのはいつも使ってるあのファミレスのことだろう。というかそこしか思い付かんし、そこ以外にいられても場所わからんし。


「いらっしゃーませー。一名様です?」

「あ、いや多分ひとり待ってるヤツがいるはずなんですけど」

「はーい、どーぞー」


 相変わらずの接客テキトー店員さんに手で促され、春夏秋冬がいるであろう喫煙席を覗いてみると。


「遅い。夏休みだからってダラダラ寝るな」

「うっせぇよ。てめぇに俺の生活リズムにまで口出しされる覚えはねぇ」


 不機嫌顔の春夏秋冬が腕を組んで座っていた。煙草たばこの匂いが若干ほのめいているが、春夏秋冬は気にならないようで。万が一学校の知り合いに見られないよう、磨りガラスで遮られたこの喫煙席にいつも座ることにしているのだ。

 

「だいたいスタ爆されて全く起きないとか意味わかんないんだけど。通知音で目覚めるでしょ」

「あ? スタ爆するくらいなら電話かけりゃ良かったんじゃねぇのかよ」

「いやよ、電話でまであんたと話したくないし」

「あー、さいですかさいですか」


 相変わらずの毒舌っぷりに呆れてまうわー。コイツとの会話で溜まった苛立ちを、俺はテーブルのお冷やを胃に流し込んで抑え込む。文字通り溜飲を下げる。


「……お前、それ私服か?」

「は? そうだけどなに?」


 今日の春夏秋冬の服装は、トップスが白地に青の花柄が描かれているオフショルダーブラウス。ボトムスにはハイウエストのワイドデニムパンツに黒いモノトーンのスニーカー。

 そして取ってつけたように俺があげたシュシュが左手首に巻かれている。

 ラフで動きやすそうな格好かっこうでありつつ、肩出しでセクシーさも醸し出しているオシャレな服装だ。


 何でこんなことを聞いたのかというと。


「あんだけ俺に私服しふく見せたくないとか言ってたくせに何で今日は私服なのか不思議に思って」

「それを言うならこの前みやびと買い物してた時も私服だったじゃない」

「それは元々俺が来る予定じゃなかったからなんじゃねぇの? 途中で荷物持ちに呼んだだけで」

「…………んぁぁあ、もう! 一々そんなこと聞かないでよ! 私服見せないようにしてるのがめんどくなっただけなの!」

「お、おぉ……そうか。なんかすまん」


 何故俺が謝らなきゃいけないのかさっぱりわからんけど、顔を赤くしていかる春夏秋冬を前にして頭を下げないわけにはいかないわけで。

 

「おいおい、また痴話喧嘩? やるなら外に出てやりなよー」

「「痴話喧嘩じゃない!!」」

「うおっ。出た、穢谷春夏秋冬カップルの奇跡のシンクロ」

「「誰がカップルだ!!」」

 

 そうしてまたハモる俺と春夏秋冬を見て、面白そうに口角を上げるウェイトレス姿の女、月見つきみ うさぎさん。

 俺らと同じ劉浦りゅうほ高校の定時制3年生で、もうすぐ1歳の娘がいるシングルマザーである(旦那さんには妊娠したと告げた途端に逃げられたらしい)。


「喧嘩も悪いとは言わんけど、たまには仲良く世間話でもしたら? そういうカップルって長続きしないんだぞ」

「旦那に逃げられた人の言葉じゃ説得力全くないですよ」

「あ? おい穢谷けがれや、夏休み全部入院についやしたいか?」

「すみません冗談が過ぎましたもう言いませんどうかお許しください」

「謝んの早や……。プライドもへったくれもないわね、あんた」

 

 ジト目で蔑みの目を向けてくる春夏秋冬。揉め事を起こさない秘訣はすぐに謝ることにあるんだよ(にしては春夏秋冬とは揉めてばかりだが)。


「まぁ、とにかくごゆっくりどうぞ」

「うす」


 月見さんはヒラヒラと手を振って厨房の方へと戻って行った。

 そしてテーブルの間には沈黙が流れる。静寂ではなく、沈黙だ。お互いが何も言葉を発さず、何の物音もしない空気の不味い状況である。

 ここで先に言葉を発しては負けた気がするので、俺は暫しの間そのまま口を結んでいたがしかし、結局耐え切れなって口を開く。はー、すっごい負けた気分、死にてー。


「……んで、何で俺は今日呼ばれたん?」

「穢谷の課題、終わったから渡したかったのよ」

「えっ。もう終わったのかよ。まだ頼んで一週間も経ってないぞ」

「はっ、あんた私の頭の良さナメ過ぎよ。あのレベルなら二日もあれば余裕で終わるわ」


 ウッゼェー、コイツ。美人で人望もあって頭も良いとか完璧かよ。あとは結局性格なんだよなぁ。

 ほんで頭良いのと課題が早く終わることはイコールのようで実はそうでもない気がしますけどね。答えすぐ出せたとしても書くのにどうしても時間かかっちゃうわけですし。


「まぁ、サンキュ。する気なかったから助かったわ」

「穢谷さぁ、校長が進級させてくれるからってテキトーなことばっかりしてたら、将来痛い目遭うわよ」

「はっ、将来のこととかどうでもいいね。そもそも俺は社会不適合者、社会に放っても腐ってゴミになるだけの存在なんだよ」


 俺がそう自虐すると、春夏秋冬は何故か少しだけかなしそうな目をした。春夏秋冬がするのは非常に珍しい、なかなか見ることのできない目だ。

 するとそんな俺の視線に気付き、すぐにいつもの俺を見るツンとした表情に戻す。そして取り繕うように咳払いし、口を開いた。


「ちょっと思い出したんだけど、穢谷」

「ん?」

「この夏休みの間に諏訪すわと仲直りしておきなさいよ」

「は? な、仲直り……? 諏訪と? なにゆえ?」


 諏訪すわは、俺と春夏秋冬の所属するクラスのでしゃばり王子(ムードメーカーとも言う)で、一度俺をボコボコにした野郎だ。

 まぁそれもこれも俺が先に喧嘩をふっかけたわけなのだが……。


「このままだと、あんたクラスで浮いちゃうわ」

「いや俺友達いないし誰とも話したことないから既に浮いてるようなもんなんだけど」

「今よりひどくなるかもしれないって言ってんの! 諏訪がクラスのヤツらにあんたのこといつ悪く言いふらしてもおかしくないんだから」

「まぁそうなのかもしれんけど……なんでそんなに俺のクラスでの立場気にしてんの?」

「ほぇえっ……!?」


 俺の問いにこれまた珍しく間抜けな声を出した春夏秋冬。なんだろう、コイツ明らかに雰囲気がいつもと違うぞ。普段なら俺の会話ごときじゃ顔色ひとつ変えねぇのに。

 春夏秋冬は間抜けな声を出してしまって恥ずかしいのか、少し乱れた髪を手で直し、顔を隠すように目線をあらぬ方向に向けた。


「いや、えっとー……あんたが諏訪にボコられたのって、一応は私のせいでもあるわけだからさ……」

「でも俺アイツのことボコられる前から嫌いだったし」

「うん、あんたうるさいヤツ嫌いだからそう言うと思った。だからめちゃめちゃ仲良くなれとは言わないわ。悪評を流されない程度に仲直りして」


 また難しいこと言うねぇ春夏秋冬さんよ。どうすりゃいいのかさっぱりわからん。


「私も少しは間を取り持つから。ほら、バレー部の合宿お手伝いがあるでしょ?」

「……バレー部の、合宿お手伝い?」

「え、あんた校長のしおり読んでないの。来週から四日間泊まりよ?」

「はぁぁぁぁぁあ!?」

「穢谷うっせぇぞ!!! つまみだされてぇか!?」


 泊まりで強制労働という事実に思考を奪われてしまい、月見さんの怒鳴り声は全く耳に入ってこなかった。

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