第1話『わたしはMにもSにもなれるよ?』

No.1『夏休みは儚く散ってしまう』

 夏休みというものは、非常にはかない。

 四十日近くの休みがあると聞けば、確かに長いようにも感じる。だがしかし、気付けば夏祭りの打ち上げ花火のごとくパッと儚く散ってしまう。

 それが夏休みというものだ。


 何が言いたいかと言うと、つまり。夏休み期間中にどれだけ有意義な生活を送れるかが、全国の学生にとって大事になってくるということだ。

 部活動生の人間からすれば、毎日練習と練習と練習の日々なのかもしれないが、そんなことは関係ない。

 この話は全ての学生に関係する。


 練習に集中し過ぎた結果、長い休みだったはずなのに結局自分のしたいことは何も出来ずに終わってしまうなんてことになってもおかしくない。または部活がないからと言って何十日もある夏休みを、だらだらと不毛に過ごすのはまさに怠惰たいだだと言える。

 ようするに予定をしっかりと決めておくということが大事なのだ。この日は何をするかとか、この日までにこの課題をここまでは終わらせるとか、この日にこっちの友達と遊ぶとか、その他色々エトセトラ。

 一日一日をどれだけその予定通りに過ごすことが出来たかで、夏休みが終わった後に訪れる気怠けだる憂鬱ゆううつ感の強弱が左右される。


 俺の場合、部活動もしていなければ課題をそもそもする気がないので、この夏休みは校長からの召集がかかっている日以外、自分の好きに使うことが出来る――――はずだったのだが……。


「さて、今日も色々買えたし、そろそろお昼ご飯食べましょっか」

「そ、そうですねっ。自分も、お腹空きまし、たっ!」

「うん。それじゃ、穢谷けがれや。荷物持って」

「チッ、どんだけ買うんだよお前ら。持つ方の身にもなれっての」


 俺は今、春夏秋冬ひととせとその友人(?)、たたり みやびの買い物に付き合わされていた。しかも、二人の荷物持ちとして……。


「はぁ? あんたが言ったんでしょ、課題を代わりにやってくれるなら荷物持ちしてやってもいいって。条件呑んであげたんだから、文句言わずに無言で私らの邪魔しないように自分は空気だと思って働きなさい」

「うっるせぇなぁ。注文が多いんだよお前」

「出来ることなら息もしないで。穢れるわ」

「……」


 呼吸するように暴言が出てきますねー。今すぐ荷物放り投げて立ち去ってやりたい。

 だがまぁ、前回三人でここに来た時のように奢らされまくるよりかは、荷物持ちの方がマシだな。


「けっ、穢谷さんっ……その、すいませんホントに嫌だったら自分の荷物は自分が持つので」

「あ、いやいいよ。じゃないと課題春夏秋冬にしてもらえないし」

「そう、ですかっ……」

「気にしたら負けよ、みやび。これぐらいのことさせとかないと、社会不適合者に極みがかかっちゃって余計めんどくさいから」

「わぁ、あの春夏秋冬さんが俺の心配してくれるなんてー。感激でーす」

「心配じゃないわ、憐れみよ」


 俺の棒読み口調に、間髪入れずに答える春夏秋冬。おい、その目やめろ。人間に対して向ける目じゃないぞそれは。




 △▼△▼△




 その後フードコートへ向かい、昼時の混み合った時間帯に勃発するお客たちの壮絶かつ迅速な席争奪に勝利した俺は、昼飯を買いに行った春夏秋冬と祟の荷物番をしていた。

 ほどなくして、春夏秋冬よりも先に祟が席に戻って来た。


「それにしてもすげぇ人だな……。わざわざ休日に混んでるとこに来る人間の思考がわからん」

「そ、そうですねっ。自分も、ちょ、ちょっと人酔いしちゃいそうでした」


 そう言う祟の表情は確かに若干火照っているように見える。人間の密集率が高いここにいたら、そりゃ暑くなるわな。


「春夏秋冬はどうした? まだ並んでんの?」

「あ、はいっ……えっと、穢谷さんもなにか買いに行かないんですか?」

「うーん。まぁそんなに腹減ってないからいいかな」

「そっ、そうです、か……」


 そこで途切れる会話。超絶気まずいことは言うまでもない。

 そもそも俺と祟はそんなに話をする仲じゃない。言わばただの顔見知り、ちょっと会話したことがある友達の友達みたいな関係なのだ。

 

「なぁ祟、少し聞きたいことがあるんだけどさ」

「は、はい?」


 ただ春夏秋冬が帰って来るまでこの空気感のままは居心地が悪いので、俺は話を切り出す。


「祟は、春夏秋冬のことをどう思ってる?」

「ど、どうって……。自分みたいなコミュ症とでも会話してくれて、それに一緒に遊びに連れてってくれたりする……」


 祟はそこで一度言葉を区切る。そして俺から少し顔を背けながら、恥ずかしそうに言った。


「……友達、ですっ!」

「ほーん、そうか」


 自分なんかが春夏秋冬さんと友達なんて厚かましいにもほどがありますよね――ひと昔前のコイツならその言葉の後にこう付け加えていたかもしれない。


 だが、今の祟の言葉は確固たる自信を持っているように感じた。自分と春夏秋冬との関係が友達以外の何ものでもないと、そう言い切れるほどの自信が祟には付いているのだ。

 俺が知っているあのコミュ症で根暗な祟 雅はもういないらしい。一学期に知り合ったクズたちの中で一番変化が見られるんじゃないだろうか。


「ど、どうしてそんなこと、聞くんですか?」

「いや別に大した理由はない。ただ……」

「ただ……?」

「……ただ何となく気になっただけだ。すまん」


 あやうかった。『ただ』の先、もう少しでおかしなことを口にしてしまいそうだった。がらにもなく、キャラにもないことを。

 俺が春夏秋冬に思っていることは、俺自身しっかり理解している。そんなの当たり前だ。俺のことなんだから。

 だけど俺には分からず、聞かなければ絶対に分からないことがひとつある。


 春夏秋冬は俺のことをどう思っているんだろう。


「ちょっと穢谷? 何ボーッとしてんのよ」

「……あぁ、お前か」


 思考を巡らせていた俺の顔を覗き込むようにして名前を呼んできた春夏秋冬。その左手首には、俺がプレゼントしたシュシュが巻かれている。


「何よ帰って来たの気付いてなかったの? ま、仕方ないわね。そのいつまでも半開きの目じゃ見えるものも見えないわよね」

「うるせぇよ。生まれつきこういう顔なんだよ」


 俺は投げやりに春夏秋冬からの挑発を返す。

 春夏秋冬が俺のことをどう思っているのか、よりもが気になって仕方なくなってきた。

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