No.28『この世界に存在している。そのことだけは覚えておいてほしい』

「あっははははははは!!! それでボコボコにされたってのかい!? 情けないにもほどがあるだろww! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 気を失った俺を春夏秋冬が運ぶのはさすがに無理だったようで、脳筋バカの一番合戦いちまかせさんに連絡を取り、校長室まで運んでもらったらしい。個人的にお姫さま抱っこかおんぶのどっちだったのかすごい気になるところではあるが、まぁこの際目を瞑ろう。


 そして目を覚ました俺はボコボコになっている理由を説明(春夏秋冬が陰口を言われていたことには触れずに)した。カッとなって手を出したら返り討ちにあったと言った瞬間、見ての通り東西南北よもひろ校長が大爆笑である。


「ちょっ、花魁おいらんちゃんっw、笑い過ぎだってww……穢谷に悪いってwwww」


 腹を抱えて大爆笑する校長に、全く笑いを堪え切れていない月見さんがそう言った。あんたら幼馴染同士性格悪ぃな……。人の不幸大好きかよ。


「もっと優しい言葉かけてほしいんですけどね……イテッ」

「あぁっ、すいませんっ! でも、一応すり傷は消毒とかっ、しとかないと……」


 祟が消毒液を付けたガーゼをぽんぽんと優しく押し当て、俺に応急手当をしてくれている。前かがみになっている祟の制服から谷間がチラチラと視界に入り、非常に目のやりどころに困る。

 すると今度は俺の隣に一二つまびらが腰を降ろし、不安げな顔で口を開いた。


葬哉そうやくん、ホントに大丈夫~? もしあれだったら、あたしがここで一発抜いてあげてもいいけどぉ」

「うん、気持ちだけ受け取っとくわ。ありがとさん」


 もしあれだったらのあれの意味はさっぱり分からないが、一二の心配をありがたく受け取っておこう。年配二人は年下がボコボコにされてるの見て大爆笑するようなダメ大人だし。


「あ、はいはいはい! だったら僕、一発お願いしたいっす!!」

「うーん、ごめんねぇ。あたしも生理的に無理なことがあるからさぁ~」

「せ、生理的に……。普通にイヤって言ってくれた方がよかったっすぅ~!!」


 一二にフラれ、泣き目になっている夫婦島。かわいそうに……なんて感情は不思議と一切沸いてこない。夫婦島のことはいつだろうとどうでもいい。


「しっかし、よくわからんけど穢谷のことボコったヤツは許せねぇな! オレが今から一発殴ってきてやろうか?」

一番合戦いちまかせさんも気持ちだけ受け取っときますよ。これ以上被害広めないで」

「そ、そうか。穢谷ぁ、お前は優しいなぁ……」


 なんか謎に感動されてしまった。でも一発殴ってきてやろうかとか言う辺り、ホント脳筋なところは変わらないな。この人会ってから何も成長が見られないけど、まさか今年も留年したりしないだろうな。

 刹那、今までソファに座って黙っていた春夏秋冬が、突然こんなことを問うてきた。


「ねぇ……。どうして、私のこと庇ってくれたの……?」


 それはおそらく先ほどの教室でのこと。アイツらが春夏秋冬の陰口を言っていたのを、俺が悪者になることで庇ったのは一体何故なのかということだろう。さっきも言ったように皆に説明した時には春夏秋冬が陰口を言われたことは言ってないので、この場でその意味がわかるのは俺のみだ。


 春夏秋冬が理解できない理由はわかる。敵対関係にあったとも言える自分を、どうして庇ってくれたのか。あんなにいがみ合いお互いを拒絶し合っていた赤の他人を、どうして身を犠牲にしてまで庇ってくれたのか理解できないのだと思う。きっと俺も逆の立場だったら春夏秋冬と同じ反応をしていたはずだ。

 だけど、その問いの答えを俺は簡単に出すことができる。


「決まってるだろ。お前には、学校一の美少女で学校一の人気者のままでいてもらわないといけないからな」

「……」


 春夏秋冬は俺の言葉を無言のまま、真っ直ぐに俺の顔を見て聞いている。

 綺麗な濃い茶色の瞳に見つめられ、なんだか少し緊張してしまう。こうしてちゃんと顔を合わせて話をするのも実は俺と春夏秋冬は初めてのことだったりする。

 本心から思って吐いている悪口暴言はいくらでも言えるのに、どうしてそれ以外の本音はこうも気恥ずかしくなってしまうのだろうか。


「お前に落ちぶれてもらったら困るんだよ。俺が社会不適合者日本代表として一泡吹かせてやった時の喜びが半減するじゃねぇか」

穢谷けがれや……」


 俺があの時何故あんなに怒ったのかわかった。陰口を叩くアイツらへの怒りではなく、完璧超人でみんなのトップに立っている春夏秋冬が、あんなクラスのアホ共如きに陰口を叩かれている状況、春夏秋冬の爪の甘さに怒ってしまったのだ。

 俺の中での春夏秋冬はこんなもんじゃない。俺はコイツに強く、カッコいい、越えられない壁であってほしい。情けない弱い部分は敵対する俺には見せてほしくないわけで。


「だからまぁ、そんなに責任感じんな。俺がアイツらにずっと言いたかったことも言えたわけだし、満足してる」


 俺が珍しく慰めに近い言葉をかけるも、春夏秋冬は暗い表情のまま。うーん、調子狂うな。春夏秋冬がここまでしおらしくなるとは思わなかった。

 仲良いフリをしていた友達もどきのアイツらに陰口を言われたことがショックなのか、それとも俺が自分のことを庇ってくれたという事実に驚愕しているのか。

 どちらにせよ、こんなに弱弱しい春夏秋冬は見ていられない。

 

「あ、そうだ春夏秋冬」


 そこで俺は自分のバッグを手に取る。そして中からあげる予定だった誕プレの紙袋を取り出した。一二はそれを見てパァっと顔を明るくし、祟は優しく微笑み、夫婦島は訝しげにジッと袋を見つめ、一番合戦さんはアホ面で全体を眺めている。ゲス校長とヤンママは言うまでもなく未だ爆笑中。どうしようもねぇなあのダメ大人二人。


「これ、過ぎちゃってるけど春夏秋冬に誕プレ」

「え、嘘でしょ……あんたが?」


 予想だにしていなかった出来事に春夏秋冬は目を丸くしている。あ、ちょっと気分いいな。春夏秋冬のそういう顔を引き出せたのが何となく、嬉しい。

 驚いた顔のまま俺の手から袋を受け取る春夏秋冬。何を疑っているのか、紙袋を360度見回したり少しだけ振ったりして中身の安全性を確かめる。実に失礼極まりない行為だが、俺からの誕生日プレゼントなんだから警戒してもらって結構。それでこそ春夏秋冬だ。


「……開けていい?」

「おう。人に物をやんのは初めてだから、気に入ってもらえるかどうかはわからんけど」

「…………」


 春夏秋冬は無言で紙袋の中にあった誕プレ――淡い虹色のカラフルなシュシュを見つめる。少しの間そうしていたのちに、ゆっくりとした動作でそのシュシュを使い、髪を結い始めた。

 元よりストレートのキレイなロングヘアがサイドポニーに結われ、普段と違う髪形に少しドキっとする。美人って得だよな、結局何させても似合うんだから。


「どう? 変じゃない?」

「うん……。似合ってる、と思う」


 春夏秋冬との暴言以外での会話。それに慣れていなさ過ぎて、やっぱりたどたどしくなってしまう。俺が何とか搾り出した返答に春夏秋冬は少し目を伏せて。


「そっか……。うん、ありがとっ」


 恥ずかしそうにはにかみながら感謝を述べた。慣れていないと感じているのは春夏秋冬も同じなようだ。その時の春夏秋冬の表情は俺が見てきた中で一番に可愛らしいと思える笑顔だったような、そんな気がした。

 いやというよりも、もしかすると春夏秋冬にとって初めて人前で見せる作り物ではない、本物の笑顔だったのかもしれない。そう思えるほどに、彼女の今の笑顔は素敵で仕方がなかった。

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