No.26『口だけのクズでも』
月曜日。普段ならば一週間の始まりということもあり、朝目覚めた瞬間から萎えてしまう日なのだが。
今週の月曜日はそんな気分にはならない。何を隠そう、今週で一学期が終了するのだ。つまり、みんな大好き夏休みに入るわけで。浮かれた気分にならないわけがないわけで。
そんな朝の教室は普段よりも活気だっているように感じる。かく言う俺も少々浮き足立って登校して来てしまった。部活のない俺にとって夏休みは比喩でもなんでもなく天国なのだ。毎日冷房の効いた家で自堕落に過ごせる快感ったら夏休みぐらいにしか味わえない。
「うっしゃ~! 夏休みっだ~!!」
お分かりでしょう。教室中に聞こえる奇声を上げて喚いているのは、クラスのしゃしゃりボーイ(ムードメーカーとも言う)である
「すわっち朝から元気だね~」
「当ったり前やーん! これでやっと勉強から解放されるぜっ!」
「まだ終業式まで四日あるけどな。それに、夏合宿のこと忘れてるだろお前」
「うげっ! そう言えばそうだった……」
ふっ、可哀相に。普段からうるさかった罰として合宿と言う名の地獄を味わってくるがいい。
「そうだそうだ。夏休みを目前に、今日の放課後みんなでカラオケとかどぉ!?」
「あっ、それ賛成~!」
「いいね。ぼくも今日は部活ないし」
諏訪の提案に、いつもつるんでいるヤツらが賛同しだした。今さらだが彼ら、我がクラスのスクールカースト上位者たちグループがどういった人員で構成されているのか説明しておこう。
男子は諏訪と例のイケメンくん、それになんでスクールカースト上位なのかわからんメガネ男子の三人。女子が諏訪の前の席に座るゴリゴリのギャルJK、加えて温厚そうな清楚系といかにも部活に打ち込んでます感満載の女、そして忘れもしない腹黒女の三人。この男女合わせて計六人がクラスの中心核を担っている。
「朱々はどう? 最近なかなか遊べてなかったし、久々に~」
「う~ん、ごめん。今日はちょっと無理かな。違うクラスの子と先に約束しちゃっててさ」
「くぁ~……マジかぁ。萎えぽよ~」
「まぁまぁそう言うなって諏訪。人気者の朱々と遊びたい人はいっぱいいるんだから仕方ないだろ」
がっくり肩を落とす諏訪に、イケメンくんが春夏秋冬を擁護するような言葉をかけた。
その後も夏休みに遊ぼうだの海かプールかどっちにするかだの色々と話していたが、ショート開始のチャイムと同時に教室に入ってきた担任によって静かになった。いつも通り、大した連絡事項もなく一瞬でショートは終了。すぐに一時間目の授業が始まる。
だが俺の頭は授業に全然集中出来ない(いつも全然集中してないんだけど)。というのも、バッグの中に忍ばせている春夏秋冬への誕プレをどうやって渡せばいいのか。人へ物をプレゼントしたことないし、よく考えれば一応女子にあげることになるわけで。
緊張なのか羞恥の感情なのか自分でもよくわからん複雑な気持ちで胸がいっぱいだ。クソ、春夏秋冬ごときにここまで心を揺さぶられるなんて、屈辱だ!
俺はバッグの中をそっと覗く。そこには可愛らしい紙袋がひとつ。買う時に色々と思考を巡らせたが、俺が春夏秋冬のために買い物にまで来た理由は理解出来ないままプレゼントを買ってしまっていた。
まぁもうそれはいい。俺の中に微量だけ存在している優しさのつぼみが花開いたとでも思っておこう。
今重要なのはいつ、どこで、どうやってこの誕プレを渡すかだ。クラスの連中がいる前では絶対に渡せないし、受け取りたくもないはず。ならばやはり無難に放課後……いやしかしどうやって春夏秋冬を放課後教室に残っておいてと伝えればいいんだ。
連絡先は知らないし、かと言って校内で話しかけるのは避けなければいけない。ついこないだこのクラスで俺と春夏秋冬の間に何かあるんじゃないかと疑われかけている。春夏秋冬が上手く誤魔化したとは言っていたが、まだクラスの連中にその記憶がうっすら残っているうちは、アイツとの接触をなるべく見られないようにしなくてはいけないのだ。
変に俺が目立つようなことには絶対なりたくないんでね。
「どうしたもんかなぁ……」
そんな俺のため息まじりの呟きは、クラスの誰に届くこともなく消え入るのであった。
△▼△▼△
結果、色々考えた末に春夏秋冬が放課後にひとりになったところを狙って渡す。こういう作戦でいくことにした。
すでに帰りのショートは終了して、皆帰宅か部活のどちらかに向かっているはずだ。しかし目的の春夏秋冬は諏訪たちとダラダラと会話をしていて帰る気配がない。
なんでああいうヤツらって学校マジだりーとか言いながら放課後ダラダラ中身の無い話ずっと続けるの? さっさと帰ればいいものを。
俺がノートを広げ、書いているフリをして(何もせずにいると、さすがに怪し過ぎる)教室に何とか残っていると。やっとこさ春夏秋冬が席を立ち上がった。
「それじゃ、私そろそろ行くね」
「おう。またな」
「ばいばい~」
それぞれ別れの言葉を告げて春夏秋冬を見送る。春夏秋冬は嬉しそうにニコっと笑って手を振りながら教室を後にした。
やっとこれで目的の誕プレを渡すことが出来るな。他のクラスの子と遊ぶって言ってたし、急いで追いかけるとするか。
そそくさとノートをしまい、バッグのチャックも閉めずに肩にかけて春夏秋冬の後を追いかけようと扉に手を掛けた。
が、しかし。刹那耳に飛び込んできた言葉に、俺の動きは固まってしまう。
「ねぇ正直さ、なんか最近朱々うざくない? ちょっと気取りすぎだと思うんだけど」
「あぁ、ちょっと分かるよそれ。誘っても全然遊ぼうとしないしねー」
「それで断っても次誘ってくれると思ってんでしょ? そこがちょいムカつくよねw」
陰口。今俺が耳にしているのはまさにそれだ。それは悪口や暴言とは比べ物にならないくらい悪質で陰湿なもの。
何故か。悪口や暴言は本人に向かって言うものだが、陰口はその悪口や暴言を本人がいないところで言う。つまり悪口を本人の前で言えない小心者がやる小賢しい行為ということである。
ただ、俺にはまったく関係のないことである。人気者の春夏秋冬が陰口を言われているという事実には少し驚いたが、それが何だというのだ。
むしろ春夏秋冬にザマぁみろと言ってやりたいぐらいだ。仲良いフリしてた友人もどきに、逆に仲良いフリをされていたなんて、春夏秋冬にとって恥でしかないだろうしな。
だから、俺はその言葉を無視して扉を開け――。
「悪いな、お前らの春夏秋冬を俺が奪っちまったみたいで」
――なかった。俺は何を思ったかクルっと回転して彼女らにそんな言葉を投げかけたのだ。ヤツらは突然クラスの陰キャが話しかけてきたという驚きの表情で、ぽかんと口を開けている。
おかしい、どう考えてもおかしい。俺はどうして……なんでこんなに怒ってるんだ? 怒る要素はどこにもなかったはずなのに。春夏秋冬が陰口を言われていて、何故放っておくことが出来なかった?
しかし一度こぼれ出た言葉は止まることを知らず。俺はたったひとりで青春に取り憑かれた化物たちと対峙することになったのである。
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