No.24『プレゼント貰って嬉しくない人はいないんだよ』

 春夏秋冬ひととせがいなくなるのと同時に、一二つまびらが顎に手を置いてむーんと何かを考え出した。そしてポツリと呟きを漏らす。


「朱々ちゃんって何をあげたら喜ぶのかなぁ……」

「え、お前プレゼントする気なのか?」

「もちろんですよぉ。あたし、朱々ちゃんを動揺させることができたら勝ちだと思ってるので~」


 そもそも誰と勝負してんだよお前は。しかしあの春夏秋冬がプレゼントもらったくらいで動揺するかな。こう言っちゃなんだけど、春夏秋冬は一二のこと苦手みたいだし。


「ちなみに葬哉くんは何をあげたの~?」

「……は?」


 一瞬一二つまびらが何を言っているのか理解出来なかった。俺が春夏秋冬に何をプレゼントしたか、コイツはそれを問うてきたのだ。

 何故一瞬問われている内容が理解出来なかったのか。考えなくてもわかる。俺は春夏秋冬が嫌いだし春夏秋冬も俺が嫌い、俺たちはそんな嫌悪の関係だから、プレゼントを俺があげるはずないのだ。

 それが自分の中で当たり前の固定概念になっているから、理解が遅れてしまったのだろう。


「なんで俺があげたことになってんだ。何もやってねぇよ」

「えぇ~!? あげてないのぉ!」


 目をパチクリさせて驚く一二。分からない、何がそんなにお前の中で驚きなんだ。


「逆に聞くけど、どうして俺が春夏秋冬にプレゼントをあげたと思ったんだ?」

「だって、朱々ちゃんと葬哉くんってすっごい仲良いじゃん~」

「お、俺と春夏秋冬が、仲良い……!?」


 お前は俺と春夏秋冬の一体どこを見てそう感じたんだ……? 常に喧嘩しまくってる俺たちを見てないのか?

 

「朱々ちゃんと葬哉くん見てたら、本音で語り合えてて羨ましいなぁって思いますよぉ。ねぇタタリン」

「そうっ、ですかね……。自分も、はたから見ててすごく仲が良いなって思って、ました」

「意味がわかんねぇ。本音って言っても、全部悪口の言い争いしかしてなかった、よな? なんか自信なくなってきたんだけど」


 喧嘩しかしてない、はずだ。そもそもお互いに嫌い合ってるのにどうして仲がいいと思われてるんだろう。


「よく言うじゃん~、喧嘩するほど仲が良いって~。朱々ちゃんと葬哉くんってそのことわざを具現化したみたいな感じなんですよねぇ」

「そうなのか……」


 周りからはそう見えてしまっていたのか。ちょっと信じられない、衝撃だ。


「あ、それならさ。もうひとつずっと聞きたかったことがあんだけど」

「なぁに?」

「なんで春夏秋冬ひととせを腹黒だってわかってて、そんなに仲良くなりたいんだ?」


 これは一二の援交疑惑の件が終わった時から持っていた疑問。その時、一二は俺たちと仲良くなりたいと言ってきたのだ。俺はともかくとして、春夏秋冬が人気者の皮を被った超腹黒だと知ってなお、何故仲良くなろうとするのか。

 その理由を俺はいくら考えてもわからなかった。性格ブスと仲良くなりたい気持ちが俺にはさっぱりわからない。

 そんな俺の疑問に、祟が口を開いた。


「春夏秋冬さんはっ、冷たくて、素っ気無い態度をよく取ってるけどっ。それはっち、違くって、ホントはすごく優しい人、なんです……と思います」

「すごく優しい……春夏秋冬が……」

「はいっ! 外面そとづらではツンツンした振る舞いをしてるけどっ、実はすっごく人のことをよく見てると思いますし、周りが見える春夏秋冬さんだからこそ、出来ることもあると思いますしっ」


 周りが見える……。確かに言われてみればそうかもしれない。夫婦島の時は春夏秋冬が解決策の元になったメイドを見つけたし、一二の時も強姦魔の存在に気付いたのは春夏秋冬だった。

 なんだかんだで俺、春夏秋冬のことわかっていたつもりでいたが、意外とそうでもなかったのかもしれない。むしろ何も知らなかったし知ろうともしていなかった。

 いや、別に嫌いだし知りたくもないんだけど。


「葬哉くん的には朱々ちゃんと仲悪いんだよねぇ」

「当たり前だろ。正直会いたくもねぇし顔も見たくない」

「そんなにですか……」

「だったら今さらになっちゃうけど、プレゼントして少し仲良くなろうよっ」

「はぁ……? 俺別に仲良くなりたいわけじゃないんだけど。それに俺から貰ったところでアイツは絶対喜びの感情どころか驚きもしないぞ」

 

 予想、プレゼントを渡した瞬間目の前で踏みつける。この可能性超高い。


「まぁまぁいいじゃ~ん。大丈夫っ、プレゼントを貰って嬉しくない人っていないんだよ~?」


 一二がキランっと効果音が付きそうなほど上手なウインクをして言った。一二の灰色の瞳に映った自分を見ると、すげぇ嫌そうな顔をしている。

 貰って嬉しくない人はいないか。どうだろうなぁ。

 俺がそうやって思考を巡らせていると、パタパタと急いでいるような足音が校長室へ近付いて来ていた。

 春夏秋冬、または校長が帰ってきたか?


「よもぎ~、ママが帰ってきたよ~~!!」

「は……?」

「ん……?」


 校長室に闖入ちんにゅうして来たのは、ひとりの女。もちろん春夏秋冬でも校長でもない。なんかいかにもヤンキーって感じのファッション(黒地に金で模様が書かれてる上下ジャージ)をしている。

 この人、どっかで見たことある気が……。


「あぁ! ファミレスでキレられたあのヤンキーウェイトレス!!」

「おい誰がヤンキーウェイトレスだ! てかアタシのよもぎをどこやった!?」


 いやいやその睨みの利かせ方完全にヤンキーじゃないですかね……。てか、今アタシのよもぎって言ったか?


「あぁ! ファミレスでキレられたあのヤンキーウェイトレス!!」


 お花摘みから帰って来た春夏秋冬が俺とまったく同じことを言ってしまいました。




 △▼△▼△




「いやぁ~子守お疲れ様。どうだったかな?」


 ヤンキーウェイトレス改めヤンママの月見つきみさんがよもぎの元へやって来て数分後、校長が帰って来た。そのおかげで暴行を受けずに済んだ、校長ナイス。


「可愛かったし楽しかったですよぉ~。会えなくなっちゃうのが寂しいですぅ」

「だってぞよもぎっ。お姉ちゃん、寂しいってさ」

「あぁあ~?」


 月見さんの腕に抱かれたよもぎは、今日で一番安心した顔をしているように見える。やはりヤンキーとは言え、母親は偉大だ。第一にこの人は女手ひとつで子供ひとり育てようと決心できるほどの器の持ち主なのだ。お強い人間だこと。


「あ、そうそう。もう何となくわかってると思うけど彼女がわたしの幼馴染であり、穢谷けがれやくんたちよりも前からわたしの面倒ごとを手伝ってくれている定時制の三年生だよ」

「月見 うさぎだ。よろしくな」

「わぁ、ヤンキーなのにすっごい可愛い名前~」

「うっ……。言わないでくれ、名乗る時結構恥ずかしいんだ」


 月見つきみ よもぎの母、月見つきみ うさぎは顔を赤くしてそう言った。確かに可愛らしい名前だ。でも良い死の日産まれの俺の名前、葬哉よりかはマシだと思いますけどね。


「うさぎさん……月見さんは私たちのこと知ってたんですか?」

「あぁ知ってたよ。花魁おいらんちゃんに新しい犬が増えたんだ~って教えてもらってたからね」

「校長先生、花魁ちゃんって呼ばれてるん、ですねっ」

「うん、そうだよ。意外だった?」

「あっ、いえそういうわけではなくってっ! ちょっと聞き慣れなかったので」


 だよなぁ、生徒に呼ばれても東西南北よもひろって苗字くらいだもんな。てか今さらだけど苗字も名前もすげぇ珍しくね?


「それにしても、うさぎさん大変ですねぇ。子育てもしながら、バイトもして、学校にも通ってるんですよね~」

「まぁな。でもよもぎさえいてくれれば、アタシはいつまでも頑張れるさ」

「わぁ~なんだかカッコいいですぅ~!」


 まさにシングルマザーの鑑。子供のためならいくらでも頑張れる。これはきっと親にならないとわからない気持ちなんだろう。だが定時制とは言え学生は学生だ。その身分で学校、バイト、子育ての両立がどれだけ難しいことなのかは安易に想像できる。

 それを成し得ることができる月見さんの精神力と親としてのパワーは計り知れないものなのかもしれない。


「んじゃ今日も一日バイトしてたってことですか……。それから学校って、キツいですね」

「いんや、今日はバイトじゃなかったよ」

「は? じゃあ一体何を……」


 春夏秋冬の問いに、月見さんは頭をかいて少し照れているような仕草をしながら答えた。


「合コンだよ、ご、う、コ、ン~」

「はい?」

「なんだよ知らないのか? 男女で交流を……」

「いやそれは知ってますよ! もしかしてそれを理由に子育てを任せてたんですか!?」

「ま、たま~にだけどな」


 マジかよこの女。合コンのために自分の娘預けるとか下手すりゃ児童虐待の類に入れられてもおかしくない気するんだが。

 すると月見さんが険しい表情をして言葉を重ねた。


「アタシはなぁ、この子の父親に逃げられてんだよ! 十七で子供産んだんだぞ、アタシだってもう少し青春を味わいたかったの!」

「だから、合コン……」

「そーだよ。でももう結婚は考えてない、アタシは胸がキュンキュンするような恋愛がしたいんだっ!」

「な、なるほど~……」


 東西南北よもひろ校長と仲良い時点でまたなんかヤバそうな予感はしていたんだが、このヤンママはただのヤンママではなかった。言わば、恋に恋しちゃってるヤンママだったのだ。

 悪いとは言わないけど……なんかなぁ。突然、よもぎの将来が不安になってきた。赤の他人を心配しちゃうとか、穢谷 葬哉も落ちぶれたな。




 △▼△▼△




 その後、葬哉たち全日制の者たちを帰宅させ、校長室に残っているのは花魁おいらんとうさぎ、そしてよもぎの三人だけである。

 家が近所で幼少期から仲の良かった花魁とうさぎだが、この二人の間にはある共通する隠し事がひとつあった。


「花魁ちゃんさぁ、いつまでそうやって悪役演じ続ける気なん?」


 悪役を演じる。花魁は過去起こしてしまった自身の失態の戒めに、こうしてゲスを演じているのだ。否、ゲスになった。それを知っているのは、現状うさぎのみ。


「いつまで……と聞かれれてもねぇ。もうこっちをやり過ぎて昔のわたしは忘れてしまったよ。いや、そもそもわたしは昔のわたしを克服するべくこうしてるんだ。だから、死ぬまでやめないかもね」

「そっか……。なんか困りごとがあったらちゃんと言ってくれよ?」

「わかってるようさぎ。ほら、もう授業が始まってしまうから行きなさい」

「へいへい。じゃ、よもぎは頼んだ」

「あぁ、任せてくれ」


 花魁の力強い頷きを見て、うさぎは校長室を後にしたのだった。

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