No.21『も、もう逃げません。強くなります』

「あぁ、その反応で完全にたたりだってわかったわw」

「それなw。変わんねぇなぁ、昔もそうやってすぐどもってたし」

「ちょ、ダメだよ吃るとか言っちゃ。それ差別用語なんだから」

「え、そうなん? でも祟だしよくねw!?」


 その発言にゲラゲラ下品に笑い声をあげる祟の級友たち。みっともない、見ててイタい。そんな風にちょっとDQN感を出してる自分たちカッコいいマジ青春とか思ってるのだろうか。だから嫌いなんだ、そういう人種は。


「ご、ごめんなさいっ……じ、じ自分っ、もう」

「え~なにどうせ暇なんだろ~?」

「うちらと一緒に来なさいよ。なんかめっちゃかわいこぶってて腹立つし、あんたにふさわしいコーディネートしてあげるわよ」


 ソイツらグループのボス格なのだろう。その女の風格と言動がそれを物語っている。祟になら何をしてもいい、そんな考え方を持っているような感じがしてならない。


「いやいや俺的にもっと露出多めの服着て欲しいなぁ~。あれからだいぶん成長なさっているようですしぃ~」

「ちょっとコージやめてよねーw!」

「お前小学生ん時から祟の胸いつか揉みしだいてやるとか言ってたんだぜ。マジ気持ちわりぃ」

「はぁ~!? 小学生の無垢なエロ心だし~」


 祟はそんな勝手に盛り上がる過去の級友たちを前に固まってしまっている。どうしていいのかわからないといった感じで、一番いじられたくないであろう胸の話に顔を赤くしていた。


「とにかく行くわよ。遊んであげるからさ」

「い、いやっ。でも、もっ……」

「あ? なに文句でもあんの。祟のくせに生意気じゃない?」

「そ、そんなっ」

「いいから来いっての! ちょっと可愛いくて胸デカいからって調子のんなよ!?」


 女が声を荒げて祟の腕をガっと掴む。そのままグイっと引っ張ったことで祟はバランスを崩してしまい、地面に膝をついてしまう。

 まずいな。ここはやっぱり助けに出てあげた方がいいか。幸いまったくもって顔見知りじゃないからボロカス言ってやれるぞ。


 そうして俺が祟たちの方に一歩踏み出すが、俺の足はそのたった一歩で止まった。春夏秋冬がジッと祟たちの方を見つめたまま、俺の洋服を掴んでいるのだ。


「待って。まだもう少しだけ待ってあげて」

「……でも、もう祟限界そうじゃねぇか?」

「うん。それは見ればわかるわよ。だからこそ、あれを乗り越えれば校長の言ってた自信を持たせるって仕事は完璧に終わらせることが出来ると思うの」


 助けてあげたい気持ちは春夏秋冬にだってある。しかし彼らを乗り越えることで祟にさらに自信がつくと、春夏秋冬はそう信じているのだ。

 だが見てわかる通り、祟はアイツらに完全に萎縮してしまっている。正直祟が彼らを振り切ることが出来るとは思えないが。


「じ、じじっ、自分はぁ!!」


 膝をついていた祟が突然大きな声を出したことで、周りの女たちはビクっと肩を震わせた。祟の大声、それを初めて聞いたという感じだ。


「なに? 言いたいことあんならはっきり喋れよ!」

「も、もう逃げません。強くなります」

「は? なにそれ意味わかんないんだけど」


 祟が言った言葉、それが本気で本心で本音であることをその眼差しが訴えかけていた。


「わっ、あなたなんかにわからなくったっていいです! 自分はあなたたちの言葉がっ、小学生の頃から大嫌いでしたっ。胸のことをいじられて悲しかったし恥ずかしかったし、死んで欲しいとも思いましたぁ!」


 今にも泣き出してしまいそうなほど声は震えている。しかし一度流れ出てきた言葉は止まらない。小学生の時に感じていた思いの丈を思いつく限り吐露するだろう。


「自分は、だからっ、学校に行くのが嫌でたまらなくってっ。誰も味方してくれる人がいない教室は、ホントに怖く、てっ!」


 祟の過去の級友たちは、自分たちが何を言われているのかわかっていないように見える。祟のつっかえつっかえな話し口調とアイツらの知っている祟なら言うはずのない言葉のせいで、理解が追い付いていないようだ。


「ですからっ、そんなあなたたちが自分は嫌いだし苦手ですっ! も、もぉどっか行ってください!!」


 言いたいことを言い切りスッキリした顔をしているかと思ったが、祟は違った。汗だくになり、はぁはぁと呼吸を乱していた。

 今祟の心中は、過去にいびられていた人間へ初めて自分の考えを伝えたことにより胸がつまりつつ、言いたいことを言えた昂揚感がある複雑な感情をしているはずなのだ。


 果たして、その思いを黙って浴びていたヤツらの反応は……。


「あっそ。腹立つけど手は出さないでおくわ、今回は見逃してやるよ」


 ボスの女は静かに祟へそう呟き、クルリの踵を返して行った。それに続く取り巻きの男女たち。

 彼女らが見えなくなると、祟はヘナヘナと力が抜けてまた膝をついた。


「祟」

「あぁっ、ひとぉせしゃん……じぶっ、ん。言いたいこと、言えましたぁ」


 ニッコリと微笑む祟から、緊張が解けたせいか目に溜まった涙が一滴流れ落ちた。

 本人もこれを乗り越えなくてはと考えていたようだ。そしてそれを達成した喜びに笑みし泣いている。

 そんな祟に春夏秋冬は何と言葉をかけるのか。


「えぇ、見てたわよ。よく、やったほうじゃないかしら」


 相変わらず素直に褒めれずツンツンしてしまっている。けど祟も今日一日で春夏秋冬のそれが照れ隠しだということを理解出来ているはずだ。

 祟は嬉しそうに目を細めて笑顔を浮かべる。


「はいっ!」


 そんな覚悟を決めた後の祟の顔は今日一自信に満ち溢れていた。

 そうして自信を持たせるという校長からの仕事は、俺たちの頑張りよりも本人、たたり みやびの努力と成長によって達成されたのであった。

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