No.20『外見に自信がつけば、自ずと内面の自信もつく』

 春夏秋冬に強引に連れられる形で俺たちがやって来たのは、街の大型商業施設。駅と隣接していて、地元の人間よりも観光客の方が多いなんてことがざらにあるような場所だ。あと市内の学生が帰りに寄るならここ、みたいな風潮もある。

 その理由としては、小洒落た服屋、眼鏡屋、下着屋、本屋、美容室、映画館、フードコート、ヴィレ◯ンなど、とりあえずここに来れば暇しないからだろう。


 あ、ちなみにですが俺は過去現在ともにまったく寄ったことがありません。一緒に来るような友達もいないし、俺はこんなお洒落な空気いっぱいの場所よりも自宅が好きなので。


「あ、あのっ。ひとっ、ひとぉしぇしゃん!」

「あんた人の名前噛み過ぎよ……。もっと落ち着いて話しなさいよ」

「すいません……。自分、ちょっと人混みが苦手で……えと、それで、どうしてこんなところに?」


 祟のその質問に、春夏秋冬はムスッとした表情のまま俺と祟の顔を一瞥して言った。


「そうね……穢谷はここで待ってて。反応を見たいから」

「なに? 反応?」

「その辺に座ってボォーッとしとけばいいから。得意でしょ? たたり、あんたは私と一緒に来なさい」

「え、いや……でもっ」

「いいから来るの!」


 祟の手を掴んで強引にどこかへ引っ張って行く春夏秋冬。俺が座ってボォーッとしとくのを何をもって得意だと断定したのかはわからないが、実際苦手じゃない。

 だけど暇ではある。しゃーない、本屋で雑誌でも買って読んどくか……。




 △▼△▼△




 本屋で吉岡◯帆が特集されている雑誌を一冊買い、春夏秋冬たちと別れた付近に置かれたソファに腰掛けること一時間ほどが経過した。

 結構待たされてるけど、二人が戻ってくる気配ないんですが。

 別に待つのは苦ではない。でも無駄な時間の浪費は嫌だ。この何もしていない不毛な時間をもっと別のことに使いたい。

 まぁゆーて他にすることなんてないんだけど。


 しかし、さっきから行き交う人たちみんな洒落たヤツらばっかだな。室内なのになんでそんなつばデケぇハットかぶったりグラサンかけたりしてんの? 照明眩しいんか?


 あ、出た双子コーデ。アレはマジで意味がわからん。お互いにめっちゃ似てる双子がやるから可愛いんであって、似てもねぇ二人で同じ服着ても『わー、同じだー』としかならないから。

 もしかしてアレか。自分のファッションセンスがないのを自分でわかっているから恥ずかしくないよう二人して同じコーデにしているのか! 


 うわ、いたよいたよ。それもう邪魔だろって言いたくなるぐらいデカい丸メガネかけてるヤツ。あぁいうのは大抵が伊達だてなんだよなぁ。

 普通に目が悪くてメガネしてる人からしたら、お洒落で伊達メガネかけるヤツ見るとめっちゃイラッとくるからね(ちなみに俺はコンタクトです)。


 そんな風に雑誌に飽き、人間観察して遊んでいる俺の肩を誰かにトントンと叩かれた。

 振り返ってみると、クリクリっとした可愛い目が特徴的なメガネの少女が立っていた。セミロングの毛先にふわっとしたパーマがかかっていて、顔はとても美形、可愛らしい。しかもめっちゃ胸がデカいじゃないか、なんだこの顔とスタイル完璧美女。


 だが残念なことに、その少女の服装が絶妙にダサい。ヨレヨレの半袖Tシャツにジーパンという誰が見てもダサいと言いそうな…………。


「…………んぅ!? お前っ、たたりか!?」

「そっ、そうですっ。美容室で、切ってきました。ごめんなさい、春夏秋冬さんに自分だって気付かれるまで、黙ってろって言われて……」

「なにぃ」


 春夏秋冬。どこだ、どこにいる。反応が見たいってこのことだったんだな。どっかで隠れ見たんだろ。

 俺がキョロキョロ見回して春夏秋冬の姿を探しだすと同時に春夏秋冬がケタケタ笑いながら出てきた。


「穢谷っw、あんたサイコーねw。なによ『んぅ!?』ってwww! 草生え散らかすわwwww」

「こんのアマァ……草に草生やすな!」

「はぁ〜w面白い。それで、どうだった? 祟の変わりようは」


 横で立って恥ずかしそうにもじもじしながら毛先をいじくっている祟を指す春夏秋冬。俺は真顔で正直に感想を言う。


「普通にビビった。めちゃめちゃただの美人だったから」

「びっびびびび! 美人っ!?」

「でしょ? ファミレスで話してる時から、髪切ったら美人になるのになぁってずっと思ってたのよね」


 ほぉ、つまりあの初対面で隠れ美人を見抜いていたと。さすがは人間観察のプロフェッショナル春夏秋冬。あの場で気付いていたのはなかなかすごいと思う。


「でも、その格好はどうにかならねぇのか? その顔に不似合い過ぎるんだけど」

「あぅ……すいません。自分、流行の服とか全然わかんなくて、普段洋服屋に行っても結局何も買えずに帰ってきちゃったりするんです」

「そうね。それじゃ次は服を買いに行きましょーか」

 

 春夏秋冬がそう言って歩き出す。俺と祟のどちらもここの地形をまったく知らないので着いて行くしかない。無知って恥だわ……。

 それにしても、春夏秋冬の表情が若干楽しげなのは気のせいだろうか。




 △▼△▼△




 そうして次に向かったのはなんて読むのかよくわからん店名の洋服店。チラッと値段を見てみると、ただのTシャツが六千円もしていた。ユニク◯のガチユーザーとしては、この値段はぼったくりとしか思えない。


「これ、どういうことなん? 生地にワニ皮でも使ってんの?」

「んなわけないじゃん……。ようはブランドよブランド。有名で高価なブランド料が普通の値段にプラスされてるって思いなさい」

「でも俺この店まったく知らんのだけど」

「うるさい」


 なんだよ、だってホントに知らないんだもん。


「それにしても、よく祟が隠れ美人だってわかったなお前」

「まぁね。でも、あぁいう子って意外と珍しいのよ。自分の可愛さに気付いてない子」

「いやそっちの方が謙虚でいいと思うんだが……清純派とか清楚系みたいな」

「はぁ……。あんたホント女って生き物がわかってないわね。いい? そういうのは自分が可愛いって理解はしてるけど口に出して言うかどうかなのよ。可愛い女の子で謙虚な子は十中八九自分の可愛さに気付いてて黙ってるタイプだから」

「そ、そうなんか……」


 その考え方でいくとこの世に清純派、清楚系ってジャンルが存在しないことになる気がするんですけど。てことはつまりこの世の清楚系女子はみんなビッチということか……! むしろイイ!


「元からの性格が関係してるとも言えるけど、たたり みやびは第一に自分の容姿にコンプレックスがあるのがあれだけ根暗な理由だと思うの」

「容姿にコンプレックス……それで美容室か」

「そ。美容室で少し話してわかったんだけど、あの子、胸のことで結構いびられてたみたいなのよね」

「胸でいびられてた?」

「うん。小学生の頃にはだいぶ大きかったみたいで、その時に同級生にバカにされてんだって。それから自分の容姿に自信がなくなっていったらしいわ」

「ふーん、なるほどなぁ」


 トラウマからくるコンプレックス。これが彼女、たたり みやびのネガティブ思考の原因になっているようだ。

 多感な小学生時代に胸の大きさをいじられていたことから自分の容姿にコンプレックスを持ってしまったと。そして気付いた時には胸はおろか、性格も暗くなってしまっていたと。胸はおろかってなんだよおろかの意味調べなおしたほうがいいぞ俺。

 

「だから、とりあえず祟に自分の可愛さを気付かせてあげるの。人間、外見に自信がつけば、自ずと内面の自信もついてくるからね」

「さすがは自分に自信満々のナルシストだな。こういうの詳しいのも納得だわ」

「だって可愛いでしょ、私?」

「……」


 否定出来ないのが悔しいったらありゃしない。コイツが自分で言うように春夏秋冬は可愛いのだ。ムカつくことに!!

 

「穢谷は祟に感想聞かれたらとにかく褒めてあげて」

「りょーかい」


 俺がそう返事をしたと同時に、試着室の方から声が聞こえてきた。


「しゅいっ、すいませ~んっ」

「どう? 着替え終わった? 開けていい?」

「は、はい……」


 シャっと音を立ててカーテンを開ける春夏秋冬。中では着替え終わった祟が恥ずかしそうに身をよじっていた。

 春夏秋冬が選んだコーデは、トップスに鎖骨が見え谷間がギリギリ見えない花柄で七部丈のレース、デニム生地のロングスカートに白いタイベルトがワンポイントになっていた。先ほどの地味でダサい服装から一変している。


「うん、いいじゃない。似合ってるわよ」

「そ、そうでしょうかぁ……?」

「おぉ。悪くない、てか普通に可愛いと思うぞ」

「可愛い……ありっ、ありがとうございますっ」


 俺の褒め言葉に祟は表情を綻ばせ、目を細めた。まぁ可愛いって言われて嬉しくないヤツなんていないわな。


「えっと、それじゃ自分もう脱ぎますので……」

「何言ってんの。それ、全部買うわよ」

「えぇっ!? で、でも、全部買えるほどのお金はっ」


 春夏秋冬が選んでいた時にチラっと見たけど、確か上下合わせて一万近かった。服でそんだけの金を使うとか庶民としては考えられねぇ。

 残念ではあるがここは一度諦めて……。


「よし穢谷。出番よ」

「は?」

「すいません店員さーん、この服買います、で着ていきますね」

「お買い上げありがとうございます~! お会計は……」

「あ、こっちの男が払いますから」

「え、いやおいおいおい……!」


 俺が春夏秋冬の暴動を止めようと声を出すが、時既に遅し。ニッコニコ笑顔の店員さんが手に持った電卓を高速で操作し、画面を俺の眼前に向けてきた。

 そこに映った値段を見て、わかってはいたが衝撃が身体に走る。ヤバイってさすがにこれは高過ぎだって……。この際プライド捨てて春夏秋冬に泣き付いてやろうかと思ったのだが。


「それじゃ私たち先に行ってるから見つけなさいね。ほら、行くわよ祟」

「でもっ。だ、大丈夫なんですか穢谷さんは」

「いいっていいって。それぐらいしか能がないんだから」


 春夏秋冬は俺の方を見て心配そうな目をしてくれる祟をまたも強引に引っ張ってどこかへ行ってしまった。

 ありがとう祟。俺ぁその心配そうな目だけで救われるよ。


「お兄さん、あのお二人のお財布ですか? 大変だと思いますけど、頑張ってください!」

「……ども」


 店員さん、財布なのかなとか思っても客には言わない方がいいよ絶対。




 △▼△▼△

 



 その後、俺は支払いを済ませ血眼になって二人を探す羽目になった。服を買ったあとはネイルにエステ、ゲーセンで遊んだりぶらぶらショッピングをして回ったりと高校生にしてはだいぶ金を使う豪勢な時間を過ごしていた。そしてそれにともない俺の財布もだいぶん軽くなりました。春夏秋冬マジぶっ殺。

 

「あうぅ……人が多いっ、視線がっ、すごいです……」

「そりゃそうよー、私も羨ましいくらい可愛いもん……」

「そ、そうなんでしょうか。自分じゃよくわかんなくって」


 首を傾げる祟に春夏秋冬がジト目を向けて言う。


「あんたさっきトイレで鏡に映った自分に驚いてたじゃない。今までと別人になったのは感じるでしょ?」

「それは、まぁ感じます。心なしか、気持ちが明るくなったような気も……しないでもないです」

「ふふ、良かったじゃない。部室で好きな研究もいいけど、たまにはこうして遊ぶのも楽しくない?」

「た、楽しいっ、と思います。だけど自分はっ……今日みたいに一緒に買い物したりする人は、いないのでっ」


 悲しそうに目を伏せながらギュッと拳を握り締める祟。すると春夏秋冬がパシっと軽く祟の頭をはたいた。アイタッと頭をさすりながら祟が顔を上げる。


「私と買い物すればいいでしょーが」

「ふぇ?」

「だからぁ~! 私が一緒に買い物してあげるって言ってるの!」

「ひっ、えぇでもっ、あの春夏秋冬さんが自分と一緒なんて……」

「なによ、イヤなの?」

「そ、そんなっ! イヤなわけっ……うぅ。……じ、自分ちょっと飲み物買ってきますっ!」


 いても立ってもいられなくなったのか、祟は勢いよく立ち上がり自販機へと走って行った。その様子を見て、春夏秋冬は腕を組みはぁと疲れたようなため息を吐く。


「お前、今日はえらく機嫌いいな……。祟のヤツ、だいぶ嬉しそうだったぞ」

「別に。アイツが女子高生としての身だしなみとか全然わかってないから見てられないだけよ」

「ツンツンしてんなぁー。素直になれよ」

「あ? キモ、普通にうざいんだけど」


 コイツ、意外と祟のこと気に入ってるぞ……。良かったなぁ祟、これまで俺たちが相手してきたクズども(キモデブオタク、セックス中毒ビッチ、脳筋バカ)の中で一番いい感じに解決できてるよ。何て言ったって、あの春夏秋冬に気に入られたんだからな。


 しかし、そんな俺の思考がフラグになってしまったのかもしれない。ひとつ面倒な事態が起きてしまった。


「あっれぇ? もしかしてお前、たたり みやびじゃね!?」


 他にもたくさんの客たちが歩いているというのに、バカデカい声量で唾を飛ばす男がひとり。その後ろには数人の友人らしき男女もいる。


「は? 誰知り合い?」

「カナ覚えてねぇの。小学生ん時一番いじってたじゃん!」

「もしかして、小四の時に胸が大きくて恥ずかしいって理由でプールの授業サボってた子?」

「あぁ~、いたわいたわそんなヤツ。え、あんたホントに祟なの?」


 会話の内容からして、小学生時の級友だろうか。だとしたら祟にとっては会いたくも無い人物なのかもしれない。

 その証拠に、本人か問われた祟は。


「あ、あぁいや……そのっ、自分じゃ、えと……」


 とてつもないほどに動揺してしまっている。今日の春夏秋冬との女子高生の休日体験で、会った時よりも少し明るくなっていた表情は、雲がかかったようにどんよりとしていた。

 さて、どうしたもんかね。助け舟を出してやった方がいいかな……。

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