No.19『じ、自分にっ、気付いてくださいぃ!』

 翌日の昼頃。俺は電車で街まで繰り出し、いつものファミレスへとやって来ていた。

 もちろんのことながら春夏秋冬ひととせとは待ち合わせてはいない。ったく休日にまで強制出勤とかどこの社畜やー。

 そんなテキトーなことを考えながらファミレスに足を踏み入れると、レジのウェイトレスさんが歩いて来た。


「いらっしゃいませー。おひとり様ですか?」

「あー、先に待ってるヤツがいるはずなんですけど」

「そうですか。では」


 手で席の方を指すウェイトレスさん。どうぞ勝手に探してくださいということを意味しているようだ。

 ヤンキーに加えて接客テキトー店員とか、この店大丈夫か……。


「おい。社会不適合者」

「あぁ、そこか」


 普段座る席付近を見ても春夏秋冬の姿がなくキョロキョロ店内を見渡していると、喫煙席の方から春夏秋冬が顔を覗かせていた。

 別に対して混んでないのにどうして喫煙席なんだ? そんな俺の思考を読み取ったかのように、春夏秋冬が答えた。


「さっき穢谷が私を見つけられなかったみたいに、ここなら万が一クラスとか学校の連中に見つかるなんて事故が起きないでしょ?」

「ふーん、なるほどな」


 コイツは仮にも学校一の美少女で学校一の人気者である春夏秋冬ひととせ 朱々しゅしゅなのだ。俺と一緒にいるのを見られるのは学校という社会的にまずい。しかもつい昨日少々教室で目立ってしまったし、俺は夏休み開始まで小さく静かにしておいた方がいいだろうな。俺だって悪目立ちしたくないし。


「あ、そうだ穢谷。あんたまた書類もらってんでしょ? 私にも見せて」

「はいよ」


 俺は学校でも使っているショルダーバッグの中からクリアファイルを取り出し、春夏秋冬へ手渡す。クリアファイルを開き、いつも校長が俺に托していた生徒の色んな諸々情報が書かれた書類に目を通し始めた。


「ふーん。たたり みやびね。苗字で悪印象与えつつ、名前で補ってる感じか」

「何言ってんだお前……」


 春夏秋冬の謎思考は置いといて。

 今回校長に自信を持たせて欲しいと頼まれた女子生徒の名は、たたり みやび。俺たちと同じく二年生である。あと劉浦りゅうほ高でたったひとりの化学部だ。

 部員がひとりだけでは通常は廃部となるのだが、祟はそれなりに大会でいい成績を取っているらしく、廃部を免れているそうだ。ちょっと前に流行ったリケジョってヤツなのかな。


「どうせこれまでの三人みたいにゴミみたいな子が来るに決まってるんだろうけど」

「よくもまぁ自分のゴミさを差し置いてんなこと言えるなお前」

「はぁ? 私のどこがゴミだって言うのよ! あんたこそ人のこと言えないでしょーが!」

「日に日に教室で仲良いフリしてるヤツらのことボロカス言いながら物に当たるようなヤツ、ゴミ以外のなんて言うんだよ」

「だぁかぁらぁ〜! あんただけには言われたくないってのよ! 納税だけしてとっとと逝きなさいよ」

「おーぉー、上等だよ納税。たっぷり税金払ってグダグダ年金暮らししてやるよ! 苦しめ、今後俺が老人になった時の若者たち」

「はっ。相変わらずのクズ野郎だこと。税金滞納して捕まれ」

「うっせバカ死ね、腹黒性格ブスが!」


 ギリギリとお互いに歯を噛み締めながら睨み合うが、そこで口論は終了した。いつの間にやら席を立ち上がってしまっており、ドサッと腰を下ろす。春夏秋冬はワザとらしいほどに大きなため息を吐いて腕を組み、目を閉じる。


 たたり みやびが来る気配はまだない。暇だし、なんか注文するか……。

 俺はテーブル横に立っているメニュー表を手に取り、パラパラと一通り目を通す。外暑かったし、パフェにしよ。


「おい春夏秋冬、ベル鳴らしてくれ」

「自分で押せば?」

「チッ。てめぇのほうが近いだろうがよ……」


 仕方なしに腰を少しだけ浮かしてベルを押す。するとものの数秒でウェイトレスさんがやって来た。今度のウェイトレスさんは先ほどの接客テキトー女ではなく、研修中と名札に書かれた少女だった。


「お待たせしました。ご注文は?」

「えっとー、ドリンクバーとこのパフェひとつで」

「ご注文繰り返します。ドリンクバーひとつと自家製濃厚ベルギーチョコと苺&バナナのでよろしいですか?」

「ん……あ、はい」


 サンデーとパフェって何が違うんですかと聞きたい衝動を抑え、口を噤む。席を立ち、ドリンクを注ぎにドリンクバーへ。カルピスソーダを並々注いで席の戻った。


「ところで、お前その服まだ持ってたんだな」

「いや当たり前でしょ。捨てる理由ないし、このコーデ、私別に嫌いじゃないもん」


 今日の春夏秋冬の服装は、一二つまびらの援交の証拠写真を手に入れようとしていた時に俺が買ったコーデのまんまなのだ。藍色のワイシャツに緑のガウチョパンツ、それに白のスニーカー。

 コイツのことだから俺の買った服を持ってるのなんかイヤとか言って即行捨てるかなと思ったんだが、意外と気に入られているらしい。

 全然悪い気はしねぇな。俺の選んだ物を未だに使っている。否、使わせることが出来ていると考えるとちょっと優位になった気分だ。


「ま、前も言ったと思うけどあんたに私服見せたくないって理由が根本的にあるから」

「……さいですか」


 そうだった。コイツなんでか知らんけど俺に私服を見せたがらないんだった。優位になっていた気分ガタ落ち。

 そんな俺の心中は露知らず、春夏秋冬は貧乏ゆすりをしながら声音を苛立たせて言う。


「にしてもおっそいわねぇ。待たされるのが一番イライラするわ」

「そうカリカリすんなよ。そんなんだからストレス溜まんじゃねぇの?」

「違うわよ。校長に私の秘密さえバレなければ今頃は普通の青春ライフを送れていたはずなの」

「はっ、しょーもね。んなたかが数年間の高校生活をなんでそんな大事にすんだよ。人生八十年って考えたら、八十分の三だぞ。何が青春だってのくだらねぇ」

「あんたはその八十分の三を無駄に過ごしてるってことを自覚した方がいいわね。いやむしろ穢谷はこれまで生きてきた年数全部無駄にしてると言っても過言じゃないわ」


 ほぉ、つまり俺はこれまでの十六年間全部無駄に過ごしてきたとそう言いたいわけですか。


「あ? 全然過言だろそれは。俺だってこれまで生きてて楽しいと思うことぐらいある」

「あ、あのっ……」

「へぇ~、まったく興味ないけど優しい私は聞いてあげるわ。どんなことがあったか話してみなさいよ」

「すっ、すい、すいませーん」

「そうだな……。えっと、ちょっと待てよ」


 あれ、おかしいな。ないはずがないと思って言ったんだが、よくよく考えると俺って楽しい経験したこと全然ないかもしれない……。というかこれまでの人生で大したイベントが起きてなさ過ぎて、子供の頃の記憶がまったくないまである。

 

「ほら、やっぱり無駄にしてきてるんじゃない。さすがは社会不適合者、子供の頃から捻くれてて友達いなさそうだもんねー」

「おぉっ、おーい……!」

「あぁん? 小学校の低学年まではいたわ! 多分!」

「もしかして自分の声、聞こえてない……?」

「多分ww! そんなのどうせいなかったに決まってるわ! みっともない見栄を張るのはやめなさい」

「き、聞こえてましゅかっ! ひゃぁ噛んじゃったぁ///!」

「みっともねぇだと!? あんまナメんじゃねぇぞ腹黒が!!」

「良かった。気付かれてないみたい……ってダメだぁ! 気付いてもらわないとなのに!」

「ナメるわよあんたごとき! そのヒョロヒョロした見た目だけで陰キャ丸分かりなのよあんたは! 一緒にいるのも恥ずかしい」


 蔑みの目で俺を見下す春夏秋冬。いやまぁコイツが俺のこと見下してんのはいつものことなんだが、今日の春夏秋冬はやけに機嫌が悪く暴言の切れ味がすさまじい。きっと休日まで強制労働させられている現状にイライラしているのだろう。

 だがしかし、折角の休みに大嫌いな人間と会わなくてはいけない気持ちは俺だって同じだ。


「はっ、しっかしホント残念だったなぁ。校長にさえバレなければ今こうして俺と一緒にいなくていいのにな! そもそも俺に中学ん時腹黒なのバレたのがお前の人生の落ち度だ! ザマァみろ!」

「大声で呼んだら、気付いてくれるかな……?」

「腹立つわねぇぇ!! そのチンパンな挑発に乗せられてしまう自分にも腹立つぅ!」

「すぅ~~、はぁぁぁぁ……あ、息吸ったのに吐いちゃダメだ! よし、次こそは……」

「誰がチンパンだ、ゴラァ!」

「じゃあニホンザルよニホンザル! 温泉に浸かり過ぎてふやけて死ね!」

「おっ、お二人ともーー!!!」

「「なに!?」」

「ひぃぃぃ……! ごっごごご、ごめんなさいぃ!」


 自分で呼んどいて俺たちが振り向くと、めっちゃ謝ってきたひとりの女。ずっと何となく声らしきものが聞こえてたけど、この女だったのか。

 てか……コイツ、誰?


「じっ、じじじ、自分っ! たたり みやびでっ、と申しますっ」


 俺たちが待っている祟 雅その人だった。




 △▼△▼△




 たたり みやびを簡単に説明すると……地味。もうその一言に限る。

 まず外見で地味さが爆発している。ボッサボサに伸びまくった髪は、腰ぐらいまであり春夏秋冬よりもロングヘア。さらに目元が長い前髪で隠れに隠れまくり、表情があまり読めない。

 その前髪の部分から僅かに見えるメガネのフレームらしきもの。おそらくメガネをかけているのだろう。

 身にまとっている洋服も、はっきり言ってめちゃダサい。ヨレヨレにくたびれた半袖Tシャツにジーンズというファッション。この俺でさえダサいと感じるのだから世の誰が見てもダサいだろう。


 ただ! そんな地味さ満天レストランのたたりの一際目立つところが一箇所。

 胸、おっぱいである。そこだけはバカがつくほどの巨乳……いや爆乳なのだ。春夏秋冬はもちろんのこと、一二つまびらはおろか東西南北よもひろ校長よりデカいかもしれない。


「ちよっとあんた。胸見過ぎ、失礼でしょ」

「はっ、すまんすまん。つい我を忘れて見入ってしまった」

「うっ、ううぅ……こんなに大きくなる予定は無かったんですよ。でも親譲りでどんどん大きくなっていって……」


 もじもじと恥ずかしそうに居住まいを正す祟。ボソボソとちっさい声で話す祟が外見どころか内面まで地味なことを物語る。

 祟は明らかに人と話すことに慣れていないのだ。目元が見えないのでわからないが、ずっと顔が俯き気味でこちらを見て話そうとしない。


「自分っ、えっとあの。今日は……そのですね、校長先生が……」


 コミュ症。決して障害の障の字ではなく、症の字を書くコミュ症だ。たどたどし過ぎて何言いたいのかさっぱりわからん。

 加えて言うと、こういうタイプは春夏秋冬が大の付くほど嫌いなわけで。今も腕組みした手をトントン、床についている足をトントンせわしなく動かしてイライラなさっているわけで。


「あぁぁもう! うじうじしないではっきり喋りなさいよ! 見ててウザい」

「ひぃぃ。すっすいませっ、ん。自分なんてホント生きてる価値ないですよねごめんなさい」

「いやいやコイツが責め過ぎなとこもあるから。あんま気にするな」


 春夏秋冬のヤツ、こういう女にまで容赦なく俺や夫婦島と同じように暴言吐くなっての。なんで俺がフォローに回らなきゃいけねぇんだよ。


「い、いや悪いのはホント自分です、から。ボソボソ喋ってて気持ち悪いしそもそも容姿がこんなんだから喋りたくもないですよね。というか自分の声聞きたくないですよね。すいません、本当に申し訳ありません今からリスカして来ます」

「おいおいおい! 落ち着け落ち着け! んなネガティブ思考すんなって!」


 コミュ症で根暗の爆乳リケジョとか、コイツひとりでキャラ渋滞してないか?

 しかしこれで校長の言っていた、会った方がわかるの意味がわかった。


「ヤバイわね穢谷。この女、そうとう手強そうよ」

「あぁそうだな」


 コイツに自信を持たせるとか超無理ゲーな予感がしてならない。


「実はっ、その……自分、今度とある大学で部活の研究を、発表させてもらうことになってるんです、よ」

「へぇー。そりゃすげぇ」

「で、でででもっ、自分こんなんでしゅしっ、やっぱ誰も聞いてくれないだろうし、そもそも高校生の研究なんて大学の方々には興味ないはずです。どうせ大学で研究発表したところで誰も集まらずに自分は孤独にさいなまされ大学生に小馬鹿にされながら家に帰りそしてリスカするんです。あぁ、またこんなネガティブ思考に、すいません今からリスカして来ます」

「「……………」」


 めんどくせぇ……。いいよもう、リスカして来いよ止めないから。こんな最初ハナから考え方ネガティブに自信を持たせるって、どうすりゃいいってんだ。

 俺がため息をひとつ吐いて背もたれに寄りかかった瞬間、ついに我慢の限界がきた春夏秋冬がバンとテーブルを叩き立ち上がった。


 やべ、どんな暴言悪口が飛び出してくるかわかったもんじゃねぇぞ。これ以上祟に悪口を浴びせたらマジでナイフ持ってお手洗い行っちゃうかもしれん。

 

「うじうじうじうじ……あんたくどい!」

「ひゃぁ……! もっ、申し訳ありませっ」

「行くわよ」

「ふぇ?」

「早く行くわよ! 着いて来なさい!」

「はっ、はいぃぃ!」

「え、おいちょっと待てって!」


 一体何を考えたのか、春夏秋冬は突然そんなことを言い出して、店を出て行く。それに祟と俺も続く。

 何かいい策でも思い付いたのだろうか……。成功した試しがないから心配でしかないのだが。

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