第4話『じ、じじっ、自分、今からリスカしますぅぅぅ!』

No.18『我が社はブラックです』

 あの日の放課後。夕陽が窓から差し込み、俺とアイツをスポットライトのように照らしていた。俺が春夏秋冬と約束を、そして勝負をすることになったあの日。

 忘れもしない。忘れてはいけない。俺はアイツを、アイツの愛する青春を、ぶっ殺してやると心に決めたのだから。




 △▼△▼△




「おーし席着けー。ショートはじめっぞ」


 本日の締め、帰りのショートホームルーム開始を担任の何たら先生が宣言する。それによってざわついていた生徒たちが自分の席に座り始めた。そして全員が揃っているのを確認した担任が喋りだす。


「つっても、大した連絡事項はないんだよなぁ。お前ら委員会とか係とかで連絡あるヤツいないか?」


 担任がそう言うと、クラスのでしゃばり王子(ムードメーカーとも言う)こと諏訪すわが早速手を挙げてでしゃばりだした。


「はいはーい! 今から文化祭で何するか決めたいでーす!」

「諏訪……文化祭はまだ三ヶ月以上先だぞ? さすがに早すぎだろ」


 ふざけたことを抜かす諏訪に、隣の席のあのいけ好かないイケメン(確かりょうとか言う名前だった)が呆れたようにツッコミを入れる。我がクラスではこの流れが基本だ。面白くも無いボケをかます諏訪(ムードメーカーとも言う)に、イケメンくんやその他スクールカースト上位者どもがツッコミを入れるみたいな。


 それがこのクラスでの笑いの元になっているのだ。誰しもクラス替えしたばかりの頃に感じたことがあるのではないだろうか。去年違うクラスだった人と笑いのツボ、笑ってしまう点が噛みあわないという現象を。

 何故そんなことになってしまうのか。答えは簡単、一年間でそのクラス特有の『笑い』の価値観が産まれてしまうからだ。一度頭に染み付いたそれは、なかなか変わるものではない。故にその現象が起きてしまうのである。

 基本、こういったクラスの笑いの元を作るのはスクールカースト上位の人間たちだ。彼らが面白いと思えば、誰が何言おうと面白いことになる。


 ま、俺はそもそも学校やクラスメートが嫌いなんで喋ることもないから、笑いが噛み合わないなんて経験したことないんだけど。


「てかぁ、文化祭よりも先に体育祭あるくね?」

「それなー。そっちのほうがとりあえず先だろ」


 その発言により、再度教室が騒がしくなる。あー、俺さっさと帰りたいんだけどー。


「おいおい落ち着けお前ら。体育祭も文化祭も二学期なんだぞ? 楽しみなのは分かるけど、気が早すぎだ」

「何言ってんのさ先生~! 人生において高校二年生は一度しかないんだぜ? 楽しみたいじゃ~ん?」


 見てるだけで苛立ちと殺意が沸くほどのドヤ顔で諏訪が呆れ顔の先生に言うと、その後ろにいる春夏秋冬ひととせがニタニタしながら口を開いた。


「いやいや諏訪はもう一回二年生いけるかもしれないじゃん」

「お? どゆこと?」

「諏訪の期末テストの結果的に、来年も二年生の可能性高いでしょ?」

「うげっ……!! や、やべぇその可能性があったぁ!」


 ドっと笑いで教室中が満たされた。クラスで他愛のない話をして、みんなで笑いあって。はたから見れば、まさに青春の一ページ。

 だけど覚えておいてほしい。この世の中には、それを全く楽しんでいない人間がいるということを。

 事実、俺は今のくだりでクスリとも口角が上がることがなかったわけで。性格上青春という存在をしょうもねぇとしか思えないわけでして。


 はぁぁあ。ショートなのに全然短くねぇ。これじゃミドルホームルームと一緒だ。

 俺が深ぁぁぁいため息を吐いた時、ピンポンパンポーンと木琴音がスピーカーから流れた。

 内容は……。


『二年六組の穢谷けがれや 葬哉そうや春夏秋冬ひととせ 朱々しゅしゅは至急校長室に来てください』


 案の定ゲス校長からのお呼ばれだった。まだショートは終わっていないが、ここでずっと無駄な時間過ごすよりマシだ。俺はショルダーバッグをからい、席を立つ。

 すると。


「なぁ〜。穢谷けがれやくんって朱々とどういう関係なん?」

「…………?」


 諏訪の前の席に座る見た目ゴリゴリのギャルJKが俺に問うてきた。確か春夏秋冬と仲の良い女友達のひとりだったはず。

 わざわざ声を出して答えるのもめんどうだし、この場で校長に強制労働させられてる関係とも言えないから、分かってないフリをして首を傾げておいた。

 しかしその行動がギャルJKの堪忍袋に触れてしまったのか、明らかに声音を苛立たせて俺を睨んでくる。


「なんなの? 調子乗ってんかよお前ー。聞いてんだから答えてくれてもよくね?」

「俺も気になるー。最近放課後よく校長室に呼ばれてるし、何やってんの?」

「……」


 ヤベェ、クラスの視線が俺に集まってしまっている。こうなってしまうと非常にめんどうだ。答えないといけないが出来かけているのである。

 対処法はただ一つ。

 これ以上聞かれる前にこの場を離れる。


「あ、ちょっと待てよ!」


 そんな声が聞こえてきたが知らんぷり知らんぷり。後は春夏秋冬がうまいこと言い訳しとくだろう。

 しっかしまずったなぁ。あんまり俺という存在をクラスの連中に意識させたくはなかったんだが……。




 △▼△▼△




 一番合戦いちまかせさんの件が表面上は一番合戦さんが頑張ったということで終了して、三日後、それが今日なんだけど。

 何度も足を運んだ校長室だが、いくら行っても慣れるもんじゃない。どうせまた強制労働だろうし、何が来るか分からないのが常に怖い。あの人そのうち人ひとり殺して来いとか言い出しかねないんだよなぁ、マジで。


「ちょっと穢谷けがれや! 待ちなさいって!」

「……なんだよ」

「なんだよじゃないでしょ。さっきなんで出て行っちゃったのよ。私がめっちゃ言い訳するはめになっちゃったじゃない!」

「うるせぇな。クラスの連中も俺とお前の間に何もないって分かってるんじゃねぇの?」

「バカね。あんたが逃げちゃったら明らかに何か隠してるってバレるでしょーが」

「でもうまいこと嘘でっち上げてきたんだろ」

「当たり前じゃない。勘違いされたままでいたくないし」

「だったらいいじゃねぇか。終わったことをグチグチ言うなっての」


 俺のボソボソした態度が気に入らなかったのか、春夏秋冬が思いっきり俺のケツを足蹴してきた。


「いってぇ……! ふっざけんなよお前ぇ!」

「うっさい! 穢谷が私にナメた態度取るのが悪いの! カビキラー飲んで絶命するといいわ」

「あぁ!? んじゃてめぇは強力カビハイター飲んで息絶えろ!」


 お互いに一歩も引かない激しい口論……というよりも大人気おとなげない言い争いが勃発。大人気ないとは分かっていても、コイツに何か言われたら言い返さなくてはいけない。

 じゃないと負けを認めたことになるからな。

 

「君たちぃ……部屋の前でワーワー喚くのはやめたまえ」


 いつの間にやらたどり着いていた校長室の扉から顔をひょこっと出してジト目を向けてくる東西南北よもひろ校長。

 顔が中に戻っていったのを見て、俺と春夏秋冬は室内へ入る。冷房がガンガンに効いていてもはや寒い。


「あれ、今日夫婦島は登校してきてないんですか」

「そうだね。なんの連絡もないから、サボりだとは思うけど」

「あのクズも変わらないわねー。まだメイド喫茶とか通ってんでしょ?」

「あぁ。未だに二次元キャラにもブヒってるみたいだしな」


 別にオタクであることは悪いことじゃない。ただ夫婦島の場合は度が過ぎているからキモい。せめてフィギュアを嫁と言うのだけはやめればいいものを。


「でもまぁ、好きなんだから仕方ないわ」

「今日はえらく夫婦島に優しいんだな。普段は本人自殺してもおかしくないレベルでボロカス言ってんのに」

「最近アイツが嫁って言ってたラノベって言うの? 読んでみたのよ」


 へぇ……オタク文化に何の興味もなかったどころかオタクを意味もなく毛嫌いしていた春夏秋冬がラノベとは。正直意外過ぎる。


「思ったよりも……面白かったのよね……」

「ほーん、そうか。でもなんでラノベなんて読もうとしたんだ? お前、そういう系超絶が付くほど嫌いだろ?」

「別に理由はないわよ。強いて言うなら夫婦島をバカにするときのネタに使えないかなって思っただけだから」

「春夏秋冬くんはツンデレだねぇ。ホントは夫婦島くんと会話が噛み合うように、夫婦島くんのために読んであげたんじゃないのか~いw?」

「は? 先生冗談は冥途に行ってから言ってくれない? 夫婦島とかマジどうでもいいから」


 うん、普通にツンデレでもなんでもねぇなぁ。まずデレることほとんどないし、ツン要素しかないもん。


「あ、そうだ先生。一個聞きたいことあったんだよね」

「うん? なにかな」

「ファミレスにいたヤンキーのウェイトレス、先生が仕組んだの?」


 春夏秋冬が問うたのは、あのいつも使っているファミレスのヤンキーウェイトレスさんのことだった。俺と春夏秋冬の喧嘩でブチギレたり、一番合戦さんの一件でこちらの言いたいことを代弁してくれたりした人でもある。

 おそらく春夏秋冬はその一番合戦さんの件であの人が絡んできたのは東西南北校長が仕組んだのではないかと考えたのだろう。

 確かにそうでもないと一店員がお客に突然あんなことを言ってくるだろうか。そうとうな世話焼きか、校長の仕込んだ人材。そのどちらかなのかもしれない。


「先生前言ってたじゃん。ひとり私らよりも前から働いてる人がいるって。もしかしてその人なの?」

「……さぁ、どうだろうね。バイトめっちゃ掛け持ちしてるからどこで仕事してるのかも知らないしなぁ」

「ふーん、そう。じゃ、いいや」


 聞いた割には意外とあっけなく引き下がった春夏秋冬。少し気になっていただけで大した興味はなかったのだろう。ホント自分のこと以外興味持たねぇなコイツ。


「それでさ、今日呼んだのは他でもない。新たな仕事を頼みたい!」

「うん。まぁそうでしょうね。分かってました」


 果たしてどんな無理難題を押し付けてくるのか……。


「今回はとある女子生徒に、自信を持たせてほしい!」

「じ、自信を持たせる……? 今回に限った話じゃないけど、どういう意味?」

「いやいやそのままの意味さ。わたしが今ここで説明するよりも、実際に会って話した方がわかりやすいと思うよ」


 自信を持たせる。それがどういう意図でのことなのかは全く分からないが、会ったらわかるのであればさっさと会おうではないか。


「一応、君たちがいつも使ってるファミレスに明日行くよう指示してるから。明日行ってあげてくれ」

「「は!? 明日ぁぁぁ!?」」

「うおっ、ビックリしたぁ……。なんだい二人して急に」

「なんだじゃないでしょ! 今日金曜なんですよ!? 明日ってことは休日じゃねぇかよ!」

「なんで休日までコイツと会わなきゃいけないのよ! 私、超嫌なんですけど!」


 俺と春夏秋冬の言葉に引き気味で校長が言う。


「悪いけどもう決定事項だしー、君たちはわたしに逆らえる立場じゃないことを思い出すことだね」

「ぐっ。小賢しい……」

「ま、頑張ってくれたまえ〜」


 マジで明日かよー……。休日まで強制労働とかとんだブラック企業じゃねぇかよー。

 あ、そもそも強制労働させられてる時点でブラックか。

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