No.17『正攻法とは正直意外だったよ』

 職員室の奥にある衝立で仕切られたソファとテーブルの置かれた空間。そこに俺はどっしりと腰を下ろしている。


穢谷けがれや~。お前、ちゃんと勉強してたのか……?」

「してたと言えば嘘になります。だけどしてないって言ったら怒られそうなのでこう言っときます。する気はありました」

「はぁ……。お前、一応は一般入試で入ってきたんだろ? だったらこの辺の問題ぐらい解けてほしいんだけどなぁ」


 ため息交じりにやれやれといった感じでそういう何たら先生こと俺のクラスの担任。今日の日付は七月七日。つい先週、一学期期末テストが終了したばかりなのである。

 そんな時期に職員室で担任と何故二人きりなのかと言うと……まぁ分かるだろう。


 五教科合計160点でした……。


「俺のテスト結果が安定でゴミカスだったのは俺が一番身に染みて理解してますってー。安心してほっといてもらって結構ですよ」

「そうは言われてもなぁ。お前ら生徒がどんなゴミみたいな社会人になろうとどうでもいいんだけど、こちとら教師って仕事だしさー。一応ダメだぞ~って指導しとかないとこっちが後々色々言われんだよ」

「先生意外にクズいですね」

「いやいやそんなもんだってどんな先生も。好きで思春期のめんどくせぇガキども相手する仕事就くヤツいないだろー」


 普通に口悪ぃなこの人。生徒のことボロカス言ってんじゃん……。


「とりあえず今ここで俺は言っといたからなー。夏休み明けの実力テストで少しは目の当てられる点数取れよ」

「はいはい。了解しました」


 テキトーに返事をして、職員室を出る。放課後だし普段ならすぐ帰るんだけど、残念ながらまた別の用があるのだ。俺は職員室の隣、校長室へ足を踏み入れた。

 室内にはすでに集合している春夏秋冬ひととせが湯のみ片手にせんべいをボリボリ食べていた。


「やぁ穢谷くん、二週間ぶりくらいだね。テストはどうだったかな?」

「せんせー聞くだけ無駄だって。どうせ200点もいってないんだろうし」

「はっ、俺はお前と違って面倒ごと解決してりゃ無条件で進級できんだよ。もはや勉強とかどうでもいい」

「ま、ちゃんと解決できたらだけどねぇ」


 この前は部活の成績さえ良ければ進級させてやると言われてそれを信じるのはバカだなんて言ってたけど、俺も実質同じようなもんなんだよなぁ。

 東西南北よもひろ校長の面倒ごとを解決しとけば進級できる、だから勉強しない。これでもし東西南北よもひろ校長が転勤だなんてことになったら俺も一番合戦さんみたいになってしまうし。

 しかしまぁ去年だってギリギリ進級できたんだし、今年もいける気がするんですがねー。


「それよりも一番合戦先輩はどうしたの? 今日呼んだんでしょ?」

「あぁ呼んでいるよ。だけどなかなか来ないからさぁ――」

「ういっす~! みんな聞いてくれっ!」


 噂をすれば何とやら。校長室に飛び込んできたのは、一番合戦いちまかせ うわなりその人だ。ニコニコ爽やかな笑顔を満面に浮かべており、テンションの高さが窺える。


 約二週間前のファミレスでまさかの展開……うん、その言葉が一番合うだろう。不正行為で300点以上を取ろうと言ったところ、一番合戦いちまかせ うわなりがにじみ出ていた幼稚さを爆発させてどうしようかと唸っていた。そんな時にあのヤンキーウェイトレスさんが一番合戦さんへ厳しく喝を入れてくれたのだ。


 いても立ってもいられなくなったのか、そのまま店を出て行った一番合戦さんだったのだが、俺は一番合戦さんのマジメさを見てしまい気が変わった。この人なら本気で取り組めば普通に300点以上取れるんじゃないかと。

 そうして翌日からお互いに教える側教えられる側としての正しい関係性の下、真剣に、マジメに、本気で勉強に励んだ。


 その結果は……。


「五教科合わせて341点だぜ! しかも赤点一個も無し!」

「ほぉ……努力は裏切らないとは言ったものだねぇ」


 どうやら校長も本当に300点以上取れるとは思っていなかったのか、感歎しているような目をしている。

 しかし何とか300点以上を取ることが出来たか……良かった。不正行為も本気で勉強するのもどちらも一か八かの賭け的要素があることが否めなかったから、テストが終わって自分の点数よりも一番合戦さんのほうがずっと気になっていたくらいなのだ。


「いや~ホントお前らありがとな! オレ、これからしっかり勉強して大学目指すわ!」

「もう私たちは教えませんからね。ひとりで頑張ってくださいよ」

「もちろんだよっ。春夏秋冬、ずっと放課後オレに付きっ切りにさせてすまんかった! 穢谷も色々ありがとよ!」

「は、はぁ……」


 手を握ってブンブン振って来る一番合戦さん。痛ぇからやめてくれよ……暑苦しい、うぜぇ。やっと離したかと思うと、シュっと手刀を切り、清々しいまでの満面の笑みで言った。


「んじゃ、テストも終わったことだし。オレめいっぱいジムってくるわ!」


 ジムってくるという謎の動詞を言い残して校長室を駆けだして行った。おそらくジムで鍛えてくるという意味合いだと思われる。

 一番合戦さんがいなくなると校長室は一気に静まり返るが、すぐにお喋りなゲス校長が静寂を破った。


「しかしわたしとしては正直意外だったよ」

「何がですか?」

「いやいや君たちのことだから、また少しイリーガルなことして300点以上にさせるんじゃないのかなって思ったんだよね。まさか正攻法でくるとは」


 正攻法。それはつまりマジメに本気で勉強することを指しているのだろう。

 いや、まぁ。実を言うと完全に正攻法というわけではないんだよねー。


「もうテスト終わってるんで言っちゃいますけど」

「ん?」

「実はテスト前にテストをカンニングさせてたんですよねー」

「は?」


 珍しく東西南北よもひろ校長が間抜けな声を出して目を点にしている。まぁ初めて聞いた人間には意味が分からないはずだ。カンニングなら普通隣とか前の席の解答を盗み見たりすることを言うわけで。テスト前にカンニングとかまず無理なわけで。

 しかしながら、我々にはそれが可能な人材がいるのである。それを春夏秋冬が横から補足してきた。


一二つまびら 乱子らんこに三年のテスト作ってる先生を寝取らせて問題を盗んだんですよ」

「は!? じゃ、じゃぁまさか……盗んだ問題を彼に覚えさせたのかい?」

「いや。あの人バカみたいにマジメなんで、本当のこと言ったら覚えようとしてくれないだろうから、嘘ついてこっちが作った問題として解かしました」

「一度解いた問題なら何となく記憶の淵に残るだろうし、さすがの脳筋でも赤点は取らないと思ったんですよね」


 春夏秋冬はズズっとお茶を啜ってそう呟いた。もうせんべいは一枚も残っていない。俺も食べたかったのに。


「しかし、彼はマジメに勉強していたんだろう? それなのにどうしてここまで……」


 ……もちろん最初は俺たちだってマジメに勉強させていたし、一番合戦さんもマジメに勉強していた。しかしながら、こればっかりはどうしようもないという致命的な欠点が発覚したのだ。

 というか、元から分かっていたことでもあったのかもしれないが。


「「アイツ、マジメにやっても全く勉強出来なかったんだもん」」


 そう。一番合戦 嫐は確かにクソがつくほどのマジメではある。だがしかしそもそものスペックが低かったのだ。

 初期段階で脳筋のデカブツがどんなに勉強をしようと、バカはバカのまま。さすがはスポーツ推薦で入学し、これまで全く勉強して来なかった人間という感じで、いくら教えても一番合戦さんは理解出来ていなかった。


 それに早めに気付くことが出来たのが不幸中の幸いとでも言ったところか。早急に一二つまびらへ三年の教師を誘惑し、一晩共にさせ、うまいことテストの問題を手に入れたというわけなのだ。

 一瞬でも普通に勉強すればいけるんじゃないかと思ったあの時の俺がバカだったなー。


「まったく……君たちはホント手段を選ばないなぁ」

「手段は問わないって校長先生が言ったじゃないですか」

「そりゃそうだけど……まぁいっか。とりあえず今日は帰って休みたまえ。自分の勉強もしながら一番合戦くんの勉強も見てやってたんだろう? 疲労が溜まってるはずだしね」

「え、また別の面倒ごとがあるんじゃないの?」


 春夏秋冬が帰って休んでいいと優しい言葉をかけてくる校長に怪訝な顔をする。

 あのゲスで鬼畜な校長が俺たちをいたわるなんて珍しいどころの騒ぎじゃない。


「わたしだって鬼じゃないんだから。いい上司は部下にしっかり休みを取らせるものなのさ」

「弱み握って強制的に働かせてる時点でいい上司ではないと思うんだけど」

「うっ……とにかくっ、さっさと帰りなさい!」


 そうして俺と春夏秋冬は背中を押される形で校長室を出ることになった。

 さぁて、夏休みまでの残り数週間。もう面倒ごとなければいいけどなぁ。


「じゃ」

「おう」


 目も合わせず短く別れを告げて俺と春夏秋冬はそれぞれ家路につくのであった。放課後に家へ直帰するの、久々だ。

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