No.16『脳筋バカでも考えることは出来るさ』

 翌日の放課後。例によっていつものファミレスへ。

 既に俺と春夏秋冬ひととせ夫婦島めおとじま一二つまびらは集合しており、残すところ問題の一番合戦いちまかせのみだ。

 

「んっ、やっぱり夫婦島くんおっぱい大きいねぇ」

「そ、そうっすか?」


 一番合戦が予定時刻を過ぎてもなかなか来ないので、一二が夫婦島の脂肪で出来た胸を揉んで遊んでしまっている。

 当の遊ばれている夫婦島は今世紀最高レベルのキモい顔で鼻息を荒くしていた。


「う〜ん、もしかしたらワンチャン朱々ちゃんより大っきいかもぉ」

「あ? んだとこのロリ巨乳! あんたどうせブラ無いと形を保てない垂れ乳でしょうが、私はブラ無くても形保てるちょうどいい胸なのよ!」

「もぉ〜、朱々しゅしゅちゃんったらムキになっちゃってぇ〜。いっつもツンツンしてるけど、可愛いところもあるんですねっ❤︎」

「こんのクソガキィィィィィィ!!」

「バカバカ落ち着けって……」


 今にも暴れ出しそうな春夏秋冬を抑えつける。何度も言うようだがこの店では一度店員さんにブチギレられているのだ。これ以上落ち度を見せれば出禁も充分あり得る。


一二つまびらもあんまコイツを挑発すんなよ。すぐバカのひとつ覚えで暴言吐き出すから」

「あ!?」

「むぅ~。はぁい」


 不服そうな顔をしながらも、間延びした返事をする一二。本人的には挑発するつもりはなかったのだと思うが、残念ながら春夏秋冬の方が一二にバストサイズで負けていたことを気にしていたようだ。見た限り、確かに春夏秋冬もないわけじゃないんだけど、やっぱり一二には劣るんだよなぁ。

 そんな俺の視線に気付いた春夏秋冬がギロっと睨んできた。


「こっち見んなゴミカス。目ぇ潰すわよ」

「んだとコラ、あ? 潰せるもんなら潰してみろってんだよ、口先だけのビビリが」

「あぁん!? ホントに潰すぞゴラ、表出ろや!」

「上等だクソアマ! やってやろうじゃねぇか!!」

「穢谷パイセン、ついさっき挑発すんなとか言ってたのに早速口喧嘩しちゃうんすね……」


 バチバチと視線上で電撃を交わらせる俺と春夏秋冬。そんな口を開けば喧嘩、目を合わせれば喧嘩の俺たちの席へ、巨大なデカブツ(ほぼ同義)が近付いてきた。一番合戦いちまかせ うわなりだ。

 一番合戦いちまかせさんは昨日のようにウザいほどの清々しい表情で額の汗を拭った。


「よっ、遅れちまってすまねぇな。ちょいと用が出来ちまってさ」

「どうせまたランニングのために遠回りにして来たとかそんな理由っすよね」

「むむっ。失礼なヤツだな~。てかやっぱお前もオレと一緒に身体動かした方がいいって。その腹の肉、絶対どうにかした方がいいぞ」

「えぇいうるさいっす! 余計なお世話っすよ! 僕のこのお腹を触るために待ってくれてるメイドさんたちのためにも絶対痩せないっす!」


 なるほどそんな理由でしたか。メイドさんのために太ってるとかメイドさん依存症じゃん怖ぇー。

 いや、今は夫婦島のこととかどうでもいい。むしろ夫婦島のことは永遠にどうでもいい。

 今は一番合戦さんを期末テストで300点以上取らせるという校長からの指令についてだ。


「えっと、一番合戦さん……今日のことなんだけど」

「うん? 安心しろって、穢谷けがれや! オレ、今日こそは勉強すっからよー!」


 グッと親指を立てて白い歯を見せる一番合戦さん。コイツ、いつのまに名前覚えたんだ。てか俺名乗ったっけ? 

 おっと、また頭の中で別の話にシフトしてしまっていた。俺は頭を振って本題を切り出した。


「一番合戦さん。今日はってか……今日からは勉強しなくていい」

「は? どういうことだ? オレ、ノー勉じゃ絶対300とか無理だぞ」

「えぇ。だから、今日からテスト当日までの二週間ちょいを、。これについて考えるんです」

「はぁ?」


 口を大きく開けて唖然といった感じの一番合戦さん。俺の言葉の意味に理解が出来ないみたいだ。

 

「そ、それってつまり不正行為だろ!? なんでそんなことを……」

「もちろん俺たちにも言い分があります。言い分なしで不正行為しろって言ってんじゃないですよ」

「言い分……?」

「あぁ。まずひとつ目の理由だけど、こちら側があんたにいくら教えても無駄なんじゃないかと思うんだ」


 これは昨日話し合った通り、この一番合戦いちまかせ うわなりという人間は運動するといって勉強から逃げている――ゆえに勉強をそもそもの話する気がない――理解する気のない人間にいくら勉強を教えても、いつまで経っても理解出来ないからする意味がない。こういった経緯である。


「二つ目。正直めちゃめちゃ失礼なことを言ってるって分かってはいるんだけど、無駄な時間の浪費は個人的に避けたいんで」

「オレに勉強を教えても意味がない……」

「はい」

「だから、勉強じゃなくてどうやってバレないようにカンニングするかを考える……?」

「そうですね。その策が現状、一番に一番合戦さんが300点以上を取るために有効です」


 口答えされるとめんどいので、はっきりと有無を言わさぬようにきっぱりと言い切ってやる。ここで無駄にごちゃごちゃ反論して来ても、俺たち四人の意見はそれで決まっているのだ。今更やっぱり真剣に勉強するとか言われると煩わしいからな。


「んな、勝手に諦めんじゃねぇよ! オレだってもっと真剣に取り組んでくれって言われればちゃんとやるよ!」

「すいませんっす。僕の名前、諦めるって書いてあきらなんすよ、だから諦めるのは日常茶飯事って言うか~」

「夫婦島黙れ、死ね」


 一番合戦さんの言葉にテキトーなことを抜かす夫婦島へ、春夏秋冬ひととせがピシャっと言いつける。それにしても死ねまでは言わなくてもいいんじゃ……。

 すると春夏秋冬が不意に立ち上がり、裏フェイスの冷たい表情で言い放った。


「いいですか一番合戦先輩。昨日数時間一緒にいたけど、ああやって筋トレに時間を取られてちゃ勉強に集中出来ません。それと、もう色々とアレなんではっきり言います。教えるこっち側の身にもなってください。留年してる人の勉強を教えるなんて偽善行為、私だってしたくてやってるわけじゃないんですよ」


 突き放すようなその発言には、もはや人気者の春夏秋冬として取り繕う気が全くないということを意味していた。それはつまり春夏秋冬から一番合戦さんが俺同様、クズでゴミ的存在だと思われてしまったというわけで。

 春夏秋冬に見放された一番合戦さんは少し面食らっていたようだが、すぐに開いた口を塞いでムスっと唇を尖らせて何やらボソボソ喋りだした。


「オレだって……したくて勉強してねぇんじゃねぇし。それに留年だってしたくてしたわけじゃねぇよ」

「それはあたしたちもちゃぁんと分かってますよぉ~?」

「いや分かってないね! だってそもそもオレが高校生活で勉強してこなかったのは、前の校長が部活さえ頑張れば進級させてくれてたからだし!」

「は? 前の校長?」

 

 今のあの弱みを握って生徒を働かせるゲス女校長の前任の校長のことを言っているのだろう。東西南北よもひろ校長が俺たちの入学と同時に劉浦りゅうほ高校にやって来たので、一番合戦さんの言う前校長を俺たちは知らないのだ。


「そうだよ。推薦入学して、ずっとバレー部でいい成績取ってれば進級させてくれてたんだよ! それなのに、あの校長は部活じゃなくて勉強の成績を見て言ったんだ。これじゃあ卒業をさせられないって!」

「…………」

「オレは悪くねぇ! 悪いのは第一に留年させた今の校長と勉強しなくてもいいって言った前の校長じゃねぇかよ!」


 はぁはぁと息を切らしながら声を荒げた一番合戦さん。なんと表現すれば良いのか……何ともふざけた思いの吐露である。

 部活で良い成績を取れば進級させてやると言った前校長もどうかと思うが、その言葉を鵜呑みにした一番合戦さんもあまりにもバカ過ぎるではないだろうか。


 俺たちの席の間に沈黙が流れる。誰が何を言っても変な空気になってしまいそうな沈黙。だから誰も何も発さない。


「あの、すいませんお客さん」


 だがその沈黙を破ったのは、意外な人物だった。何を隠そう、あの俺と春夏秋冬の口喧嘩に仲裁を入れてきたヤンキーのウェイトレスさんだ。

 

「お客と店員という間柄ではありますが、一言言わせてください」

「は、はぁ……?」

「あんた、自分で自分のことを情けねぇって思わねぇのか?」

「ふぁ……!?」


 突然店員としてお客を敬う口調からヤンキー口調になったウェイトレスさん。その豹変っぷりに一番合戦さんは間抜けな声を漏らしてしまう。


「何が推薦で合格したから勉強はしなくていいだ。ふざけんな、部活頑張ったから留年はなしとかなるわけねぇだろ! スポーツ出来るだけじゃ世の中生きていけねぇんだよ!」


 ヤンキーウェイトレスさんの厳しい言葉は止まることを知らず、もうすでにボロボロ気味の一番合戦さんへさらに厳しい言葉の槍が降り注ぐ。


「あんた留年してるってことは今年で十九だろ? もう親から離れてひとりで暮らしててもおかしくない年なんだぞ、大人になれ! いつまで自分に甘くして勉強から逃げてんだ。ガキじゃねぇんだからやるときゃやれ!」


 いくら脳筋のバカ野郎だとしても、物を考えるくらいは出来る。一番合戦さんはウェイトレスさんの言う事を黙って……というか黙って聞かざるをえないのだが、何を怒られているのか思考を巡らせているようにも見えた。


「この子らだってなぁ、好きであんたみたいなバカの勉強見てやってんじゃねぇんだぞ。校長先生に押し付けられて……あ、いやとにかく! あんたの考え方は幼稚過ぎる、もっと成長するべきだ」

「…………」


 一番合戦さんは無言。そりゃいきなり知らない人から説教喰らったら無言にもなるわな。

 だがその説教が至極まとを得ているから黙ってしまうと言うのも理由のひとつなわけで。現実の厳しさからいつまでも目を背けていては、ウェイトレスさんの言うように幼稚なままなわけなのだ。


 こう言っちゃぁなんだが、一番合戦いちまかせ うわなりという人間は、スポーツという名の皮に隠れた夫婦島タイプ……つまり社会をナメてかかったクズ野郎だったというわけだ。


「申し訳ありません。店員の分際でこのような説教を。ですが、あんたの言い分は見ていられないほどでしたからね」

「そうですか……」

「はい。ごゆっくりどうぞ」


 常套句を述べて去って行くウェイトレスさん。初めてここでブチギレられた時はただのDOQ女かと思っていたが、そうでもなさそうだ。不思議なことに、ヤンキーに限って変にマジメな信念を持っていたりする。


「すまねぇ。オレ、ちょっと頭冷やしてくるわ」

「……はい」


 一番合戦さんは表情を曇らせたまま席を立ち上がり、カバンを担いでファミレスを後にしていった。


「ねぇ穢谷けがれや……」

「あ?」

「あのウェイトレスさん、私らのこと何か知ってるのかもしれないわよ」

「ん、どういうことだ?」

「言い直してたけど、一度は言葉にしてたのよ。校長先生に押し付けられてるって」

「……そんなこと言ってたか?」


 一番合戦さんが怒られてる内容について考えていたから、ウェイトレスさんが何を言っていたかそこまで詳しく聞いていなかったんだよなぁ。

 俺が首を傾げると、春夏秋冬をイラっとした顔で口を尖らせた。


「なんで聞いてないのよー。耳カスちゃんと取っときなさいよね」

「いや別に耳クソたまってるから聞こえてないわけじゃねぇよ」

「そんなことよりも、これからどうするんすか……あの感じじゃ、僕みたいに引きこもっちゃってもおかしくないっすよ」

「うーん、あの店員さんの言葉すっごい厳しかったもんねぇ~」


 しみじみと思い返すように呟く一二。厳しい――確かに厳しいと言えば厳しかった。だがそれが現実問題でもあり、彼が乗り越えなくてはならない壁なのだ。ウェイトレスさんが説教する形でそのことに一番合戦さん本人が気付いた今、それをどうしていくかは俺たちがどうこう言うべきではない。後は本人がどうするかなのだから。


 ――――だから今日は。


「今日はもう帰ろう。春夏秋冬は一応明日もここに来るように連絡しといてくれ。それで明日来なかったら……」

「それはその時考えましょ。校長の面倒ごとを解決出来ないで秘密をバラされるなんてこと、考えるだけでもイヤだから。私はなんとしてでも300点以上にするわよ」

「燃えてるねぇ朱々ちゃん~。いっそのこと自分で腹黒ですってカミングアウトしちゃえばぁ?」

「逆にウケるかもしれないっすね!」

「ウケるわけないでしょ! 私は完璧超人の超絶美人な人気者でいたいの」


 そんなことを喋りながら俺たちはファミレスを出て、それぞれの帰路へとつくことになった。今日の俺は久々の自転車帰り。電車も楽でいいが、やっぱ自転車で風を切るほうが好きなんだよな。別に親から月の定期代を渋られているわけではない、いやホントにマジで。


 自転車のペダルをこぎ、今日のことを振り返るように思考を巡らせる。そんな自分ひとりだけの時間が俺は好きだ。

 今日は自然とヤンキーウェイトレスさんの言葉が頭に浮かんでくる。ウェイトレスさんが一番合戦さんに言っていた『幼稚』とは、四歳児五歳児みたいな精神的に幼稚だということではなく、やはり揶揄と喩えとしての意味で使っているのだろう。


 ずっと俺の感じていた一番合戦さんの留年している人間とは思えない雰囲気の元凶はこの幼稚さにあったのかもしれない。

 自分の置かれている状況のヤバさが理解出来ていないからフワフワとした緊張感の無さがうかがえ、その歳で理解出来ない甘い思考回路によって幼稚さがにじみ出ていたのだ。


 俺が言うのも本当になんだが、結局はデカい図体だけが取り得のどうしようもない脳筋クズ野郎だったというわけだな。


「おばあちゃん大丈夫かー?」

「あぁ……大丈夫ですよお、すみませんねぇ」


 ついさっき聞いていた声が聞こえ、思考が止まった。声のしたほうを向くと、大きな荷物を持ったおばあちゃんがキツそうに横断歩道を歩いている。そしてそのおばあちゃんに話しかけているのが、あの脳筋クズなのだ。


「どこまで行くん? 荷物持ってくよ」

「そんないいですよお。お兄さんに悪いですしねぇ」

「あーいいっていいって。オレ、ちょっと考え事したいしさー遠回りにして帰りたかったんだよね。おばあちゃんちまでついでに行くよ」

「そうですかい? 悪いねぇ」


 そんな会話を交わし、重そうな布袋を担ぎ、横断歩道を渡る一番合戦さん。おばあちゃんは心底嬉しそうにニコニコしている。

 ……ひとつ訂正しよう。俺が言うのも本当になんだが、あの人はデカい図体とというところが取り得の脳筋クズ野郎だったようだ。


 それに気付いた瞬間、俺は無意識のうちに一番合戦さんに話しかけていた。


「あれ? 穢谷……なんでここに?」

一番合戦いちまかせさん!」

「すみません。やっぱり勉強しましょう」

「は?」

「あんたのそのマジメさがあれば、残り数週間でいける気がするんですよ」


 何の根拠も脈絡もない発言だったのは重々承知だ。だけど、初めて自分の直感がそう言っているような気がするのだ。この人なら不正行為無しでも、300点以上いけるんじゃないかと。


 だけど今日はここまで。ゆっくり休んで明日から頑張ろう。明日野郎はバカ野郎? 明日しないとは限らないじゃないか。そんなふざけた言葉、クソ喰らえ。

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