No.15『勉強する気がないやつに勉強させても意味がない』

 対策を考えるわよと半ば強引に……というか強制的について来させられ、もはや定番となっている例のヤンキーウェイトレスがいるファミレスへやって来た。


「うん、そう、捕まえられたのね。それなら、さっさと連れてきて。……えぇ、私がいつも使ってるファミレスよ。…………は? 知らない? あんたがそれを知らないことを私だって知らないわ。いいから急いで!」


 めちゃめちゃ理不尽なことを叫んで、プチっと夫婦島めおとじまとの通話を切る春夏秋冬。急いでほしいんなら場所教えてやりゃいいだろ……。

 

「なんか……朱々ちゃんすっごいピリピリしてるね~」


 俺の耳にぽしょっと囁く一二つまびら。なんともまぁ、ゾクゾクっとする声だこと……。


「多分あれだ。最近放課後にストレス発散出来てないからだと思う」

「あの校長せんせーに握られてる弱みってヤツ~?」

「あぁ。基本週四でやってたらしいんだけど、最近はご無沙汰みたいだからなぁ。溜まってんじゃねえの?」


 俺の前で腕組みしながら貧乏ゆすりしている春夏秋冬の顔からは、疲れと苛立ちがひしひしと伝わってくる。早く夫婦島来ないかなー。でないとこっちに火の粉が降りかかってくるんだよなー。


「あ~~、もうダルい……。ストレス溜まり過ぎて爆発する……」

「それなら朱々ちゃん、あたしと今から一発発散しに行きましょうよぉ! その辺の男捕まえてっ!」


 いやいや一二よ、そのストレス発散法は春夏秋冬には――。


「そうねー。一発ヤったらスッキリするかもしれないしー」

「おい春夏秋冬、一旦落ち着け。きっとお前は疲れが溜まり過ぎて判断力が鈍ってるぞ」

「冗談に決まってるじゃない。私そんな簡単に処女捨てないわよ」

「あぁ~。処女捨てる時の処女膜破られる瞬間が一番イタキモチぃですからねぇ~。とっときたい気持ち分かります~」

「いや、私が言ってんのはそんな快楽的な話じゃないんだけど……まぁいいわ」


 はてなと小首を傾げる一二。残念ながら、痴女に一般論の処女を取っておく理由(初めては結婚する人としたい的な)は理解できなかったようだ。

 

「……なぁ春夏秋冬、疲れてるとこ悪いんだけどよ」

「えぇ、分かってるわ。一番合戦いちまかせ うわなりと何があったかでしょ?」


 さすが話が早くて助かる。というかさっさと話してほしい、帰りたい。


「……アイツはね、脳筋だったのよ!!!」

「のーきん?」


 春夏秋冬の叫びにまたも小首を傾げる一二。ちょっとこの子言葉知らな過ぎじゃないですかね。


「略語だよ、脳みそまで筋肉の」

「あぁ〜なるほどぉ。朱々ちゃんのことだから悪口なんだろうなぁとは思いましたけど、そういう意味か〜」

「あんた結構失礼なこと言ってる自覚ある?」


 春夏秋冬は額に薄く青筋を立てながら一二を睨む。夫婦島なら無条件で土下座してもおかしくないくらいの眼光の鋭さだが、あいにく一二はバカなのでニコニコ笑ったままだ。

 俺はこれ以上春夏秋冬を苛立たせまいと、話を脳筋のほうへ戻した。


「それで、なんで脳筋だって分かったんだ? いや、まぁさっきのあの全力疾走を見たら何となくわかるけど」

「アイツの本性が知れたのは、勉強会を始めてものの数分だったわ――――」


 春夏秋冬は話すのも嫌そうな顔で、ことの発端を語り始めた。




 △▼△▼△




 一番合戦いちまかせ うわなりはファミレスに着いてすぐにテーブルに勉強道具を広げ出した。

 ふーん。留年してる野郎にしちゃ、やる気に溢れてるのね。


「それじゃあ、早速勉強始めましょっか!」

「おうっ。よろしくな、春夏秋冬!」


 サムズアップで満面の笑みを浮かべる一番合戦いちまかせ。私はそれに可愛らしく誰もが一目惚れするような笑顔で『はいっ!』って返事をしてあげた。

 だけど次の瞬間、シャーペンを握るかと思った右手が掴んだのは……。


「あ、あの先輩? どうしてを握ってるんですか……?」


 一番合戦は私の問いに20kgと表記された鉄製のダンベルを上下しながら、キョトン顔で答えた。


「あー、すまねぇな春夏秋冬。オレ、勉強する前に身体動かさないと集中出来ないんだ」

「は、はぁ……」


 それで集中できると言うのだから仕方ない。筋トレが終わるまで待つしかないかな。

 そう考えた私は店員さんを呼び、ドリンクバーを二つ注文。早速オレンジジュースを注いで席に戻ると。


「フッ、フッ、フッ、フッ……」


 腹筋をしていた……。ダンベルを手に持ったまま腹筋を始めていた。


「ちょ、ちょっと一番合戦いちまかせ先輩? どうして腹筋を……」

「いや腕鍛えたら次は流れ的に腹鍛えるだろ」

「そうですか……」


 なんなの流れって。んなもん知らないっての。頭ん中筋トレしかないから留年したんじゃないコイツ。はぁとため息を吐いて、私は腹筋が終わるまで待つことにした。目立つからさっさと終わらせてくんないかな。

 そんな感じで暇をつぶすべくスマホをいじっていたら、十分ほどたって一番合戦の動きが止まった。


「あ、終わりましたか? それじゃそろそろお勉強を」

「あー、すまねぇ。腹鍛えたらちょっと背中鍛えたくなっちまったから、少し待ってくれ!」

「えぇ……でも早くしないと」

「まぁまぁいいだろー。期末テストまでまだあと数週間かあるんだし!」

「うーん、それはそうですけど」

 

 はぁ……。勉強教えるだけとか楽だわとか思ってた私がバカだったわね。校長が持ってくる仕事にめんどくさいヤツが絡んでこないわけがない。

 これまで過去二回とも無駄にキャラ濃厚なヤツらだったけど、今回だけは例外なんてことありえないし。なんでもっと早く気付くけなかったかなぁ。

 とにかくこの脳筋野郎をどうにか勉強させなくては……。


「なぁ春夏秋冬。オレ、ちょっと走ってくるわ」

「は?」

「筋トレしてたら思いっきり汗をかきたくなってきたんだ! 行って来るわ!」

「いやちょっと! 勉強は!?」

「また今度にしようぜ!」


 一番合戦は荷物をからい、全速力で走り出したのだった。




 △▼△▼△




「で、ああして走ってたってわけよ」

「ほーん。確かに脳筋……なのか?」

「脳筋以外の何者でもないでしょ! 何言っても次はここ鍛えるだとか流れ的にこっち鍛えるとか意味不なんですけど!?」


 バカバカ、そんなデカい声だすなって。またあのヤンキーに怒られちまうだろ。テーブルを拭きながらジッとこちらを見つめている例のヤンキーウェイトレスさんを気にしつつ、春夏秋冬をなだめる。


「落ち着け落ち着け。んなこと言ったってどうにかなるわけじゃないんだし」

「今度はあんたらがどうしたらあのデカブツに勉強させられるか考えて」

「え?」

「当たり前でしょー。私が素直に勉強教えようとしてダメだったんだから、今度はあんたたちトリッキー発想人間の出番でしょ」


 当然でしょみたいなすまし顔で言う春夏秋冬。なんだコイツ、自分で任せとけお前らは引っ込んでろって言ったクセに、結局こっちに丸投げすんのかよ。無能なのはそっちなんじゃねぇかと罵ってやりたいところではあるが、この店で騒ぐのはあまりよろしくない。前科持ちだからなるべく静かにしていないと。


「そうですねぇ~、問題一問解けたら手〇キ一回とかどうですかぁ~?」

「「却下」」

「ふぇ……そうですかぁ」


 シュンとうなだれる一二。さすがは脳みそまで性感帯。冗談でもなんでもなくマジメに言っているのだから怖い。


「そういう葬哉くんはどうなんですかぁ?」

「ん、俺か……」


 俺にどうやって勉強させるかとか聞かれても困るんだよなぁ。だって自分がしてないんだもん。自分自身でさえやる気に出来てないのに他人をやる気にさせられるかって話だよ。

 うーん、脳筋に勉強をさせるにはどうすればいいか……。


「あぁ、やっと見つけたっすぅ……!」

「遅い。なにやってたのデブ」

「ちょひどくないっすか!? 僕必死にこの人追いかけたってのに!」

「もうあんたに用は無いわ。家帰ってマスかいて寝てなさい」


 俺がうーんと思考を巡らせていると、汗をダラダラかいた夫婦島がようやくファミレスに到着した。その後ろには、脳筋の巨人も一緒だ。何故かは知らないが、めちゃめちゃ清々しい表情をしている。


「いやぁ~いい汗かいたっ! やっぱ最高だな身体を動かすのは!」

「うわぁ……」

「お? どした?」

「いや、ホントにそんなこと言うヤツいるんだと思いましてねー」

「何言ってんだよ~。汗かいてこそ生きてるって感じがするんだよ!」


 あ、ダメだ。結構バカにした感じで言ったのに全然伝わってねぇ。


「運動よりも今は勉強でしょう一番合戦先輩! 結局今日は全然時間出来てないし」

「まぁそう堅い事言うなって春夏秋冬! まだテスト当日まで時間はたっぷりあるって! おっと、オレ今からジム行かなきゃなんだ、じゃあなお前ら!」

「…………」


 シュっと手刀を切り、散々運動したであろうにもかかわらず、ジムへと走って行った。

 ほっほーん。なるほどなぁ。


「ほーんとに身体動かすことしか頭にないんですかねぇ〜?」

「だから言ったでしょ。脳筋デカブツ野郎だって」

「マジでここに来るまでもずっと筋トレの話ばっかしてくるんすよー。僕に対しても、もっと運動して脂肪燃やした方がいいってしつこく言ってくるし、余計なお世話っすよね!」

「いやその言葉はしっかり受け止めた方がいいと思うわよ」

「痩せないと早死にするって言うしねぇ〜」

「そ、そうっすか……」


 女性陣二人からの同意を求めることができず若干しょぼくれる夫婦島。

 すると春夏秋冬がその様子を黙って見ていた俺に向かって口を開いた。


「穢谷? どうしたのよボォーっとして」

「ん、あぁ……ちょっと考え事しててな。春夏秋冬、明日も勉強会はすんのか?」

「一応する予定よ。テストまで時間あるって言ってもゆーてあと二週間くらいだし、あのデカブツがどれくらい出来るかのレベルもわかんないしね」

「でもあたしやる意味ないと思うなぁ〜」

「は? なんでよ」

「だってぇ、一番合戦先輩自体が


 一二がメロンソーダをストローでチューチュー吸いながら言った。おそらく一二が言いたいことと俺の思っていることは同じだろう。

 ようは一番合戦いちまかせ うわなり自身に勉強をする気がないのだから、例え筋トレをやめさせて勉強させることに成功しても、理解しようとしないから無駄なんじゃないかと、こういうことだ。


「なによそれ、まだ会って一回目なのに極論過ぎない? そもそもなんで勉強する意志がないって分かるのよ」

「いくら脳筋のバカだろうと、自分が留年してる身だってことぐらい分かるだろ。うちの学校は次赤を取っちまえば強制退学になるってのも知らないわけがねぇ。それなのに、あの野郎にはが感じられねぇんだよ」

「緊張感?」

「あぁ。留年している人間の緊張感だ」


 留年生なんてのは、普通なら正直居心地の悪いはずだ。なんてったって、クラスでは元後輩たちが同学年となり、今後の成績でヘマ出来ないという地獄のような状況に立たされているものなのだから。肩身が狭い事この上ないだろう。

 

 それだと言うのに彼、一番合戦いちまかせにはその雰囲気が一切感じられない。緊張感ゼロ、自分の置かれている状況が分かっていない赤子同然のバカ野郎、正真正銘ネタに出来ないレベルの脳筋なのだ。


「理解する意志のないヤツにいくら勉強教えたって、ソイツはいつまでたっても理解出来ねぇし、そもそもしようともしねぇ」

「だったらどうするのよ。300点以上を取らせないといけないっていう仕事内容は変わらないんだから」

「分かってるよ。でも勉強はもうさせない……代わりに、で300点以上を取らせる」

「「「不正行為?」」」

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