No.14『どうも、三年生の二回目でーす』

 校長室を出て、俺たちが向かったのは図書室。今回の面倒ごとの発端者である生徒が、そこにいるらしい。

 初めての強制労働が、夫婦島めおとじまの不登校問題を改善するというもの。そして次が一二つまびらの援交疑惑の証拠を得るというもの。どちらも何だかんだで解決してきた俺と……いや春夏秋冬ひととせ、別になんもしてないか。俺って意外と働き者なのかもしれない。

 まぁ今回に限っては俺の出る幕はないと思う。というのも……。


「留年した生徒に期末テストで300点以上を取らせる?」

「あぁ。それが今回俺たちが課せられた強制労働内容だ」


 つまりその生徒に勉強を教えなくてはいけないのである。 

 ゆえに二年生始めの実力テストで五教科全部赤点だった俺に出番はないわけで。ここは学年トップクラスの成績を持つ春夏秋冬の出番なわけで。

 しかもその留年した生徒というのは、三年生なのだ。三年生の勉強を教えられる二年生なんて春夏秋冬くらいしかいないだろう。さらに言えば残り二名の一年生が三年生の勉強を教えられるわけがない。

 

「留年するくらいなら学校辞めればいいのに」

「ド正論やめてやれ……。この人、体育の成績だけは三年間ずっと5なんだけどな」

「だったらほら、今すぐ学校辞めて肉体労働に勤しんだ方が社会のためになるわよ」

「わぁ~朱々しゅしゅちゃんすっごい毒舌~」

「ふっ、あんなの序の口っすよ。春夏秋冬パイセンは本気出したらもっとすごいっすからね!」

「あんたは私の何を知ってんのよ、気持ち悪い言い方すんなデブ」

「ホントだぁ。もっと口悪くなった~」

「そ、そうっしょ?」


 夫婦島ひどい傷負ってんじゃねぇか。今のは傷付くぞ……。

 それにしても春夏秋冬のヤツ、俺を始めとする自分の裏の顔知ってる人間には容赦ねぇな。その口の悪さが今後変なところで出てこなきゃいいけどなー。


「まぁこれは全部お前に任せるわ。俺ら三人出来ることなさそうだし」

「そうね。あんたらの出る幕はないわ、引っ込んでなさい!」


 ドヤ顔うっぜぇ……。しかしながら今回ばかりは春夏秋冬任せにするしかない。コイツだって自分の秘密握られてるし、手を抜かずに本気で取り組むだろう。




 △▼△▼△

 



 図書室はここ劉浦りゅうほ高等学校四棟の五階に位置している。移動がそれなりに疲れるからか、そこまで利用されていない可哀相な図書室でもある。事実俺もこの高校二年目にして初めて訪れています。


 読書なんて高校生になったらそうそうするもんじゃないもんなー。それにうちの高校、朝から読書みたいなシステムないし、生徒は滅多なことじゃ本借りないんだよな。


 そんなことを考えながら図書室に入ってみると、やはり人はほとんどいない。司書の先生と数人の生徒だけ。


「ねぇ、もしかしてアレが留年の人?」

「あぁ。あの人がそうだ」


 黙々と机に向かってノートにシャーペンを走らせている男子生徒。その眼差しは真剣そのもので、とても留年してしまった人とは思えない。しかもいけ好かないことにかなり顔はカッコいい。菅◯将暉と岡◯将生を足してかける二分の一したみたいな感じ。

 まぁそういうイケメンさを差し置いて何より一番気になったのは。


「なんか……めっちゃ大きくないすか?」

「それ思った〜。プロレスラーっぽいよねぇ」


 二人の言う通り、身体が……というか全体的に大きい。バカがつくほどデカい。擬音語で表すならムキムキ、擬人法で言うならば身体の筋肉たち一人一人の主張が激しい、だ。


 すると俺たちの視線に気付いたその先輩がこちらに手を振って立ち上がった。うぉ、当たり前だけど立ったらもっとデケェ……!

 進撃◯巨人の世界を全裸で歩いてたら『二メートル級巨人が壁の中に!!』ってなりそうなくらいデカい。


「よっ! お前らが校長の言ってたヤツらか?」

「はい、そうですよ先輩!」

「おっ!? なんであの春夏秋冬 朱々がいるんだ!?」


 すげぇ、やっぱ春夏秋冬って学校中に名前知れ渡ってんだな。あの春夏秋冬 朱々って言うくらいだし、きっと去年の三年からも人気あったんだろう。

 

「あはは、私が自分から先輩の勉強教えたいなって思ったんです! 私じゃイヤでしたか?」

「そんなわけないだろー! みんなの憧れ春夏秋冬 朱々と出会えてオレは幸せだぞ!」

「そうですか……良かったぁ。ここに来るまで心配だったんですよぉ」


 恒例の顔面一瞬チェンジで新垣◯衣(裏)から吉岡◯帆(表)になった春夏秋冬が、しおらしい後輩ぶって早速心に漬け込んでいる。


「そうだ。そろそろ自己紹介しないとな。オレは一番合戦いちまかせ うわなり! 『いちばんがっせん』って書いて『いちまかせ』って読むんだ。よろしくな!」

 

 輝かしいスマイルでサムズアップする一番合戦いちまかせさん。

 いや、個人的には苗字じゃなくて名前のコレが気になるんですけど。女二人で男ひとりを挟んだ漢字、なんかエロい。一番合戦いちまかせも充分珍しいんだけどさ。


 しかしまぁここまでの発言行動を見たところ、この人は俺とはかけ離れた存在だということがわかる。つまりスクールカースト下位の人間ではなく、上位、少なくとも中間くらいには位置していると思われる。

 学校一の人気者、春夏秋冬とも対して狼狽することなく会話しているし、自分に自信のある笑顔が何よりの証拠だ。下位の人間にあの顔は出せない。


 俺と同じことを考えていたのか、背後にいた夫婦島がボソッと呟いた。


「あのパイセン、絶対僕とは違う世界の人間っす。僕の苦手なタイプっす……!」

「そうだな、俺も同意見だ。留年してる野郎にしちゃ、明るくて元気なのが気に食わねぇ」

「そぉかなぁ〜。身体おっきいし、あたしは好みだよ」

「身体おっきいのと何が関係してんすか?」

「そりゃもちろん、身体がおっきければ、おち◯ち◯もおっきいに決まってるからだよぉ〜。あぁぁん❤︎ あのおっきい身体であたしの身体を持ち上げて蹂躙されるのを考えるだけでっ、んぁぁ❤︎」


 頰を紅潮させ、艶かしい吐息を漏らしながらビクビクっと身体を震わせる一二つまびら

 コイツ改めてやべぇな……。頭ん中チ◯コしかねぇのか。男性を見る時、まずどこから見ますかって問いに絶対下半身ですって答えるタイプだな。


「ところで、そっちの三人もオレの勉強手伝ってくれるのか?」

「あ、こっちのヤツらは気にしないでください。私の下僕……連れですから!」


 いやもうガッツリ下僕って言ってるから。そんなに俺たちを下の存在にしたいんか。

 だが一番合戦いちまかせさんは気付いていないようで、ふーんと勝手に納得していた。


「それじゃ早速お勉強しに行きましょっか!」

「勉強しに行く? ここじゃダメなのか」

「もちろんですよ! 高校生がテスト勉強をする場所と言えばぁ〜……」


 そこで一度言葉を区切り、無駄に勿体ぶる春夏秋冬。うぜぇ、表モードの春夏秋冬マジうぜぇ。まぁ裏モードでもうざいことに変わりないんだけど。

 結論として春夏秋冬は常時うざいということになりました。


「ファミレスです! サ◯ゼとかガ◯トとか、高校生の勉強会って言ったら、やっぱりファミレスですよ」

「そ、そうなのか?」

「はい、そうなんです! ということで、早速向かいましょう!」


 春夏秋冬は一番合戦いちまかせさんの荷物を勝手にまとめ、その荷物を持ったまま一番合戦さんの手を引っ張って行く。

 わぁ、春夏秋冬さんったら大胆〜。筋肉先輩超鼻の下伸ばしてるじゃーん。ま、初対面でそんなことされたら男はみんなそーなるわな。

 さて、俺たちもアレに続くとするか。


「それじゃあ、僕は帰りまっすね! メイドさんたちが待ってるんで!」

「え?」

「あ、それならあたしも〜。風俗店のバイトの面接に行かなきゃだし〜」

「お、おいお前らちょっと待てよ。二人について行く気ゼロなのか?」

「逆に穢谷パイセンはついて行くんすか? 僕ら出来ることないって言ったじゃないすかー」

「そーだよ〜。葬哉くん、お勉強教えられないでしょ? 行ったって意味ないじゃんっ!」


 うむむ。コイツらの言う通りすぎる。しかも俺、自分で春夏秋冬に任せるって言ってたし。ファミレスの勉強会に参加したところで何も出来ることないし。


「よし、そーだよな! 俺も帰るわ」

「うんうん! 帰ろ帰ろ〜」

「パイセン、僕と一緒に癒されに行きましょーや」


 ゲス顔で肩を組んでくる夫婦島。汗クセぇって、そんな近寄ってくんなよ……。ただメイド喫茶行って癒されたかったと思ってはいたし、ちょうどいい。春夏秋冬に全部任せてしまうとしよう!

 さっさと大嫌いな学校から出て、メイド喫茶へ直行……否、直帰だ。




 △▼△▼△

 



 そうして俺は放課後、夫婦島とともにメイド喫茶に行った。心身ともに癒しに癒されまくり、非常に気分がいい。

 メイド喫茶を出たあとの帰り道も、隣にいるのは小汚いデブ野郎なのに自然と笑みがこぼれてしまう。


「うん……やっぱいいなメイド喫茶」

「そうっすよね! おしとやかなメイドさんだったり攻め好きのドSだったり、メイドさんと一口に言ってもそれぞれっすからねぇ!」

「あぁ。俺的にはあの天然ドジっ娘っぽいメイドさんが好きだな」

「おっ、さすが穢谷パイセンお目が高い。あのメイドさん最近入った新人さんなんすけど、入って数日で指名がバンバン来るほどの人気メイドなんっすよ!」


 そんな普段なら一切盛り上がらない気まずいだけの二人の時間だって、メイド喫茶から出た後なら会話が弾む弾む。メイドさんの力、侮るなかれ。

 

「二人とも、すっごく楽しそうだねぇ~」


 夫婦島とメイドトークをしていると、後ろから間延びしたのんびりボイスが聞こえてきた。つい数時間前に風俗店へバイトの面接に行くといって別れた一二つまびらだ。

 

「はっ! 出たなビッチ! パイセンには近づけさせないっすよ!」

「もぉ~夫婦島くんどうしてそんなにあたしのこと目の敵にするのさぁ」


 ムスっと頬を膨らませる一二。身長も相まってか、ちょっとリスっぽい。


「決まってるっす、ビッチに触ったら性病がうつるからっすよ!」

 

 なんだそのキスしたら子供出来る的な安易な考え方。世の痴女の方々に謝れ、痴女こそ性病にはしっかり対策を取っているもんなんだからな(よく知らんけど)。

 対する夫婦島に性病がうつると言われた一二はと言うと。


「性病~? 大丈夫だよぉ、あたし何もかかったことないもん」

「ちゃんと検査受けたんすか? 泌尿器科とか産婦人科で性行為を行って一ヶ月くらい経ってから検査しないといけないんすからね」

「お前、何でそんなに詳しいんだよ……。必要ねぇだろ」


 てかそんだけ詳しいんなら触っただけで性病は感染しないってことくらいわかるだろ。


「ふっ。僕、中学のとき保健のテストだけは点数高かったんで」


 あー、いるよなー。普通教科全く出来ないクセに保健のテストだけ90点以上とか取る謎野郎。なんなの、自分はエロいでしょ変態でしょアピールでもしたいの? 見ててイタいから今すぐ全国のエロキャラで通ってる学生はやめたほうがいい。


 俺と春夏秋冬の口喧嘩のごとく、夫婦島と一二は帰り道ずっと言い争っていた。性病がどうのこうの、性病持ってないから安全だの内容がアレだから一緒にいて恥ずかしい。

 そんな感じで周りからの変なヤツを見る目に耐えながら歩くこと数十分。普段は自転車通学なのだが、あいにく今日は自転車を学校に置いて来てしまったので電車で帰るしかない。駅近くになり、そろそろこのうるさいヤツらともおさらばしたいところなのだが……。


「ふぅ~ん。じゃあエッチする時にコンドームは必須ってことかぁ」

「そうっすよ。これまで君が一度もかかってないのは奇跡みたいなもんなんすから」


 もはや口論ではなく産婦人科の先生と受診者みたいな会話内容になっちゃっている。というか一二がこれまでコンドーム無しでヤっていたって情報に驚きを隠せないんですけど。

 性病ってのは簡単に笑い話にしていいほど生易しいものではない。中でもHIVの潜伏期間は十年以上とも言われ、それで人生狂わされた人だっている。パートナーとセックスする時は避妊具を付けてやるようにしなくてはいけないのだ(童貞の意見です)。

 おっと、もうすぐ電車来るな。いつまでもグダグダコイツらに付き合っていては帰るタイミングを失ってしまう。


「俺そろそろ帰るな」

「あ、そうっすか。さいならっす~」

「じゃあね~葬哉く――」


 刹那、俺と二人の間を高速で何かが通り過ぎた。風を切り走り抜ける巨大な物体――ではなく人だ。あの後ろ姿は……。


「あぁ! あんたたち!」

「あれぇ? 朱々しゅしゅちゃんどうしたのぉ。一番合戦いちまかせ先輩のお勉強は~?」


 はぁはぁと息を乱した春夏秋冬が、膝に手を付いて呼吸を落ち着かせる。そして一二からの問いにさっき通り過ぎた人が走って行った方を指差して答えた。


「さっき走ってったのがその一番合戦いちまかせよ! 逃げられたの!」

「はぁ? 逃げられた?」

「そうよ! 今すぐ追って!」

「いや追ってって言われても、もう見えなくなっちゃったっすよ」

「いいから追いかけろよキモデブ!!」

「ひぃぃ! りょ、了解っすぅぅ……!!」


 夫婦島は春夏秋冬の鬼の形相に恐れをなしながら、ドテドテ走って一番合戦さんを追って行った。 

 春夏秋冬の渋い顔を見るに、勉強会中に何かあったのだろう。やっぱ校長が持ってくる面倒ごとで、普通な生徒のわけがないんだよなぁ。過去二回とも一癖も二癖もある変人だったわけで。今回に限ってパンピーだなんてことないわけで。

 ただまぁ……今回の件は春夏秋冬に放任したんだし、春夏秋冬も引っ込んでろって言ってたし。早くしないと電車行っちゃうんで、俺は帰らせてもらいま――。


「あんたたち二人は今すぐ対策を考えるわよ。あのデカブツになんとしても勉強させるためのね。着いて来なさい!」


 うん、まぁ、そうなりますよねー……。

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