第3話『オレ、留年したけど楽しくやってるぜぇ!』 

No.13『カラコン、やめました!』

 春夏秋冬ひととせ朱々しゅしゅという腹黒美少女に出会ったのは、遡ること一年ちょい前。中学三年生で同じクラスになり、ひょんなことからヤツの裏の顔を知ったのだ。

 それまではただいけ好かない女だと思っていた。人望も厚く、顔も良いし頭も良い、友達も多く、学校で知らない者はいない人気者。完璧過ぎていけ好かなかった。

 しかし腹黒だと知ったあの日からは、余計嫌いになった気がする。……嫌いになったし、お互いにお互いの存在を認識し合った日でもあるのだ。




 △▼△▼△




 一二つまびら 乱子らんこ。セックス中毒で左目だけ灰色というオッドアイの一年後輩。

 東西南北よもひろ校長からの命令でコイツの援交の証拠を持って来いとのことだったのだが……まぁ色々と回り道をしつつ、証拠を得ることに成功。もう俺氏完全に校長の犬と化しているような気がしないでもない。

 まぁそれで留年回避出来るのならまだ良い方だろう。てか良い方だと思ってないと身が持たねぇ。証拠を得るためだけに強姦魔まで追い払うとか俺頑張りすぎ、マジ誰か褒めてほしい。今度夫婦島とメイド喫茶行って癒されてこよ。


 そして今日も今日とて放課後。もはや聞き慣れてしまった放送が流れる。


『二年六組の穢谷けがれや 葬哉そうやくんと春夏秋冬ひととせ 朱々しゅしゅさんは至急校長室に来てください』


 この放送してる人、生徒なのか先生なのか知らんけど変に思わねぇのかな。毎度毎度この二名を校長室に呼び出して何してるんだろうとか。

 まぁ別に気付いてもらったところで校長から弱み握られてる状況が変わることはないわけで。結局呼ばれたら素直に行かなくてはいけないわけで。


 俺は席を立ち、ショルダーバッグに教科書やらもろもろを詰め込んで教室を出た。今回も前回の放送時同様、春夏秋冬のお友達さん方々から敵意丸出しの眼差しを向けられたが、今後もこうして呼ばれるだろうし、一々気にしてたらキリがねぇ。

 その視線に気付いていないフリをして、俺は扉をゆっくり閉めた。




 △▼△▼△


 


 季節はもう六月。窓から差し込む日差しに目がシパシパしてしまうほど、今日は雲ひとつない晴天である。


「そこの社会不適合者」

「……あ?」


 校長室、職員室などがある三棟に辿り着いたところで、春夏秋冬が後ろから呼んで来た。すると自分で呼んだくせに、何故かブッと吹き出して爆笑する。


「あんたw社会不適合者って呼ばれて振り向くまでが早過ぎでしょ。どんだけ自信持ってんのw」

「ったりめぇだろー。俺は日本代表だぞ」


 棒読み口調でそう答えると、春夏秋冬は少しだけ驚いた顔をした。


「へぇ〜穢谷、まだ日本代表とか言ってんだ」

「まぁな……」

「私が付けてあげた穢谷の人生最初で最後の称号、大事にしてくれてるみたいね」

「お前の言った言葉で、俺が唯一気に入ったってだけだよ」


 俺がボソっと呟くと、春夏秋冬はニヤニヤしながら『あっそ』と言った。なんか知らんが、コイツ今日はやけに機嫌がいいな。俺との会話で笑顔が出るなんて、珍し過ぎて逆に怖い。


「あ、もしかして生理終わりかけだからそんな上機嫌なのか!」

「はぁ!? 違うわよ! いや違くはないんだけど……。そんな理由じゃないし! 死ね、ゴミカス! 女の敵め!」

「っるせぇ、うるせぇ! 冗談通じねぇのかよ」

「生理を冗談に使うとか最低よ最低。教室の隅に溜まったホコリ以下だわ」

「ねちねちねちねち悪口言いやがって……」


 ここは俺が折れてやるとしよう。でないとまた暴言の嵐が吹き荒れることになる。

 春夏秋冬はまだ何か言いたげだったが、俺の意図を察し口を噤んだ。そして絶妙に他人っぽい距離感で校長室へと歩き出す。

 

「あ、そうだ。お前ちゃんと証拠の音声持ってきてるか?」

「当たり前じゃない。ほら」


 スカートのポケットからスマホを取り出す春夏秋冬。うん、持ってきてるならいいんだけど。今日校長が呼んだのって援交の件についてだろうし。

 さすがの校長も俺たちがたった一日で証拠を手に入れるとは思ってないだろうなぁ。


「失礼しまーす」


 もはやノックすらせず、校長室へ入る春夏秋冬。俺もそれに続いて、中へ。

 するとそこには。


「あぁ~葬哉くん! 朱々ちゃん! 昨日ぶりです~!」


 一二つまびら 乱子らんこがいたのだ。俺と春夏秋冬の姿を見て、駆け寄ってくる。


「え、なんでお前いんの……?」


 おかしい。放送では俺と春夏秋冬しか呼ばれていなかったのに、何故コイツまで来ているんだ。

 俺の問いに一二ではなく、奥の社長椅子に腰掛けた東西南北よもひろ校長が答えた。


「いやー、驚いたよ。君たちを呼ぶ放送を流した瞬間、一二くんがやって来てね。援交していたことを自白したんだ」

「「はぁ!?」」

「まさか自分から言ってくるとは思わなかったし、さすがのわたしも面食らってしまったよ。しかも、わたしの面倒ごとを手伝う代わりに風俗店でのバイトを許してくれって言い出すんだからねぇ」

「なんでそんなこと……」

「決まってるじゃないですかぁ~! せっかくお近づきになれたお二人と、もっと仲良くなりたかったからですよぉ~」


 そう言って俺と春夏秋冬をまとめてハグしてくる一二。コイツ、昨日から感じていたけど人との距離感の縮め方がスキンシップ過ぎる……。これもセックス中毒ゆえのものなのか。


「それで、校長先生その面倒ごと手伝う代わりに風俗店で働かせろって条件呑んだの?」

「そりゃもちろん呑むさ。面倒ごとを押し付けられる人数は多いに越したことないし」

「そういうわけで~、葬哉くんと朱々ちゃん! これからもよろしくお願いしま~す❤︎」

「「マジかーー」」


 なるほどなぁ。一二もそれなりに頭を使ったじゃないか。援交のことを自分から言っちゃえば、確かに弱みを握られることはない。これは一二が援交のことを隠している状態だからこそ握れる弱みであって、自分から開き直られては意味がないのだ。

 だがそれであれば校長はゲスとしてではなく普通の校長としてその援交を止めなくてはならない。一応は校長も表の顔というものがあるからな、安易に援交している生徒を見逃すことは出来ないのだ。

 そうすると、セックス依存症の一二はセックスが出来なくなるというツライ事態に陥ってしまう。それに援交で生活費を賄っていたのだから、生活も出来なくなってしまう。


 そこでさきほどの条件を提示。するとどうだ、校長は元から弱みを握って面倒ごとを押し付ける人員にしたかった――一二は風俗店でセックスが出来て、金が稼げる。

 上手い具合に双方の利点と合致するのだ。

 果たしておバカな一二がここまで深く考えていたのかどうかは分からないが……。


「ん……あんた、カラコンはずしてるのね」


 春夏秋冬が一二の左目を見て言う。確か高校に入ってから右目に合わせてカラコンを付けだしたと言っていたが、今日は付けていないようだ。色素の薄れた灰色の左目が太陽光を鈍い光で反射している。


「あぁそうなんですよぉ。昨日の出会いを機に、思い切ってはずしてみることにしたんです。やっぱりクラスでは変な目で見られちゃいますけど……葬哉くんはカッコいいって言ってくれましたし~」


 頰に手を当て、嬉しそうに横揺れする一二。その発言に一番に食いついたのは、やはり人の秘密や弱み大好きゲス校長。


「え、なになに穢谷くんが目についてなんだってw?」

「実はですね〜、昔嫌われてたことを葬哉くんに話したら〜」

「ちょ、待て一二。昨日俺が言ったことは忘れろ、そして誰にも言うな……これは先輩命令だぞ」

「えぇ〜。仕方ないなぁ〜、葬哉くんがそう言うなら、あたしはお口チャックしときますっ!」

「おぉ、頼むぞ」


 昨日のあの一二を励ますために言った言葉。証拠になる発言をさせる気半分、本心半分だったから結構恥ずかしいこと言っちゃってた気がする。

 やべぇ、ティックトッカー並みにハズい黒歴史かもしれん。一二、さっさと忘れてくんねぇかな。


「ちぇっ、なんだよつまらないなぁ。穢谷くんの一二くんを落としたセリフ聞きたかったー」

「いやいや落としてねぇっすよ」

「そ、そうですよぉ〜/// でも葬哉くんとはいつか愛し合いたいですけどっ❤︎」

「あれぇ、もしかして充分落ちてる!?」

「良かったじゃないか穢谷くん、童貞を捨てることができそうで」


 愉快そうに笑う校長とは対照的に興味なさそうに無表情の春夏秋冬。ホント俺のことに興味ないんすね、別にいいんだけど。多分コイツ、俺が今ここでリスカしても無表情を崩さないんじゃないだろうか。いやそれどころか嫌いな俺が死んでくれて逆に笑顔になるかもしれない。


「ちょっとちょっとー、僕をのけ者にして盛り上がらないでくださいよー」

 

 ムスッとした顔でつまらなそうに発言したのは、保健室登校ならぬ校長室登校しているキモデブオタクである。


「おぉ夫婦島めおとじま……いたのか」

「気付いてなかったんすか!? いやそれよりも、一二つまびらとか言うそこの女!」

「ふぇ? なぁに?」

「穢谷パイセンと春夏秋冬パイセンに馴れ馴れしすぎっす! 仮にも年上なんだからもっと敬うべきっすよ!」


 おい、なんだよ仮にもって。仮じゃなくて本当に年上だよ。


「えぇ~。親愛の印だよぉ。いいじゃん、くん付けとちゃん付けって仲良しみたいでしょ?」

「だとしてもっす! 僕は断固として反対するっすからね!」


 夫婦島すーすーうるせぇ……。その喋り方、正しい先輩への言葉遣いじゃないと思うんだけど。

 夫婦島は腹の脂肪を揺らしながらワーワー言っているが、対する一二は胸の脂肪を揺らしながら笑うだけで全然夫婦島の話を聞く気はないようだ。

 すると、その様子を見た東西南北よもひろ校長がニタニタ笑顔を顔面に貼り付けて、俺と春夏秋冬に近寄ってきた。


「いいねぇ二人とも。後輩にこんなに慕われるなんてなかなかないことじゃないかい?」

「うーん、私この子らに慕われても全然嬉しくないわ」

「左に同じく……」

「もぉ二人とも素直じゃないですねぇ~。ホントは嬉しいくせにぃ〜」

「「黙れビッチ」」


 俺と春夏秋冬の辛辣な言葉が刺さったのか、シュンとうな垂れる一二。そんな顔されるとちょっと悪い気しちゃうからやめてほしい。

 社会不適合者と腹黒女を慕うキモデブオタクとセックス中毒ビッチとかキャラ濃厚過ぎやしないか……。


「いやはやしかし、わたしの有能で従順な犬がこれで五人になったわけか。この短期間でだいぶん増えたなぁ」

「五人? 四人の間違いじゃない?」


 犬って言い方非常にムカつくことこの上ないが……確かに春夏秋冬の言う通り校長が弱みを握って面倒ごとを押し付けられる人員は、俺と春夏秋冬、そして夫婦島と一二の四人のはずだ。

 でも待てよ、夫婦島と一二の一年生二人って校長と自分たちのどちらにも利益が生じるように条件を提示しているから、弱みを握られている状況なのは俺と春夏秋冬だけなのか?


「あぁそうか、言ってなかったんだっけ。実は穢谷くんと春夏秋冬くんの前からひとり働いてくれてる子がいるんだよ」

「ほーん」

「いつかは君たちとも会わせてあげたいんだけど、その子は定時制だからさ。時間が合わないんだ」


 可哀相な強制労働者が他にもいたんだなぁ。定時制ってことは昼間働いてるんだろうに、校長の面倒ごとも押し付けられるとか過労死してもおかしくないんじゃないか。


「そうだ、一二くんの件が終わったら頼みたいことがあったんだよねぇ。それも解決しちゃったし、もう頼んどくよ」

「あんた次から次に仕事持ってくるな……。ブラック企業でももう少しリターンあるぞ」

「ごちゃごちゃ言わない! はい、いつも通り穢谷くんに書類渡しとくよ。初めての四人作業、頑張ってくれたまえ!」


 校長のサムズアップ、異常にムカつく。

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