No.12『忌み嫌われるのはもう嫌だ。あたしは人に好かれたい』
そして彼女は人を愛したことがない。愛を求めるだけで自分から人を愛そうとはしない。世の中の一般論で言うセックスフレンドの関係が、彼女にとって唯一の愛を感じられるものなのである。
セックスしていなければ、彼女は他人を愛することが出来ないのだ。
だが決して彼女は可哀相な子ではない。傍から見れば、確かに愛をセックスでしか感じられない可哀相な子。
しかし彼女はそれで愛を感じることができ、セックスを心の底から楽しんでいる。彼女自身はそれで幸せであり、可哀相という言葉は彼女に不似合いだ。
△▼△▼△
そんな夜道を一二 乱子はひとり歩いていた。トコトコと足音が反響し、小気味良いリズムが刻まれている。
乱子はこの時間がとても嫌いだった。いつものように学校帰り男の人とホテルへ行き、そしてそれが終わってこうして家路につく。
そのひとりの時間が心底嫌いなのだ。乱子はとにかく人と触れ合っていたい欲にかられる。一日中セックスをして人から愛を感じたい性行為依存症の乱子にとって、孤独は天敵なのである。
「はぁ〜。誰か今からエッチしてくれないかな〜」
もはや口癖にもなりつつあるその言葉。
初めてセックスをした五年前のあの日。小学校から帰っている時にナンパされ、そのままホテルで半ば無理やり処女を捨てたあの日。
その時は性に対して無知で純粋な少女だったが、その日を境に乱子の毎日は一変。中学校を経て高校にあがり、児童養護施設から逃げるように出てきた乱子は毎日のように男とセックスをした。
周りの人間はそれを気持ち悪がったが、乱子は全く気にしなかった。どんなに周りから白い目で見られようと、初めて知った愛を感じる方法を忘れる事はできない。
以来、性行為依存症――否、彼女にとっては愛依存症なのである。
「その言葉、本当?」
「っ!? びっくりしたぁ~。……誰ですか〜?」
家の近くにある公園に差し掛かったところで突然背後からかけられた声に、ビクッと肩が震える。振り返ると、そこにはひとりの太った男が立っていた。
乱子の問いに、男はギリっと歯噛みする。
「やっぱり君は、僕のことを……」
「ふぇ?」
「僕を愛してるって言ってくれたじゃないかぁぁぁ!」
「は、はぁ? ど、どういうことですかぁ? あたしはあなたのことなんて……」
「知らないなんて言わせない! 二年前、街を歩いていた僕に声をかけて来たのは君のほうじゃないか! 頑張って君のこと探して、やっと見つけたんだ! エッチがしたいんだろ……僕とセックスしようよ」
男はおそらく自分と昔ヤったことのある人なんだろう――乱子はそう悟った。だが手足の指を使っても数え切れないほどの人数と性行為をしている乱子には、記憶にない人物もいるわけで。
「そうなのかもしれないですけどぉ~、あたしとエッチして愛し合いたいんならお金をもらわないと」
「どうして! 僕と君は愛し合っているんだからお金がなくったっていいじゃないか!」
「ん~、でもあたし一人暮らしだからエッチする代わりにお金をもらわないと生活できないんですよぉ~」
乱子が援交をしているのには、そういう理由もあった。エッチはしたくてたまらないが、こうしてお金をもらわないと生活保護費だけでは生活していけないのだ。
「もういいよ……僕は君とセックスしたい」
「いや、ですから……」
「だから無理矢理にでもさせてもらう!」
「は? えっ、ちょっと何するんですかぁ!!」
公園の茂みから突然現れた数人の男たちが乱子の体を押さえ付け、公園内の男子便所へと引っ張って行く。抵抗しようにも小柄な乱子では男から逃れられるほどの力はない。
「ごめんよ。僕は君のことがどうしても忘れられなくて、他の女の子じゃ勃てなくなっちゃったんだぁ……。だからさ、責任とってくれるよね? ねぇ〜?」
「いやっ、こんな乱暴して無理矢理するエッチじゃ、あたしは愛せないですよぉ……!」
初めてレイプされそうになり、乱子は恐怖に身を強張らせた。しかし男の指が下腹部に触れると、嬌声が漏れ、自然と身体の力が抜けてくる。
だがこれは乱子の知っている愛の形ではない。無理矢理に乱暴してまでの一方的なセックス――強姦では四六時中
「へへへ、なんだよお嬢ちゃん。レイプされてるってのにヤラシイ声出してんじゃねぇか」
「見ろよこのおっぱい。背はちっこいのにここは超でけぇ……!」
押さえていた周りの男たちが、乱子の身体を
このセックスは愛を感じられるセックスではない。それは分かっているのに、悔しくもピクンピクンと小さく痙攣してしまう。
「それじゃあ、いれるね」
はぁはぁと息を荒げた男が、乱子のスカートをめくり下着をずり下げた。すると押さえていた男のひとりが怪訝な顔をして言う。
「お前、服着たまんまでヤんの? 脱がした方がエロくね」
「いいんだよ! 僕は服を着てヤるのが好きなんだ……」
「あっそ。どうでもいいけど、終わったら次俺らもな」
「分かってるよ、ちょっと待ってろ」
怖い怖い怖い怖い怖い――乱子は恐怖で喉と目がからからに乾ききっていた。本当に怖いと涙も声も出なくなるという話はあながち間違っていないのかもしれない。
こんな夜遅く、公園へトイレに来る人はいないだろう。乱子は半ば諦めていた。自分はこの男の曲がった愛を受け入れるしかないのだと。
そうして心を落ち着かせようと目を閉じた瞬間、聞き覚えのある声がトイレ入り口から聞こえた。
「うーっす。タイミング悪いけど、もうその子離してやってくれないか」
「っっ!? なんでここに……!」
「あぁ? 誰だお前、この女の知り合いか?」
「うーん、まぁ知り合いだな。今日会ったばっかしだけど」
スマホ片手にそう答える男を見て、乱子は目を丸くして驚く――そこにいたのは、つい数分前にファミレスで別れた
△▼△▼△
「あ、こらてめぇ。今すぐ消えれば痛い目には遭わさねぇよ」
「見たこと全部忘れてさっさと消えな、三対一じゃ勝ち目は見えてんだろ」
ですよねー。そうなるよねー。俺、見た目超ひ
俺もバカじゃない。切り札はちゃんと持って現れたさ。
「確かにその通りだけど……いいのか?」
「は? いいかどうかはてめぇが決めろ! それともなんだ、骨折れるまで殴られてぇか!?」
「そいつはイヤだな。なら俺は逃げさせてもらうわ」
「はっ。ザコが最初っからでしゃばんじゃねぇよ」
「んじゃ今の一部始終、コレに撮らせてもらってるんで。交番に提出してから帰るとしますかね」
俺がトイレに背を向けてスマホを頭の上に掲げながら、ワザと大きな声で言うと。
「お、おいちょっと待て! てめぇホラもいい加減にしろよ……! どうせ動画なんて撮ってねぇんだろーが! 脅しもいい加減に――」
えぇい物分りの悪いヤツらだな……。俺は音量マックスでさきほど撮ったレイプ未遂動画を流してやった。
『ごめんよ。僕は君のことがどうしても忘れられなくて、他の女の子じゃ勃てなくなっちゃったんだぁ……。だからさ、責任とってくれるよね』
『いやっ、こんな乱暴して無理矢理するエッチじゃ、あたしは愛せないですよぉ……!』
『へへへ、なんだよお嬢ちゃん。レイプされてるってのにヤラシイ声出してんじゃねぇか』
『見ろよこのおっぱい。背はちっこいのにここは超でけぇ……!』
それを聞いた男たちは顔を見回して、うんと頷き、ひとりが俺の方へと近付いて来た。どうせ俺からスマホを奪い取って消去しようとでも考えているんだろう。頭が悪すぎて話にならねぇ。
「おいおいそれ以上近付くなよ。一歩でも動いたら、俺の指が右上のツイートボタンを押しちまうぜ?」
「なっ……! て、てめぇっ!!」
俺が見せ付けたスマホ画面を見て、唇を噛み締めるチンピラ。こうなることも予想して、ツイッターのツイート作成画面でさっき撮った動画をすでに付けておいたのだ。
つまり、あとはツイートボタンを押すだけで全世界にレイプ未遂の動画が拡散されるというわけだ。
「さっさと消えた方がいいのは、そっちの方なんじゃねぇかw?」
「ぐっ……!」
俺の挑発に男たちは心底悔しそうに歯噛みしながら公園を走って逃げて行った。押さえつけられていた一二が、フラフラと力を失ってその場に座り込む。
「おい大丈夫か? 汚ねぇから立てよ」
「
「あぁ…………ん? お前、カラコン付けてたのか」
「ふぇ!?」
俺の言葉に目を大きく見開く。慌てて立ち上がり、洗面台の鏡で自分の顔を確認しだした。
「左目だけ、ズレてるだろ」
「ホントだ……。目が乾いちゃったからかなぁ」
「……なぁ一二、その左目って」
「ふぅ、ちょっと待っててくださいね~」
一二は鏡に向かい、左の眼球から黒色のカラコンを取り外した。右も同じようにするかと思いきや、一二はそのまま俺の方を振り返る。
その目は……。
「オッドアイって言うんだっけ?」
「はい、その通りです」
片方ずつの目の色が違う
数秒目を合わせると、えへへと目を伏せる一二。俺の中で、一二がセックス依存症な理由が繋がった気がした。
△▼△▼△
「ほーん、虐待を受けてて児童養護施設か……」
「そうなんですよね~。どんな親だったのかも覚えてないですけど、きっとこの目が気に入らなかったんだと思います~」
公園のベンチに腰掛け、俺は一二から自身の過去の話を聞いた。産まれた時から左目が灰色で、それが理由で虐待を受けていたらしい。虐待を受けていたのは物心付く前なので、その話は一二も大人から聞いたそうだ。
それからは児童養護施設で生活していたのだが、高校にあがると同時に施設の反対を押し切る形で出てきて、本人は意識していないが『援交』という形で生活を賄い、現在に至ると。
完全に予想通り、その虐待で愛を知らず育った結果がこのセックス中毒を引き起こしてしまったのだろう。
「小中どっちも気持ち悪がられてたんですよ~。黒と灰色ってオッドアイの人でも珍しいみたいで……」
「んで、高校になってカラコンか」
「はい。どうせなら青と緑とか、赤と黄緑みたいなもっとキレイなオッドアイが良かったです」
そう言う一二の左目を俺は横目でチラっと見る。白、よりかは濃く鼠色と言うには薄い、銀色っぽいともとれる灰色の目。
するとその視線に気付いた一二が悲しい目をして笑った。
「やっぱり変ですよね~。片方だけ灰色なんて……」
「うーん、俺はカッコいいと思うけどな」
「ふぇ?」
「あ、いや俺がそういう目に憧れてたっつーかさ。ほらなんてーの、男子だったら中二心をちょっとくすぐられるってみたいな感じで……」
「ちゅーにしん?」
あ、全然意味分かってないみたいっすね。でもアニメとかマンガ好きな男子中高生ならきっと憧れたことがあるはずだ。
片目ずつ色が違うとか超カッコいいって思うんだけど、俺だけなんかな。
「まぁとにかく、俺は変だとは思わねぇな」
「そ、そうですか……」
「あれ? もしかして俺なんか地雷踏んだ?」
「いやいやいや、全然踏んでないです~! ただ、そのぉ、初めて言われたから///」
なんだか頬を赤く染めて恥ずかしがっているように見えるんだが。カッコいいって言われて照れてるんだろうか。
「お前、これからどうすんだ? もしかしたら、さっきのヤツらみたいなのがまだいるかもしれないぞ」
「うーん、それもそうですけど……今さら普通にバイトするのもなぁって感じなんですよね~」
「……んじゃまだ続けるのか、セックスして金もらうヤツ」
「そうですねぇ~。というよりもあたし、それしかしてこなかったですし」
一二は悲しそうに顔を俯かせた。コイツは今、初めて援交しかしてこなかったことを後悔している。不憫なことに、一二が悪いわけではない。セックス依存症になってしまったのは、一二の両親が娘を娘として扱えなかったのがいけないのだから。
「仕方ないな。他人からは目のこともセックスのことも変に思われるかもしれないけど、その
俺だって社会不適合者として日本の国旗
「穢谷先輩……いや、葬哉くん!」
「え、なんで急に名前呼び?」
「葬哉くん、今からエッチしましょう」
「は?」
おいおい、この後輩は一体何を言い出したんだ。結局セックスしか頭にねぇのか?
「いや俺金ないし」
「お金なんていりませんよぉ! あたし、葬哉くんの優しさにドキがムネムネ状態なんです~!」
「か、金なしでいいのか……」
「もちろんですぅ~! もうここでしちゃいましょう、今すぐ愛し合いましょぉ~!」
「ま、待て待て待て!! 落ち着けって!」
俺に覆いかぶさる形で押し倒してくる一二。まずいまずいまずい、このままじゃマジで理性保てない可能性大だ。タダで童貞を捨てれるし、ぶっちゃけた話今すぐにしたいとこではあるのだが……悔しいことに今、それが出来る状況ではないのだ。
俺はベンチの後ろの茂みに向かって助けを求めた。
「
「うっるさいわね。童貞捨てれそうで嬉しそうな顔してたから止めなかったのよ。これ私なりの親切なんだけど?」
「ふぇ? 春夏秋冬先輩、なんでいるんですかぁ!?」
これまた予想していなかった人物の登場に驚きを隠せない一二。春夏秋冬は茂みにずっと隠れていたからか、サラサラの黒髪ロングヘアに葉が数枚付いている。それを髪の毛を手でサッと払うことで一気に剥がす。
そして俺が今日買った服をパッパッと手で叩き、身なりを整えて一二の問いに答えた。
「悪いわね一二ちゃん。あんたの援交の証拠、しっかりいただいたわ」
「ふぇ?」
春夏秋冬が手に握っていたスマホの録音アプリの再生ボタンを押す。
『うーん、それもそうですけど……今さら普通にバイトするのもなぁって感じなんですよね~』
『……んじゃまだ続けるのか、セックスして金もらうヤツ』
『そうですねぇ~。というよりもあたし、それしかしてこなかったですし』
それを聞いた一二の反応は……まぁ言わなくても分かるだろう。
「葬哉くん、あたしを騙したんですかぁ〜!」
「うん、そういうことになるな」
「『あたし、それしかしてこなかった』って部分がいいわね。これならあの校長も文句はないわ」
「い、いつから春夏秋冬先輩は……」
「ずっとよ。あんたがレイプされそうになってるところから」
「コイツがな、お前がファミレスを出た時見たんだと。さっきの強姦野郎らが明らかにお前を尾けて行ってたの」
当初は何かあったらヤバいかもしれないということで、帰る前に一度
公園近くで訳分からんこと叫んでる男と一二を発見し、物陰から覗いてたらレイプされそうになっていたわけで。
これはヤバいさすがに見過ごせねぇってなってたら春夏秋冬が、うまいこと話を持っていって援交をしていたことを本人に言わせれば、それが何よりの証拠になるのではないかと言い出し、今に至る。
「そんなぁ〜、二人ともひどいですよぉ〜」
と口ではそう言っているが、表情は何故か不思議なくらい笑顔。まるでイタズラが見つかった子供みたいな。
その時、一二が突然俺と春夏秋冬の股間に触れてきた。
「あっ。てめどこ触ってんだ!」
「んっ。あんたどこ触ってんのよ!」
「えへへ〜、今からその証拠をどうするか三人でじっくりお話しませんかぁ? 朝までじっくり、ねっとりと❤︎」
「「断る!」」
言い方にエロスを感じた俺と春夏秋冬は同時にそう言う。そして一二から逃げるように走り去ったのだった。
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