No.10『男子高校生は猿』
「406、406……ここね」
「おいって、外で待ってればいいじゃねぇか。なんで俺たちまで入る必要があんだよ……!」
「だって外でずっと立ってるの疲れるし、服装変えたとしても私たちの顔はまだまだ子供よ。充分怪しまれるわ」
「いやだとしてもなぁ」
どっか近くのファミレスで時間つぶすとかでも良くない? 君、どうせホテル代も俺に払わせる気でしょ? 出費バカにならないんですけど。
「あーもぉ、グダグダうるさいわね。女々しくて優柔不断な男は私から嫌われるわよ」
「お前に好かれようとはしてねぇよ」
「あら、もったいない。私とこんなに本音で語り合えるのは穢谷くらいなのに」
「いやうん、まぁ全部悪口だけどな」
そんな会話を交わし、
室内はキングサイズのベットがひとつ。ソファ、その前にテーブルとテレビ。もちろんお風呂もある。考えてたよりも普通のホテルって感じ。
「へー、本当にコンドームとか置いてるんだ」
テーブルの上の籠に入っていたコンドームを手に取り、珍しげに見つめる春夏秋冬。そりゃ当たり前か、用がなけりゃ見るもんじゃないし。
「……よし、それじゃ私シャワー浴びてくるわね」
「おぉそうか、いってらー……ってはぁぁ!? シャワーだと!?」
「うわっ、何よそんなに反応して」
「反応するだろ! てかなんでシャワー浴びんだよ! それじゃって何がどうしたらそれじゃになんの!?」
「汗かいちゃって気持ち悪いんだもん」
一々説明させんなよカス野郎みたいな顔をしながらワイシャツをパタパタする春夏秋冬。いやいやそうだとしても、ここラブホテルなんですよ? んで俺、一応男なんですよ?
「お前、俺のことを危険視しないのか?」
「は? なに危険視って。なんでコイツこんなのうのうと生きてられるのかなーとは思いながらいつも見てるけど」
「その最後の発言はとりあえず気にしないとして……。一応俺は男だし、その、貞操っていうの、危ないなとか感じねぇのか?」
「……あぁ、あんたがガマンできなくなって私にレイプするかもしれないってこと?」
「おい俺が言葉を選んだ意味がなくなるだろ。そんなはっきり言うなよ」
現役女子高生からレイプなんて言葉聞きたくねぇ。女子高生は表面上だけでもいいから清純ぶっててくれないかなぁ。
「大丈夫でしょ、あんたにそんな度胸ないだろうし」
「はぁ……いやまぁ、確かにそうか。俺、度胸ねぇわ」
「うん、穢谷のへなちょこなところだけは信じてるから」
満足げに頷くと、春夏秋冬は風呂場へ。程なくしてシャーとシャワーを浴びている音が聞こえてきた。
…………うぉぉぉぉ! すっげぇモヤモヤするぅぅぅぅぅぅ!
春夏秋冬バカ過ぎない!? 確かに俺、手は出さないよ。でも男の子なんだからムラムラするに決まってるでしょうがぁぁぁ! 男子高校生の性欲なめてんのかよぉぉ!
男子高校生なんて一日中ヤりたい盛りの猿なんだからね! 俺だからいいものを、他の男だったら『コレ、もしかして俺誘われてんのか?』とか考えて攻めてくるかもしれないからね!?
……ふぅ。よし、落ち着いた落ち着いた。春夏秋冬のヤツ、俺への危機感なさすぎやしないか。ちょっと男としての自信無くすわ。
△▼△▼△
「ねぇ、あんた何してんの?」
春夏秋冬がシャワー浴びてないんじゃないのってくらいドライヤーで乾かしてきたであろう髪を撫でながら、ベッドの上の俺に問う。
「見てわかんねぇのか? 座禅組んでんだよ」
「なんで?」
「煩悩を無くすためだ」
「……あっそ。お疲れ様」
何となく察したのか春夏秋冬はそれ以上追求してこなかった。その煩悩の対象が自分だと気付いているのかどうかは本人にしか分からないけど。
「それで、隣から喘ぎ声は聞こえてくる?」
「あぁ、ちょくちょく聞こえてくる」
「ふーん」
俺の返答に生返事して、壁に耳を当てる春夏秋冬。いやね、そんなことしなくてもラブホって意外と隣の部屋の声聞こえてくるんだって。
「うん、がっつり喘いでるわね」
「だろ。これも録音しとくか」
「帰ってシコるときに使うの?」
「違ぇよ。お前が確実な証拠じゃないとダメって言ったんだろうが」
「いや音声まではいらないっしょー」
「基準が分からん……」
腑に落ちない顔の俺を見て、春夏秋冬はハテナと首を傾げる。だがそれ以上は何も言ってこなかった。俺と春夏秋冬の間に流れる沈黙。
「……」
「……」
えー、なにこれ超気まずいんですけどー。いつもはひたすら口論、口喧嘩、言い争いばっかりだから地味にコイツと会話が途切れるってことないんだよなぁ。
いざ静かになるとお互い話しかけることもしないし、めっちゃ気まずい。あれ、俺って自分で空気は読まねぇとか言ってたのに今がっつり読んじゃってないか……。
いかんいかん、キャラ崩壊してしまうところだった。この気まずさを気にしたら負けだ。コイツに負けるのは絶対イヤだ! あ、でもスクールカーストとか成績とか人望とか既に全部負けてるか……。
「穢谷って、兄弟とかいるの?」
「急だな……」
「だって変に気まずい空気流れちゃったじゃん。私苦手なんだよね」
気まずさに堪えられず沈黙を破ったのは春夏秋冬選手です! よってこの勝負、穢谷選手の勝利! 仕方ない、敗者の質問に答えてやるとしよう。
「兄弟はいねぇ。あと親もいねぇ」
「は? どゆこと?」
「ついこの間、人生で六回目の勘当を受けたからな」
「へぇー、今どきマジで勘当とかあるのね」
「うん。だから俺、今公園で寝泊りしてんだよ」
「ふーん。大変ね」
「おぉ」
そしてまた沈黙。なんだろう、歯切れが悪い。いつもなら俺が勘当受けたって言ったら大爆笑でボロカスに言ってくるはずなのに、今日の春夏秋冬はどこか上の空といった感じなのだ。まあ勘当されたって話はテキトーなでまかせなんだけど。
どうしてなのかは聞いてみないと分からないが、普段の春夏秋冬でないことは間違いない。
「なぁ春夏秋冬」
「ん?」
「お前、もしかして今日生理痛ヤバいのか」
「はぁっ!? ちょ、なんで知……っ!」
「お、当たりか」
突然慌てふためき、顔を真っ赤にしてる時点でこれは確定ですね。思い浮かぶ可能性を一個ずつ潰していこうと思って聞いたら一発目に当たってしまった。
しかし……生理中なんだとしたら今日の春夏秋冬の謎行為にも合点がいく。
ラブホに入ろうと言い出したのも多分腹痛か頭痛か、とにかく立ってるがキツかったから。シャワーも生理用品変えたくてついた嘘だったのだろう。
いやぁ〜名推理すぎて自分が怖いわ〜。将来黒ずくめの男たちの取引現場見て毒薬飲まされないか心配だわ〜。
そんなテキトーなことを考えて愉悦に浸っていると、春夏秋冬は赤くなった頰を抑えて言った。
「もぉ、あんたがそこまでデリカシーないとは思わなかったんだけど……」
「もしかして、生理バレるのって女子にとって結構恥ずかしい感じ?」
「女子同士なら私は構わないけど……中には同性の友達にもバレたくないって人もいるのよ。異性にバレるってのが一番ハズいわよ」
「そ、そうだったんか……」
確かによく考えれば簡単にわかることだ。さすがにこれは俺が悪かったな……。
と珍しく反省していると、何を思ったか春夏秋冬は足を思い切り振りかぶり、俺の股間へと命中させた。
「喰らえ金的!」
「グホッ……!? な、何すんだぁ……」
「これでおあいこにしてあげるわ」
「こんの
痛ぇ……、マジで言葉に出来ねぇ。あ、涙出てきた。泣いて治るんならいくらでも泣くのに、それでも治らないんだよなぁ。
「はぁぁ。隠し損だったわー、アホくさくなってきた。もう帰らない? 写真は今度でもいいでしょ」
「……」
「なに、まだ痛いの? 軟弱ね、悟空がシッポ鍛えたみたいに男子はみんな股間を鍛えるべきなんじゃないかしら」
「それとはまた話が別だ! 股間は男のロマンと将来がかかってんだからな! 女は男の股間を丁重に扱い、そして敬え!!」
俺の叫びが室内に響き渡る。春夏秋冬はやや、というかめちゃめちゃ引いた顔でまるで俺を汚物を見る目で見ていた。
その時、微かにドアの前から男と女の話し声が聞こえた。その声は徐々に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなる。
「ねぇ今のって例の女の子とその相手じゃないの?」
「そうかもしれねぇな。よし、俺たちも行こう」
「えぇ。それじゃ穢谷……」
「あぁ、スマホ渡しとくわ。また手ブレしたら悪いし」
「そうね。あとここの支払い頼んだわよ。私は先に行くから!」
「は、いやいやちょっと待て!」
チッ、やっぱり俺に払わせるつもりだったか。腹黒の上にケチな性格をした女だ。
春夏秋冬は俺の呼びかけに振り返りもせず、ドアノブに手をかけるが。
「あれ、開かない?」
オートロックがかかっていて、ドアノブは回らなかった。そう言えばフロントのお兄さんが言ってたなー、チェックアウト時は精算機でお支払いくださいって。支払わないと鍵開かないのか。ラブホ知識増えた。
結果、俺と春夏秋冬は割り勘で精算して
△▼△▼△
ラブホテルを出ると、空は闇に包まれ、風俗街のライトが眩しいほど輝いていた。そして現在俺と春夏秋冬は、そんなアダルトな雰囲気満載の風俗街を走って
「あぁもぉー!! あんたがさっさと払わないから見失っちゃったじゃない! 死ね、ゴミカス!」
「あぁん!? てめぇが払いたくねぇ払いたくねぇって金渋ってたのが悪いんだろうがよ!」
「こういうのは男が奢るもんでしょうが! 金玉蹴られて女になっちゃったの?」
「なるかバカ!」
「バカじゃないわよ、オール5よ。人にすぐバカって言うあたり、ホントバカよねあんた。今すぐ臓器提供した方が社会のためになるんじゃない?」
いつの間にやらいつも通り口論が勃発していた。春夏秋冬は生理痛を忘れようとしているのか通常時よりも口数が多い気がする。
まぁそれは今どうでもいい。問題は早く
「あ! あの子じゃないの!?」
春夏秋冬が指差した方向には、一人で風俗街を歩く
男がいないのは援交の証拠としては若干確証が薄れる気もするが、この際仕方がない。風俗街を歩いていた証拠にはなる。
「路地裏に入っていったわよ」
「よし、バレないようにこっそり行くぞ」
「りょ」
初めて口で了解をりょと略す人を見た……。ちょっと衝撃。
んなことはどうでも良くて。俺たちはそっと
いやいやあり得ないだろ。確実に入って行くのを見たんだ。まさか、どこかで気付かれてうまいこと逃げられたのか?
そう俺が思考を巡らせていると……。
「お二人とも誰なんですか~? あたしのこと、ホテルに入る時から尾けてましたよねぇ~?」
「
「むぅ~? あたしを知ってるんですかぁ?」
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