No.7『今日から僕は常連客』

 夫婦島めおとじまの家を訪問した翌日の放課後。俺と春夏秋冬ひととせはまた夫婦島宅へとやって来ていた。すでに俺たちが立つのは夫婦島の部屋の前である。


「ねぇ穢谷けがれや。あんたの作戦、成功するとは思えないんだけどホントにやんの?」

「当たり前だ。それに成功する確率はないわけじゃない」

「自分で一か八かって言ってたじゃない。絶対失敗する確立が八だと思うのよね。てことは成功率は一じゃん」

「いや『一か八か』の一と八って確立のことじゃねぇだろ。足しても九だし」

「ちょっと何言ってるのかわかんないわ」


 なんでだよ……。そっちがふってきた話だろうがよ。

 まぁ今はそんなことに構っている暇ない。メイドさんたちに約束した時間が迫っている。

 

「おい夫婦島、入るぞ」

「え、あぁどうぞー!」


 やっぱり底抜けに明るい夫婦島の返答を受け、俺は中に入る。春夏秋冬は、嫌そうな顔をしながらも仕方なく入ってきた。


「今日も来たんっすね。もう先に言っときますけど、僕学校には行かないっすよ」

「そうか、じゃあ行くぞ」

「は? いや話聞いてたっすか、僕は……」

「ごちゃごちゃうるせぇなぁ、学校には行かなくていいよ。今から行くのはメイド喫茶だ!」

「はぁ!? どういうことか説明を」

「つべこべ抜かしてんじゃねぇ! ほら立て!」

「ひぃっ!!」


 半ば恐喝ぎみではあったが、夫婦島を立たせ、部屋の外に引っ張って行く。その様子を春夏秋冬は興味なさそうに眺めていた。もう表フェイスで取り繕う気は一切ないらしい。 

 何はともあれ、このキモオタを外に出せただけでもすごいことだ。


 それではいざ行かん、メイド喫茶へ!!




 △▼△▼△




 …………………。


 その後のことはどう説明すればいいのか、俺もよく分からない。語彙力とかそういう問題ではなくて、あまりにも俺の考えていた想像通りのことが起こって夢でも見てるような感じなのだ。

 もう先に説明しとくけど俺が考えていた作戦は、二次元キャラを嫁だと言うキモさ満天の夫婦島に、メイド喫茶で三次元の可愛いを叩き込んでやろうというものだった。

 そこで思い浮かぶひとつの懸念――夫婦島はフィギュアを嫁と言うほどの二次元厨。いきなりメイドさんとスキンシップは正直キツイだろうし、やっぱり三次元よりも二次元だな、と余計キモオタこじらせてしまうかもしれない。

 だが今日、このメイド喫茶では人気アニメのコスプレでイベントが行われるのだ。つまり、コスプレをしたメイドさんならただのメイドさんよりも受け入れやすいはず。


「あんたの考えた作戦、よくよく聞かなくても普通に最低よね」

「うっせぇな……いいじゃねぇか成功(?)したんだし」


 もちろん俺の考えはこれだけではない。

 校長は学校に連れて来い、登校させろと言ったのだから、こうして外に出すだけでは意味がない。

 

 そこで、三次元の可愛さを叩き込むにプラスしてメイドさんたちに学校に行くよう仕向けて……否、そそのかしてもらう。理由は何だっていい、『学校帰りに毎日寄ってくれたら嬉しいな』とか『学校をお休みしてる悪いご主人様なんて、私は知りません(プイッ』みたいな感じの言葉を夫婦島にかけてやる。

 そうすれば学校行くようになるんじゃないかなー的な作戦だったわけで。


「てか穢谷けがれや。よくメイドさんと交渉できたわね」

「ゆーてこの喫茶店にも利益になるかもしれない話だからな。絶対食い付くとは思ってたんだよ」

「利益になる?」

「うん。この店、見ての通り繁盛してないらしくてな」


 今店内には俺と春夏秋冬ひととせと夫婦島しかいない。あとは色んなコスプレしたメイドさんたちのみ。


「もしアイツが学校に行くようになって毎日通うってなれば、少なからず利益が出るだろ?」

「でも、たかがキモオタひとり毎日来店しても金にはなんないでしょ」

「幸い夫婦島家は金持ちみたいだからな。それにアイツ、デブだからめっちゃ注文するだろうし」

「いやまぁそうかもしれないけど……」

 

 春夏秋冬ひととせは納得いかないといった感じで首を傾げる。

 もちろん、それだけでメイドさんたちが協力してくれるわけがない。実はコイツにはまだ伝えてないのだが、学校一の人気者にこの店のことを広めてもらうという条件も付いているのだ。

 完全に言うタイミング逃してしまっているから非常にまずい事態だ。これで明日以降うちの学校の生徒が来店しなかったらメイドさんたちに訴えられてもおかしくない。


 まぁ、それはどうでもいい。結果として夫婦島めおとじま あきらがどうなったかと言いますと。


「はいご主人様! あ~~んしてください♥!」

「あ~~ん!」

「やぁぁんご主人様カワイイ~~!」

「お腹ぽよぽよしてるぅ~♥」

「ご主人様、今からわたくしがいーっぱい愛情込めます! 一緒に萌えドキしましょう!」

「よぉ~し、ご主人様張り切っちゃうっすよーー!」

「じゃあみんなでいっくよぉ~? せーの!」

「「「「「「萌え萌え♥ ドキドキ♥ キュンキュキューン♥♥」」」」」」


 …………見ての通り、作戦大成功。二次元厨だった夫婦島は、この数時間ですっかりメイドさんファンのご主人様と化した。それに俺の予想通り大量の料理を注文し、それ何回やんのってくらい萌えドキキュンで愛情をこめている。

 あ、ちなみにこの店はお客さん、ではなく帰ってきたご主人様というコンセプトなので、メニューという言い方は正しくない。『メイドさんの手作りお料理』と言うらしい、すごいどうでもいい。


「ご主人様? 本当に明日から毎日来てくれるんですかぁ~?」

「もちろんっす! 毎日来まっす!」

「わぁ~い! 嬉しいーー♥♥♥」

「ご主人様、ちゃんと学校でお勉強してから私たちに会いに来てくださいね♥!」

「分かってるっすよ~! 勉強して、みんなの誇れるご主人様になるっす!」


 その会話でアイツが学校に通う気になったのだと確信。いやー良かった良かった。これで俺の留年はないし春夏秋冬ひととせがイラって俺に当たってくることもない。

 

「なんか拍子抜けするほど簡単にいったわね」

「ま、お前なんもしてないけどな」

「うっさいわね! ボロカス反論してあげたいところだけど……悔しいことに事実だから何も言い返せないわ」


 唇を噛んでグッと反論を飲み込む春夏秋冬。コップの水……ではなく『メイドさん聖水』なる液体を一気に流し込んだ。


 何はともあれ、これにて夫婦島を登校させるという目標は達成。明日は朝からゲス校長んとこに報告しに行くとするか。


「今日から僕は常連客っす~!」


 初めて来たヤツは常連じゃねぇんだよなぁ。

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