No.6『よし、罪を犯させよう』

 夫婦島めおとじま あきらの驚愕の本性を知り、俺たちはとりあえず引き上げることにした。あのまま何を言ってもアイツは学校に登校しようとはしないだろうし。

 そんなわけで、一度冷静になって作戦会議するべく俺と春夏秋冬ひととせは街中のファミレスへと足を運んだ。


「あぁぁ気持ち悪い!! アイツがずっと生活してる部屋に入っていたって事実がもうイヤ!」

「おいもう少し声のボリューム下げろ。他にも客いんだぞ」


 俺が注意するも、春夏秋冬は気にせず続けた。


「だいたい何なのよ、嫁って!? オタクってだけならまだいいわ。でも嫁ってなに、嫁って!?」


 全然静かにする気ないなコイツ。

 ほら、なんかヤンキーっぽい女ウェイトレスさんがこっち睨んでるって。ヤンキーってバイトだけは真面目にするから殴りかかられてもおかしくないってー。あ、殴りかかった時点で真面目ではねぇか。


「まぁようはアイツ、ただのオタじゃなくてキモオタだったってわけだな」

「いやホントに、マジで私鳥肌立っちゃったもん。キモ過ぎて怖い……」


 あー、確かに夫婦島が嫁の名前(全部フィギュアがちゃんとあった)を呼んでる時の目、マジだったもんなぁ。

 自分の肘を抱いてさすっている春夏秋冬はキモい通り越して怖いらしい。


「で、どうすんのよアイツのこと」

「は? なんで俺に聞くんだよ」

「なんでって、あんたも校長に頼まれたでしょうが」

「お前が言ったんだろーがよ。ここは私に任せなさいって」

「それが失敗したんだから今度はあんたが考える番でしょ普通!」


 なんだコイツ、自己中にもほどがあんだろ。お前の普通を押し付けんなっての。だが実際俺も春夏秋冬とともに頼みごとをされた人間ではあるわけで。

 何も案が思い浮かばないわけじゃない。


「そうだな……。アイツに罪を犯させるか、俺たちが犯罪をしてその罪をアイツになすり付けるとかどうだ?」

「……え、ふざけてんの? それともマジで言ってんの? あんたの冗談全然笑えないんだけど」

「マジで言ってんだよ。いいか、犯罪をしたら日本ではどうなる?」

「そりゃブタ箱行きでしょ」

「うん、まぁその通りだ」


 女子高生がブタ箱って言葉使ってるのはどうかと思うけども。


「そうすりゃアイツは学校を退学になるだろ。そしたら学校に登校させるって当初の目的そのものがなくなるってわけさ」


 だって学校の生徒じゃないんだから。面倒ごと解決、これでめでたしめでたしだ。

 しかし春夏秋冬ひととせは、長いため息を吐いてやれやれと手を挙げた。その仕草が異常なまでに腹立つことは言わなくても分かるだろう。


「はぁぁぁ。却下に決まってんじゃんそんなの。さすがは社会不適合者って感じね。あんたに考えさせた私の頭がどうかしてたわ」


 ほぉ、コイツなかなか舐めた口きくじゃねぇか。俺との会話ではいつものことな気もするが、イライラするので煽り返してやることにした。


「行くときはあんな自信満々に、『いい? 美少女の私が学校に来てって言ったら男は絶対来るわ!』とか抜かしてたのになぁ〜。結果は無様にも失敗、ダッセぇーな〜お前。終いにゃ自分で社会不適合者とか呼んでる俺に考えろなんて言い出しやがって、春夏秋冬ひととせ 朱々しゅしゅも落ちたもんだ」

「は、なにあんたケンカ売ってんの? 全然買ってあげるけど」

「あ? おいあんまし俺を舐めんなよ。さすがの俺でも殴り合いじゃ女には負けねぇぞ」

「誰が殴り合いするなんて言ったのよ。すぐ力で解決しようとするところ、ホントあんたの知能は猿並み……いや猿以下ね。罪を犯させてブタ箱行きにさせようなんて考えが生まれるわけだわ」

「んだと、てめコラァ! 調子乗りやがって……!」

「何よ文句あるっての!?」


 バチバチと視線を交わらせる俺と春夏秋冬ひととせ。自然とどちらも席を立ち上がっていた。俺はコイツとはどうやらまともに会話が出来ないようだ。必ずと言っていいほど暴言の吐き合いに到達してしまう。


「あの、お客さん」

「「なに!?」」


 二人ハモって声をかけてきた人の方を向くと――さっきの睨んでたヤンキーっぽい女ウェイトレスさんが鬼の形相でこっちを見ていた。


「なにじゃないっての! 他にも客がいるんだから静かにしろや!!」

「「あ、はい、すみません……」」


 ヤンキーっぽいってのは撤回しよう、ヤンキーで確定だ。めちゃめちゃ怖い!! マジで胸ぐら摑まれてボコボコにされるかと思ったよ!! 女ヤンキー本気で怖い!

 ヤンキーウェイトレスさんは俺たちをギロっと睨んで、厨房の方に帰って行った。それを見届け、春夏秋冬はドサッと腰を下ろす。


「はぁ。もうお手上げじゃない……」


 目を閉じて疲れ果てたような顔をした。まぁ必死になるのも分かる。夫婦島を登校させることが出来なかったら春夏秋冬は腹黒だということをバラされてしまうのだから。方法はどうであれ、これまで築き上げてきた地位が一瞬で崩落するのは何ともしても避けたいだろう。


 うーん、俺は別に留年しようがどうしようが正直どうでもいいんだけど……。それ言ったらまたコイツ、ブチギレそうだし。

 どうしたもんかなぁ。夫婦島めおとじま あきら……名前通り社会復帰を諦めている世の中ナメてる系のキモデブオタク。勉強や運動が嫌いだから、ただそれだけのふざけた理由で学校を休んでいるクズ野郎でもある。加えて言えば二次元キャラを自分の嫁とも抜かしていた。自分がしたいことをして、したくないことはしない。

 

 どうしてそんなナメたクズ人間になってしまったのか。

 考えられる理由はひとつ。夫婦島そのものの人間性も関係するとは思うが、それを許してしまっている親も親なのだ。

 夫婦島自身言っていた、僕には甘いんっすよと。夫婦島の両親はきっと息子が不登校ということに心配はしているけれど、子供可愛さにキツイ言葉を……つまるところ説教が出来ない人という可能性が高い。


「あの家の気持ち悪いところ……」

「え?」

夫婦島めおとじま あきらは十五歳。思春期反抗期真っ盛りの時期にいるはずなのに、まったく親離れしている気配がなかった。でもそれだけじゃねぇ」

「……」


 春夏秋冬は無言で俺の言葉を待った。


「親の方も子供離れ出来てねぇんだ」

「それって、何か問題なの?」

「そりゃ、いつまでも子供は親に甘えるし、親も甘えられて嬉しいんだろうからいつまで経っても自立出来ないだろうな」

「ふーん」


 聞いたくせに大して興味なさそうな春夏秋冬。多分他人事なのでどうでもいいんでしょうね。


 話を戻そう。つまり、あのクソガキへ俺たちが口でどうこう言っても無駄だというわけで。どのみち夫婦島はそういう風に育ってしまっていて、もう手遅れなわけで。


 じゃあどうすれば良いのか。何かしら外へ出ることへの楽しみ、きっかけ的なものを見つけ出せばいいんじゃないだろうか。

 幸いにもあのゲス校長は期間を設けなかった。こうなれば長期戦だ。意地でもアイツが外に出て学校に登校する気にさせてやるしかない。


 それを春夏秋冬に伝えようと俺は口を開くが、春夏秋冬は何やら熱心に窓の外を眺めていた。

 その横顔は文句なしに美しく、つい息を止めてしまうほど。トロンと眠そうな目が同世代とは思えない艶やかさを醸し出している。

 そんな黙っていれば超絶美人の春夏秋冬が俺に、と言うよりかは独り言のように呟いた。


「メイド喫茶のメイドさんも、私たちみたいに弱み握られて嫌々やらされてるのかな」


 春夏秋冬の視線の先には、メイド服を着たメイド集団がいる。チラシを配りながら何かを伝えているのを見るに、客引きのようだ。


「いやそれは違うだろ。あぁいうのは自分から志願するのが多いんだよ、ご奉仕したい欲が強い人がな」

「なに、穢谷詳しいの? 常連客なの? ご主人様なの?」

「問いが多いな……。別に詳しくねぇし常連でもねぇ、それに行ったこともねぇ」


 メイド喫茶か……。あのメイドさんたちの顔的に、そんなに繁盛してないんだろうな。みんなすっげぇ暗いし。やっぱ今どきのオタクは夫婦島みたいに引きこもるヤツが多いからなのかな。

 あ、決してメイド喫茶に行く人がオタクしかいないみたいな偏見を持ってるわけではないです。


「明日は一日、コスプレイベントをしまーす!」 

「色んなアニメのコスプレで、私たちがご奉仕させていただきますー!」

「ご主人様のお帰りお待ちしてまーす❤︎」

「へー、コスプレイベント。何としても客を呼びたいって必死みたいね、笑えるわw」

「いや別に何もおかしかねぇだろ……」


 ほーん……コスプレイベントか。

 メイド喫茶で、可愛いメイドさんが、アニメのコスプレで、ご奉仕する……。


「おい春夏秋冬」

「ん、なによ」

「ちょっと行ってくるわ」

「は!? メイド喫茶に!?」

「あぁ、ちゅーわけでここの支払い頼んだぞ」

「え、ちょ、ちょっと穢谷けがれや!!」


 後ろから呼び止められたが、俺は気にせず客引きしているメイドさんたちへ話しかけに行く。


「あの〜、すいませーん」

「はい! どうしましたか?」

「もしかして、私たちのご主人様になってくれるんですかぁ〜!?」


 うっ、可愛い! こりゃ一度行ったらハマること間違いなしだな。だがハマるのは俺ではなくてアイツでなくてはいけないのだ。

 だから俺はニヤッとしてしまう口角を無理矢理下げて、メイドさんたちにこう言った。


「俺とちょいと手を組みませんか?」

「「「「「??」」」」」


 メイドさんたちは可愛らしく全員小首を傾げてしまいました。

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