No.5『三次元は邪道っす!』

 引きこもっていることに理由はまったくないと抜かし始めた夫婦島めおとじま

 やけに明るいなと思ったが、そんなの当たり前だったのだ。だって悩みもなくて自分で引きこもりたくて引きこもってるんだから。好きなこと出来てるのに暗いヤツいるわけないわな。


「う、嘘でしょ? 強がらなくていいのよ、私たちはそのために……」

「全然強がってないっす! 全国の不登校生、みんながみんな悩み抱えてると思ったら大間違いっすよ!」

「マジで……。これじゃ美少女である私が悩みを聞いてあげるイベントが出来ないじゃない……」


 春夏秋冬ひととせさーん、ちょっとどころじゃなく素が出ちゃってますよー。

 春夏秋冬は多分だが、夫婦島の悩みを親身になって聞いてあげることで夫婦島を軽く惚れさせ、最後に『学校に来てくれると嬉しいなっ、キャピキャピ♥』とかしたかったんだろうけど。

 悩みがない時点で夫婦島の心に漬け込む隙がないわけで。


 しかしこれは裏を返せばチャンスでもあるのではないだろうか。春夏秋冬ひととせが自信満々で言っていた、美少女が学校に来てと言えばどんな男だろうと来る、という言葉。学校に行くことに抵抗がないのだから、それを言うだけで夫婦島は登校するんじゃないだろうか。


 俺がそのことに気付くのであれば、コイツが気付かないわけがない。春夏秋冬は崩れかけていた表フェイスを作り直し、再度夫婦島へ詰め寄る。


「だったらさ、学校に来てよ! 夫婦島くんとお弁当とか食べたいなぁ~♥ そうだ、私が手作りしてくるよ!」


 きっとこの女からそんな言葉をかけられたのは夫婦島が最初で最後になるだろう。そうとうレアだぜ、今の発言。

 しかし入学式から学校に登校していない夫婦島には、春夏秋冬ひととせの人気など知るよしもないわけで。


「あ、僕はそういうのいいんで。……ていうか、なんかまるで僕を学校に登校させるためにわざと優しい美少女ぶってるみたいっすね」

「フッ……がっつりバレてんじゃねぇかw」

「ちょ、穢谷けがれや!」


 夫婦島のするど過ぎる見解に思わず笑ってしまった。そうだよなぁ、いきなり来た人間が見ず知らずの自分を心配してきたら、そりゃ怪しむよなぁ。


「そっちのパイセンは穢谷けがれやさんって言うんすか。珍しい名前っすね!」

「お前には言われたかねぇな。そっちも充分珍しいだろ」

「確かにそっすね! すんません!」


 チラっと春夏秋冬ひととせを見ると、どうやら自分の渾身のカワい子ぶりっ子が通用しなかったのがショックなのか、軽く放心状態だった。

 仕方ない、助け舟を出してやるとするか。


「なぁ、学校来ないか? 別に悩みごともないんだろ? だったら……」

「いやっす! 確かにいじめとかも悩みもまったくないっすけど、めんどくさいんで!」

「学校がか……?」

「そうっす! 僕、勉強と運動がこの世で一番嫌いなんっす」

「だ、だから不登校になったってのか……」

「うす!」


 屈託のない眩しいその笑顔は夫婦島が本心で言っているということへの証明になった。

 コイツ……よもや俺や春夏秋冬ひととせ、あのゲス校長なんかよりもクズさでまさっているんじゃないか?


「でもよ、親御さんも結構心配してるみたいだぞ。親孝行しようかなとは思わねぇか?」

「思わないっすね! だってなんも言って来ませんし!」

「言って来ない、のか……」

「僕に優しいんすよ~」


 なるほどなぁ、それもってことか。

 その時、撃沈していた春夏秋冬ひととせが立ち上がり、完全に素である裏フェイスになって声を荒げだした。


「あぁぁ! もうガマンできない! あんたが学校に行ってくれないと私が大変な目に遭うのよ! だから明日は絶対学校に行きなさい! いや、行け! 命令よ命令!」

「うっわ春夏秋冬ひととせパイセン、本性だいぶ性格ブスっすね……。すいませんけど、僕学校にだけは絶対行かないっす」

「あ? 意味がわかんないんだけど、私は学校一の人気者で学校一の美少女なのよ。そんな私に命令されてあんたは幸せ者なのよ?」


 何ということでしょう。春夏秋冬さん、先ほどまでの表モードからは想像も出来ないほどにナルシストの極みなもの言いです。

 対する夫婦島は何やら拳を握りしめ、プルプルと震えている。


「……三次元の女に命令されても、僕は嬉しくないんっすよぉぉぉ!!」


 突然発狂したかと思えば、その言葉の内容は理解し難いものだった。三次元の女に命令されても嬉しくない……これが何を意味するのか、後の夫婦島の言動が物語る。


「僕にはもう、嫁がいるんっす!」

「「なっ!! こ、これは……!?」」


 夫婦島は何かを覆っていた白い布を、バサッと一気に引っ張った。そこに隠されていたモノを見て、俺と春夏秋冬は目を点にして絶句してしまった。

 

 隠されていたモノ――それはガラスケースにキレイに並べられた大量の美少女フィギュアだったのだ。

 それどころか、夫婦島はこのフィギュアたちを『嫁』だと言っているのだ。


「よ、嫁? この人形が……?」


 春夏秋冬は夫婦島が何を言っているのか理解出来ないようで、口を大きく開けて目をパチクリさせている。


「人形じゃないっす!! この子たちはみんな、僕のお嫁さん、妻なんすよ!」

「ヤバイわ。これはヤバイわよ穢谷けがれや!」

「あぁさすがにこれは予想できなかったな……」

「夫婦島……あんたわかってるの? 日本で一夫多妻制は認められていないのよ!」

「え、そこ!?」


 嘘でしょ。フィギュアを嫁とか言ってるちょっとどころじゃなくおかしい夫婦島の頭をヤバイって言ってんのかと思ったら、一夫多妻制のとこですか。驚くポイントがちょいとズレてませんかね。


「ふっ、みんな僕と結婚したいって言って来た子たちばかりなんすよ。僕もみんなのことを愛しているんで平等にみんなと結婚したんっす! エミ◯アたんも、ア◯ナも、一色◯ろはすも、紐神様も、め◯みんもカ◯公もリ◯ス様も加◯恵も、みーーんな!」


 そこまで叫び終えると、夫婦島は一度口を閉じて大きく息を吸う。そして堂々と恥ずかしげもなく言った。


「僕の大切な妻っす」


 今世紀最大のドヤ顔を決める夫婦島。俺たちはもうどう反応すりゃいいのかわからない。

 ただ一言、春夏秋冬の呟きでその日の対談は終了した。


「クズのうえに、キモい……!」


 春夏秋冬よ。俺も同意見だ。

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