第39話 動き出す世界
アデニ氏の墓前に花を手向けてから凡そ2時間後、TwelveThinkr代表クロウから連絡が入り、アキラ、ユラナ、マリア、サクラが食堂へと集まる。
サクラは私がダウンロードしておいた絵本をアキラとマリアに読んでもらいながら、じっとしている。
『皆揃ったようだな』
その一声と共にホログラムウィンドウが展開される。相変わらずクロウは烏の仮面を被り、素顔を表に出そうとしない。しかし仮面の下からでもよく分かる。相当頭にきているな。
『アキラ、ユラナ……お前達やってくれたな。好き勝手に暴れまくって……使っただろう? 〈天照〉と〈太陽天〉を』
「悪りぃ。やっちまった」
「出力は最低に押さえていたわよ? 何か不味かったかしら?」
どうやら各所の天文台から微弱ながらガンマ線を観測したらしい。D.Dのガンマ線レーザーと二人のオブジェクトによるものだと推測されるが、微弱で済んだのはD.Dが散布した分子マシンの影響だろう。厄介な事になるという事はこう言うことか。
『そのせいで核兵器が使われたのではないかと、ちょっとした混乱になっている。悪いが二人には少しの間、
妥当な判断だ。アキラとユラナは肩を竦め合う。屁でもないのかそれとも甘んじて受け入れているのか。
『お前達、私とラスティの苦労を何とも思っていないだろう? まぁいい。それよりもだ、これを見てくれ』
今にもはち切れそうな白いTシャツを着て、筋骨隆々のボディビルダーが音楽に合わせて次々とポージングしていく映像。〈その強度、まさにモンスター〉などと女性声優の声と共にテロップが流れる。
繊維のトミオカのCM。ゲノム編集により蜘蛛の糸を生成する
「繊維のトミオカがどうした?
「……やめてくれる? 私が虫嫌いなの知っているでしょう?」
「お母さん、
「蚕っていうのはね。糸をはく虫さんの事で、その糸がお洋服になるんだよ」
「変なの? ゆー姉ちゃん、虫嫌いなのに、お昼ごはやん、美味しいって食べ――むぐっ!」
「ち、ちょっと何言ってるのかなっ!? サクラちゃんっ!?」
無邪気にも虫料理の件を危うく口にしそうになったサクラの口をマリアが咄嗟に塞ぐ。だがそれも虚しく――
「……お昼……って、あんた達まさかっ! またなのっ!? またやったのっ!?」
『やかましいっ!! 話が先に進まんだろうがっ!!』
青ざめたユラナが血走った目でアキラとマリアに迫り、騒がしくなった食堂をクロウの一喝が静める。
「今は虫などどうでもいい。問題なのは、このCM明けの映像だ」
途中からであってがCM明けの映像は、
例の培養肉に関するニュースであった。知らずとはいえ、幾つもの慈善事業団体が利用していた。人肉という言葉を伏せているのは報道規制だろう。異常プリオンによる健康被害とだけ伝えている。、
次のニュースに移ると、これにより各地での暴動やストライキが取りだたされた。
それは概ね培養肉を卸していた企業を含む
また別の番組ではリアレートで起こった事件についての討論番組を行っており、評論家達がTHAADの体制批判、そして一連の事件が
『まぁ、こんな具合だ。情報筋によればTHAAD内でもかなり混乱が生じているらしい。それに伴って海洋都市M.Uで毎年再来月8月に行われるチャリティフェスティバルについて、自粛という話も出ていたのだが――』
『それについては、
画面の端から現れた一人の白いワンピース姿の女性。ウェーブのかかった金髪のショートボブが少しあどけない印象を受けるが、その気品に溢れた落ち着いた物腰は、資産家の令嬢を彷彿させる――というより、そのものなのだが。
ツェツィーリエ = シュヴァイガー。
温室効果ガス削減事業を生業とする大企業、シュヴァイガー・グリーン・フィールド・インダストリー社の現社長で、Ercu連合評議会への出馬を気に一線を退いた父親の後を継いだ。我々との関係は、生前カーナが通っていた大学の後輩で、決して人を色眼鏡で見ないカーナを慕っていた。
当時カーナが大学を辞めてTwelveThinkerを創設する際に出資して貰った経緯があり、以来身内同然の付き合いだ。
「ツェツィーじゃねぇか? 久しぶりだなっ! っても、旅立つ前にあったか」
「久しぶりね。ツェツィー、元気だった?」
『ええっ! アキラさんっ! 四ヶ月ぶりですっ! それとユラナさんもお変わりないようで』
「……それと? 私はついでか……」
やはりと言うべきか、扱いの差に眉を潜めて、ユラナは肩を落としている。
『お前達、仮にも彼女は内のスポンサーだぞ。言葉使いに気を付けろ』
『いいんですよ。むしろアットホームな感じが私は大好きなんです』
「……ツェツィー……」
『あら? 貴方は……?』
思わず懐かしさのあまり、彼女の名前を溢してしまったのだろうな。
マリアは全員の視線を浴び、一際ツェツィーの怪訝な視線を浴び、哀愁が募る間もなく当惑する。
『マリアさん……ですよね? 医師団から来た。私と同じ戦場成れしていない育ちの良い方には大変だったでしょう?』
――始まったか。
ツェツィーの照準はマリアに合わされている。言葉の一つ一つが刺々しい。
2、3年前になる。アキラがTHAAD辞めてカーナに誘われM.Uに来る時、クラスは違うが偶然乗り合わせた航空機内で起きたハイジャック事件で、事件事態はアキラと私がものの数分で犯人達を無力化してしまったのだが、その際人質になったツェツィーを救って以来、彼に好意を抱いている。
アキラとカーナが結婚を期に諦め、そして亡くなってからも、傷心に付け入りたく無いと自粛していたのだが――
「いえ、医師団でも危険な場所に派遣されまし、それにお陰でこの子と会えましたから」
マリアがサクラを抱き上げ、ツェツィーに見せ――否、見せつけて不適な笑みを見せた。
『え~と、その子は?』
「私とこの人の娘です」
場が一瞬で凍りつく。
てっきりマリアは大人の対応であうらうと思っていた私にとって、逆に徹底抗戦の構えを見せ正直驚いた。
『なっ!? なんですってぇぇ!? いつの間にそんなっ!? 尻込みしている内にっ! これが
発狂して訳のわからない事を口走り始めるツェツィーに、呆れた果てたユラナが溜息混じりに、間に入って今までの経緯もサクラを引き取る件も含めて説明する。
「――というわけだから落ち着きなさいツェツィー。マリアもそんな意地の悪い事を言わないっ! 特にアキラ、ちゃんとフォローしろっ!」
「ちょっと何を言っているのか分からねぇが、娘なのは事実だけどな」
アキラは何が起きているのか分からない様子。その鈍感振りにユラナは頭を抱えている。私も抱えられる頭が合ったら抱えたいものだ。やれやれ……
『もういいか? さっきから話が進まん。ツェツィー嬢、続きを』
『……そうですね。アキラさんの娘なら私の娘も同然、誰が母親になるかは追々決めるとして――』
未だ火花を散らしているマリアとツェツィー。この二人、本当に仲が良かったのか?
『チャリティフェスティバルの件についてですが、例年通り行います。ただその裏で各国の革命家や思想家達で会合がもたれることになりました。内容は現THAADの体制に対する対応と、暗躍する執行者の存在についてです』
経緯は違うがD.Dの思惑通り、リアレートの一件が烽火となったという事か、チャリティフェスティバルなら、人権保護や環境保護を唱う革命家や思想家が集まるのに打ってつけだ。
『TwelveThinkrの皆さんは、不幸な事に執行者との遭遇回数、交戦回数ともに多い、そこでアドバイザーとして、その会合に参加してもらいたいのです』
空挺着艦場――
我々はTwelveThinkrの事務所のある海洋都市M.Uに向けて準備を行っていた。M.Uは南米を越えて南緯34度57分西経150度30分にある全長120㎞の人工島だ。Miscellaneous Union(多種多様な人々の共同体)の略である。場所が場所だけに神秘の島だとか言われるがそれはまた別の話である。
現在、私とケェリィアとで連結させた互いの空挺のシステム変更を行っている。空挺の後方と前方が連結し一つの船として機能する。
アキラ達はというと多少の物資の積込みと荷下ろしと在庫確認を行ってもらっている。電子タグやQR内蔵の梱包資材であれば読み取れば良いのだが、氷河期のこの時代では資材不足でそんなもの方こそ珍しい。それ故原始的な方法を取らざるを得ない状況だ。
ユラナは例の一件でアキラと仲良く謹慎処分となったため、仲間への引継資料の作成に四苦八苦している。
アキラとマリアは物資の搬入、マリアはタブレットを操作して手慣れた手つきで搬入量の確認している。アキラもこの仕事を5年もやっていることもあり、フォークリフトの扱いも慣れたものだ。クロウの指示でアデニアの復興のため、使えそうなものは提供するように言われ、それを卸している最中だ。
そして、その傍らには二人の姉妹が哀愁を漂わせていた。
「じゃあ、行くから……」
「うん、勉強頑張って」
「分かってる」
「病気や怪我には気をつけるのよ」
「心配いらないって、あたしのことより自分の心配をしろよ。これから忙しくなるんだろ?」
「そ、そうね。ごめんなさい」
しばし沈黙が流れた。互いに思う様に言葉に出来ない様子。これで今生の別れという訳ではないのだから、畏まる必要も無いのではないか。
「「あのさっ!」」
アイシャ氏とシオンは同時に話を切り出してしまい狼狽している。流石姉妹息ぴったりだな。それにしても、なんてベタなことをやっているんだ。
「あのね。チャリティフェスティバルに出席を求められているの、だからその時はM.Uを案内してくれる?」
アデニアはErcuの新加盟国、この催事を無下にしては今後の関係性が危ぶまれる。出席は当然のことだろう。
「しょうがねぇな。それまでには案内できるようになっておくよ」
「ええ、必ず時間作から」
「シオン、そろそろ時間だ」
無粋にもほどがあるアキラの呼びかけが、逆にきっかけになったようで、二人は抱擁を交わした。
「行ってくるよ。姉さん」
「ええ、元気でね」
ひと時の別れを済ませ、縺れ合っていた姉妹は再会の約束を結ぶ。
縺れ合っていた姉妹の絆は切れることは無かった。寧ろその縺れが絆の強固な結び目を作った。
我々は次なる目的のため、悔恨と哀愁を残しつつもアデニアの地を飛立った。
氷結世界のマリア 朝我桜(あさがおー) @t26021
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