第38話 紫苑の決意

「よしっ!!」


 厨房に立ったアキラは頭にタオルを巻くと、意気込みや十分にきつく縛る。


 欲情に駆られ手痛い制裁を喰らったアキラは気を取り直すべく昼食を作ることにした。


『気を取り直すのはいいが、ところで一体何を作るのだ』


「そうだな。コレとコレとコレがあるから久しぶりにラーメンにするかっ!!」


『……これでか? またユラナが騒ぐぞ?』


「分かってんよ。原形を留めてなけりぁ大丈夫だろ?」


『……だといいが』


 アキラが冷蔵庫から取り出したのは、真空パックされた干しコオロギとミルワーム肉とタランチュラ肉。そしてライ粉。


 干しコオロギは出汁を取るのに使う。小エビの出汁や魚介出汁に似ていながら、豚骨のようにしっかりしたコクがあり美味だという。


 数種類の薬味や野菜を入れ寸胴鍋で凡そ一時間半煮こみ出汁を取る。


 その間、ミルワーム肉とタランチュラ肉は既に外骨格を取り除かれた加工済みの者を使う。更にイナゴ肉とサソリ肉を加え、これをミキサーにかけ団子状、即ちつくねにしていく。


 ライ麦は小麦より寒耐性が強く、寒冷化に見舞われた現代において、小麦に変り主要な穀物となっている。


 私が気になっているのはそれよりもユラナが大の虫嫌いだと言うことだ。もし材料を見たとき、また卒倒するぞ。


「なんかいい匂いがするっ! おとーさんっ! 何を作ってんのっ!?」


「ちょっとサクラちゃん。お父さんの邪魔しちゃダメ……」


 コオロギ出汁の香ばしい薫りに釣られたか、キッチンに顔を覗かせるサクラをマリアが引き留める。


「あ……」


「……」

 

 アキラとマリアが鉢合わせる。


 二人の間に気不味い雰囲気が流れる。アキラは年甲斐もなく羞恥の極みたる求婚を思いだし悶絶しそうになり、マリアもまた顔を覆った。


「おとーさんも、おかーさんも、お顔真っ赤っ!」

 

 はしゃぐサクラの笑顔は彼等の羞恥を更に助長させ、まるで彼等を少年少女へと回帰させるように、年甲斐もなく初々しく二人は俯いている。こう言うとき日本の古語で、リア充爆発しろというのだったか。


 そんな中で先に男らしく度量を見せたのはアキラだった。


「俺は……本気だ。だから真剣に答えてほしい。返事は今すぐじゃなくて構わねぇ」


 アキラの言葉に気を取り直したようで、短く溜め息を付き、顔を見上げるが、まだアキラを直視出来ないようで伏せている。


 さて、彼女はどのような回答をするのか、精神年齢であればアキラの倍近い、年相応の度量と言うものを見せてもらいたいものだが。


 想定できる回答は5つといったところか。


「分かったよぅ。じゃあ、デート一回っ! そしたら考えてあげる」


 先伸ばしという最も無難な回答をしてきた。女性は何時なんときでも乙女というが。


「だって、サクラと私を遊園地に連れてってくれるでしょ?」


 確かにD.Dとの戦闘開始直前、アキラは二人を遊園地に連れていくことを約束していた。ただ、それをデートといえるのか……まぁ、そんなデートもあるだろう。


 何にせよ。一先ず二人が気不味くなることは無いだろう。


 まぁ、それは良いとして……何故、見つめられているのだろうか。サクラが不思議そうにアキラの腕に埋め込まれた私を見つめている。


「ねぇ? おとーさん。これ喋るの?」


「あぁ……これか? こいつは紅っていってな。おとーちゃんの相棒だ」


『うむ、そういえばサクラにちゃんと名乗っていなかったな。私は人工意識、紅という』


「喋ったっ! 喋ったっ!」


 無邪気にその場を跳び跳ねって見せるサクラ。最初に会ったときに比べて随分と陽気に変わった。アキラとマリアと出会って、心の隙間を埋めることが出来たのだろう。やはり子供には二人親が必要なのだろう。


『これからよろしく。サクラ』


「うんっ! よろしくっ! く……く……れ……な……ひ?」


 子供には日本語の発音は難しいのだろう。古語のような発音になっている。


『サクラの言いやすい呼び方で構わんよ。好きに呼んでくれ』


「じゃあねぇ……う~ん……っ! おじーちゃんっ!」


『おじ……っ!?』


 サクラが思い付いたような発言に突如アキラとマリアが失笑し、腹を抱えて笑いだす。それも吹き出す瞬間の息がどれだけ合っていたことか。全く何が可笑しい。


「……まったくこの子は誰に似たんだろう。お父さんかな?」


「いや、母さんだろ?」


『何時までもちちくりあっているんだ。鍋が吹き出しているぞ』

 

 やれやれ、責めてお兄さんぐらいにしてほしいものだ。



 その後――。


 食事を済ませたアキラは、マリアとサクラと共にアデニ氏の墓参りに訪れた。


 全てが終わったことを報告するためだ。


 アデニ氏が自分の死の間際、アキラにシオンのことを任せた。もしかしたら自分の弔い合戦が避けられないことを予期していたのかもしれない。


 アデニ氏が本当に望んだ結末になったのか、今となっては知る術は無い。


 しかし、シオンとサクラも生きている。そしてなにより集落の人々と都市の人々が協力して都市の復興に勤しんでいる。これはかつてない光景だろう。


 アデニ氏の墓標の前には既に先客がいた。後姿が良く似た二人の姉妹が祈りを捧げている。


 10年の間縺れた糸はようやく解れたのだ。


「私、この国の名前をアデニアにしたのは知っている?」


「うん……スピーチを聞いていたから……それって、ばあちゃんの……」


 アイシャ氏は、建国の一番の功労者としてアデニ氏を祭り上げ、名前を拝借し、国名とした。


 暫くは二人の姉妹の光景を見たかったのたが


「姉妹水入らずのところ悪りぃな。俺達にも花を手向けさせてくれ」


「……兄貴」「……アキラさん」


 アイシャとシオンは温かく迎え入れるように、アキラ達を墓前に招き入れ、マリアが墓標を丁寧に掃除していく、サクラもまたそれを見て真似して手伝う。


 三人揃って献花を終える。


 献花にアキラは紫苑の花を選んだ。これは日本の花言葉で追憶を意味する。


 土地柄に合わせて祈りを捧げると、徐にマリアは喉を調子を整え始め――。



 それは聖歌だった。


 かつてこの地にあった教会で歌われていた〈マズモル〉という宗教歌だ。


 バチカンから異端扱いを受けながら、独自に発展しだけあって、アフリカらしい軽快で土俗的、典雅な旋律。

 

 聞き手を優しく包み込むような清らかな歌声にアキラ達は酔いしれる。


 この聖歌を歌える人間は私の知る限り一人しか知らない。気づかれなければいいが……


 一小節歌いきり、拍手の雨がマリアに降り注いだ。


「お母さんっ! 歌、上手っ!」


「そ、そうかな?」


 マリアはサクラから素直な賛辞を受け、こそばゆいのか頬かかきながら、抱き上げて「ありがとう」を口にする。


 その光景をじっとアキラは眺めている。


 気付いてしまったか。


『アキラ、どうした? 呆けて』


「いや、何でもねぇ……」


 何も言わないと言うことは、逆にアキラはマリアがカーナであることを気づいているのでは無いだろうか。そうだとしたらとんだ狸だが、アキラに限ってそれは考えにくいのも事実。


「ところでシオン。お前これからどうするんだ? アイシャの仕事を手伝うのか?」

 

「……それなんだけど……」


 レジスタンス運動が生き甲斐だったシオンにとって、この喪失感は大きいものなんだろうが、どうも悩んでいるというより、渋っている様子。見かねたアイシャが小突き「ちゃんと自分で言わなきゃ駄目」「分かっているんだけど」などと小言で言い合っている。一体何がしたいんだ。


「アタシっ! 実は兄貴達の仕事をやってみたいんだっ!」


 これは思いきったな。


 私も少々驚いたぞ。

 

「そいつはTwelveTinkerに入りてぇってことか?」


 頷いて見せるシオンは覚悟を決めた真剣な顔つきだ。


「理由を教えてくれ」


 正直お薦めしない。月の半分は世界中を飛び回り、それなりの覚悟がないと出来ない仕事だ。アキラ自身がこの仕事を続けているのも、病気や飢餓や暴力で理不尽に死んでいく子供達がいる現状が許せないという理由で取り組んでいる。


「最初な集落だけを見て、何とかしなくちゃって思ってやっていたけど、兄貴達と出会って、世界中を飛び回って今も貧困で苦しんでいる人達を何とかしようとしている人がいることを知って、何て言うか、放っておけないって思ったんだ。助けたいって思ったんだ。自分に学が無いのも分かっている。下働きでも何でも良いんだ。少しでも兄貴達の仕事に携われれば……」


 自分の気持ちを上手く言葉に出来ない事と、覚悟もあることは分かった。それはアキラにも分かっているようで、恐らく彼はシオンの歳はまだ19歳。今まで辛いことがあったのだから青春を謳歌すればいいと思っているのだろう。しかしこれ程の決意を持っているのだから汲んでやりたいとも思っている……アキラは腕を組み、何がシオンにとって良いことなのか苦悩している。


 それを見かねたのかマリアがアキラの背中を叩く。


「まぁ、良いんじゃない。やってみれば」


「そうは言ってもなぁ」


「じゃあ、寮のある学校に通わせながら、アルバイトって形でも良いんじゃない? シオンはまだ19歳、私だってシオンには青春を謳歌して欲しいと思っているよ。学校ならそれが出来るし、将来の可能性だって広げる事が出来るんじゃない?」


 流石はマリア、アキラの思考などお見通しだな。


 それにしても中々の妙案だ。だがそもそも我々には決定権は無い。あるのは――


「分かったよ。クロウに話は通しておく

。そんじゃぁ、一緒に海洋都市M.U.に来てもらうか。けどな、学校には言って貰うぜ」

 

 仕方がないと言ってアキラは肩を竦めている。


「……うそ、そんな……アタシ、学校にいけるの? 行っていいの?」


「ああ、まずは高卒認定資格の取得だな」


 幼少時、貧しい生活から学校に行けなくなったシオンにとって、それは感極まりない喜びだったようだ。


「ありがとうっ! 兄貴っ!」


 涙ながらに抱きつこうとするシオンの顔をアキラは鷲掴みにして止めた。


「喜んでいる暇なんかねぇぞ? 先ずはその言葉使いからだ。付いたら面接すんだかんなっ!」


 お前だって人のこと言えないだろう?


「アキラ。貴方だって、これからサクラを迎えるのにケースワーカーと面接があるんだよ?」


 マリアも私も呆れてものが言えん。

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