TwelveThinkr

第37話 When you are in love you are not wise

 恋をしている時には、思慮分別というものがきかないものである。つまり、思慮分別がちゃんときく時には、本当の恋をしていない証拠なのである。


――古代ローマの喜劇作家・プブリリウス・シルス



――飛行艇関内――クエルボルーム――


 リアレートでの一件が終わった5日後、ようやくアキラの肉体の再生が完了した。


 繭を強引に引き裂いて、中から出てくるや否や、アキラは慌てて身体の隅々まで確認し、やがてほっとしたように吐息を漏らす。


『どうした?』


「いや……三年前、女の身体にされたからよ。まさかと思ったんだけどな」


『ああ、あれは大変だったな』


 あの時も腰まで伸びきった髪を煩わしそうにしていたな。


 まだカーナが生きていた頃、ユラナ達女性陣が女装では飽きたらず、TQX素体の調整をダシに呼び出し、遺伝情報をいじるという悪戯いたずらで、二週間程元に戻せなかった。結果、母親譲りの美形で、事情を知らない同僚や知人の男性陣から犯されそうになり、それを女性陣は隠れて腹を抱えて笑い、赤の魔女と勘違いした政府やマスコミに追われた。


 最後の一週間は月経を起きて体調を崩していたな。


 やり過ぎたTwelveThinkrの悪戯伝説の1つである。


『流石に悪ふざけが過ぎて、カーナと一緒に本気で激怒しただろう。責任とって関係各所に謝罪周りをして痛い目を見たのだ。二度とやらんさ』


「だといいんだけどな……」


 疑心暗鬼になっている以外、身体は問題無いようだ。動作から脊髄の損傷による後遺症は感じられない。


「……なんか外が五月蝿うるせぇな。何かあったのか?」


『いや、特に問題は……待て、シオンが艦内を走り回っているな。何かあったようだが……これは――』


 私は廊下のカメラにアクセスし、状況をを確認したところ、悲惨というか、滑稽というか。そんな光景がそこにあった。


 つい言葉選びに迷っている内にガウンを羽織ったアキラが不必要に慌てて、廊下へと飛び出す。


『アキラ、待つんだ』


「ああ?」


「兄貴っ!!」


 私の制止は間に合わず、鉢合わせるアキラとシオン。顰めっ面のアキラと対照的に、シオンは九死に一生を得たかのような晴れやかな顔で飛び付き、ぐるりと彼の後ろへと隠れる。


 シオンの身を震わせ、この世のものではないモノを見たかのように、涙目で怯えきっていた。


「兄貴っ!! 助けてっ!!」


「助けてって、お前……足どうした?」


 シオンの足は凍傷により黒く変色し、水泡が割れてめくれ、廊下はシオンのものと思われる血の足跡で敷き詰められている。


 差し詰め極寒の外を長時間出ていたのだろう。


 

「……しぃおぉん……」


 廊下の奥より現れる赤い眼孔。白髪を振り上げ、右手には闇の中でうごめおぞましい何か。


 まぁ、冗談はさておき、マリアが廊下の奥より現れた。


「何やってんだ? お前等?」


「……アキラ、目が覚めたんだ。ちょっとそこ退いてくれないかな?」


 彼が目を覚まし、感動の再会と思いきや、マリアは眉を釣り上げ、心做こころなしか不機嫌。口調も棘があって素っ気ない。


「ちょっと待て……その右手に持っているのは何だよ?」


「……そんなの今はどうでもいいよね。かくそこを退いて、シオンの治療ができないから」


 マリアの右手に蠢いていたのは、ピンセットでままれたうじ


 マゴットセラピーという治療がある。それは壊死えしした部分のみを食べるというはえの幼虫である蛆の食性を利用して、壊死組織を除去する治療法である。


 健常な組織を一切補食する事無く、綺麗に壊死組織のみを補食し、蛆が分泌する抗菌物質により、殺菌も行われるので合目的ごうもくてきな治療と言えるのだが。


 シオンの態度を見て分かる通り、患者によって非常に強い忌避感きひかんを示す。


 医療技術の発展と共に衰退した治療法だったが、現在では分子マシンに拒絶反応を示す患者もおり、氷河期に見舞われたことよる凍傷患者の増加と、低コストであるとして再び脚光を浴びている治療法である。


「分子マシンがあるじゃんっ!?」


難民みんなの治療に使っちゃってもう無いのっ! 我が儘言わないっ!」


『彼女の蛆は、健康そのものだ。何の問題もない』


「紅もこう言っているよ。安心してっ! ほらっ! 逃げないっ!」


「嫌ぁぁぁっっっ!! 兄貴っ! 助けてぇぇっっ!!」


 蛆を片手に追っ掛け回されれば、当然の反応である。シオンは恐怖を覚えただろう。端から見ている私からでも酷い光景だ。


「怪人蛆女ぁぁっっ!!」


 シオンの一言にマリアの額に青筋が浮かぶ。


「シオンっ!! もう一回言ったら縛り付つけるからねっ!」

 

 アキラは幼女のように泣きつくシオンと、蛆を持って迫るマリアと板挟みに合いながら、天井を仰ぎ、目を伏せ熟考する。


 美女二人の板挟みに合うなど、世の男性陣からすれば、刺し殺してやりたいほど羨ましき光景であろう。蛆さえなければたが。


 アキラは熟考の末、1つの結論に達する。


「だぁぁっっ!! もう五月蝿ぇっ! 病み上りのそばでキャンキャン騒ぐんじゃねぇっ! シオンっ! てめぇは大人しく観念しやがれっ!」


 アキラの答えはシオンの背後に回り込み、羽交はがい締めにし持ち上げるというものであった。


「ありがとうアキラっ! そのまま捕まえておいてっ!」


「助けてって言ったのにぃぃっ! 姉貴の嚊天下かかあでんかぁっ! 鬼嫁ぇっ! 兄貴の裏切り者ぉっ! 恐妻家ぁっ!」


「誰が鬼嫁よっ!」


 嚊天下は否定しないのだな。アキラはマリアの尻に敷かれるがまま、泣き叫ぶシオンを病室へと連行していった。


 途中、次はアキラだからね。と凄まれ、彼の顔が青ざめたのは言うまでもない。



――飛行艇内、マリア自室兼仮設診療所――


「……気持ち悪いよぅ……」


 両足を蛆入りの包帯にくるまれ、シオンがべットの上ですすり泣く病室で、気不味い雰囲気の中、アキラはマリアの触診を受けている。


 マリアの表情は冷ややかで、触診の後、淡々とタブレット上のカルテにペンタブで症状を書き込んでいく。


「すまねぇ。また心配かけちまった」


「謝って欲しいなんて言ってないし、自覚あるなら直して、ほら、背中向いて」


 普段足を組まないマリアが足を組んでいる様子から、拒絶の心理が読み取れるが、一昨日おとといのユラナとの会話からして、愛想は尽かされてはいない。恐らくマリアが機嫌を損ねているのは、無茶をしたことよりも、あの執行者の女性L.Lとのことだろう。


『アキラ。彼女が機嫌を損ねているのはL.Lという女性との関係について説明を求めているからだ』


 ペンタブが真っ二つに折れる。


「はぁぁぁっっ!? ちょっと紅っ!? ななななにを言っているのぉぉぉっっ!?」


 図星のようで、狼狽する赤面のマリアから責め立てられる。


 もどかしさを解消させたのだ。感謝こそすれ、責められるわれはない。


 自分以外の女性に唇を奪われ、嫉妬しているのは明白であり、状況改善の為、最も効果的な手段を取ったつもりだ。


「マリア」


 アキラは決意したような真剣な面持ちで、マリアの手を握り、真っ赤に染まった彼女の耳元へ囁く。


「俺は、お前以外の女に興味ねぇよ」


「はうぅっ!!」


 マリアは突然せ、口元を手で押さえる。あまりにも歯が浮くような台詞に面食らったのだろうか。


「大丈夫か?」


 マリアが激しく噎せるので、アキラは気遣わしげに覗き混み、語りかけるが――


「ちょっと近い近い近いっ! いきなり何を言い出すのっ!」


 真剣な眼差しを向けるアキラをマリアは押し退けようとするが、彼は微動だにしない。


「L.Lなんて女は知らねぇし、俺の好みじゃねぇよ。俺はお前に心底――」


「分かったっ! 分かったからっ! ちょっと離れてっ!」


 鬼気迫るアキラをマリアは無理矢理、椅子を回し背を向かせる。


 マリアは沸騰した頭を冷やそうと深呼吸を行うが、気の毒にも動揺は治まる気配がなく、その証拠に聴診器を同じ二ヶ所に繰り返し何度も当てている。


「……さささっき、私、分かったって言っちゃったけど、本気なの? こんなに変で、何でもないって分かっているのに嫉妬しちゃう重い女だよ?」


 自分を卑下出来るあたり、ようやく落着きが戻ったようだ。


「ああ、本気だ。俺にはお前が必要なんだ」


 マリアは聴診器を外し、アキラの背にそっとひたいを付けた。



 次第に嗚咽が洩れ、啜り泣く声が聞こえる。


 そして悲しみのあまりか、それとも憤りからか、アキラの背中に拳を打ち付ける。


 いつも馬鹿力は見る影もない弱々しい拳を、アキラは甘んじて受け入れた。



 マリアの気が済むまで――


 何度も何度も――



「……心配した」


 不意にマリアの手が止まった。


「悪かった」


「……死んじゃうかと思った」


「申し訳ねぇ」


「……すごく怖かった」


「怖い思いをさせちまって、本当にごめんな……」


 アキラは振り返り立ち上がって、マリアを抱き締める。


「……けど俺は絶対に死なねぇ、必ずお前のところに帰ってくるよ」


「……もしかして……聞こえてたの?」

 

 D.Dとの戦闘の際、マリアは泣き叫んではいたが、音を真面まともに聞きとれる速度では無かった筈だが。


「いいや、聞こえちゃぁいなかったけどな。ずっとマリアが死なないでって叫んでいた事だけは分かった」


 アキラの両手がマリアの頬を包み込む。

 

 彼の深い想い抱いた眼差しを向けられ、マリアは眼を反らす。


「……どうして……」


「どうして分かるかって? 今すぐ唇を奪いたいぐらい惚ているからだよ」


「えっ!? ちょっと待っ――」


「目を閉じろ」


 マリアの動揺など気にも止めず、アキラは仰け反る彼女の唇を強引に奪おうと顔を近づける。


「待て待て待ってっ! 待ってって言っているでしょっ!!!」


 合気道だろうか。


 彼女には武術の心得があるようで、両手を振り払い、手首の捻りを利用して盛大に投げ飛ばした。


 反転する視界。


 床に叩きつけられたことによる突然の頭蓋と背中への衝撃にアキラは悶絶する。更には額を切ったようで、少量の血が出ている。


 流石にしまったと思ったのだろう。マリアは血相を変え、包帯や消毒液などをかき集める。


「ご、ごめんっ! すぐに手当てするからっ!」


 アキラは身を起し、いまだふらつく頭を押さえている。少しは懲りただろうか。


「大丈夫だ。それよりマリアはどうなんだ? 俺のことをどう思っている?」


「どどとどうって、そそそれは、私も、すすす好きだけど……」


 やはり、まだ懲りていなかったようだ。


 どもりの姫君のようにじらうマリアの背後へアキラは忍び寄り、彼女の銀髪のお下げを指先で絡めとる。


「俺はお前を愛している。結婚してくれ」


 アキラは求婚の言葉を贈り、マリアの髪に誓いの口付けをする――



「――――――――っ!!」


 それは一瞬の出来事であった。


 悲鳴とも奇声ともとれるマリアの絶叫。


 再度廻るアキラの視界、重い衝撃が背中を襲う。


 マリアの羞恥しゅうちついに爆発、嬌羞キョウシュウのあまり、アキラを投げ飛ばし。

 

 彼をひしゃげた扉と共に冷たい廊下へと放り出した。


 これが単なる照れ隠しであるということが何とも末恐ろしい。かつてこれほど命の危険のある照れ隠しがあっただろうか。


「少し考えさせてぇぇぇっっ!!」


 マリアは耳まで真っ赤に染まった顔を両手で隠しながら、走り去っていった。


 流石の轟音に不信に思ったユラナとサクラが、隣室より仲良く顔を覗かせる。


「あぁっ! お父さんだぁっ!」


「おっと!」


 純心無垢な笑顔で飛び付いてくるサクラの満面の愛らしさに、アキラの顔も綻んでいく。


「いい子にしてたか?」


「うんっ!! あのねっ! ゆーねぇちゃんと、しーねぇちゃんがいっぱい遊んでくれたよっ!」


「そっかっ! 今日はお父ちゃんと遊ぶかっ!」


「うんっ!!」


 愛娘を抱き上げ立ち上がったアキラを、怪訝な表情を浮かべるユラナが待っていた。


「悪いな。面倒見て貰って」


「いいのよ。サクラちゃん可愛いし。それより何があったのかしら? マリアが走って出ていってみたいだけど?」


「それがなぁ――」


 アキラが強引過ぎるプロポーズの経緯を語るや、ユラナの表情は苦虫を噛み潰したような顔へと変り、やがて眉間を押さえ、呆れたように重々しい溜め息をつく。


「がっつき過ぎよ……馬鹿なの? 死ぬの?」


 同感だな。盛りのついたサルかと思ったな。


「言いたいことは沢山たくさんあるのだけれど、前にも言ったけど桜花さんに教わった口説き方は、かなり片寄った好みだから、人によっては嫌われるわよ」


 やはり育ての母親である桜花氏に刷り込まれたものであったか。確かにあの台詞は彼女の願望にそのものだ。


「それと惚れた腫れてぐに結婚は無いでしょう? 付き合ってくれなら分かるけど」


 段階は重要である。君はマリアに結婚を薦めていたが、心の準備も儘ならないまま口説かれては、動揺するのも無理もない。


「そうだよなぁ、フラれるのも無理もねぇよな……」


「らしくないわね? 何をそんなに露骨に落ち込んでいるの? 好きとも考えさせて欲しいとも言ったのでしょう? なら大丈夫じゃないかしら」


「そうだといいんだけどなぁ……それより今回は悪かったな。ユラナには感謝している」


 アキラの何時いつもなく素直な態度にユラナは悪寒が走ったようで、否、虫酸が走ったようで、背筋を震わせる。


「…………気持ち悪いんだけど、どうしたのよ。改まって……まさか口説いてるんじゃないでしょうね?」


「いやぁな。今回はユラナに助けられちまったなって、俺一人だったらどうなってたか。お互いあの程度で済んで良かった」


 ユラナはサクラを手招きして、呼びつけると、少し目をつむって耳を塞ぐように言い聞かせ、アキラとの間合いを測り始めた。


 何やら雲行きが怪しくなってきた。


「俺は肺を潰され、ユラナは腎臓と四肢を、痛い思いをさせちまったな……なにせ血尿――ぶへらっ!!」


 逆上したユラナのドロップキックがアキラの顔面を抉り、デリカシーの無い発言を世紀末風の断末魔へと変え、身体を吹っ飛ばした。

 

「やっぱりかぁっ! さっさと忘れろぉぉっ!! 馬鹿あぁぁっっ!!」


 全く世話の焼ける相棒だ。再生したその日に怪我を負うとは、わざとやっているとしか思えないな。


「ゆーねぇちゃん。まだぁ~?」


 へそを曲げたユラナのかたわら、無邪気に目を瞑っているサクラの愛らしさに、私は癒しという感覚を覚えた。

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