名前の無い登場人物達

「今回の話は、TOKYOなどによく見られる、”名前の無い登場人物達”についてです。意外に気付きにくい特殊表現なんですが、何故そのような表現をするのか。そんな話ですね」


「今回、変な前置き無しで行きましょう」


「あ、正気になったんですか」


「ええ。だってフツーに話したら5行くらいで終わると思うから」


「…………」


「……流石に五行は……」


「いや、だって小ネタじゃない、こういうのって」


「それでも五行は流石に駄目だと思うんで、やはり変な前置き有りで行きませんか。私、ネタ振りますんで」


「たとえば?」


「ピザに乗っていたら驚く具材とか」


「膝?」


「こっちの話を全く聞いてませんね!?」


「でまあ、どういうものか解らないと言う人のために例を見せると、こういうことね」




「”パワーワードのラブコメがハッピーエンドで5本入り”と”パワーワードの尊い話がハッピーエンドで5本入り”の中から”地獄の片隅で笑う”と” ばけもののはなし”ですね」


「短編集、と聞くと解るんじゃないかしら。一般小説の短編集だと、フツーにこういうのあるわよね。名前が出ないで話が進行するアレ」


「星新一のショートとか、そういうものの代表ですよね」


「こういう”登場人物を明確にしない”という手法は、とりあえず”珍しいものではない”ということで、話を進めるわね」


「アッハイ。話を進めます」


「でもよくある手法だから語る必要ないじゃない。――終わり」


「コラッ」


「え? ”●”入れて五行で終わったじゃない。私、嘘言ってないわよ?」


「表示環境によっては五行じゃないんじゃないですかね……」


「何その表示環境。私基準で合わせなさいよ」


「ハイハイハイ。この手法は珍しくないものとして、しかし、コレの応用みたいなものが、川上作品にはありますよね」


「あったの?」


「あるんです」


「どういう?」


「私が答えてどうするんですかね……、と思いますが、アレです。

 ――やたら濃いモブ」


「アー……」


「アレもつまり、”登場人物を明らかにしない”ですよね。どういうことなんです?」


「そうねえ。コレは自分的な考え方なんだけどね?」


「何でしょう」


「ぶっちゃけ、考え方が逆なのよ。――私達ネームド系が、つまり名前があるだけのモブなの」


「私達こそがモブ? どういうことなんです?」


「ええ。これは認識論の話になるんだけど、物語って、誰のものなんだと思う?」


「……? それは作家とか、読者とか、そういう話ですか?」


「いや、そうじゃなくて、登場人物的に見て」


「アー、それはやはり、主人公のものなんじゃないですか?」


「だとしたら、ほら、アレよ。

 うちは困ったことに、キャラの設定を経歴から立てていくようなこと、するじゃない?」


「……? それだと、私達ネームドは、物語とは関係なく、設定があるキャラだから名前が付いてることになりますよね?」


「そうね。でも、うちはアレじゃない。

 ――”自覚のない群像劇”が発生してるのよ」


「もうちょっと説明を」


「解らない? 私達は物語の中で、その進行を司ることが多いからキャラクターとして設定や名前が与えられ、ある意味、”物語を作っていく”わよね」


「まあ確かに、そうですね」


「でもね? 群像劇として物語が動き出したとき、私達は設定とかがあっても、物語の中では公平な存在となるの」


「もうちょっと説明」


「物語は私達によって作られるんだけど、その物語が群像劇として動き出して以降は、私達は物語にとって構成要素の一つになってしまうの」


「もう一声」


「――物語から見たら、私達は、登場回数が多いだけのモブよ」


「物語中心の認識論ですね!!」


「まあそういうことになるわよね。

 これは物語中心の認識論であると同時に、作者側が物語と登場人物をどう捉えているかの認識論でもあるの」


「…………」


「……それってつまり、他の人の参考にならないパターンですね?」


「いや、このコラム”川上稔の作り方”だから、私が自分のやり方を公開するのを見て、何か面白かったらいいね的な、そんなものよ」


「アー、動物園のケダモノ的なアレ」


「そう。アレでケダモノが寝て転がってるようなアレ。アレ見て人生の真似しようとか参考にしようとか起きないでしょ? アレ」


「まあ、どういうことかを聞きましょう。さあ、リラックスして」


「何かの勧誘が始まったわ……」


「まあでも、どういうことなんです?」


「いや、ほら、群像劇のこととか、そのあたりで話したけど、私、物語が進むための御膳立てをやるでしょ? 準備というか、感情とか事件のシークエンスで、作者の手が入ってるようにしたくないというか」


「アー、そんなこと言ってましたね」


「そう。だからソレが答え。――物語に対して全てのキャラや事象が、ギャグでもない限りは公平に関わってるの。

 物語を能動的に進ませる訳でもないし、作者補正が掛かっている訳でもない。どのキャラも意思を持って動いているし、物理法則も同じものが掛かっているし、文体だって同じルールで表記されてるわ」


「それを物語側から見ると、”全てのキャラを公平に扱っている”になる訳ですね」


「ええ。そしてその物語を私から見ると、”全てのキャラを均等ルールで公平に扱う物語としよう”となる訳」


「どうしてそうなったんです?」


「恐らくだけど、ホライゾンを書こうとして挫折したあと、自作のTRPGシステムを作り始めたからじゃないかしら」


「どういう?」


「ほら、自作とはいえ、テストプレイをする訳よ。つまりキャラメイクとか、何度もやる訳ね? そして私のGENESIS-SYSTEMは、キャラメイクがそのキャラの経歴をチャート式で決めていくものだった訳」


「何となく解って来ました」


「マー、以下のようなことが染みついて来たんじゃないかしら」



・キャラクターはその世界の構成物の一つである

・キャラクターは誰であっても世界のルールに対して公平である


「キャラも世界も、お互いに対してはフラットなんですね」


「うちは基本的に矛盾許容と流体があるから、そのルール上で、各シリーズや各世界ごとにまたルールがある、みたいな作りね」


「エスケープの公平性が前提にあって、その上での公平な限定性と許可性がある感じですね」


「そう。これは自分的な感覚だけど、”何でも出来る”という理論のエスケープがベースとして先にあって、”●●が出来る・出来ない”という制限と許可性が、それとは別で上に乗っている方が、いろいろ楽だったり、汎用性があると思ってるわ」


「どうしてです?」


「明確な制限と許可はシステムを発生させるけど、その破綻は確実に発生するの。

 何故なら私達は神ではないから、確実に失敗するわ」


「じゃあ破綻に対するパッチ的なルールを当てては?」


「そのルールにも、破綻があるわよ、絶対。破綻を塞いだ場合、塞いだことから別の破綻や、”破綻してないけど壊れ運用”が発生するわ」


「自分を信用してないですね……」


「以前にも言ったけど”凡人の考える事”だもの。それを改良した場合、凡人の考えるものではなくなるけど、ある意味、凡人の制御レベルを超えたものができてるということでもあるの」


「アー、成程……」


「そう。だからベースに、それらシステムなどとは別に、世界の根源的なルールとして”何でもあり”にしておくの。物理や術式や神話とか、それを根源まで詰めていったとき、一番奥に存在してこれ以上突き詰められないのをソレにする感じね」


「あのー……、その突き詰めって、やはり……」


「ウルティマかしらね。

 ウルティマは、世界にある全ての要素の根源であり全てとも言えるものが”無限性”だけど、つまりこれも”何でもあり”と同じよね」


「まあ話を戻すけど、私達とモブの違いって、物語側から見たら、出番の多さでしかないのよ。

 一方で、ほら、短編集ではキャラに名前が無いものが多くあるけど、あれって、どういうことか解る?」


「短編は長編とは違う、ということですよね」


「そう。短編は多くの場合、一事件を扱うものよね。一方で長編は無数の事件を扱うものでしょ。だからこんな感じになるの」



・一事件を追う場合

 :キャラ数

  =少ない

 :他事件との関係

  =無い

 :物語と事件の関係

  =物語は一事件そのものである


・複数事件を追う場合

 :キャラ数

  =多い

 :他事件との関係

  =有る

 :物語と事件の関係

  =物語は複数事件の連動である


「複数事件が動き出すと、その連動を理解する必要が生じるんですね」


「そう、キャラも増えていくから、キャラに名前を与えた方が読者の理解も速いわ。

 特に、複数事件に関わるキャラは、そのキャラを追うことで物語を理解しやすくなるから、ネームドにすべきよね」


「だけど一事件を追えばいい場合、読者はその事件だけを理解すればいいので、余分な情報は必要ない、と」


「そうね。キャラクターは事件を発生させ、解決に導くものだけど、読者にとっては物語を追い、理解するためのフックでもあるの。

 だから物語が複雑になるならば、ネームドのキャラがいた方がいいのよね」


「ここらへんも、しかし、認識論よね」


「そうなんですか?」


「だって、ほら、今のは物語側から見たキャラクターのネームドだけど、これ、逆から見ることも出来るのよ?」



・1キャラを追う場合

 :事件数

  =少ない

 :他キャラとの関係

  =無い

 :事件とキャラの関係

  =事件は1キャラそのものである


・複数キャラを追う場合

 :事件数

  =多い

 :キャラ間の関係

  =有る

 :事件とキャラの関係

  =事件は複数キャラの連動である


「アー! 確かに!」


「逆証出来てる感じね。こっちの方が解りやすい人もいるんじゃないかしら」


「こっちの方が……、って、理解の差はあるんですか?」


「ええ。人間の脳って、構造的には皆同じだけど、各部の繋がりの強さや発達は人によって違うから、”私はこうしたいけど、こう出来ない”と”私はこうする気は無いけど、こう出来てしまう”が発生するわ。

 たとえば写実系と叙情系で考えてみても、この”名前有り・無し”では差が出るわね」


「写実系と叙情系だと、どちらが”名前の無い”をやりやすいですか?」


「写実系だと思うわ。大体、写実自体が”外から語る”だから、”中から発生する”ものである名前を必要としないもの」


「叙情系は情報をまとめて行く一方で、必然的に情報量が高くなるの。

 つまり、短編を書くとき、追うべき一事件・一キャラに対して余分な情報がつきやすくなるから、それを理解してないと”勿体ない重さを持った短編”になるんじゃないかしら」


「アー」


「キャラの描写なんかにも叙情系は作者の言葉がついてくるものね。

 だからそれを省略するために”名前有り”にして、”キャラ名”が出たら、それはキャラの名称でもある一方で”作者の言葉による描写を省略するための文字列”として扱う、と、そんな意味もあると思うわ」


「写実系の場合は?」


「キャラの外見説明は”外から”だから、キャラ名があるかどうかはキャラの区別のためとか、そういう場合が多いわよね」


「アー」


「だから写実系が苦手な人は、”名前無し”で作られた話が読みにくいんじゃないかと思うわ。

 情報量が少なすぎて、感情移入や記号としてのキャラのフックが無いのに事件が進んで行ってしまうし、キャラが勝手に納得とかしてしまうから」


「よくある”目が滑る・何故そうなるか解らない”のアレですね」


「しかし何故、こういう”名前無し”をフツーに出すんです?」


「写実系だから、ってのもあるけど、アレよ。

 私の文章修行というか、影響を受けたものの中に”歌詞”があるから」


「歌詞?」


「ええ。80年代バンドブームやポップスに限らないけど、歌って、”物語”を唄ってるものが多いのよね」


「アー……。歌だと名前有りのキャラが出るのは珍しいですよね……」


「アニソンとか特撮系は別だけどね。でも歌詞の場合、大体は”僕・俺・私”と”君・お前・貴方”よね」


「確かに……」


「歌詞という短い文章の中で、名前無しで物語を展開出来るなら、小説でそれが出来ない訳ないじゃない? だからうちのモブとか、数行や数ページの中で”そのキャラの歌”な訳よ」


「歌となると、何となく解る感あります。

 名前があっても無くても、”歌”だったら登場できますものね」


「でしょ? つまり、うちでモブがハジケる場合、私にとって、そのモブの”主題歌”が流れてる感じなの」


「それは盛り上がりますね!」


「そう。だから負けるときでも、その負けてる中で、誰か一人は主題歌掛かって頑張ってるヤツがいるじゃない? もしくは襲い掛かる敵側モブにこそ主題歌掛かってる訳よ、私の中では」


「それでいうと、私達のような”名前有り”のネームドは、主題歌の他にもいろいろな音楽を持っていたり、何かBGMとして流れてるときに出ていいキャラな訳ですね」


「そう。

 そして流れる歌を考えたとき、ここで”名前有り”のキャラの主題歌を出すよりも、一般モブの主題歌を出した方が”強い”と思ったら、そこでモブがハジケる訳」


「なお、名前の無いモブがハジケることで、幾つかの効果を生むわ。

 大体、こんな感じね」



A・名前有りのキャラに諭すことが出来る

 :名前有りのキャラとは立場が違ったり、スタンスの違いがあってもいいので、諭すことや、応援、同意、また反論も出来る。

B・世界の平均レベルを示せる

 :一般キャラなので、そのモブが所属するクラスの代表意見、視座を示せる。

C・ギャグなども自由に入れられる

 :一般の反応として、ギャグや展開のツッコミなど入れられる。


「いろいろ有用ですね……!」


「特にAとBの複合が強力で、主人公達の行動に対して一般側から支持を得られるとか、そういう描写が可能になるわ。

 大体、多くの事件は主人公達で全て解決出来る訳じゃ無いから、一般の支持があるって解るのは大きいわよね」


「成程……、とここまでいろいろ聞いてきて思いましたが、うちはホントに”名前無し”が出るの好きですよね」


「そうね。中学校の英語の授業でね? Nobodyの説明を聞いたときに、かなり衝撃を受けたのね。”何もいない”が”人扱い”されるって」


「アー、”ゼロ”を”何も無い数”として扱うというか」


「そう。スッゴイ矛盾が平然として存在することに驚いてねー……。

 ”何もいない”が人として扱われるなら、名前の有無とか、どうでもいいじゃないって、そんなことも思うのよね」


「何となくですが、名前についての意識が希薄な気がします」


「写実系ってのもあるけど、名前よりも行動こそが本質だものね。

 だから私の場合、名前とか間違えられても”認識が合ってればいいか”って感じ」


「アー。そういう意味で、書くときに気をつけてること、ありますか?」


「ええ。――名前を憶えなくてもいいように書くこと」


「ンンン? うちは”名前無し”を出すのも好きですけど、”名前有り”も大量に出ます。それを”憶えなくてもいい”んですか?」


「当たり前じゃない。だってホラ、アンタ、自分の人生に関わった人間の名前と顔、全部一致してる?」


「……キャラ的には”一致してます”って応える処なんですが……」


「まあそうね。

 でも、これ、すごく不思議なことだと思ってるんだけど、私達、例えば新聞を広げたとき、そこに書いてある全てが理解出来てる訳じゃないでしょ? ちゃんと全部、説明として書いてある訳だけど」


「アー、そうですね。ニュースサイトを見ても、全て理解出来る訳は無いです」


「そう。でも、小説の場合、特にエンタメがそうだけど、何故か読者の中には”全部理解出来ないとおかしい”ってスタンス、あると思わない?」


「アー……」


「理解出来ないとおかしい、じゃなくて、理解出来ないのがフツーなんだけどね」


「でも、代金払って手に入れたものならば、理解出来なければならないのでは」


「いや、そんなルール何処にも無いでしょ。

 世界をちゃんと作ったら、それを理解しきれないことこそが正しいわ。

 寧ろ、語れるレベルの世界は、世界として出来てないわね」


「じゃあ、解らないとしたら、どうするんです?」


「ええ。だから”名前を憶えなくてもいい書き方”をするの」


「それは一体?」


「既に答えが出てるじゃない。

 ――名前の無いモブと、名前のある私達は同じなのよ」


「アー……!」


「名前の無いモブと名前のある私達の書き方は基本的に同じ。

 それなのに”名前のあるキャラを憶えきれないことに弊害を感じる”のは、何よりも

 まず”名前のあるキャラを憶えなければならない”というバイアスがあるからじゃないかしら」


「でも、そういう人についてはどうします?」


「可能な限り対処するわ」



・キャラの出番の際、行動の理由などを書いて明確にする。

・相手キャラがいる場合、相手キャラの行動理由なども明確にする。

・キャラが行動する場合、何をして、何故それがその結果になったのか明確にする。


「こういう感じね」


「つまり、そのシーンだけでも完結するように書くんですね」


「そう。そこに”短編”があるようなものよね。

 ほら、アニメで言う”動きの良い数十秒間・見せ場のシーン”って、そのシーンだけでも見れるじゃない。そういうのを意識する感ね。

 まあそんな感じで可能な限りのことをやっていく、それに尽きるんだけど」


「だけど?」


「”名前を憶えないといけない”というバイアスを優先とするか解除するかは読者の判断だから、そっちについては読者の方にお任せね。

 うちはうちのやり方で可能な範囲で。

 その上で、共に手を取れたら幸いだわ」


「何か色々と話が広がりましたね……」


「物語とキャラの関係だったり写実だったり歌詞だったりnobodyだったり認識だったり、それによる効果があったりと、一つの要素が複数から生じてるっていう、良い見本ね」


「作家の個性の理由は”一つ”では語れないって話ですね」


「でも百年後とか、国語のテストであるかもよ? 川上稔という作家が”名前の無いキャラ”を出すのは何故ですか、以下から一つ選びなさい、みたいな」


「アー、ホントにああいうのは、”一つの理由”に集約したがりますよね……」


「まあそんな処で。

 いろいろと理由を語ってみたけど、利点があると思う処があったら幸いね。

 ”名前無し”の連中の活躍、使えるようになると面白いから」


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