アニメ化の時に気をつけていたこと・準備編


「今回の話は、ホライゾンのアニメ化の際、どのようなことに気をつけていたか。原作者側としてのいろいろやっていたことを備忘録しておこうと。そんな話ですね」


「何かやらかしたんですか」


「いやまあそれなりにいろいろやっていたことがあるから、記しておこうかと。他の作家さんや担当さんが見て、アニメ化した際の立ち回り方のヒントになるかもしれないし」


「なるんですかね……」


「うちはそれなりに特殊だからねー……」


「まずどんなスタートだったんです?」


「いや、いきなりよ。2010/5/27にAMWにホライゾン3の中と下の話をしに行ったの」


「中と下ですか?」


「アー、ちょっと脱線するけどリアタイ感として話すわ」


「どうぞどうぞ」


「あのね? 3は上巻を書き始めた時点で”あ、コレ、上下巻MURIかも”ってのがあったから、上巻が出来る前に三巻構成ということにして貰ったのね」


「書き始めた時点から?」


「義経達の八艘飛びやってるあたりで、それを決めた感じね。上下巻だとミトツダイラとルドルフ二世との戦闘で終わるだろう、と」


「ホライゾンは大河系なので、4がカーチャン戦とマクデブルクでも良かったように思いますが」


「ただそれだと4に比べて3が弱いわよね……。だから上中下巻で行こうということで。

 ただ、中巻と下巻の間で矛盾が生じるとマズいから、下巻を書き上げてから中巻を入稿するということで、中巻は原稿が出来上がったままでちょっと放置進行という流れだったの」


「アクロバットなことしますねー……」


「先行して相談とか全部ぶっちゃけるのがうちのスタイルだから、スケジュール調整とか先にやって貰ったおかげね。

 だから中巻は7月発売だったけど、5/19入稿って言う、結構キワドい処で入稿してる一方、下巻は9月発売だけど5月末に入稿して余裕入稿という感じ」


「先行して相談してるからこそですね……」


「担当さんとしてはヒヤヒヤだったと思うけど、スケジュールが決まったらうちは絶対オトさない鉄板だから」


「そんな流れの中で、どういう風に事が進んだんです?」


「ええ。当時、そんなスケージュールだったから、幾度かAMWに行ってるのね。

 中巻が出来て、そのデータを5/21日に編集部に持って行ったの。それで、下巻のスケジュールなど現状どうしようかということをAMWで話し合ったわ」


「このときは何の話も無かったんです?」


「そうそう。フツーに中巻の内容確認と”下巻どんな感じです?”みたいな。だから現状出来上がってる下巻を週明け(25日)に出して、チェックして貰おうか、とか。

 それで27日にまたAMWでいろいろ確認しましょう的な」


「意味も無く多忙ですねー……」


「ホライゾンの売れ行きがよくて、2の上下も引き続き読んで貰えたから、勢いがついてたのよね。3の上巻は6月発売だったけど、部数的にもアガリ傾向で、既にこのときクロニクルのペースを抜いてたのよね」


「それで問題の27日ですか」


「そうそう。そのとき、私としては究極兵器の一つをAMWに持って行ってたの」


「? 何です? それ」


「やっさんの方でアガっていた下巻の表紙」




「……アー……」


「”いい表紙でしょう”ってアレよ」


「言い切ったヤツの勝ちってアレですか」


「いや、当時のラノベとして、インパクト充分だと思ったのよね」


「今でも充分にインパクトあると思いますよ、この表紙は……」


「いや、今だとこれが書店に並んでいても”ム? あ、いや、普通だな……”だと思うわ」


「その”普通”は慣れてしまった人の”普通”なんですって!」


「まあでも、カーチャン表紙、やっぱ凄かったのよ」


「凄かった?」


「3のシメとなる下巻ってこともあったんだと思うけど、実は3下が出た時、全体の売り上げがハネ上がったの」


「……どういう……」


「カーチャンパワーよ」


「カーチャンパワー」


「何というか、ある意味”買わないと駄目”な表紙よね。

 一つ言っておくけど、読者は自分の性癖を破壊した作家には一生ついていくものだと思ってるわ」


「誰がここで使えない名言を吐けと」


「まあそんな感じで話戻すわね」


「で? どうなったんです?」


「ええ。表紙として行けるかどうかとか話をしてたら、担当さんが何か呼ばれて行って、しばらくして戻ってきたら編集長がくっついてるのよね」


「編集長の方が本体では……」


「いやまあ感じ感じ。それで編集長が”川上君、ちょっとこっち来なさい”みたいなこと行って連行されることになって」


「アー」


「訳解らないじゃない? 一番最初に思ったのは、”カーチャンの表紙で、説教されるのか……?”って思ったけど、それだったらその場ですればいいわよね。

 別室呼ばれて、ってなると、そんなレベルじゃないわよね」


「変に冷静ですね」


「そう。だから次に思ったのは”打ち切り?”ってこと。

 そのくらいだと、やはり別室に呼ばれると思うんだけど、私、打ち切り経験したことないから実際は不明だわ。

 それとまあ、3の上中下が出来るくらいに上り調子だったから、これで打ち切りとかあったら、それもおかしいよなー、って思ってた訳」


「それで別室行ったら、アニメ化の話ですか」


「そうそう。いきなり。

 そこから先の会議の話は、もう大体表に出ている通りね」


「ではそれから、どうしたんですか?」


「嬉しいとか良かったとか、そういうのよりも、ヤベエって思ったわ。

 会議をしている際、どれだけ話をしても、”ホライゾンをアニメにすることがどんだけヘビー”かってのが伝わってなかったから」


「ヤベエんですか?」


「アニメ化の企画があったとしてね? それが実際に取り組んでみて”MURI”だと解ったら、”企画中止”になるのよ」


「そうなんですか!」


「そう。そういうの幾つも見てるから。でもまあ、向こうが”楽”を取らずにホライゾンをするというのなら、後出しジャンケンみたいなのしないで、最初から全部出そうと、そう決めてね。

 会社(TENKY)に戻った時点で、サーバ内にある資料を全部USBメモリに入れて送ったわけ。メールで送れる分はそうしてね。

 やっさんの方にも、体裁とか整えなくていいから、今までの挿画データや、ラフなんかも、スキャナに突っ込んで全部データ化するよう指示したわ」


「アー、つまりは……」


「そう。スタートした時点でまず原作者としてやったことはコレ」



・出せる資料は全てソッコで出す


「無論、向こうがこちらと同じ環境を持ってないと意味が無いから、CADソフトや3Dツールとかは自分が予備で持ってたものを出したり、向こうが買った方がいいと判断したものはリストとか出してね。

 当時はフォトショップだけじゃなく、出たばかりのイラスタ(IllustStudio)も使っていたから、そのあたりも情報出して。

 こっちと向こうが同じ環境を得られるようにして貰ったの」



・アプリなど同じ環境を設定して貰う


「イラスタ使ってるのは、当時としてちょっと珍しい気もします」


「他、フリーソフトとかもあったけどね。しかしフリーソフトは如何に有能であろうと開発者側の気分でいろいろなことが決まるし、”企業としての責任所在”って、結構大きいのよ」


「そうなんです?」


「万が一、ソフト側の問題で不具合が生じたとき、スケジュールの遅れを担当側に話す際に”フリーソフトが……”って言ったら、どう思われるかしら。

 ”アー、フリーソフトだと仕方ないですね”って納めてくれる担当まずいないわよ。

 有料ソフトだから完璧って訳じゃないけど、”代金を払う”っていうのは、安全性や安定性のためにも払っている訳で、そこらへんの観点があるかどうかって、自分以外も関わる仕事だと大事だと思ってるの」


「まあそう言っても、今は結構違うわよね。サブスクとか課金系とかいろいろあるし、ブラウザとかフリーな訳だし」


「仕事に関する部分で、って処ですかね。今だと」


「そんな流れもあって、使ってたノートPCを新調したわ。データの受け渡しが多くなるだろうから、SSD搭載のものにした感じ」


「企画が流れるかも、って言いつつ、結構浮かれてますね……」


「流れないように悔いなく、って感じよねー……。

 なお、資料とかソフトとかまとめたら大判封筒に入らなくなって、段ボール箱用意したのよね。

 それでAMWの方に”すみません。設定などで印刷出来るものはそっちで印刷して送って下さい”って言って」


「アー、それで出来たのが、WEBの生放送とかで出た資料の山……」


「そうそう。だからサンライズ側で、まず資料の仕分けが必要になってね。

 キャラデザの人達に回すとして、どの資料にどのキャラがあるのか、とか。

 設定の人達に回すとして、どの資料が武蔵や各国、服装やメカ、装備とかがあるのか、とか。

 制作進行の大塚さんが地獄見てたわ」


「しかしデータの受け渡しにUSBメモリ使っていたんですか」


「そうね。当時はPSPとかの時代で、メモカで256MBとか? USBメモリは2~4GBくらいがメインだったように記憶してるわ」


「時代ですねー……」


「そう。でも2GBとか結構簡単に埋まるから、メイン8GBでやってたわね」


「それからどうなったんです?」


「資料とか渡しつつ、当時は上井草にあったサンライズ8stで週二回、資料の説明と、アガってくるキャラデザの確認とかがスタート。三、四回目くらいで向こうの平山Pに、”やるんです?”って聞いたら”やります……!”って言うから、企画倒れじゃなくてスタートしたんだなあ、って思ったわ」


「このとき、気をつけてた事って、ありました?」


「自分は”外様”だってこと」


「外様?」


「ええ。原作者って権利者だから立場的に偉くて、プロジェクトの中に受け入れて貰えるけど、でもそれは原作者だからなのよね。

 如何に親しくなったとしても、立場はこちらが上。それを勘違いしてしまうと”親しいから”みたいな判断が生じることになるわ。

 だからどのようなことがあっても、自分は”外様”で、一線は引いておかないと駄目ね、ってこと」



・権利者として立場が違う”外様”だと忘れないこと


「これと共に、制作側のスタイルによっても変化することだと思うんだけど、私の中では”他人の仕事を奪わない”ってのがあるのね」


「どういう?」


「意味は二つあるわ。一つは実働、もう一つは虚栄」


「もう一回言いますが、――どういう?」


「実働の方はアレよ。あるじゃない? ”原作者が脚本”とか」


「アー」


「現場にはプロが揃ってる訳よ。

 脚本書くなら、何年もそれやってきた人達がいる訳よ。

 そこに原作者が入って脚本書いたとして、当然、フォーマットは理解出来てないし、調整とかいろいろ必要でしょ? 話題性やマーケティングもあるけど、こちらが起こすシワ寄せやコストに見合うことやってんのかしら、って。

 あと、単純に、――本来その仕事を受ける誰かのギャラを奪ってるのよね」


「アー、まあ、考え方の違いとかもありますから一概には言えない処ですね……」

「そういう意味で言うと個人の方針。――一方で、私しか出来ないとか、私がやった方がコストが圧倒的に低いとか言うなら、それはやるわよ」


「……まさかBD特典のキャラコメは……」


「30分キャラ喋りっぱなしで、更に設定話とか絡めて延々とやるとなったら、私しかいないわよね……」


「ちなみにキャラコメの話があったとき、向こうから渡されたのが”劇場版 銀魂 新訳紅桜篇【完全生産限定版】”だったのよね」


「アー、あれは良い出来でしたねー……」


「そうそう。――で、特典として、アレがあったじゃない? ハイライト部分の総集編をハタ皇子の完全吹き替えでやるアレ」


「アレは凄かったですね……」


「いやホント凄かったわ……。で、私、キャラコメって知らなかったから、つまりこの勢いでやれってことかー、って思ってね」


「それでどうなったんです?」


「ええ。キャラコメの収録が何回か終わった後、銀魂渡してくれた人とその話をしたら”あれ? あれは私が関わった仕事というだけで、別にそういう意味では”って言われたわ」


「い、いい方に働いた事故ですかね……」


「いやまあ、実際の処、キャラコメの話を聞いてて思ったのは、別にもあったのよね」


「それは?」


「”忍者戦士飛影”のラスト二話」


「ンンン?」


「いや、飛影って打ち切りアニメだったんだけど、そのせいか、本編終了後に残った二話が総集編でねえ」


「……何となく先が読めましたが、どうぞ」


「うん。その総集編で、解説というかコメント当てるのが、味方側じゃなくて敵役なのよ。それがもう青野武さん達の怪演オンパレード状態で遊びまくってて、子供心に無茶苦茶面白かった記憶があったのよね」


「記憶と言うことは――」


「ええ。見直してはいないわ。今見たら”こんなだっけ?”って思う時代性の差は絶対あるし。

 でもハタ皇子のアレを見てて、何となく思っていた”飛影のアレ”が正解だと確信してね。それでキャラがdisネタや解説とかガンガンとアドリブ調に喋ってアテレコするキャラコメになった訳」


「アドリブ調っていうのが大事ですよね」


「そうそう。私、”飛影”については”面白い”アニメだったって記憶が残ってるんだけど、それは大部分がその総集編に由来してるのよね。

 青野武さん達の熱演にとにかく笑った記憶があって。内容とかではなく、そういう”作品”を受け継いで送っていることが出来ていたら、幸いだわ」


「成程……、という処で話を戻しますが、虚栄というのは?」


「ええ。あるじゃない。他人がやった仕事なのに、――”コレ、俺がやったんです!”みたいなアレ」


「アー……」


「原作者のすることって、資料出して、制作側の出して来るもののチェックするだけなのに、何が”俺がやった”よねえ。

 スタッフがやったのよ、スタッフが」


「正確には”俺が資料出したおかげ”かもしれませんが、それでも実働の部分はスタッフさんですよね……」


「そう。原案と、それをアニメ化する制作は別で、だからこそ分業として成立してるのに、浮かれると”俺のもの”感が出て来てしまうのよね」


「やられた側は、原作者への信頼感失いますよね……」


「前の”実働”と一緒にやると、ダブルコンボで信用失うわ。

 でも”原作者”だから現場では持ち上げられるから、それに気付かないのよね」


「アー」


「この”実働と虚栄の勘違い”について、原作者は自分で気付くことが出来ないわ。

 担当さんだって、やらかしてたことに原作者が気付いてテンサゲ入ると困るから、言いにくいでしょう。

 だから常にその自覚をもって”外様”の身分であると、気をつけていないと駄目だと、そう思っていた訳」


「だから現場に行って、制作が正式にスタートしたと思えた時点で、そういうのを小野監督達といろいろ話し合ったのね。

 注意してることとかあるけど、足りないことは何だろうか的な」


「それはどうしてですか?」


「原作付きのアニメを成功させる方法として、私の中に一つの考え方があったの」


「それは?」


「――読者に、制作スタッフを信頼して貰うということ」


「ンンン? という処ですが、ちょっと長くなったので次回へ!」


「準備編とか言いつつ、まだ準備終わってないわよねー」


「ま、まあ、そんな感じで!!」


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