戦闘描写や駆け引きの思案(中編)


「今回の話は、戦闘の駆け引きがやたらと充実している川上作品、その駆け引きなどについては前編で説明したので、では中編では表現について話してみようと。そんな話ですね」


「たった二週間で、人は前に言っていたことを忘れるものね……」


「ハイ! ハイ! 前編読んで思い出す!」


「…………」


「アー、まあ読んだけど成る程、ロジックとか駆け引きなんかの説明はしたのね。定理みたいなのとかも出して」


「…………」


「実はここから先、一回、”定理の大事さと御気持ち創作論の否定”について長文書いて”あ! 今回この話じゃなかった!”って思って全文別に回したわ。

 私も大人になったものね……」


「なってませんって」


「ンンン、じゃあまあ、何?」


「戦闘の表現について、ですね」


「前に、戦闘とは何をどう伝えるべきか、ということについて話したわね。

 ”戦闘の納得と表現”。

 その”納得”のシステムについて、以下のようなことを示したわ」



■戦闘は、手段を展開することで成立する。

 ・手段:何を用いて勝つか

    :”仕込み”となる。

 ・展開:どのような流れで勝つか

    :”仕込み”の影響を受ける。

    :ページ数などによっては、”仕込み”に影響を与える。


■決着を納得させるためには、”仕込み”の積み重ねゲームを用いる。

 :”仕込み”から、手段と展開を生むことが出来る。

  ※人によってはこちらの方を先に考えた方が楽。

 :しかし手段と展開はページ数を想定するため、”仕込み”にフィードバックもあり得る。


■仕込みがパワーインフレになりそうだったら、”回収・推理・欺瞞・変換”の駆け引きを持ち込む。

 ・回収:相手に気付かせぬ”仕込み”をバラ巻き、後で一気に回収して逆転。

 ・推理:相手の”仕込み”を見破って、相手の”仕込み”を減少して逆転。

 ・欺瞞:相手に欺瞞を気付かせて、その反応を経て逆転する。

 ・変換:”仕込み”を進めつつ、勝利条件を変えてしまう。


「コレは、どのように戦闘を推移したら、勝敗の決着を読者に納得させられるのか、という話ね。

 では、戦闘の”表現”があるとして、”納得”に無い要素って、何だと思う?」


「え? ……実のところ、納得の部分に、結構、いろいろな要素がありましたよね?

 以前に話をした”叙情派・写実派”にとっても、あまり区別がなかったように思います」


「そうね。仕込みの種類を考えたら何でもありだから、叙情派にとっては”作家の屁理屈”でもいいし、写実派にとっては”動作”でもいいの。

 そういう意味では戦闘の”納得”って、何でもありなのよね」


「ですよね? 写実派もそこに居られるならば、では、戦闘の”表現”って何なんです?」


「”戦闘の表現”というのは、戦闘のスケール(規模と範囲)をマネージメントすることなの」


「……スケール? 何ですソレ?」


「スケールは、戦闘規模のことだと思って。大別すればこんな感じで、区別してると思うわ」



■スケール

 ・一対一(一次元)

 ・一対一(二次元)=2D一対一

 ・箱庭=平面3Dフィールド

 ・ランドスケープ


「何か、区分けが混雑しているような? 一対一と箱庭・ランドスケープは別のものですよね」


「そうね。でも、一対一っていうのは、基礎でありながら、しかし基本的にかなり特殊なの」


「そうなんですか?」


「ええ。一対一は、スケールがゼロから無限まで自由だから。でもそういうのも含めて説明していくわね」


「私、戦闘の表現って、時代によって変わって行ってると思ってるの」


「いきなりデカい話で来ましたね。でも、それは?」


「ええ。80年代までは、基本、戦闘ってタイマンなのよ。正面からの殴り合い」




「黒が攻撃の方向。

 白が移動だと思ってね。

 でまあ、マンガとかアニメの戦闘が、大概これだったわよね。基本、動いてるように見えても、正面から殴り合って、強い方が弱い方を吹っ飛ばすの。移動は、相手の背後に回り込む描写があったとしても、それは結局、前後の向きを変えるだけで、基本の移動は前後のみ」


「アー、何か思い至りますね……」


「例外はあったと思うけどね。特撮なんかだと、集団戦もあったし。

 でも空を飛んだり、数が多かったとしても、結局相手に対して”正面から殴り合う”じゃ、角度が違うだけで同じなの。一次元的な戦闘なのね」


「それが変わったのって、いつです?」


「例外も含めていろいろあったろうけど、ラノべなんかに繋がる決定的な変化は1990年10月だと思ってるわ。

 スト2が稼働したことで、急激な変化が入ったと」


「アー」


「スーファミ版のスト2だけで国内販売数288万本。

 現在まで続く影響は、それまでのいろいろなコンテンツの比じゃなかったわよね」


「戦闘のスケールとしては、どのような影響があったんでしょうか」


「一対一の拡充と、何よりも一対一のスケールが”拡充出来る”という事を知らしめたのが大きいわ」


「拡充?」


「そう。スト2は、基本、キャラが前後に動く一次元戦闘だけど、上段と下段の攻撃の打ち分けがあったわ。

 そして、――ジャンプ攻撃が、かなり強力な手段と位置づけられていたの。これによって、戦闘が水平だけじゃなく、垂直にも広がって、明確に二次元化したのね」


「今の私達は、2D格闘ゲームのジャンプ攻撃に慣れてしまっているから違和感を得ないんだけど、基本、ジャンプ攻撃って、エンタメでは必殺技と直結しているし、リアルにやったらほとんど決まらない、回避されること前提だったり、着地も自爆が多い”使いにくい技”なのよね」


「まあ、リアルではまず使いませんよね……」


「ゲームだと、でもそれなりにあるのよね。

 古い時代のゲームから代表的なので言うと、イー・アル・カンフーやスパルタンXの跳び蹴りや、スーマリのジャンプアタックとか。

 前二者は跳び蹴りのタイミングがややキツめだけど、相手やボスの攻撃を飛び越えて頭部などを狙えたりという、ハイリスクハイリターンな技よね。

 後者は”踏む”行為だけど、任天堂らしくジャンプを”ボタン”で発生させることで、体感性を上げていたと思うし、これもやはりジャンプ軌道を合わせないとミスになることでハイリスクハイリターンの状況を作ってるわ」


「それに比べると、2D格闘ゲームの”ジャンプ”が”攻め”の技術になっているのは、リスクが随分下がったと思います」


「スト2を作ったカプコンは、前身のストリートファイターでも同様のアクションをやってたけど、これは滞空時間短くてリアルな一方、あまり当てられないのよね。

 でもカプコンはその後にベルトアクションの名作”ファイナルファイト”を作ってるんだけど、このゲームだと、ジャンプ攻撃が滞空時間長くてまあ敵に刺さる刺さる。集団まとめて蹴り飛ばせるんだけど、こっちのジャンプ攻撃がスト2に行った感はあるわね」


「これによって、どういう風に変化をしましたか?」


「さっきも言ったように、まずは戦闘スケールの拡充としての二次元化。

 それまでの正面からの殴り合い+必殺技、という水平一次元の流れに、上段・下段・空中などの打ち分けが入って、垂直方向が追加。二次元化したわ」


「そして、と言いたそうですね」


「そうね。スト2が明確にした概念としては次のものもあるの。


 ・ガード

 ・裏に回り込むこと

 ・モーションパターンが充実したため、攻撃種が増えた

 ・二次元化した上で、モーションパターンの充実から位置取りが必須に


「こんな処かしら」


「一気にフクザツになりましたね……!」


「そうね。もう、大体の戦闘はこの中で消化出来るわ。

 ガードも入ったおかげで、そこだけでも充分な駆け引きが発生してるし」


「通常技の上段・下段や、位置取りの段階でも、駆け引きが生じたことになりますね」


「そう。そして社会現象にもなったということは、不文律性が上がったということだから、基礎教養みたいなものができたのよね。

 つまり、”書かなくても解る”ことが皆の間に生まれた訳。

 これを図示すると、こんな感じになるわ」




「スケールとして、空間がちょっと広くなりましたね」


「二次元化して、上下や”裏”が発生したものね」


「これはそのまま3D戦闘に移行するんですか?」


「そうね。でも、ちょっと変わった移行をするの」


「ちょっと変わった?」


「ゲームから始まった2D空間を活かした戦闘は、マンガやアニメと融合することで、その形質を残しながら変化を与え合っていくの。

 たとえばマンガやアニメだと、トーナメントや代表戦が構成上入りやすいものね。

 ゆえにゲームの方にもそういったルールを組み込んだものが表れていったり、イベントで大会が組まれて行ってね。現実とゲーム、アニメやマンガのクロスオーバーも多発するようになっていったわ。

 このあたりから格闘のリアルイベントも盛んになっていってね」


「もの凄い雑に語ってますが、”それは違う”という場合、そちらの現実で御願いしますね」


「でまあ、こういうミクスアップが生じたことで、マンガなんかでも、これまでは一次元戦闘みたいな”行って攻撃して距離を開ける”みたいなものから、密度高い遣り取りが生まれ、そしてこれを既存の”多人数戦闘”に組み込んで行ったの。

 これによって、まあ戦闘シーンが長くなるなる。一戦で一巻分使うとか、ザラに生じることになったわよね」


「今までは、よくても”如何に必殺技を撃つか”くらいの駆け引きでしかなかったのが、位置取りや動作まで入ってきた訳ですからね……」


「その複数戦闘だけど、でも、図示するとこんな感じかしら。

 A,B,C,って感じで、三つの戦闘が進行してるんだと思ってね」




「こんな感じよね。

 多人数であっても、基本は2D一対一が複数ある、という状態。

 本当の意味での多対多や、多人数戦闘じゃないのよね。

 ――で」


「で?」


「ぶっちゃけたこと言うと、2022、2023年の今頃ならば、このくらいの戦闘スケールは書けて当然だと思ってるわ」


「当然、と言っていいんです?」


「ええ。だって、2000年代以後に生まれた人達は、格闘ゲームブームとかも一段落してるから、これらのものを”当然”とした時代にいるの。

 これは読み手も書き手も同じ。

 つまり今の時代の誰もが想像する戦闘って、最低でも”2D一対一・2D多対多(実質一対一の集合)”だから、これ以前の原始的な戦闘を書こうとしても、それこそレガシーの作品に触れない限り、出来ない筈なのよ」


「…………」


「まあ、今でもたまに、戦闘シーンは動きとかほとんど書かずに本文でアオリまくるだけで、何するかと思ったら武器担いで”ウォー”って突撃したら攻撃が当たって決着とか、そういうのあったりするわよね。

 あれ一種の”アオリが優れてる方が勝つ”から”大喜利戦闘”って呼んでるんだけど、ある意味、今の時代に合ってるのかしら」


「言い方! 言い方!!」


「とはいえここだけの話、大喜利戦闘しないで、ちゃんと戦闘を書くとして、そこにどんな利点があります?」


「うーん。

 先に大喜利戦闘の利点について話をするわ。

 大喜利戦闘の場合、アオる中で、詠唱とか、そういうアゲる演出が出来るのよね。アオりは演説と同じ効果や要素を持っているから。だからまあ、名乗りや詠唱が格好良い英雄クラスの戦闘とかに向いてるわ。

 もはや駆け引き不能かつ不要、みたいな」


「じゃあ非大喜利は」


「そうじゃない場合、攻防を重ねることが出来るからその中でキャラが対話出来るの。私はカットイン方式って呼んでるわ」


「カットイン?」


「ガンダムとかでよくあるアレ。戦闘中に議論が始まると、戦闘の上にキャラ顔のカットが重なって来てお互いに説教したりするじゃない」


「アー」


「面白いのが、議論で勝ったら戦闘で勝てる訳じゃない、ってことよね。しかしカットイン方式の場合、議論と戦闘動作が噛み合ったときは無茶苦茶アガるから、動作中心で書いてる人はそこに会話が仕込めるのを意識する意味があるわよ?」


「さて、じゃあ今、平均的な戦闘スケールとして2D戦闘があるとして、それよりも上となると、箱庭とランドスケープですよね。

 これらは、どういった意味で”上”なんです?」


「ええ。ここから先は”意識してないと書けない”スケールなの。

 でも、時代的に、2000年代以降の作家だったら基本的に書ける素養を持っているスケールね」


「随分と含みがありますが……、それは?」


「ええ。まずは”箱庭”から行きましょう。

 多対多、多対一、または一対一を含むフィールド戦闘。

 無双系、と言ってしまえば解りやすいかしら」




「上から見た図と思ってね。また、周囲から攻撃してくる連中は、常にこれだけいる訳じゃ無くて、まばらだったり、逆に密集だったりするわ。

 また、便宜上、攻撃するための移動を示してるけど、どのキャラも、基本的にはこのフィールド上を自由に移動出来ると思ってね」


「アー、ありますねコレ。基本、平面フィールド上で、しかし360度何処にでも動けて、敵をバッタバッタとなぎ倒していく、とか」


「KOEIの”真・三國無双2”が販売本数117万本。以後シリーズや同種作品など、影響を与えた作品を、00年代以降の作家はそれとなく触れたことがあるんじゃないかしら。

 また、モンハンなんかの狩りゲーも、大体はこのデザインなんだけど、こちらは今でも売り上げランキングのトップに来るから、多くの人達が触れてると考えていいと思うわ」


「特徴は、基本”平面フィールド”で、その端までがゲーム的なレベル(面・シーン)として用意された大きさである、ということですね」


「無双系や狩りゲー系に限らず、3DのダンジョンものやRPGにアクションだと、戦闘の多くがこういう構図になってるものが多いわよね」


「大軍を相手にしたり、360度動き回って相手の隙を探して討つ……、とか、そういうのも、この系列ですね」


「そういうこと。しかしコレ、”箱庭”戦闘。いざ文章として書こうとしたら、それなりの経験を積まないと難しいのよ」


「経験が必要なんですか?」


「ええ。それまでの2D一対一と違って、3Dフィールドでは、管理するものが一気に増えるの。何しろ距離だって今までとは全く違うし、多対一の場合、相手全体がどうなっているか、それこそ秒で管理しなければいけないわ」


「確かに……、2D一対一だと、基本的に”自分・相手”と交互に行動を書いていくだけでもいいですが、3Dフィールドだと”間”も大きく空けられるから、行動が交互ではなくなったりしますよね……」


「そういうこと。2D一対一は、交互に行動を処理していけば、何となく出来てしまうの。でも、3Dフィールドになると、位置取りは三次元化するし、フィールドも広くなるから”間”が生まれるわ。

 そして多対一の場合、”多”を制御しなければいけないものね。

 これは、何となく書いていればいい書き方から、戦闘を管理して書かねばならない書き方に移行するということなの。そして――」


「そして?」


「ええ。戦闘を管理して書くと言うことは、戦闘の推移と決着がある程度見えてなければいけないわ。

 つまりこのスケールを書くと言うことは、何となくではなく、”書き手”としてアクションシーンまたは戦闘シーンを書く、ということなの」


「この箱庭、平面3Dフィールドの戦闘を書くのは、どうしたらいいんですか?」


「どうするも何も、愚直にやるだけよ?」



 ・時間経過による全ての進行を管理する

 ・戦闘に参加する者達の移動力を管理する

 ・戦闘に参加する者達の戦術、位置関係を管理する

 ・戦闘に参加する者達の武装の性能を管理する

 ・戦闘に参加する者達のステータスを管理する


「こんな処かしら。大事なのは時間。何もかもが、時間によって変化していくから、時間経過をベースに全てを管理することになるわ」


「しくじるとどうなります?」


「時間の管理をミスった時、よくあるのは”一瞬の中でバタつき過ぎ”と”ワープ”ね。

 前者は、とにかくいろいろやろうとして、一瞬の中で出来ない分量のことを詰めてしまう場合。

 後者は、位置関係を何も考えずに”ここでこのキャラが活躍する”と決め打ちしたため、移動力無視でキャラがワープしてしまう場合」


「アー、ありますね……」


「スポーツ系だと、特に”ワープ”が発生しやすいわよね。何故かそこに居る、ってのは良いんだけど、その直前にいた位置を考えると、明らかに”ワープ”しているとか」


「ともあれ作家には、戦闘シーンと言ったら、まずこの平面3Dフィールドでの戦闘を意識して欲しいわ。

 現状の、読者が見ている多くの媒体における戦闘の基礎だから」


「読者基準なんですか?」


「ええ。だって、如何に自分が”そんなもの知らない”と言っても、書いたものが読者の多くが望むレベルに達していなければ、それは読む意味が無く、捨てられていくから。

 読者未満のレベルの内容は、読者にとっては既に理解した範疇で”読みやすい”けど、しかしそれは何度も通過したもので、”読みたい”訳ではないのよ。

 ”読みやすい”=”読みたい”では無いから気をつけてね」


「あの、もう少し手加減を」


「まあ読者を常に上に見ておいた方がいいわ、ということね。

 じゃあ話を戻して質問するけど、この手の3Dフィールド戦闘を書くときによく言われる”フィールドを広く使う”って、どういう意味かしら?」


「え、ええと?」


「ホント、これが出来てるのと出来てないのでは、結構差が出るんだけど、じゃあ”フィールドを広く使う”って、何?

 コレ、ちょっと説明長くなるけど、理解しておくと箱庭以降の戦闘が充実するから、次回後編ということでそっちに回しましょう」


「何やらいろいろありますが、後編にご期待を!」

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