『終わりのクロニクル』分厚く重ねられる戦後交渉(後編)

「今回の話は、前回に続き、”終わりのクロニクル”における交渉の内容についてです。分厚い交渉? それはどういう事なんですかね……、と。そんな話です」


「……前回、”あまり書く事ないかも”詐欺をしたので、今回は書かない事を全力で頑張るわ」


「趣旨がズレてきていませんかね……」


「まあそんな感じで、前回の続き?」


「そういうことです。分厚い交渉って、どういうことなんです?」


「分厚いって、まあ、うん、ホントそれは分厚いのよ」


「だからそこ説明」


「なかなか面倒ね。いやでも、そうとしか言い様がないというか。

 ――交渉が、二重、三重に行われるのよ」


「それは、作中で二、三回に分けて、とか」


「そういうのもあるけど、もっと深いわ。

 時代的に、先代、先々代とかの交渉も入っていると、そういうことなの」


「これはちょっと、クロニクルの物語の構造を話した方がいいわね」


「アー、軽くでいいので御願いします」


「そうね。あれは私が中一の時――」


「軽く! 軽く!!」


「しょうがないわね。ここ読んでる人はクロニクルのこと知らない人が結構いると思うの」


「そうなんです?」


「だってホライゾンから入ってきた人の方が、既刊読者より多いから……」


「アー」


「まあそういうのもあって、前提事項として”知らない人が多い”=話が通じないことが多い”を想定してないと駄目よね」


「何とも難しい処ですね……」


「まあチョイと話ズレたけど、そういう感じでホライゾンから入ってきた人達を前提として話をすると、クロニクルって、2003年にスタートして2005年に終了したシリーズ」




「懐かしいですねー」


「結構先進的な作りになるよう、気をつけたわ。それでまあ、これの内容だけど」



・60年前、祖父の代が10個の異世界を滅ぼした。

・戦後60年、各異世界と再交渉し、各異世界の”核”。その使用権を手に入れろ。


「まあこんな感じよね。つまり構造としては、”60年前と今”があるの」


「二重構造なんですか?」


「いや、そうじゃないわ。大きな交渉などは発生してないけど、父達の代で、いろいろな衝突がまたあったというのが、作中で解っていくの。更には――」


「更には?」


「各異世界が、こっちの現実世界に補足されるまで、それぞれ衝突してなかった筈がないじゃない? だから60年よりも前、遙か昔から、各異世界間での衝突や交流があったのね」


「えーと……」


「こういう感じ感じ」



遙か昔:10個の異世界間で戦争や交流をやっていた

60年前:祖父の代で異世界が滅びる

?年前:父達の代で何かがあった

今:戦後の再交渉を行う


「少なくとも四重ですか……!」


「交渉がメインの話だものね。そのくらい、やっておかないと」


「でもコレ、実際に動かすとどうなるんです?」


「ええ。まずは相手のプロフィールなどを調べて、問題点の洗い直し。そして相手が再交渉に臨む際の障害を理解し、ディスカッションしていくことになるわね。でも――」


「でも?」


「各異世界は、それを滅ぼした祖父や仲間との因縁があるし、まだ彼らは向こうもこちらも生き残ってる連中がいるの。つまり因縁がリアルタイムで生きてる場合がある。

 そして各異世界間でも戦争をやっていたから、”この異世界は、あの異世界が許せない”とか、そういうのがある訳ね。更には――」


「更には?」


「父達の代で、また幾つか因縁が生まれてる場合もあって、それも理解しないと、当然向こうはこちらを認めてくれない。

 ある意味、交渉もだけど、そのための調査が各異世界の成り立ちや、滅びに至ったドラマを知るための調査でもあるの」


「交渉というワードを基礎に、異世界を知っていく感ですね」


「そう。だからさっきの年代的な表記を、今度は交渉側から見ていくと、こうなるわ」



交渉相手を認識、確保する

相手(異世界)のプロフィールを知る

60年前の滅びる経緯、理由を知る

:異世界間の戦争や交流を知る

祖父達の因縁を理解する

交渉相手に、自分達が60年前からの引き継ぎ役だと理解させる

交渉をまとめる


「こんな流れが基礎ね。当然、いろいろな変動はあるけど、無数の横糸と縦糸を探っていくことが、他の異世界の繋がりを導く事にもなっていって、つまり全巻を読んだとき、今の時代の交渉が終わると共に、過去に何があったかも全体を知る……、という構造なのね」


「コレ、どうやって作ったんです? 軽めの説明で」


「ええ、それは私が中一の時……」


「軽く! 軽く!!」


「いやまあ、ストレートに作ったわよ?」


「ストレート?」


「そう。原盤は中二の時の旧EDGEがあって、それから二十年近く、いろいろ資料集めたり頭の中でああしようこうしよう、って考えてたのね。そしてそれを成文化していった訳」


「それで出来るんです?」


「出来たから今のがあるんじゃない? ……って、そういう意味じゃないわよね。感覚としては、キャラクターの作成術を”世界”に適用するの」


「えーと……」


「キャラ作成の時、”この項目を埋めるとキャラが出来る”を見せたでしょ? アレの”世界”版をまず作るのよ」


「…………」


「……”作った”じゃなくて”作る”ということは」


「ええ。今まで何度もやってるわ。ゲーム企画を作る場合、一作ごとに世界を使い捨てるものね。だから”項目を埋めたら世界が出来る”シートを用意してる訳。

 そうやって世界を作るとき、因縁や過去年表も作っていくでしょ?

 それが各世界の縦糸。

 そして他の世界も作っていく中で”ここで衝突してる”とか、加えていくと、それが横糸」


「そこで更にキャラの設定の分が重なるんですよね」


「ええ。60年前の戦争を行ったキャラの”過去”は、各異世界を終わらせた部分と関係するわ。だからそのあたり、各異世界の過去年表と、キャラ年表を行ったり来たりするし、”このキャラはここらでこっちのキャラと出会ってるはず”みたいなのも、何となくでいいから入れておくの」


「どんだけ掛かるんです?」


「一ヶ月もかからないわよ? 二週間くらいで大体、各異世界、各キャラの過去はまず出来上がった訳」


「各異世界、各キャラの過去が出来た処で、それから、どうするんです?」


「ええ。その”過去”を別ファイルに全部吐き出して、”時間軸に並べていく”の」


「全部の異世界とキャラの”年表”を作るんですね!?」


「素材は出来てるから、驚くことじゃないわ。個々の過去の完成度が高ければ、時制に合わせて並べていくだけで済むものね。

 そういう意味では、さっきの作業を地道に重ねた分、ここで楽になるわけ」


「まあそうですけどねー」


「でもね? 各異世界、各キャラ、過去の部分を個別で作り込んだとしても、全体として並べてみると、まだ足りないの」


「そうなんですか?」


「大体が、”当然、交流してるキャラ”との絡みはあるんだけど、そうじゃないキャラとの交流は、全体を通してみないと思いつかないわ」


「交流が薄いキャラは、それがなくてもいいのでは?」


「物理的に無理とかだったら、それでいいけど、例えば同じ部隊にいるとか、専門スキル持っているのに交流がないとか、不自然でしょ? そういうのを埋めていって、また、各異世界や各キャラの過去にもフィードバックするの。一週間くらい掛かるわね」


「そうやって巨大な総合年表が出来る訳ですか?」


「そう。でも、気をつけないといけない事があるのよ」


「それは?」


「スケジュールが詰まりすぎて、齟齬が生じたり、とか。――例えば、代を重ねることとして”子供が生まれる”なんてことがあったら、妊娠から十ヶ月は母キャラが満足に動けなくなるわよね。だとすると、年表内で彼女がアクティブに動けなくなるし、逆に他キャラは彼女のフォローに回るけど、――でも結局、彼女が主導となる部分は基本的に進行しなくなるわ。

 そして、そのあたりの年代が歴史的事件が起きた時期だったりすると、動けない彼女と、動ける他の面々はリアクションが違ってくる。

 ……こういうのを常に考えて調整しないといけないの」


「……推理もので、犯人や他の人達の言動管理をやってるような感じですね……」


「マーそういうものよね」


「それで、巨大な年表が出来たら、準備完了ですか?」


「いや? まだまだよ? 年表が出来たら、本文のプロットを考えつつ、あることをしないといけないの」


「それは?」


「主人公達が見ていく”過去”の選別と、交渉相手がこだわる過去の問題や因縁の洗い出し」


「アー、そうでした。主人公達は”今”の存在だから、過去を全部見れる訳じゃないんですね……」


「そういうこと。そしてそれは、過去に生きてる連中だって同じ。皆、自分の観測範囲しか知覚も記憶も出来ないのよ。だからそのことを理解しつつ、プロットを立てながら、適格となる過去を選別していき、必要ならまた年表に加えて、キャラの過去にも追加修正するの。その上で――」


「その上で?」


「まだこの時点では”準備中”のムーブなのよね。だから、”これをやった方が良い”というネタは、周囲の物語が崩れるとしてもまず入れて、物語を良い方に再構成する」


「面倒じゃありません? この時点で、良いネタ思いついたから再構成って」


「いや、どんなに準備掛けていても”まだ準備中”なのよ。

 そして、”これをやった方が良い”で得をするのは読者だし、そうやって得た”得”を、読者は忘れないの。それはこっちに対する信頼感に繋がるわ。

 だから”これをやった方が良い”を思いついたら、絶対にそれを否定せず、やっていくの」


「で? それはいつまでやるんです?」


「ええ。自分的に”もうこれ以上は無いな”と思えるまで。そして一週間位してもそのままだったらOK」


「アー、ある程度出来た時って、テンション上がって”これでいい!”って判断しますけど、大概、デバッグ的なものが足りてなかったりしますよね……」


「そのためにも、ちょっとインターバル必要なのよね」


「えーと、つまりこれまでの作業的には……。こんな感じです?」



・設定、過去を作る

 :各異世界

 :各キャラ

↓↑

・それらの過去を並べて総合年表を作る

 :時制の流れ、スケジュールの調整

 :不足分は追加し、元の各異世界、各キャラにフィードバック

 :”これをやった方が良い”が思いついたら実行、調整

※”もうこれ以上は無いな”まで繰り返す

・総合年表から、”この過去を作品に出すべき”という処を選別する

 :主人公側が見るもの

 :相手側が持っているもの

・選別した過去と、それを見せるシーンを、プロットに入れていく


「ある意味、プロット作成術の一種よね。クロニクルのような多重年代記を持ち、それ自体が作品の要になる場合、こういう方法がベストの一つだと思うわ」


「そして、この主人公側が”見る過去”と、相手の”持つ過去”の是非や妥協点を導いていくのが、交渉なんですか?」


「いや、実はもう一回、ヒネるの」


「…………」


「……ちょっと? あの?」


「あのね? よく考えて。交渉相手が居るとして、その相手が、主人公達に対して、交渉が有利になるような過去を見せてくれると思う?」


「アー……」


「基本、知られたくない事などは、隠すわよね? だとすると、交渉や、過去を見ていくこととは別で、”過去を推理”するということが必要になるの。

 そしてその”推理出来た過去”は、交渉にとってクリティカルなものとなるわ」


「探偵ものみたいな感ありますね」


「そうね。過去を見る事は、相手の問題などを理解することだもの。

 つまり過去を見るということは、”証拠集め”のターンと”推理ターン”があって、交渉とは、その証拠を並べて地固めした後で、推理結果をもって相手を理解する、と、そういうことになるわけ」


「ええと、じゃあこっちも並べると、こういうことでしょうかね」



・過去の見方”証拠集め”

 :単純に見に行く→遺跡や、記録を見る、当時の人から聞く

 :何か技術などで見る→過去を見る便利アイテムやスキル。または科学や術式の検分

 :実証実験など→検分の一種、過去の再現を行い実証する


・過去の見方”推理”

 :集めた証拠から、過去に何があったか、確証する


「この”推理”を交渉前に何度も途中段階として行うもの面白いし、交渉中に覆されたり、更に”再推理”で真相を見つけるとか、そういうのが”駆け引き”になるのよね」


「そういう意味では、推理ものの流れとカタルシスがありますね」


「交渉を”証拠集め”ターンと”推理ターン”に分けて、それを単なる優劣ゲームじゃ無くて”相手を理解する方法”にした、というのは、当時にしても珍しいんじゃないかしら」


「まあこんな処ね。

 結局いろいろ語ってしまったけど、クロニクルの交渉が”分厚い”っていうのは、何代にも渡る過去の縦糸と、無数の異世界と関係者の横糸。

 それらの編み目を主人公達が読み取っていって、全体の真相を見つける。

 そういう多重構造と、段階的な証拠集めと推理のカタルシスが面白いわけ。

 そしてここから導かれるのが、勧善懲悪じゃなくて理解と共存だから、広範な問題と解決を読者は手にするのね」


「マー確かに”分厚い”としか言いようが無いわけですね……」


「そんな感じ感じ。そしてこれらを改良して組み込んだのがホライゾンの交渉になるけど、それはまた別の話ね」

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