日常描写、生活描写の重視
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「今回の話は、作中に何となく、しかし確かに出てくる日常描写のアクセント。これも昔はちょっと異質だったりしましたが、今に通じるその空気感の特徴を成文化してみましょう。いやホントに不要なことしてますね、と。そんな話ですね」
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「……成文化って言いつつ、今、全て言ってしまってない?」
「いやいやいやいや! ここから! ここからが本文ですんで!」
「というかさあ……」
「……何ですか、その不安を煽る前置きは」
「いや、……私、日常描写とか、そういう描写を入れるというのを、あまり深く考えてなかったのよね」
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「またいきなりの話が来ましたね?」
「いや、実は自分が書いてるシーンが日常描写とかそういうのに該当するものだって、デビュー後に人から言われて気づいたのよね」
「たとえば?」
「35で、ヴァルター達がブロイアー家の敷地で朝飯食ってるとか、ラストの出撃前にエルゼがヤカンの湯で体拭きながら着替える処とか」
「アー……、どっちかって言うと日常描写というか、生活感のある描写ですね」
「そうそう。人間って……、あ、人間じゃない方には済まないんだけど、人間って、大体、どんなときでもいつものルーチンを出来ればやろうとするじゃない?」
「……確かに、一日三食とか、寝床に該当するもので寝たいとか、ありますね」
「そうそう。そういうのが、たとえば非常時とかでも出てくるってのが、ケッコー大事だと思ってるのよね」
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「日常描写って、かなり警戒してるのよね」
「どういうことなんです?」
「いや、”日常描写があると、無条件でそれを褒める人が出る”と、そんな懸念を持っていてね。何というか、日常描写信仰じゃないけど”エンタメの中にある日常描写を褒めることが、よく気づいた優れた批評”みたいな?」
「何か嫌なことでもあったんですか」
「いやまあ90年代とか、そんな感じのをチョイと見たりで。
だから”褒められるために意味のない日常描写を入れる”みたいなのは避けないとね、って思ってるの」
「アー」
「大事なのは、日常描写が、じゃあ、何を描写してたのかしらね、って」
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「何を描写って……、日常のシーンを描写してたんじゃないんですか?」
「そうね。でも、日常のシーンって、どういうこと?」
「……え?」
「日常というのは、そのシーンの主体となっているキャラの日常だけど、作品内でそれが描かれるならば、物語や世界観、キャラの個性を出すガジェットでなければいけないわ。
小説内の”カメラ”は、そこらの定点観測ドキュメントのカメラじゃないのよ。物語や世界観、キャラを読者に染みこませるためにあるの」
「かなり踏み込んでますが、そこまで言って大丈夫ですか?」
「ええ。だって私達が作ってるのは商品だもの。物語も世界観も、キャラの個性すらも出せていない描写で無駄にページ食ったのに金を取ったならば、それはユーザーに対する侮辱よ。
そして、そう思えてないのに日常描写を入れるってことは”これを入れるとソレっぽい”とか”これを入れると評価が上がる”とか思ってるって訳だから、マー他の言い訳考えてね」
「アー……」
「何?」
「たまに、作家さんと編集さんの間の話で、編集さんが”この描写は必要ですか?”って問うのに対して、作家さんが”解ってないな! 必要ですよ!”みたいに返すアレって、このパターンあるような、って」
「こういうことよね」
編集:「この描写必要ですか」
:オイ、物語も世界観もキャラの個性も出してないんだけど?
作家:「解ってないな! 必要ですよ!」
:これを入れるとソレっぽいんです!
「私、編集者だったらコイツの首をリモートだろうが関係なくシメてるわ……」
「ま、まあ、作家側の理由は他にもあると思いますし」
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「でも、日常描写で、物語とか、世界観とか、キャラの個性を出すにはどうしたらいいんですか?」
「そうね。とりあえずこんな感じかしら」
1■物語を見せる
:物語の進行状況を伴う。時刻、天候、舞台、演出的空気感など、日常が物語の進行によって変化していることを見せる。
2■世界観を見せる
:その世界観ならではの品やガジェットを見せる。
3■キャラの個性を出す
:そのキャラならではの日常描写を見せる。
「物語を見せる、というのが、ちょっと特殊ですね。日常が物語の進行によって変化している……、と」
「そう。物語が進んでいくと、当然、時間は経過するし、それに伴っていろいろなものが変わるでしょ? そういった変化の中で日常をやると、お互いが引き立つのよね。
これはそういった変化の中で日常行為が変わってしまう場合もあれば、逆に、変化の中で日常を保とうとするとか、そういうのもあるから、どちらが効果的かはよく考えるといいわ」
「アー、さっき話があった、35での”ブロイアー家の敷地内で朝食”や”出撃前に体を拭く”って」
「ええ。そういうこと。物語が始まったり、進行していることを示すのに、そういう事件を起こすのも大事だけど、日常的な行いでそれを行ってるの。
変な連中が自分の家の敷地内でフツーに朝食を調理してるなんて、事態の”変”さを示す一方で、連中の”変”さが出るし、それに対するキャラ(ここでは35主人公のエルゼ)の個性も出せるわよね」
「体を拭くシーンでは、出撃前の静かな思案の時間や、研ぎ澄まされていくような決心も同時に書かれてました」
「クールに行きかけるのを、ヤカンの蒸気が止めてくれるわよね。温度も湿度もあるのよ、って感じで」
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「世界観を見せるというのは、つまり”御当地”ネタですよね」
「料理系、移動系はここらへん宝庫よね。昨今は異世界ネタが多いから、ここらへんとても楽しいわ。ある意味、一番解りやすく、仕込みやすい”意味のある日常描写”が出来るわよね。
ただ、気をつけて欲しいことがあるわ」
「何です?」
「ええ。例えばその世界観における特殊な”日常描写”をやった場合、それが如何に特殊でも、二回目以降は”もう既にやったもの”になるから、工夫が必要」
「アー……、二回目以降は、やはり物語や世界観、キャラを出すために何か変化が入ったならばやると、そういうことになるんですね」
「そう。上手くやれば、”特殊な日常描写だが、それに対し、以前と今では●●はこう変わった”と見せることが出来るわ。効果的なテクニックだから有用したいわね」
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「じゃあ、キャラの個性を出すというのは……」
「ええ。そのキャラならではの方法、対処などを見せるということね。これは特殊なことだけじゃなくて、キャラによっては寧ろ”普通”のことをした方がギャップで引き立つというのもあるわ」
「気をつけるべきは何です?」
「日常描写で描かれる日常の動作は、キャラの個性そのものだということ。
一番駄目なのが”資料映像ですかコレ”みたいな、教科書的動作のものを出してしまうことね」
「た、確かに、そういう動作は個性が無いからこそ意味があるものですからね……!」
「ええ。だからもしもそんな”教科書的動作”を出せるとしたならば、そのとき、”このキャラはマシーンのような日常を送っています”って示すことになるわ」
「アー……」
「映像系とか、やっぱり資料見てやるせいか、あるのよね、コレ」
「そういうときの評価って、どうなんです?」
「”●●のシーンがリアルでした!”って褒められてたりするわよ? ぶっちゃけたことを言うと、多くのユーザーは”全てのシーンに意味がある”という、作り手を信用した前提で作品に触れているから、作り手が意味のないものを作っていてもバイアスやナラティブでそれに対して目を伏せるの。
だから作り手は、誰に言われるまでも無く、ここには気をつけないといけないのよ。貰った金の分、ユーザーにリターンしなければならない、って」
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「考えるべきなのよね。例えば風呂に入るシーンだって、ただ入ってキャッキャしてるんだったら、意味は無いの。キャラの個性云々って言うなら、風呂でなければ出来ないキャラの固有アクション見せないといけないから」
「そういう場合は、何を?」
「風呂に入ると、落ち着くでしょ? 風呂に入ることが”日常”なんじゃなくて、風呂に入って物思いしたり、体を洗いながら季節的な湯温の違いを思ったり、そういうことが大事なの。そうでないと単なる温水プールよ」
「温水プールの扱いがまた面倒になりそうですね……」
「ただ、憶えておいて。担当さんとの話で”ここはサービスシーンですね”って話が出たら、”ここはサービス以外に意味が無い処です”ってことだから」
「……何か京都的な物言いですね」
「あらあ? ここでサービスシーンとか、読者も喜ばはりますなあ、とか? ――言っててちょっと恐ろしくなったわ」
「でもそうなったらどうします?」
「サービスだったら手を抜くな。――どのくらいやっていいか解らなかったら、担当さんに”川上の野郎はサービスシーンって言うとどんなのやってます?”って聞くといいわ」
「……凄い、悪い見本を見せている気がしますね……。ええ、当事者が言うのも何ですが」
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「――とまあ、日常描写をちゃんと作品内で意味のあるものとする云々は、今の話でよしとします。しかしコレを、何で日常描写と気づいてなかったんです?」
「いやまあ、私の性格がヒネてるから」
「解りきったことですが、改めてどういう?」
「ええ。物語や世界観、キャラの個性を出すときにそれをストレートに出すのが王道だとしたら、私、間接的にそういうのを出すのが好きなのよね」
「アー! 古文的表現!」
「そうそう。だから言動とかとは別で、”日常動作”って、そのキャラの個性が出るし、物語の中においては、今の状況がどうなっているかが解りやすいのよね。
だから”日常描写”じゃなくて、物語や世界観、キャラの個性を出す”演出法”として捉えていたのね。それでもって、”日常描写”って、ほら、何度も言ってるけど”褒められるためにやる”みたいな懸念があったからさあ……」
「どんどん性格がヒネていく訳ですね……」
「そんなのが25周年でコラム書いてんだから、長生きしてるというだけで尊ぶとろくなことにならんわよね……」
「言い方! 言い方! 編集部のメンツもありますから!」
「アンタの言い方が一番酷いわよ。――でもまあ、私がそういう”日常描写”を多用してるのって、別の理由もあるの」
「それは?」
「ちょっと考えると解るわよ? 例えばシリアスなシーンで、フツーにキャラの個精出した日常描写を入れたらどうなるかしら」
「いや、それは成立しないんじゃあ……」
「あら? 成立しないものを強引に成立させる方法って、あったわよね」
「…………」
「……アー! ナンセンスギャグ!」
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「そう。シリアスな状況に限らず、物語の進行に対し、平然と”日常”をぶち込んだとき、そこにはナンセンスな状況が発生するの。
それはギャグにもなれば、逆に静謐なシーンにもなるわ。
どう使うかは書き手次第だけど、私は元々ギャグ系好きだから、そういうのを仕込むのね」
「……佐山とかホライゾンとか、”キャラの個性出し”でフツーにシリアス場面でも飛び込んで来ますよね」
「佐山が危機的状況でも変な挨拶ぶちかましたり、ホライゾンがそういう状況でもパン籠担いで飛び込んで来るのって、そういうことよね。
でまあ、私としては日常描写って、さっきの1・2・3で言うと2の世界観系、つまり御当地ネタの処で出てると思ってたの」
「符で街灯つけたり、武蔵内で配給貰ったりとか、そういうのですね」
「そうそう。だから35のそういうシーンが拾われたのは、ちょっと驚きだったし、一方で、”そうか! そういう処に差し込むのか”って解った契機でもあったのね」
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「……今回のタイトルの意味が、何となく解りました」
「そうだと有り難いわ。”日常描写、生活描写の重視”って、ヒネた私にとっては、言葉を多用して世界やキャラを語らずに、さりげない描写でそれらを出していく手段でもあるし、ギャグとシリアスを振り回すための道具でもあるのよね。
日常描写や生活描写は、読む側としても入りやすく、楽しい箇所であるけど、それが物語の進行を無意識に知らせる演出だったり、ナンセンスに飛び込んで話を転換すらしてしまうから、うちの話を読んでる人は”何が起きるかサッパリ解らん”筈よね。
だって、”解る”筈の日常、生活の描写が、解らん方への入り口なんだから」
「無茶苦茶メーワクな日常と生活ですね……!」
「エンタメの日常と生活って、かくあるべしよ。――まあそんな感じで、今後も振り回して行けるといいわね」
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