『機甲都市 伯林』世代というものを含めた複合ドラマ


「今回の話は、川上稔の作品歴の中、親世代と子世代の対立や和解、各世代の中での衝突など、”世代”を使って”物語や見せる視点の重層化”をしたのは、この新伯林が初だったよね、と、そんな話です」


「――でもまあ、世代の衝突とか云々は、別に35でもやってるけどね」


「そういう風に前提を潰しに行かない……!」


「アーハイハイ。ただ、新伯林の方では、これまでのそういう”世代”間の衝突や和解とかとは、違うものがあるのね」


「それは?」


「各世代の人員が、起きている事件や世界に対し、自分達の見解を持って動いていると言うこと」


「えーと……、それは普通のことでは?」


「ちょっとニュアンスが難しいんだけどね? チョイ前に倫敦の話で”過去の深掘り”の話をしたでしょ? それは当然、新伯林でもやっているんだけど、都市シリーズもこの頃(六作目で、全五巻)になると、見えている世界の広さがかなり大きくなっていたの」


「過去の深掘りが、パーソナル的なものだけではなくなっていっていた、と?」


「そうね。OSAKAの下巻巻末には1944年から始まる年表があるんだけど」





「倫敦のときは出来なかったこういう”世界設定の詰め”が、各キャラクターの設定に関わってくるのね。

 そして始め、主人公達の世代を中心に話を考えていたんだけど、”あ、コレ、物語を動かすのに、情報発信者が足りない!”って気づいた訳」


「情報発信者?」


「ええ。つまり事件を進めるのとは別で、事件の理由などを語れる人材。

そして新伯林の場合、世界設定として幾つかの時代に対する情報が必要になっていたの。

こんな感じね」



・大過去:一千年前の竜害や救世者の時代

・小過去:数十年前の、前大戦やG機関結成の時代

・現過去:主人公達の経歴に及ぶ時代



「これだけのいろいろな過去に対する情報が必要になると、主人公世代だけで回すのはMURIだわ、って、当時はそう判断した訳」


「その解決が”世代”ですか?」


「そう。この過去の分け方を見ると、小過去の部分を現過去の連中が探るより、小過去の世代がそのまま主役格として出てきて自分達の話をした方が、解りやすいし、何よりも話が早いわよね」


「…………」


「……凄い雑な解決の話を聞いているような……」


「ハア? カレーの話をするときに、野菜や肉やルーの素材を訳も解らず集めて語っていくより、カレーがそのまま出てきた方が楽でしょ? 何言ってんの?」


「言い方! 言い方!」


「つまり、これまでの大人世代は、”その世界の大人達”の社会に属していたり、主人公達の親族だったりはしたのよね。個々でドラマを持っていたり。

 でも、そういうことについて、物語全体に対する”機能”はあまり有してなかったの。

 あったとしてもチョイ役だったり、比重が小さかったのね」


「だけど新伯林においては、中盤以降から彼らが重みを増していきますよね……」


「そう。主人公達世代と同様のドラマを”経てきた”存在として、前に出てくる感じね」


「アー、そこで”過去の深掘り”をする設定の作り方が生きてくるんですね」


「やり方としては、古い世代のキャラの”経歴”を作るとき、そこにプロットのようなものを用意していくの。過去にあった”物語”を、荒っぽいながらも構築して、各キャラ間で共有。

 そのときにどのようなリアクションをしたか、結果として何が生じたかを明確にしていくと、新伯林の表の物語のプロットとは別に、過去の物語がプロットレベルで存在していることになるわ」


「そのやり方は、どういう流れで思いついたんですか?」


「思いついてないわ。結果論」


「結果論?」


「ええ。アンタがさっき言ったとおり”過去の深掘り”をする設定の作り方だったから、”過去のプロット”が”来歴”の部分に自然に構築されていったの。

 各キャラ間を行ったり来たりの作業になったけど、出来上がってみると、そこに過去の物語のプロットが出来ていた感ね」


「しかし何故、そこまで過去を明確に?」


「ンンンン。90年代ってさ、過去の不明や世界の謎をとにかく作中にバラ巻いて、その”引き”で読者をつかむ、って、そういうやり方が結構あったと思ってるの」


「アーハイ、ありましたね」


「でね? そういった作品の多くが、終わってみたりすると、投げっぱなしだったり、伏線でも何でもない思いつきだったり、無かったことにして消化しなかったりって、そんな感じのもので、私は”ちゃんとやれよ……!”って思ったし、受け手としてはウケるための道具になっていたそういうのを、残念に思ったのね」


「アー……」


「だからまあ、私としては、自分の手元にあるものはちゃんとしようと思ったし、自分が感じた残念を自分の読者にはさせないと、そういう指向があるのね」


「……何となく思いましたけど、うちの方では、以前、ナラティブの暴走は気をつけねば、という、そんな話をしましたよね?」


「ええ。”こういうやり方をやれば感情を煽れる”という、そういうシステム的な作りでキャラや物語を動かしてユーザーにナラティブを発生させ、本来、用意されたキャラや物語よりも、それらが上のもの”であるかのように錯覚させてしまう。

 これはかなり効果的な方法なんだけど、中身が無いと解ったとき、読者はそれをナラティブした自分達を恥じて”取り返そうとする”し、場合によってはなあなあで上手く解釈して”忘れてしまう”のよ」


「アー……」


「ここらへん、実は私がゲームの方をメインにしてた影響もあるかもね。アクションゲームやRPGとか、ストーリーに対しての”投げっぱなし”はほとんど無いものね」


「たまに凄いのありますけどね!」


「あるある。ギガンデス(ACの横STG1990:イーストテクノロジー:)とかクリアするとED無しでゲームオーバー→ネームエントリーでビックリだわ」


「ギガンデスは、ゲーム部分凄くアイデアあって面白いですよね……」


「EDがあるようにも感じられるけど、各面が”各話”って設定だから、総合EDは無くても各面の演出=ストーリーではあるのよね。……ってこういうのがナラティブね」


「解りやすい? 例を有り難う御座います。でもまあ、そういうのじゃなくて、何かホントに”投げた!”みたいなのありますよね。力尽きたとか実力不足系の」


「ゲームの場合、そういうのは、もう全体的に”これは珍味……”という感じになってるから、ナラティブは発生しないわよね……」


「ナラティブ煽るのはプロジェクトとして成功になるかもしれませんが、作者や作品が行った身分不相応の振る舞いはその通りの扱いを受ける……、ということですか」


「そんな感じ。そしてそれは作家に対しての評価になるから、言い訳のために作品作りをするようになったら地獄でしょ? だからナラティブの暴走を私は避けるし、そうならないように確固として情報は用意し、必要であれば出していくわ」


「……読者にとっても、作者にとっても、落とし穴にハマらないようにする、ということですかね……」


「そのためにも、無責任な煽りじゃなくて、確かなものを出して評価されよう、って話ね。

 ――そしてまた、やはり過去の不明や世界の謎って、面白い訳よ。だとしたら、それがちゃんと全うされるようにしてあれば、読者も作者もwinwinでしょ? 何でそれをしないかな……、って話でもあるのね」


「そんな訳で、新伯林では、つまり作中内作品というか、一つの作品の中に”現代と過去”の、実質二つの作品があるような構造になった訳」


「面倒な……」


「いやまあ、でも、これは私にとって、一つの気づきではあったのよ」


「それは?」


「ええ。巨大な作品を作るとき、平面を重視した構造では保たなくて、だとすれば多重構造は必須である、と。

 そしてそういうのをちゃんとやり通したとき、読者の評価も相応にあるってね」


「あ」


「何?」


「……一つって言っていた気づきが、二つあったような」


「ような、じゃなくて二つあったわよ」


「ビミョーに逆ギレみたいなツッコミを有り難う御座います……!」


「ただまあこの新伯林の構造についての考察。以後、クロニクルやホライゾンを書くとき、大いに経験として活きていくことになるの」


「アー、どっちも世代や時代としての多重構造ですね」


「そうそう。クロニクルは過去二世代分、親の代と、祖父の代、これら二つの物語が、主人公達の現代の物語とは別に存在しているのね」


「準備のやり方としては、同じ方法だったんです?」


「いえ。クロニクルは登場人物が多かったから、キャラの来歴でプロット立ててると行き来が多すぎてパンクするわ。だから実際に別プロットのようなものや年表を立てたの」


「準備が濃いですけど、以前OSAKAで年表出したりした経験が活きてますね!」


「OSAKAの時は、それまでの作品の積み重ねで年表が作れていたけど、クロニクルの時は前作品ゼロで年表出せたからね。ある程度は経験が積まれていたんだと思うわ。

 無論、クロニクルについては、中学の時から温めていたネタだったから、アイデアもまとまり安かったんだけど。でも――」


「でも?」


「それでも作中で過去へのアクセスをするとき、近くに前世代の者が都合良く居るはずも無いから、”獏”を出したのよね」



■獏

クロニクルに出てくる小動物。

過去の記憶を”夢”として食うため、主人公達が過去に事件があった現場に行ったり、気づきを得ると、その過去を”夢”として再現して見せる。



「恐ろしいレベルの過去見せチートだわ……」


「言い方! 言い方!」


「でもこの獏がいたら、まず警視庁とかと連携すべきじゃない? あとICC(国際刑事裁判所)とかも絶対欲しがるわよね」


「現実見ましょう、現実」


「まあそんな感じで、クロニクルでは過去を見せるためにガチ構造やったのね」


「うち(ホライゾン)の場合は、どうなんです?」


「ホライゾンの場合も同様。ただ過去においては、歴史のダイナミック性を見せるため、親世代と言うよりも、先祖、遙かな過去と、そういう広い”世代”になってるわ。

 そして今までが”過去”だったから、”未来”が入ってるわよね」


「アー! ハイハイ! 未来、ありますね!」


「そう。でもまあ、ホライゾンを書くにおいては、クロニクルがガチ詰めした一方でいろいろ書くのに自縄自縛というか制限食らったから、こう考えたの」


「? どんなことを?」


「”解らなくてもいいんじゃないの?”って」


「随分と変化しましたね!」


「そうね。でも、クロニクルをやって、こう考えたのよ。

 ちゃんと設定とか作ってあるからって、それを全部開示して”ほら、凄いだろう!”じゃなくていいんじゃないか、って」


「それは? どういう?」


「ほら、私のそういう面のスタートは、90年代とかの”ちゃんとやろうぜ”があった訳だけど、それをちゃんとやっていることと、それを外に見せて”凄いだろう”というのは、別のことよね、って、そう思ったの。

 いつの間にか、ちゃんとやってる、ってことを、品が無い使い方してなかったか、って。

 皆に”全部見る”ことを要求してしまって、だけどそれは読む側としては大変よね」


「アー……」


「だからホライゾンの場合、解りやすい処で楽しむことが出来て、その上で凄さを感じられるようにしたのね。その上で設定はちゃんと出来ていて仕込みもあるから、深掘りしたい人が深掘りしたときに、金鉱発見! みたいな、そういう作りと見せ方にした訳。

 だから能動的に深掘り出来る人は過去作と同じように楽しめるし、そうではない人達は主人公達の世代の物語を楽しめる訳ね」


「ある意味、読者も二世代対応って感じだったんですね」


「でもまあ、ホライゾンの”解らなくてもいいんじゃないの?”は、思った以上の影響を作中に与えたわよね……」


「上の世代や下の世代が解ってることを、私達自身が、解ってないまま突っ込んだりしましたからね……」


「こんな大作で”ボスに突撃したら謎の答え合わせが間違う”とか”いろいろ解ってなくて、罰ゲームのようにボスに解説させる”とか、普通ないわよね……」


「新伯林でそれやったら、世界がえらいことになってましたよね……」


「最後のヘイゼル突貫で”え!? そうだったんですの!?”っていうのは、ちょっと見てみたいわね……」

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