『閉鎖都市 巴里』装丁開始


「今回、タイトルはどういう意味なんです?」


「アーもう見たまま、装丁が、うちだと巴里から始まったわよね、ということ」


「どういう?」


「電撃文庫は、以下のような装丁を基本的に持ってるの」



・表紙

・口絵カラー8P

・目次

・本文挿画(無いものもある)

・裏表紙



「アー、基本的にそうですね」


「でも実はコレ、かなり可変的でもあるのよ」


「そうなんです?」


「ええ。ぶっちゃけ口絵は無くても問題無いの」


「…………」


「……ええ!?」


「いや、ホントよ。ホント。慣習的にそうなってるって状態で、無いと営業とか出版部から”アー”とか言われるかもだけど、無くても本としては出せる訳」


「そうなんですか……」


「実は値段が下がるから、その方がいいかもね的な話はあるわ……」


「アーまあ確かに」


「でも可変ってのは何となく解るでしょ? うちとか、三枚折り込みのポスターが主になっていたりするし」


「確かにそうですね……」


「――で、うちのそういう装丁の基本ラインが決まったというか、始まったのが、巴里なの」


「基本ライン?」


「巴里の時はこういうことね」



・表紙

・口絵カラー8ページ

 :中表紙

 :本体合計6ページ

  :見開き×3、または3連(両面)ポスター

 :ネタページ

・目次

・設定ページ

・見開きタイトル画

・序文

・各章タイトル絵

・挿画

・エピローグ挿画

・裏表紙



「どんなもんか、表紙と本文側のものをサムネ的にチョイと見てみましょうか。巴里上巻の場合ね」



・表紙


・口絵カラー8ページ

 :中表紙


 :本体合計6ページ

  :見開き×3、または3連(両面)ポスター


 :ネタページ



・目次



・設定ページ



・見開きタイトル画



・序文



・各章タイトル絵



・挿画



「……と、こんな感じね。エピローグ挿画があるけど、下巻の方にあるし、挿画の一種と思って貰って構わないわ」


「色々ありますね……!」


「ちなみに、その前に出たOSAKAではこんな感じ」



・表紙

・口絵カラー8P

・目次

・序文

・本文挿画

・裏表紙



「……やはり巴里で急激に変化して増えてますね。何があったんです?」


「幾つかの転機があったのよ」



・やっさん(さとやす)がTENKYの仕事としてこっちの挿画を担当することになって、絵の発注と成果物が出るまでが明確になったということ。

・デジタル入稿が印刷所の方でもある程度確立してきて”どういうデータを出せば良いか”が解ったということ。

・担当さんが変わって、香港・OSAKAと経て、完全新作としての巴里でいろいろな仕切り直しが始まったと言うこと。

・自分の方で、ゲーム企画の方法で小説をプロデュースしようと決めたこと。



「こんな感じかしら」


「絵の内製については別の処でも出ましたね。デジタル入稿の話も、以前のコラムで出たと思います」


「補足するなら、やっさんの採用については、担当さんの方からも喜ばれた感あったわね。やはり香港、OSAKAと続いたので、シリーズ絵師として存続した方がイメージが解りやすいという、そんな感じで」


「デジタル入稿としてはどんな感じだったんです?」


「カラーは相変わらず編集部で印刷して、それを印刷所に持ち込んでたわね。でもモノクロはデータから行けることになったの。ただ――」


「ただ?」


「印刷所の方が、どのレベルでの印刷が出来るか、やってみないと解らない、という

ことだったので、こっちでいろいろ考える必要が生じたのね」


「考える必要というと……」


「解像度と”線”のアンチエイリアスについて」


「OSAKAの時に解ったんだけど、当時の印刷は薄墨を使うとクソ滲むの。それも白と、黒やグレーの境界線において、水彩的に滲むんじゃなくて”滲んだ網点ドット”として、トーン化とアンチエイリアス化の悪い処を両方持った滲みになるのよね」


「”滲む”は”にじむ”と読みます」


「補足有り難う。――ちょっと再現してみたけど、こんな感じ」





「うわ! 何ですかコレ!」


「ええ。これ、■の右側が滲んでいるんだけど、実はアンチエイリアスがラスタ-データとして入った”ベタブロック”。

 当時の印刷だと、これが”滲み”として出るんだけど、再現が上手く行きすぎて当時の嫌な記憶を思い出したわ……」


「というか、どういう風に絵を描いたら、こんな滲みになるんです?」


「そうね。じゃあ、元がどうだったか、見せてあげるわ」





「……元、コレですか!?」


「そう。絵としてこんな感じでソフトに縁を仕上げていると、印刷で全部、上に見せたようなジャギの滲みになる訳」


「ウワア……」


「当時の”グレスケ印刷”ってこういうものだったのよ。

 で、ぶっちゃけ、主線がボヤける勢いで汚く滲むから、もっとシャープにするにはどうしたらいいか、というので、以下の方法を思案した訳」



・アンチエリアスを拒否する

 :線は二値化

 :塗りも基本はアンチエイリアスなしの、モノクロのセル塗りとする

  :効果、エフェクト部分、ボカシ背景はグラデ有りとする



「少なくともキャラ本体には滲みが発生しない、という設計ですね」


「そう。だからこういうデータになるわ」





「章タイトルの方は完全に二値化ですね。安全策をとるというか……」


「デザイナーさんが対応出来なかったから、文字なんかもこっちで打ってんのよね。

 ともあれ、これを印刷すれば、汚く見える処に滲みは発生しないわ。

 ただこれをするには、一つ、問題があったの」


「何です?」


「印刷する側の解像度。つまりdpiが解っていなかったの」



・dpi=1インチの中のドット数

 :主に印刷の解像度を示すために使われる単位



「dpi違いのデータを送ると、いくたこっちがアンチエイリアス無しのデータを送っても向こうで印刷用の解像度に拡縮されてしまい、その時点でアンチエイリアスが発生。線とかが”汚い”絵になるのよね。

 だから担当さんを通して、印刷所にdpiを聞いて貰った訳」


「そうしたら?」


「印刷所からの回答が”どんなdpiでも印刷しますよアハハ”みたいなもので、つまり印刷所としてはこっちのデータを拡縮して絵がアレになることについて何の違和感も得てないってのが解ったのね」


「アー……」


「マーこれは”時代”よね。今だったら、入稿した側のデータがその通りに印刷されなくても構わないandデータの変形に無頓着なんて有り得ないもの」


「どうしたんです?」


「ええ、先にカラーを出すじゃない? そしてカラーについてはまだ電撃側で印刷して入稿していたから、その色校の出来を見て、実データとどうなっているかを見比べれば、印刷所のdpiが割り出せると考えたの」


「出来るんですかそんなこと……!」


「香港とOSAKAのデータもあったからね。そして編集部側での印刷は写真よりも精細なレベルでの出力で実寸出しして貰ったから問題無し。その結果、おそらくこのdpiであろうと割り出して作業した訳」


「それでどうなったんです?」


「ええ。実品を見て貰うと解るけど、成功したわ。製本された上巻で、まず最初に確認したのは序章の章タイトル絵だったけど、この絵の白抜き線が綺麗に出てるのを見て大成功だと思ったものよ」





「凄い話ですけど、何やってんですかね一体……」


「というか”どういうデータを出せば良いかが解った”が、印刷所とかから教えて貰ったんじゃ無くてこっちで割り出しってのが”時代”よね……」


「じゃ、ちょっと話戻しますけど、巴里で装丁が変化したことについて、――担当さんが変わって仕切り直し云々、というのは?」


「これはもう、その通り。

 でも、新担当さんに香港から変わった訳だけど、香港は旧担当さんの時代にほぼほぼ出来ていたじゃない? そしてOSAKAも、元々はゲーム企画の方が先行していたから、新担当さんと1から作る、というのは巴里が最初だったのね」


「アー、だから仕切り直し……」


「旧担当さんが、やっぱりこっちに対して制御というか、時代に合わせたものを書いて欲しかったんだと思うけど、”これは出来ません”みたいなのを結構掛けて来てたのね。

 それがまあ、出版社としての”決まり”ではなくて担当さんの裁量だったと解るのに、香港とOSAKAを費やした感があったのよ」


「うちは放っておくと無茶苦茶しますからね……」


「ある意味正解だと思うんだけど。マーこっちのやりたいこととか、あるものね。

 だから新担当さんが初めてゼロから関わる巴里で、仕切り直し。

 こっちのやりたいことを全部出して行こうと、そういう流れでもあったの」


「そこで、”ゲーム企画の方法で小説を自己プロデュース”と、そういう流れに?」


「それはまた別の流れがあったの。次で説明するわね」


「じゃあ、”ゲーム企画の方法で小説を自己プロデュース”と、その流れについて聞きましょう」


「そうね。以前のコラムで、企画書の作り方とか、そういう話をしたでしょ? あれはつまり、自分がゲーム企画者としてやってきた中からのものなんだけど、ゲームの企画者って、ディレクターとして見た場合、絵からシナリオやプログラムとか、いろいろと”必要なもの”の方向性を決めて手配して、……ということをして、一個のゲームを組み上げて行く訳」


「まあ、ディレクター=監督業ですから、そうなりますね」


「そういうこと。でも、小説って、では、ディレクターは何処にいるのかしら」


「えーと……?」


「編集者が指揮を執る場合もあるけど、基本は企画書作ったりストーリーを作る作家側に、その作品に対しての監督要素が振られるのよね。

 編集者は、どちらかというとプロデューサー=出資者みたいな位置づけで、作家が作って来た企画書に許可の是非を出して、出来上がったものに意見を述べて修正指示とか出すけど、しかし”作る”部分においては、やはり作家」


「アー、確かにそういう要素配分ですね」


「――でまあ、これは巴里を書く1999年という、もはや古代の話になるんだけど、当時、自分が関わっていたゲーム業界って、かなり激変の時代だったのね。

 たとえば、PS1やサターンのゲームが急激に売れなくなってきていて、では次世代機としてのPS2などは”開発費や人員が異様に掛かる”というのが解ってね」


「ある意味、インディーズ的な小さいパブリッシャが消えていったり、大手の下請けに回ったりとか、そういう時代になりつつありましたね……」


「そんな感じ感じ。それでまあ、TENKYの成田さんと話をしたりして、ゲームの方の仕事もいろいろやっていくけど、小説の方で、ゲームとしては出せなかった企画や、ネタとかも含みでやってみてはどうかと、そんな流れになった訳」


「方法としては同じようなやり方で、小説というか”本を作る”? みたいな?」


「そんなやり方ね。

 ――では、だとしたら自分はどういう本を欲しいか、と考えたとき、ゲーム的というか、ゲームのパッケージを開いて、説明書とか付属品を見たり、そして実際に始めたら映画的導入があってさ、みたいなのを思った訳。

 それが装丁のあり方になってるのね」


「だとすると、この装丁は、作者的にはゲーム的?」


「まあ見る人によってはそれぞれだと思うけどね。ただ、メガドラとか、そのあたりの時代のゲームまで遡って考えたとき、大事なことがあるの」


「それは?」


「――マニュアルなど含めて、どういう”作り”が、買った自分として”得”を感じたか」


「今はゲームもダウンロード全盛で、オンラインマニュアルとチュートリアルの時代だから、こういう感覚って希薄なんだけど、DLCで”キャラの専用画像が出るイベント”とか”過去が解る限定ストーリーイベント”とか、”推しキャラの限定衣装・装備や水着”とか、そういうものと言えば解るかしら」


「それを好きになったならば、是非とも手に入れたくなるような……、というものですね」


「そう。それは本で言うと、挿画であり、設定やアオリなどの情報や演出になる訳。

 だとすると、それらが多量に、高いクオリティで得られるといいでしょ?」


「確かに推しキャラの絵とかあると、アガりますね」


「”両腕”とか描いてあると、何か嬉しくなるわよね……」


「あれは何で”得した”気分になるんでしょうね……」


「キャラが卑怯よね……」


「まあそんな感じで、そういう”得をした”が確実に得られる本を作りたいと、そう思ったのね。

 それが巴里で、装丁として形となった訳」


「OSAKA以前と比べると、随分変わりましたね……」


「OSAKA以前は、それまでのラノベのフォーマットに乗ったサービス。

 だけど巴里以降は、普通のラノベを超えたサービスをやろうと、そんな感じね。それによってコストも掛かるけど、挿画については、印税の一部をTENKYとやっさんに渡すことを決めて解決。問題ないわ。あとは――」


「あとは?」


「読者がどう捉えるか、ね。――うちのタイトルは、どれも挿画など多く、”買ったら絶対得をする”けど、それをどう感じているか、って」


「……慣れてしまうと、ちょっと怖いですよね」


「これがフツー、って思われるのは、それはそれで有りよ。読者から、”そうではない作品”に対していろいろ意見が送られて、業界がいいもの作ろうって方に変わっていくだろうから。

 それに、ベースにあるのは”自分の本がこうだといい”って発想だから、問題は無いの。逆に言うと、自分の本がこのくらい”出来”てないと、ちょっと哀しいわね」


「自分が見たいもの作るって、そういう面もありますねー……」


「感じ感じ。まあ、そんな風に、いろいろなものが総合して、この”装丁も重視する本の作り”が、巴里から始まった訳。

 これは今でも続いているけど、当然、コストは自腹だから、ちょっとした”見栄”よね。自分のやりたいことやるってんなら、その覚悟でやるのが”粋”ってものだと思うし。

 この御祭みたいな本の作りが何処まで続くのか、これからも応援貰えると幸いだわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る